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第1話 入学と入部

高校に入学し、少し経つとクラスの交友関係もできてくる。


なんとなく気が合いそうな相手に話しかけたり、気になる話題に参加したり。


そうして数日、みんなはすでにクラス内で友達を作っていった。


僕は、気が合いそうな人も、気になる話題もなかった。


つまり、休み時間はぼっちである。


そんなある日、前の席の人が振り返り、僕に話しかけてきた。


「友久(ともひさ)君、パンに興味ない?」


僕はいきなり話しかけられたのと、あまりにも身近な食べ物を出されたことで、逆にどう答えていいのかわからなかった。


「パンって、あのパン?」


「他に何があるんだい?」


「いや……パンなら普通に食べるけど」


すると、前の席の豊心(ほうしん)君は嬉しそうに笑った。


「それなら話は早い。パンは世界中にあるんだよ」


「世界中?」


「そう。日本の食パンやあんパンだけじゃない。フランスならバゲット、インドならナン、中東ならピタ、トルコならシミット」


「シミ……?」


「シミット」


「知らない」


「バレプも知らない?」


「知らない」


「それはもったいない」


豊心君は本気で残念そうな顔をした。


「パンっていうのはね、ものすごく奥が深いんだよ。小麦粉と水と酵母を使うだけじゃない。発酵するものもあれば、発酵させないものもある。焼くもの、揚げるもの、フライパンで焼くものもある」と早口で言う豊心君。


