Re:好きな人を幸せにする能力(後編)
3ヶ月間以上のお付き合い頂きありがとうございました。
これにて完結です。長いので覚悟してお読みくださいまし。
(まとめる力がないのは)許してつかぁさい!
「敵方に優秀なスナイパーが居ます……それも、件のリビングデッドで間違いないと思っています」
作戦司令室と呼ばれる場所でクリストの声が響き渡る。
私を含め、集められた部隊長らはいつも以上に真剣な表情で傾聴している。
「推測の理由として、そのスナイパーがアリアドネ部隊の技術である弾道操作技術を用いている事を挙げます。それもかなり卓越したものです。ここ最近の負傷者の急増は大半がスナイパーによるもので……正直に言って厄介の一言です」
奇しくも、キキの不穏な予言の翌日以降、私達の軍は謎の狙撃手によって劣勢を強いられ始めていた。
弾道操作技術は先代のアリアドネ部隊長であるユニカさんが開発した物。
ただ、そのユニカさんはここから遥かに離れたセイリング平原で亡くなったから、ユニカさんが蘇ったとは考え辛い。やはり……キキが想像した最悪が実現してしまった可能性が高いだろう。
今までリビングデッド達の対策として取られていたのは魔法による攻撃だったのだが、その狙撃手によって魔法攻撃部隊が手ひどく損害を受けてしまっている。
弾道操作技術は狙撃の方角を惑わし、攻撃そのものを防ぐ事も困難にする味方にとっては素晴らしい技術だが、敵に回してみれば悪夢のような技術だと我ながら思ってしまう。しかもただ闇雲に撃つのではなく、まるで教科書どおりの狙撃手法を活用しているのが本当に嫌らしい。
「……加えて、攻撃に当たると状態異常を付与させてくる、か」
ヴァルキュリアであるティエリアが、長い青髪を指先で弄りながらも苦々しい声色で呟く。
そう、敵の狙撃手は毒物をたっぷり塗り込んだ弾で、一回撃つ度に数十人の相手に状態異常を付与してくるのだ。ご丁寧にもその毒は我々が知り得ない、強く、重いもので。現在は薬物に詳しい人員がこぞってその毒物の研究に勤しんでいるが、まだ結果を出せていない。
お陰で毒に罹患した兵士たちは今も兵舎で起き上がることも出来ずに苦しみ続けている。
『――いいこと? 狙撃主の役目は一発で敵の急所を貫く事。そして……徹底的に嫌がらせをすることよ。恐らく、後者の活躍の方が多いと思うわ』
『嫌がらせっすか陰湿っすねミスト隊長、ぁいった!? ナイフでチクるのやめてもらっていいっすか!?』
『戦争は頭を使うものよ、殺す事が常に最善じゃない……敵の足を狙って行軍速度を遅くする、状態異常にさせる、攻撃できなくする……そちらの方が、敵に負担を強いて、こちらが有利に事を進められるのよ』
「――ストルティン、なぁミストルティン、貴公はどう考えている? やはり過去のアリアドネ部隊の隊員で間違いなさそうか?」
「……え? ……あっ、そ、そうね。お手本通りの攻撃手法も鑑みると、やっぱりうちの隊員の可能性が高いような気がするけど……ただ、隊長クラスではない、とは思ってるわ」
