日常に届いた宅配物
「ただいまー。」
「おかえりなさい。」
中学二年生の佐々木 輝の帰りはいつもより早かった。
大会が終わったおかげでバスケ部の活動はなく、授業も今日は五時間時制。
一年間のうちでもなかなかこんな日はない。彼にとって今日は貴重な日。
それでも家に帰ればいつもと変わらない家族の反応。
彼はそのことになぜかホッとしていた。
一日の流れが少しでも違うと不安になってしまう。
それは彼が昨日見た夢のせいだった。
突然家族の形相が変わり、生きるのに必死な状況に陥った。
彼は殺されかけたのだ。家族という信頼できる人々に。
まあ、それも夢でおわり、安心感に包まれている。
「お!ケーキ焼いたの!?」
「ふふ、昨日もお隣の島さんと作ったんだけどね。それは島さんのお子さんたちと未歩が食べちゃったから。今日は昨日の残りの材料で作ったの。」
「み、未歩め…。じゃ、いただき~」
「こら!ちゃんと手洗ってきなさい。それから、着替えてきなさい。」
「…はいはーい。」
輝は適当に返事をしてしぶしぶ二階の自分の部屋へ行こうとした。
妹の未歩は小学校から帰ってきてすぐ寝たようだ。ランドセルは放り出してすやすやと寝息をたてて気持ち良く寝ている。まだ小一とはいえ、なんで未歩にはカバンを片づけるように言わないのかと輝はむすっとした。
「制服はちゃんとハンガーに掛けてきなさいよ。」
「わかってるよ。」
鳴いているお腹を押さえて、階段を駆け上がった。
カバンはそこらへんに捨てておいて、制服はとりあえず雑に掛けておく。
もちろんしわが寄っていようと気にしない。
早く一階に降りたいところだが、そのまえにケータイを確認する。
友だちから来た4件のメールに適当に返信する。だいたい全部「うん」とか「へー」とかばかり。その間にもお腹の鳴き声が輝を急かした。
そのとき、
ピンポーン
とチャイムの音がなった。
少しだけ友だちかなと期待したが…珍しく今日の輝は遊ぶ気力が無かった。
なぜか疲れがたまっているように身体が重い。でも輝はその疲れが肉体的なものではないような気がしていた。
お母さんの「はーい」という声に応じて「宅急便です」という声が聞こえた。
(なんだ、宅急便か…)
遊ぶ気が無くても、期待はずれの答えに輝は少しがっかりしていた。
***
「はーい。」
「宅急便です。」
「あ、ちょっとお待ちくださいねー。」
ガチャ。
「こんにちは、佐々木さんのお宅ですね。」
「はい。」
「お届けものです…。
―サイコウノゼツボウヲドウゾ・・・
フフフ…」
「え?…」
***
再びドアが閉まる音がする。
輝は宅急便が帰ったことを自分の部屋の窓から確認しようとした。
ちょうど玄関前の階段を人が降りて行くのが見えた。
その姿は全く見たことのない黒い制服と帽子を纏っていた。
(あれが宅急便…?どこの宅急便だ?)
少し不信感を覚えた輝を大きな音が追い立てた。
その音は一階から聞こえた。輝はどこからきているかはわからない不安を抱いて階段を駆け降りる。すると未歩らしき泣き声が聞こえてくる。
勢いよくドアを開け、目に映った世界はあきらかにさきほどと変わっていた。
食器棚の下には割れた皿やコップが破片と共に広がり、観葉植物やスタンドランプは倒れ、床にはぐちゃぐちゃといろいろなものが転がっている。
いつの間にか未歩の泣き声は聞こえなくなっていた。そのかわりによく耳を澄ますと奇妙な声が聞こえてくる。
うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい―
そして錆びれた鉄のような臭いが部屋を包む。
すぐ右を向けばその正体がわかる。だけどフリムイテハイケナイとうるさいくらいに脳が警告する。
(だけど…俺は…)
振り向いてしまった。
輝の目に映った世界は、輝の全てを奪うような光景だった。
真っ赤に染まった物体。
それに向かって何度も振り下ろされる刃物。
それを握る真赤な手。
そこから滴る赤い液体。その下には血の池。
血に染まっているのは…未歩…?
真赤な手の持ち主は…………………………
――お、かあ、さん?
ずっと同じ言葉を繰り返し言いながら、何度も何度も妹を刺し続ける。
「…か、かあ、さん…?」
恐怖で声が震える。いや、恐怖だけではない。悲しみとも怒りともともとれる感情。
濡れてきた目で見つめる人はゆっくりとこちらを振り向いた。
獣のように見開かれ、充血した目で見つめ返された。
(これはお母さんじゃない!違う!!お母さんじゃない!)
そう言い聞かせてもいつも聞き慣れている声で名前を呼ばれて、また自分を疑ってしまう。
「あら、輝。」
「…母さん?」
ゆっくりとこちらに歩いてくる。
輝は思わず後ずさった。
「…どうして逃げるの?」
「…母さん…なの?」
「あたりまえじゃない。どうしたの?」
輝とは対照的に落ち着き払った様子で言う。いつものお母さんのように。でも、その手は真赤に濡れていて、エプロンも赤黒く染まっている。
「さあ、輝。」
その血に濡れた手を差し出して、輝をあやすように彼女は言った。
「一緒に、死にましょ?お母さんも、お父さんも、未歩も、輝も…ね?」
「…い…や…あ…うわぁーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!!!!」
向けられたのは赤く光る刃物の切っ先。
何も考えずに逃げようと足を動かすがいうことを聞かず、もつれる。
そのまま無様にもこけて倒れ込んだ。
彼女はすぐそばにいる。すぐそばにいる。
振り上げる、手を。そのまま下ろせば、俺は。
自分は死ぬ。
恐怖と怒りと悲しみと、様々な感情が輝を襲って、彼はただ見上げることしかできなかった。
(いやだ、こんなのいやだ!!)
「ぅわあーーーーーーーーーーーーーーーーっぅ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そのまま彼の意識は途切れた。