「そんなに種類があるの?」


「ある。だから俺はパンを作りたい」


「パン作り?」


「そう。俺とパン研究会をやらないか?」


「急にそんなことを言われても……」


「君は見ていると、まだクラスに友達もいない。居場所もない。でも聞き耳を立てるぐらいは周りに興味がある。なにかしたいんだろ?」


「……」


「だったら俺とパンを作ろう」


「パンを作るって食べるだけ?」


「ただ作って食べるだけじゃない。パンを調べて、パンを愛でて、パンに祈って、パンにまみれてパンに囲まれた生活を」


「……う~ん。考えさせて」


「入部ってことだね」


「いや入部するとは言っていない」


「でも断らなかった。つまり興味があると」


「それはまあ……」


「では早速職員室に行こう」


「話が早すぎない?」


そういうと豊心君は僕の手を引っ張り、職員室に行くことになった。


職員室に行くと、担任の先生に豊心君が声をかける。


「パン研究会を作りたいんだけど」


「パン研究会?」


先生は首を傾(かし)げた。


「パンを作る研究会です」


「そりゃそうだろうな」


「パンを作ってパンを飾ってパンを崇める研究会にしたいです」


先生は少し引いた。


「ま、まあ、調理実習室を使うなら、火やオーブンの管理はしっかりしてくれ」


「もちろんです」


「それと、食材費はどうする?」


「それは――」


豊心君が言葉に詰まった。


「私が出しましょうか?」


後ろから声がした。


振り返ると、女子生徒がいた。


クラスの真奈美さんだった。


「真奈美さん?」


「話が聞こえていたの。パンを作るんでしょう?」


「そうだけど」


「私も入部する」


「え?」


「あなたたちの話を聞いていたら面白そうだったから」


真奈美さんは先生を見る。


「この学校って、家庭科系の部活がないですよね?」


「ああ」


「では家庭科室と調理実習室も使わせてもらえませんか?」


「パンなら……」


先生はまあいいかと思った。


「ただし、使用後は必ず掃除すること」


「わかりました」


こうして、あっけないほど簡単にパン研究会ができることになった。


三人で家庭科室に向かう。


「では部長は豊心君でお願いね」


「俺?」


「だって一番詳しいでしょう?」


「まあ、それはそうだけど」


豊心君はかなり嬉しそうだった。


「真奈美さんもパンに興味があったの?」


「ええ。というより、世界の料理に興味があるの」


「それならちょうどいい」


豊心君が笑う。


「世界のパンは料理との関係も深いからね」


「例えば?」


「ナンならカレー。ピタなら肉や野菜を挟む。パンそのものを研究するだけじゃなくて、その国でどう食べられているかまで調べられる」


「面白そう」


真奈美さんが頷いた。


僕は二人の会話を聞いていた。


パンなんて、どれも似たようなものだと思っていた。


でも、どうやら僕が知らないだけらしい。


「じゃあ今日は何か作るの?」


僕が聞くと、豊心君が待ってましたとばかりに答えた。


「フォカッチャだ」


「フォカッチャ?」


「イタリアの平パンだよ」


「それなら知ってる」


「よし。第一歩としてはいい」


「フォカッチャなら今日作れるの?」


「もちろん。今日の活動時間内で完成させる」


「発酵とかは?」


「ある。でもパンには何時間も待たないといけないものばかりじゃない。今日は短時間で作れるものにする」


なるほど。


発酵食品とは違うらしい。


「じゃあ買い物に行こうか」


「お金は三人で出し合う?」


豊心君が聞く。


「私が出すよ」


真奈美さんが即答した。


「えっ?」


「食材ぐらい問題ないよ」


「でもオリーブオイルとか高いよ」


「それが?」


僕たちは学校を出て、スーパーへ向かった。


「小麦粉はこれ」


豊心君が強力粉とオリーブオイルを手に取る。


「フォカッチャやピザはオリーブオイルを使う」


「パンにオリーブオイル?美味しそうだね」


「パンは小麦粉だけで決まるものじゃない。材料の組み合わせも重要なんだよ」


「へえ……」


そのほかにも、塩、ドライイースト、ローズマリーなどを買う。


真奈美さんが全部会計を済ませた。


女神か。


その後、家庭科室に戻る。


まずは材料を計量する。


豊心君がボウルに材料を入れていく。


僕も言われた通りに混ぜる。


粉っぽかった生地がまとまり、だんだんと一つになっていく。


「これを捏(こ)ねる」


「どれぐらい?」


「生地の状態を見ながら」


「それじゃわからないよ」


「最初はわからなくていい」


豊心君は笑った。


しばらく捏ねたところで、生地を休ませる。


「これで発酵?」


「そう」


「どれぐらい待つの?」


「今日は30分ぐらい」


「30分……」


「その間に片付けをしたり、フォカッチャについて調べたりしよう」


三人で資料を見ながら、イタリアでフォカッチャがどのように食べられているのかを調べる。


要約すると、古代ローマ時代、人々は石窯や炉の中で平たいパンを焼いていた。


「要約しすぎだろ」と僕が言う。


そうこうしているうちに30分が経った。


豊心君が生地を見る。


「よし」


「何が?」


「発酵した」


「見ただけでわかるの?」


「大きさや表面を見るんだ」


僕にはよくわからなかった。


生地を分けて、伸ばしていく。


そしてオーブンを200℃にセットして、フォカッチャの表面に数か所くぼみをつける。


オリーブオイルを表面に塗り、ローズマリーをかける。


そしてオーブンで焼いた。


フォカッチャは見事な小麦色になった。


「これがパンだよ」


豊心君が嬉しそうに笑う。


焼き上がったフォカッチャから、香ばしい匂いが広がる。


「いい匂い……」


真奈美さんも嬉しそうだ。


三人で焼き上がったフォカッチャを皿に並べる。


「じゃあ、食べよう」


僕が一口食べる。


もちもちしている。


外側は少し香ばしくて、中は柔らかい。


「おいしい」


「だろ?」


豊心君が笑った。


「でも、これが世界のパンの一つなんだよ」


「一つ?」


「そう。一つ」


豊心君はスマホに保存してある写真を見せてくれた。


そこには、見たこともないパンがいくつも並んでいた。


「クルトシュに、ピタに、シミットに……まだまだある」


「これ全部パン?」


「そう」


「じゃあ、次はこれらを作るの?」


「もちろん」


豊心君が笑った。


「世界中のパンを作ってみよう」


僕はもう一度、フォカッチャを食べた。


入学してから今日まで、クラスで話す相手もいなかった。


けれど。


ここには、自分の知らないものを教えてくれる人がいる。


そして、自分の知らないものを一緒に作ることができる。


パンのことはまだよくわからない。


でも。


なんだか、楽しそうだと思った。

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