気付けば集まっていた皆の視線を前にして、私はしどろもどろに答えてしまう他なく。幸いにも皆もそれを不自然には思っていなかったようだったが……だとしても、私の中に安堵の感覚など浮かびようもなかった。
さりとて、私が怒り狂っているかと言えばそういう訳でもない。
死した○○が敵に操られる事など許される訳もない。
なのに、今この瞬間にも○○がこの世に存在していると考えてしまうと、そして○○が私の代わりに味方を罰してくれているなどと考えてしまうと――嗚呼。本当に私という存在は度し難い。
結局その日はなんら有用な話も出来ずに終わり、私達はロクな対策も出来ずに戦場に駆り出されるのだった。
「まだ狙撃野郎は見つからねえのかよッ! お前らちゃんと探してるのか!? えぇ!?」
「今も必死に探してるわよ! でも、弾道操作で場所の特定が難しいの! 多分、複数犯じゃなくて単独犯だろうとは思うけど……ッ」
「複数でも単独でもどっちでもいいッ、さっさと見つけやがれってんだ! このままじゃ全員ぶっ倒れて全滅だぞ!? 分かってんのか!?」
「カーク! ……カーク、ミストルティンに当たったって何も解決しないよ……彼女たちも必死に探し回ってるんだから」
「ッ、くそ……クソッ。クソッ……!」
「ごめんねミストルティン。カークはルミが撃たれて、ちょっと気が気じゃなくなってるんだ……ほら、行こうカーク」
「……いいえ。気にしてないわ」
それから更に10日が経つ。
夜毎に攻めてくる幽鬼部隊に対して、私達は有効策をいまだ持ち得ていない。
当然ながら以前のような連戦連勝などできようもなく、まさしく薄氷の上の、辛うじての勝利を連ねることぐらいしか出来ていない。
有効である魔法攻撃を行える部隊も件の狙撃手の妨害によって次々と倒れ伏し、毒による死者はいまだ出ていないものの、行動不能になっている部隊は現時点で4部隊にも上る。お陰で普段なら前線に出ることなどない二軍部隊まで駆り出されている始末だ。
私達アリアドネ部隊も、宵闇の中で必死に敵狙撃手を探しているのだが……長大な射程距離、弾道操作の力、そして狙撃手そのものの隠密技術によって発見に至っていない。
そしてそんな毎日が続けば……私達アリアドネ部隊への風当たりがとても強いものになるまで、時間はかからなかった。
敵の仕業なのは明白だと言うのに、憎しみを味方にまで向けてくるなんて。
頭では分かっている。打倒できていない現状に、どうしてもイライラのはけ口を求めてしまうのだろう……だが、連日ぶつけられれば我慢ならない物がある。やれ狙撃の被害が広がるたびに私達に責任があるかのように振舞われると、本当に腸が煮えくり返る気分になる。
実は居なくなった○○が敵に寝返りやがったんじゃないのか、なんて口を抜かした奴を見たときは、本当にその場でそいつを撃ち殺しそうになった。(部下と周りが止めに来なかったら、私はそうしていたと思う)
私とその周りに着々と募り続けるわだかまりと、不信感。
一応こいつらは味方だとは思っているのだが、ふとした瞬間に憎しみを覚えてしまうくらいには私の心は揺らいでいる。今でも約束通りアリアを幸せにするつもりはあると言えど……それでもだ。
ねぇ○○、私はどうしたらいいと思う?
