醸成
さまざまな問題が起きた。
水利の分配、穀物の備蓄。
多少余裕のある氏族も、簡単には提供には応じなかった。
大使同士の協議で埒があかない時には、ペロセポネは場で決を取らせた。
孤立を恐れる氏族にとって、「南域の総意」という形は重かった。
譲歩した氏族には、将来の見返りを約した。
それを文に残した。
盟主と全氏族会議の名のもとに記録される約束は、軽くはなかった。
他にも障害はあった。
勝手に交易路を開こうとする者。
皇国と直接交渉しようとする者。
悪意ではない。
自領を守ろうとしただけだ。
あるいは、自分こそ突破口になれると考えたのかもしれない。
しかし、それでは南域を再び分断する。
説得は容易ではなかった。
しかし干ばつの現実と、すでに重大事をいくつも決定してきた会合の重みが、徐々に彼らを縛っていった。
南域は、ひとつになり始めていた。
私は当時、その様子を見ていた。
彼女はまだ、自分が何をしているのか、完全にはわかっていなかった。
それが、かえって良かったのだと思う。
皇国側の立場を簡単に述べよう。
もともと無断で領主たちが集まったことを遺憾に思っていた。
そして、伝えぎく噂によると、何やら氏族間の隔たりをなくすような活動を行っているらしい。
大規模な干ばつにもかかわらず、南域の領民の往来はむしろ増えているという。
氏族はばらばらだったから統治に大きい兵力は不要だった。
これが一つにまとまったらどうなるか…。
実はこのとき、皇国には南域に対して具体的な措置をとる余裕がなかったのだ。
だから、皇国にとって不穏な空気を感じても、放置していた。
が、南域の脅威は膨らんできた。
「もしも」が国家の存亡にかかわるのであれば、最悪の状況を想定せねばならない。
衝突の時は、迫っていた。
話を戻そう。
ペロセポネは短期間のうちに、強い権威を持つようになっていた。
大使たちも合理的な意見を述べ、果敢に決断するペロセポネに心服しはじめていた。
族長は男子相続が一般的である。
政治の場では、女性であることそのものが、違和感となり、少数派であり、彼女自身の足かせになる。
大使たちは、当初の族長たちの目論見とどうように、「いかようにも自分たちの利益を通せる」と思っていた。
あなどっていた。
ライバルは他の大使だと思っていた。
ペロセポネは常に冷静を保っていた。
じっくり考えた案を、押し付けぬまま、理路整然と説明した。
「これは南域全体のことを考えた意見だ」
ときに、大義名分は私欲を超える。
真に、私欲なく見える。
反論はしづらかった。
この場で自己中心的な言葉を発することが、なんと恥ずかしいことか。
大使が族長側を説得するケースも出てきた。
「目先の事柄にこだわるよりも、会合内で一層の貢献することが利益にかなう」
氏族という枠ではなく、南域全体をひとつの単位として考えるようになっていた。
それが領主の枠を超えたものの見方であることを、彼女自身もまだ理解していなかった。
が、大使たちには、それは無私の精神に見えた。
ここまでは彼女の思い通りにことが運んだように書いてきた。
ただ、もちろん、実際には苦難も多々ある。
中には反抗的・非協力的な氏族もいる。
ストレスだ。
協力的な氏族も、本当に情報をすべて共有しているのだろうか。
食糧をまだ隠しているのではないか。
疑心暗鬼にもなった。
盟主と言っても、確実な権限があるわけではない。
民衆は過度な期待と要望を突きつけてくる。
ああ。
ああ。
なぜ、みな、自分の立場に固執するのか。
簡単に決められることを、なぜ決めないのか。
大使たちからは冷静に見えていた彼女も、内心では舌打ちしたくなることもあった。
それは私欲というより、効率への苛立ちだった。
しかし、形を変えれば、それは権力への欲求でもある。
南域の行く末を案じるからこそ、
全体を一つの視点で見られる立場が必要だと、思い始めていた。
男性ばかりの大使の中、秘書官兼初期として女性の友人にいてもらった。
皇国への留学を検討したこともある、優秀な兄に手伝ってもらうこともあった。
わずかばかりに心の支えとなった。
あえて義父には同席させなかった。
実質族長とみなされている彼が参加すると、主導権を握ろうとしていると疑われる。
ペロセポネは外部の情報…特に北方からやってきた人々から話を収集するようになっていた。
皇国が我々の動きに納得しているのか。
食料支援や人手の交渉するとして、どのように行うのが効果があるか。
見極めようとしていた。
そんな中で、気になる噂が増えてきた。
「西域の異教徒が、近い内に帝国を攻めるらしい」
様々な話を統合すると、だいたいこんな感じだと思われる。
西域の遊牧民が勢力を伸ばしているという。
エルゲン帝国との小規模な衝突が続き、
三国は盟約により相互援助の準備を進めているらしい。
皇国にも余裕はない。
───なんという幸運。
ペロセポネは思いを強めていった。
氏族がばらばらでは、小さすぎる。
南域という呼び名も、他者が付けたものだ。
北方には皇国があり、帝国があり、神聖国がある。
名は、存在の格を決める。
───我らにも、名がいる。
この思いが、歴史を大きく動かすことになった。
カクヨムにも掲載しています。




