女王ペロセポネ 立国
「領主間の会合は解散せよ。代理の権限を逸脱した行いは反逆に等しい」
皇国はバハリク朝の名前で氏族連合の解散指示をペロセポネに通知してきた。
当初の想像以上に国家化が進んでいることに皇国政府は気づいた。
ペロセポネは族長たちと大使たちを集めた。
「これに対応するには各氏族の合意形成が必要でありましょう」
族長たちは口々に叫んだ。
「私のところにも北方から使者が来て、いろいろ質問されたぞ。『好ましくない』と釘を刺された」
「私のところもです」
「せっかく東域との交易が、我々の主導で軌道に乗り始めたところだ。解散したらそれが成立しなくなる」
「解決しそうな食糧危機もダメになるなるでしょうね」
「…戦争だろう」
だれかがそう言い放った。
場が静まった。
読者向けに説明しよう。
まず、実をいうと南域は鉄鉱石が豊富だった。
皇国を始めとした北方三国が南域を実効支配していた理由は、それが大きい。
しかし、鉄を精錬し加工する技術は極秘扱いで、南域には伝わってこなかった。
ここ数十年での戦争の経験はもとより、武具の差で圧倒的に不利だったのだ。
一方、東域─バハリク朝直轄地から見て東南域の諸島連合─には、独自の製鉄・加工技術があった。
鉄鉱石を一定量安く売る見返りに技術者を派遣する約束を、氏族連合の名義で取り付けていた。
だから、戦える…と。選択肢として浮上してしまったのである。
そして、干ばつにより予想される食糧難については、その東域から導入する作物でなんとか年を越せそうなめどは立っていた。その作物は枯れた大地でも育ちやすく、腹を満たし、活力も十分だ。しかも短期間で実がなる。
検証したところ、ここ南域でも栽培できそうだった。
美味かと言われるとそうではないが、この年末を乗り越えるにあたっては、十分だろう。
とはいえ、栽培と分配は連合が機能していないと成立しない。
一部の氏族は生き残るかもしれないが、多くの氏族は飢える。
「まあ、戦争というのは最終手段として、まず順番に行こうじゃないか」
義父が場をまとめようとしてくれた。
「この場で、解散に賛成する者はいないということで、よろしいか?」
少し間があり、言いづらそうに大使の一人が声を上げた。
「私個人としては…解散と戦争は切り離せないのではないかと不安です。解散しなければ、彼らは軍隊を派遣してくるのではないでしょうか」
「いや、どうだろう。ご承知の方々もいると思うが、今、西域との大きい戦いに備えているといううわさもある。まずは交渉でどうにかしようとしてくるのではないだろうか」
「だからこそだ。機先を制して攻めあがってやれば、応戦する余裕もないんじゃないか。やつらはしばらくおとなしくすることだろう」
「私は部分的に同意です。構えるのみではなく、こちらも牙を見せつけてやらないと、相手は図に乗るばかりです」
場は紛糾した。論点がずれ、積極的に戦争を仕掛けるか否かになってしまった。
大使の一人が、無言のままのペロセポネを見た。
ペロセポネは心の中で嘆息した。
これだから血気盛んな人々との話し合いは好まない。
以前から考えた構想を基盤とすることにした。
「みなさん、よろしいでしょうか」
男性の低い声が飛び交う中、女性の声がよく通った。
「父が述べたとおり、まず最初の論点を確認します。
解散したいかどうか。
私としては、解散しても皇国は我々を助けてくれない。
そしてみなさんの尽力で、発展の兆しが見えてきました。
個人的な感情ではありますが、私は連合の将来に希望を見出しています。
解散すべきかどうかではなく、したいかどうか。
したくはありません」
大部分の者がうなずいた。
このまま話を続けて大丈夫だろう。
「では、望みは別として、解散すべきかどうか。
先ほど意見が出た通り、解散しないということは、最悪、戦う覚悟も辞さないということです」
少し次の言葉を考えた。
幸い、みな、次の言葉を待ってくれた。
今、場の空気を支配できているようだ。
なら、言葉を続けやすい。
「しかし考えてみてください。
食糧難を放置すれば、いずれ飢えます。
戦わなくても、苦難は訪れます」
「そうだ!」「その通り!」と賛同の声が上がった。
一瞬、迷った。
今からいう言葉は、現状では最善の策のはずだ。
しかしこの空気では、意見が通ってしまう可能性が高そうだ。
自分の言葉で、自分の決断で。
その責任を、背負えるのだろうか。
「我々が我々の意思をつらぬくにはどうすればいいか。常日頃考えていました。
相手が我々を扱いづらい、攻めづらい相手だと思わせることです。
言いづらいことですが…はっきりいえば、北方の人々は私たちが無知で、未開で、おとなしい。
そう思っているからこそ、対等に見ていないのです。
逆らわないし、逆らったところで痛くもかゆくもない。
ではどうするのか。
鉄の武具を見せつけることもそうでしょう。
もう一つ大きな方法があります。
彼らがなぜ解散を命じてきたのか。
私たちが、これ以上、一致団結するのを恐れているからです。
ならば、その恐れていることを実現させればいい。
ただの氏族の集まりではなく、彼らのいう『国』を宣言するのはどうか」
興奮して頷くものがいた。これは特に大使たちに多かった。
想定外だったのか、少しポカンとしているもの。
無言だが、少し険しい顔をしているもの。
感情をまったく読ませない無表情なもの。
さまざまだった。
ペロセポネが反応を待っていると感じ、肯定的な表情をしていた若い族長が言った。
「私も似たことを考えていました。この連合を一時的なものではなく、もっと強化していけないか。そうか、『国』といえばいいんだ。彼らと対等になるには、彼らと同じになればいい」
ほかの族長たちには、さまざまな思いが去来した。
今と何が変わる?
一つの国になったら、自分たちの自治権はなくなるのではないか。
族長を束ねる長が必要だ。だれが君主となる? やはりこのままだとペロセポネになるのか?
期待感とともに、不安がよぎる。
ペロセポネはつづけた。
「まずは外に対しては、国として一つにまとまったことを示すべきでしょう。
ひとまず、今各氏族が納めている領地はそのまま自治を続けていただき、国全体にかかわることは族長の合議で話を進めます」
大使の一人は口をはさんだ。
「合議といっても、やはり指導者は必要でしょう。
今までと変わらないように見えてしまいます。
ひとまずは今に引き続き、ペロセポネ殿を主君と仰ぐ体裁は必要だと思います」
反発されそうな言い方に、彼女はひやひやした。
今はペロセポネは盟主であって、主君と仰いだわけではない。
義父が言葉を補ってくれた。
「我が娘のことではあるが、主君は言い過ぎにしろ、これまで連合のまとめやくとして成し遂げた実績は大きいと思う。
外向けとはいっても、この体制を続けるべきだろう。
ほかに候補がいるなら検討すべきだろうが…」
そう、連合の盟主を選出する際と同じ懸念がある。
他の族長に上に立たれることは、ペロセポネ以上に、承服しづらい。
断らなくていいのだろうか。
傲慢に思われないだろうか。
外向けの体裁とは言え、君主である。体裁に責任はついて回る。
その重圧に自分自身は耐えられるのか。
しかし、ここまで来たら、やるしかない。
ここで辞退し族長に任せたら、最悪、わき目もふらず戦争に一直線だ。
いや、内戦になるかもしれない。
じっくり考える時間もない。
ペロセポネは決意しなければならなかった。