もしも貴方が望むなら私は、貴方の傍で――いえ、望むわけがないわよね。
結局、疲労困憊になってまでこの10日間で私達が得た情報は『単独犯の仕業である』という結論だけで。それが誰によるものなのかを特定することは出来ていなかった――
「ミストちゃん、もしかしてクリストの事を探しているの?」
「……だとしたらどうなのよ、ミーナ」
「今クリストは臨時の軍議があるから、会うならその後になるかも」
「そ。なら後にするわ」
「あっ……え、えっとその……謎の狙撃手さんについては私も探してるけど……な、なかなか、見つからないね! キキちゃんも解毒の手法は頑張って探してるよ、あと少しで何とかなるそうだけど」
「――」
「手がかり、早く見つかるといいんだけど……私もキキちゃんに言われて毒物の調査をはじめてて。これだけの劇薬、抗体は絶対に作られてる筈だから、解毒は出来ると確信してるんだけど、でも……」
「――ねえ、もう行っていいわよね? 無駄口叩いてる暇なんて無いのは分かってるでしょ? 何がしたいの?」
「……ぅ、……うん。ごめんねミストちゃん……そのちょっと世間話で」
「何が世間話よ、本当、あんたの底抜けの能天気さが羨ましいわ……それに抗体だっけ? 本気で探したいんだったら、敵の本拠地にでも忍び込んできたらどう?」
「……ッ、それは、そんなのは無理だよ! あそこの警備の厳しさはミストちゃんだって――!」
「はん、諦めるのね。……だからムカツクのよ、味方のピンチに命すら賭けられないなんて」
「……!」
「中途半端な覚悟しか抱けないなら、せめて大人しくしてくれるかしら? 迷惑なだけだから」
「……」
更に5日が経つ。
夜を迎える度に我が軍内には陰鬱な雰囲気が満たされる。
今日は勝つことは出来るのか。今日は誰が倒れるのか。
兵士達の不安を払拭出来ずに、私達は戦闘に駆り出される。
……もう勝利の数は、目に見える程減っていた。
幽鬼部隊の恐ろしさは移動力の速さ、物理攻撃の無効だけでなく、無尽蔵の体力にもある。死者だからか決して疲労で倒れることもないし。決して空腹を訴えることもない。ただ目の前の生者を倒さんと、毎日。毎日。毎日。夜毎に我々に襲いかかる。
一方の生者である我々には当然そんな事できないので、兵士らの中で陽気な顔ぶれなど、もう見かける事もできない。
「……呆れる。本当に」
城内はいつぞやの帝都防衛戦の再現のように、野戦病院と化している。
呻き声、啜り泣く声。怒りにかまけて罵り合う声。焦げた匂いに血と腐臭が漂う、それは地獄めいた光景。
こうなってしまったのは全て幽鬼部隊の――ううん、たった一人の狙撃手のせい。
全てお前達が言う「たかが一人の狙撃手」を何とか出来ないだけで、こうも変わる。
お前達が軽んじた○○に、今苦しめられているのだと声を大にしてやりたくなってしまう。
だけど、このままにしておくことも出来ない。
誰よりもアリアの幸せを願った○○が、こんな事を望むわけがない。
大体この状況でアリアが幸せに感じるかと言えば、答えは否だ。
そもそもアリアが愛するクリストが苦しむさまを見て喜ぶわけがないのだから。
だが、それでもだ。
私は常日頃自問し続ける問題に、またも直面してしまう。
仮に、○○を敵として見つけてしまったら――私は撃てるのだろうか。
今は幸いにも○○は見つかっていないが。
もしも、もしも○○を私が見つけてしまったら。引き金を引けるのか?
死した相手とは言え、もう一度アイツを送り返すことが出来るのか?
考えれば考えるだけ、私の心はがたついてしまう。
「……今日も、見つからないといいのに」
私はぽつりと小さく呟きながら、沈みゆく夕日を眺め続けていたのだった。
「アンリエッタ! しっかりしろよアンリエッタ! なぁ!」
「……っ、あぁ、お姉さま……。私は……っ」
