一時の安息
「成程、そういうことだったか…」
竜族に死という概念はない。竜族は死ぬと肉体を放棄して魂を卵に還す。敬愛する地の力を象徴するような堅牢な殻はどんな攻撃も受け付けない。完全に守られた卵を洞窟におさめ、再び孵るまで待つ。魂をそのままに新たな記憶と肉体を持って転生する。
そう教えたものの、その真意までは知らなかった。真実を知りユグギルは唸る。まさかあれが巨大な竜の背とは。
伏せて丸まった巨竜の背に長年の泥や砂が堆積して山となったのだろう。竜族の敬愛する地の力が象徴するものは"安定"と"怠惰"。それは始祖の横たわった姿が由来だとは。
「……サツヤ、おい。聞いとるかの?」
「えっ、あ、うん」
何やら考え込んでいる様子の猟矢は慌てて顔を上げた。話の最中に考え込むような何かがあっただろうか。心配するユグギルに猟矢は、大したことないんです、と首を振った。
「その顔で大したことないわけがなかろうに。どうした」
報告によれば、ラピス島の巫女は猟矢の幼馴染にそっくりだという。猟矢の幼馴染ということは猟矢が元いた世界の話だ。巫女と同一人物ではない。だが瓜二つの少女があの悪徳の万魔に拉致されたとあらば心穏やかではないだろう。
そのことかと心を砕くユグギルに、いえ、と首を振る。幼馴染そっくりの少女も当然気がかりだが、それよりも目の前の話だ。そしてそれは、少女の拉致ほど大した内容ではない。
「……ひょっとして、またデジャビュ?」
察したアッシュヴィトが訊ねる。質問に猟矢は頷いた。また答えの出ない既視感が襲っていた。
山と見紛うほどの巨大な岩竜。知っている気がするのだ。猟矢が元いた世界には竜など生息していない。想像の中の生き物であるのに、妙に親しみに似た既視感がある。
ゴルグでの水晶占いのことも、エルジュの町並みも。それに、儀式そのものの神秘さと幼馴染に似た少女の存在で忘れていたが、儀式の手順も。知っている気がするのだ。
「おいおい。あんまりデジャビュが多いと頭の病気の可能性もあるぞ」
「アルフ、脅してやるな」
記憶障害が深刻になる前に対処した方がいいぜと脅しのような忠告をするアルフをユグギルが諌める。
「あぁ、それで、同盟のことだがの」
猟矢たちがいない間に各都市国家で話がまとまった。ビルスキールニルが権威を、そして異世界からの人間が力を象徴してバハムクランが牽引する反パンデモニウム同盟。まだ同盟の名は決まっていない。
バハムクランが主導するといっても、その背後には反パンデモニウム組織の母体集団がある。そこから派生して並立する各組織も。単純に人数を合算すれば規模としては相当のものとなる。
「それでだ」
母体である組織の首領と会ってもらう。旗印となる猟矢とアッシュヴィトの顔を見ておきたいということだ。それには当然バハムクランのリーダーでもあるユグギルもついていくこととなる。
「予定は明日。それまでゆっくり身体を休めてくれ」
朝一番で転移武具で向かう。各クランのリーダーだけしか起動できないよう魔術式が書かれている特製の転移武具だ。ユグギルにのみしか使えない。
「あ、ちょっと待って待って!」
猟矢たちの報告を机の端席で聞いていたエルデナが手を挙げる。バハムクランの専属武具職人である彼女は、シルヴィールとの戦闘の様子を聞いてからずっと気になっていたことがあったのだ。
それは、シルヴィールによって砕かれたバルセナの六尺棒のことだ。"ヘレティック"と名付けられた赤黒い六尺棒。あれはもう物理的に破壊され使えない。その代用はあるのだろうか。
「よかったら作ろうか? 一晩もあればできるよ」
エルデナの申し出にバルセナが目を瞬かせる。思ってもみない提案だった。明日、反パンデモニウム組織の首領との面会への同行を断って、機工都市ゴルグあたりで適当に買い揃えておこうと思っていた。その手間が省けるのならば歓迎だ。よろしく、とエルデナに任せることにした。
「はーい、じゃぁデザインはどうしようか。希望のモチーフやイメージはある? あ、紙とペン持ってきたほうがいい? ベルベニ族だから風をモチーフにした方がいいよね。いつも連れてる鷹をデザインに取り入れて……」
武具製作となると途端に口が活発になる。前のめり気味にバルセナに詰め寄るエルデナに苦笑いをひとつ。それだけ熱心でそれだけ腕があるということだ。
「そうね、それじゃぁ…」
「ネェ、そろそろ教えてくれてもイイんじゃない?」
母体組織とは何処のことなのか。"反パンデモニウム組織の母体組織"などと冗長な呼び方をするのもいい加減にしておきたい。アッシュヴィトの訴えにユグギルは、ふむ、と頷いた。
「"アトルシャン"」
設立者の名であり、母体となった組織の名であり、バハムクランを含む反パンデモニウム組織の全体の名でもある。
それは、かがり火を意味する単語だ。かがり火。火。炎を神聖視する亜人。それが住む島。そして、そこの領主の名は。
「…クロエ・キロ・エンシェント?」
「いかにも」
特定の故郷を持たないベルベニ族はその法則に当てはまらないが、通常、名乗りの際には名と姓の間に出身地域を挟む。何処の人間なのかを明確にするためだ。時には姓名より出身の方が重視される。
だがそれとは別に、キロ族にはもうひとつの隠された名がある。名でも姓でも出身地域でもないその名乗りは、字とされる。普段、キロ族同士での呼びかけにのみ使われる名だ。名といっても重複が多く、同じ字を持つ人間が多々いる。火の神に呪われぬよう、個人を特定させないための仮の呼び名といったものだ。
そして領主クロエの字はカガリという。そこから名を取り、この世界を照らす光になるようにと願いを込めて組織の名とした。"カガリ"という字を持つ人間は多いので、まさかキロ領主が首謀だとはわからないだろう。
「クロエ様かぁ…」
ビルスキールニルの皇女として面識はほぼない。はるか昔、アッシュヴィトが今よりずっと小さい頃、それこそ赤子と変わらない頃に会ったことがあるらしいが。物心ついてからは会ったことがない。ほぼ初対面といえる。どのような人となりなのか知識がない。アッシュヴィトが赤子の時から領主を務め、今まで善政を敷いているので悪いひとではないだろうが。
「まぁ、細かいコトは明日実際に行ってから考えようカナ」