「大丈夫だぞ、あたしがついているから……ッ! おい、プリースト早くしてくれよ! 何とか、アンリエッタを救ってくれよ! 早くッ!!」
「っ、ディオルドさんこっちです! こちらの部屋へ!」
「……がっ、がはっ!」
「我慢しろ、後少しの我慢だからな、だから頼む、それまで待ってくれ! すぐに治る、治るから……ッ!!」
更に5日が経った。
今まで持ちこたえてきた歴戦の前線兵士達にも、とうとう綻びが現れ始めた。
結果として敗北の数が増えた我々は、進撃ではなく撤退戦を繰り返す状態に陥った。
魔法部隊は毒によってほとんど全滅。症状を和らげる薬が開発された事により、一命はとりとめているものの、まともに動ける状態ではない。
今日もまた一人、主力とも言える魔法騎士のアンリエッタが倒れた。
それは撤退戦で殿を受け持っていた時に、よりによって本人が苦手だと言っていたゴーストとの一騎打ちに追い込まれた為だ。それも、アンリエッタの母親であるフリューゲルさんのゴーストとだ。
果敢猛烈、一騎当千を地で行っていたフリューゲルさんの攻撃は凌ぐのに一杯一杯で。
更にそこに狙撃で横槍を入れてくるのだから、とうとうアンリエッタは隙を突かれて重傷を負ってしまったのだ。
私は、その時の様子をずっと見ていた。
アンリエッタがこうして治療部屋に運ばれていくところも。
アリアがアリエッタを背負って、励ましながらこの砦に来るところも。
倒れ伏したアンリエッタをアリアが何とか庇って担ぎ出したところも。
アンリエッタが、フリューゲルさんの剣で腹部を貫かれてしまう瞬間を。
攻撃を何とか退けようとするアンリエッタの肩を、弾丸が貫く瞬間を。
アンリエッタを襲う凶弾を、○○が撃つ、その瞬間を。
――見つけて、しまった。
そして案の定……私に、○○を撃つことなど、出来やしなかった。
○○を見た私はどうしようもない程に動揺して、狼狽して。
それでも味方を助けないといけないと○○の弾をただ撃ち落としていく最中、その中の一発の弾を、私は動揺から撃ち落とせなかった。
そして大雨の降る早朝、気づけば私はその後の一部始終を、ただ雨に打たれながら眺めていたのだった。
「……隊長、ミストルティン隊長。下がりましょうや」
「……」
「隊長も、頑張りましたよ。敵の狙撃手の弾丸を撃ち落とすだなんて真似、普通出来やしねえです。だって言うのに……」
「……」
「……休まないと、お体に障りますぜ。私らはそろそろ下がりますので、お早めに」
アンリエッタは……どちらかと言うと余り接点はないし、会っても会話は弾まない、知り合いと言っていいぐらいの関係だ。
だけど、だからといってどうでも良い訳ではない。
お互いに一目を置いているし、仕事上での付き合いだとしても、大切な存在だ。
だというのにアリアがあんなにも、泣きそうな表情でアンリエッタに声をかけるのを見ると……見てしまうと。私が責められてるような気がして。
中途半端な覚悟で挑んだ結果、こうなったんだと責める声が聞こえてしまって。
でも。だからといって○○を撃つなんて、そんな事出来やしない。
彼は味方だった。私は彼を愛していた。そんな相手を簡単に撃つわけが出来る訳がない。
でも今の彼は敵だ。敵の操り人形だ。愛していた○○とは違う。
それでも大切な存在だ。彼の願いを誓うくらいには想った。
だが、そんな言い訳をした結果が現状の結末だ。
私が○○を撃たなかったからアンリエッタが倒れてしまった。
私が○○の発見を秘匿したから、アンリエッタが倒れた。
私が躊躇したばかりに、こんな結末になった。
私が。私が。私が――――。
「――私が……お、ぇ。……ぅぷっ」
……情けないことに、喉を逆流するモノを地面に吐き出してしまい。しばらくその場を移動することが出来なかった。
更に3日が経った。
治療部隊の懸命な治療により、幸いな事に部隊長の死者は誰ひとりとして出ていない。
更に言えば毒の成分が何であるかをようやく突き止めた。
その毒はバジリスクの血、コカトリスの肝、マンドラゴラの根、クロドクカブトの体液、それらを混ぜ合わせた特製のもので。様々な症状を併発させ、長く苦しんだ後に死に至るという。
だが成分が分かってもその特効薬を作るのは容易ではないらしい。
敵の出血を強いる作戦を前に慢性的な素材不足に陥った私達は、延命薬の量産すら難しい状態になっていた。
そして――
「『流れ岩砦』を、放棄する――? そりゃ、な、何かの聞き間違いかクリストよ」
「……聞き間違いじゃないです。我々にはもう、あの砦を防衛するほどの戦力は残されていません」
敗北を重ねた私達は、帝都の最前線防衛ラインでもある『流れ岩砦』を放棄することになった。
無理もない事だとは思う。だが、実際にそう言われるのは確かに堪えるものだ。
今まで常勝無敗を誇っていたからこそ……特に。
「主力部隊はもうボロボロです。頼みの綱の魔法部隊も出血を強いられ続け、ろくすっぽ対抗出来ない……このまま戦力を分散させる愚は、どうしても犯せません」
「……し、しかし。あそこが破られたら、今度こそ俺たちの国が……!」
「生半可な数では、敵の幽鬼部隊には太刀打ち出来ない。だからこそ総力戦で挑むんです。もう、それしか道は残されていません……」
「ッ、な、なぁクリスト。何か、何か策はないのか……」
「……」
「策はないのかよ! いつものように言ってくれよ! あっと驚くような策で、俺たちを導いてくれよ! 敵の作戦をひっくり返す作戦をよ! 言ってくれれば俺らは、なんだってする! だから――」
「……繰り返します。『流れ岩砦』を放棄してください。そして帝都の城壁へ戻ってください」
目にはっきりとした隈を顔に残したクリストは、そのまま追求を逃れるかのように司令室から出ていった。残された部隊長の面々は、誰も彼もが険しい顔をし、中には落胆のあまりに地面に崩れ落ちる者も居た。
ほどなくして城内全域に撤退命令が出されて、私達の部隊も移動を強いられる。
敵に使われることを考えて、糧食や資源は持ち出せるものだけ持ち出して後は焼き払われることになるという。瞬く間に騒がしくなった城内の中、部下に忙しく命令を出して、自身も移動しようとした――その、矢先の事だった。
「……?」
にわかに別種の騒がしさが耳をついたかと思えば、担架に載せられて誰かが運ばれて来るのが見えた。その光景こそ珍しいものではないが、ここまで騒ぎ声が聞こえる何かに、私は胸騒ぎを覚えた。
「どうしたの、今度は誰が倒れたのよ…………――ッ!」
私は、担架に載せられたその人物を見て息を飲んだ。
「ミーナ……」
全身に包帯を巻いた、重症のミーナの姿が、そこにはあった。
苦しげに全身から汗を流す様子はどう見ても敵の毒にやられているのは明白で。包帯からにじむ血は、大多数の敵を相手にしたのを悟らせるのは十分だった。
ミーナは救助隊の声に返事すら出来ずに弱々しく胸を上下させたまま、昏睡状態に陥っていた。
「……」
横を通り過ぎていく担架を、なすすべなく眺めるしかない私の耳がある言葉を捉える。
「……ミーナの嬢ちゃん。敵陣に単身で忍び込んだらしいな」
「無茶をする……だけどなんだって、そんな事を」
「抗体だよ、あれだけの強烈な毒を使うってんなら抗体があるだろうって言う推測を信じていったんだとよ」
「……! 結局、それで見つけたのかよ!?」
「あぁ、見つけることはできた……だが、逆に見つかっちまったって……城壁の前で傷だらけで倒れていた所を回収されたんだとさ」
『――大体抗体探したいんだったら、敵の本拠地にでも忍び込んできたらどう?』
……あぁ。あぁ。私は、一体何をしているんだろう?
覚悟がないのは私の方だ。相手が○○だからと尻込んで、傷つく味方に向き合わないでうじうじし続けて。本当、何様だろう。ただ自分の中のわだかまりを、鬱憤を、怒りを、精算したいがために当たり散らしていた自分が、途端に恥ずかしく思えてしまう。
ミーナについてはあれだけ憎んでいたのに、あれだけ殺してやると息巻いていたのに――それこそ命を落としそうになってもやり遂げた姿を見たら……自然とこう思えてしまった。
『次は私の番なのだと』
我ながら単純だと思う。
だけど、だけどそんな覚悟を見せつけられて――黙っていられるものですか。
「……ミスト? 悪いが今は」
「抗体は手に入れたのよね? キキ、量産の目処は?」
「……あぁ。ついさっきミーナからね。量産はまだ先の話だが……あと5日か、いや3日で何とかしてみせるさ」
怪我人を相手に薬を調合していたキキの元に赴く。
キキはこちらに顔をよこすこと無く手だけは動かし続けている。
3日。それはかなりの量産ペースだ、恐らくこの3日間は食事も睡眠も忘れて調合をしないと達成出来ない程度には過酷だろう。
「でも、そんなペースじゃ間に合わないのは……分かってるわよね」
「……勿論さ。だが、今出した日数が私の……いや、医療部隊の限界だ。怪我人の収容、治療、それに加えて調合だって? 土台無理だね。我々全員がくたばる寸前まで頑張って3日が限度だ」
椅子に座ったキキが初めてこちらに体を向ける。
白銀の髪にいつもの張りはなく、頬に血と思しき汚れを貼り付けた彼女は、目こそ髪で隠れているがこちらを睨みつけているのは間違いない。
「そ。……なら3日間で終わらせるようにして。私も決着をつけるわ」
「――ミスト。お前さん」
「何も言わないで。心変わりしたつもりもない……だけど、このままじゃ良くないと教えられたら、やるしかないじゃないの」
「私は○○を、撃つわ」
§ § §
「……ディオルドさんを単身、殿に!?」
「えぇ。その間に、私が敵の狙撃手を何とか無効化するの」
その日の夜を迎える直前、私はクリストに打診していた。
横にいるのはアリア。彼女もまた私が提案した無茶振りとも言える策ににっこり笑顔で同意してくれた存在だ。
「ミーナが体を張ってくれて抗体を手に入れてくれたんだろ? それなら、あたしだって応えなきゃおかしいだろ」
「そんなの、駄目です! 到底認められません! 今そんな事をしたらそれこそ敵の思う壺だ……ッ! 敵は未だディオルドさんを危険視してるんです! だって言うのにそんな」
「でも、どの道この撤退戦は誰かを殿にしないといけない……あんたは分かってるでしょ」
「……ッ」
「そして軍の中で一番力が有り余ってんのは、このあたしだ」
とん、と重い筈のウォーハンマーで軽々しく肩を叩くアリアがそう続ける。
でも力が有り余っているというのは正直誇張だろう。
私もクリストも分かっている。誰よりも武器を振るい、誰よりも味方を助けてきたアリアこそ一番疲労が強い筈なのだと。
「幽鬼部隊にもあたしが一番有効打を叩き込めるだろうよ。キュムロニンバスの威力を忘れてねえだろうな~クリスト~?」
「疑っては、いないです。確かにディオルドさんのキュムロニンバスは強力です。だけど、それだけで殲滅出来るほど幽鬼部隊は甘くない……ッ! 過去の英雄達が牙を剥いてるんですよ?! 如何に魔法が強力と言えど、あの方たちには類まれなる叡智がある、経験がある、技術がある! 今までディオルドさんの魔法で倒した英雄の数も、数えるほどしかないのは分かってる筈です!」
「だけど、時間なら稼げる筈だ。聞けばキキ姉ちゃんが今全力で抗体を作ってんだろ? そして、あたしが囮になっている間にミストがスナイパーをぶっ倒してくれる。時間を稼げば撤退も、抗体も、スナイパーもなにもかも上手く行く。みんなハッピーじゃねえかクリスト」
「――報告にあった、リビングデッドの魂を射抜いて、という奴ですか?」
「えぇ。私達の狙撃は常に魔力を帯びる。実際に何人かは斃すことも出来ているわ。過去の英雄達は簡単に射抜かせてはくれないだろうけど、アリアに気を取られてくれれば多少は成功率は上がる。だから――」
「そんなこと……ッ、楽観視にも程がありますよ! 分かっているんですか!? その狙撃の成功事例も極めて少ないって事を! そんな作戦、万が一にも成功なんてありえない! ……二人は命令通り撤退の準備を、遅滞戦術に努めるようにしてください!」
「万が一があれば十分だ。あたし達にはな。……悪いが、クリストがなんと言おうとあたしはこの策をやるべきだって思ってる」
「ッ、駄目です。駄目って言ったらダメなんです、認められません!」
「クリスト」
「いやだっ、絶対にいやだッ――大人しく命令にしたがえよアリアッ!」
机を叩いて、クリストは目尻に涙を溜めて感情を爆発させた。
それは今まで見せたことのない彼の感情の発露だった。
彼の心から溢れた本音は理屈で分かっても理性では認められない、ワガママと言ってもよいのだろう……だけど、どうしようもなくクリストの外見にマッチして見えていた。
「……クリスト。ようやく自然にあたしの事を呼んでくれたな」
荒い息を漏らし、抑えきれないように涙を零しながらも睨みつけていたクリストを、アリアは片手で胸にかき抱いた。
「分かるさ、ミーナが大怪我を負って不安になってんだろ? それであたしらまで失ったら、って思ったら……そりゃたまらないだろうな、そりゃ嫌だろうな」
「……っ、……っ!」
「でも勘違いすんなよ? あたしらは決して死にに行く訳じゃねえんだ、絶対に生き残って戻ってくる。あたしの帰るところはクリストの隣だ」
愛おしげに、さりとてあやすように抱いたクリストの頭を撫でたアリアは、その頭に口づけを一つ落とすと……そのまま私を見た。
「安心しろ、なんたって親友のミストもついてんだぜ? 幸運の女神様よりも頼もしいってもんだ!」
彼女の表情には曇りの一欠片も見えない。
それこそ今の状況に似つかわしくもない、満点の笑顔だった。
あぁ、この子はいつもそうだ。
どんな苦境に放り出されようと、その無限とも言える包容力と行動力で何とかしてしまう。
だからこそ私もきっと、この子にならと心を開いたのだろう。
「えぇ……あんたが居るなら私も安心して狙撃出来るわね、なにせ味方だけでなくて敵にも大人気なのだもの。きっと隙を狙い放題よ」
「いやー人気者は辛いなー! あっはっは!」
私も力強く頷いて返すと、アリアはいつものように快活に笑ってくれた。
和んだ空気を前に彼女の胸の中で沈んでいたクリストも、もぞもぞと顔を離す。……どうやら観念してくれたようだ。
「……決して、無茶はしないでください。絶対にです。そして、ミストルティンさん」
「ん?」
「アリアを……お願いします」
「ふん……誰に言ってるのかしら」
私はもう覚悟は決めたのよ。
アリアを。いえ貴方達を幸せにするためには何だってするってね。
§ § §
夜が来た。
それは敵の攻撃が開始される合図でもあり、私達の決死の作戦が始まる合図でもある。
満点の星と弧月が彩る素敵な夜空の下、私達は『流れ岩砦』をバックに最後の作戦会議をしていた。
「――じゃあ段取りをもう一度説明するわ、貴方達は狙撃が終わるまで敵を引きつけ、戦場を逃げ回る。いいわね?」
「任せろ、囮なら何度やったかしれねえってな! ただ、別に逃げ続けてる間にあたしらでリビングデッドを倒しても、いーんだろ~~?」
「自惚れないで。それが出来てるんなら今頃私達は苦境に追い詰められてないわ」
「あっハイ」
笑えない冗談を流しながら私は説明を再開する。
まずは囮となるアリアの部隊が、撤退する私達の軍の殿を受け持つ。
殿と言いつつも、敵の撹乱と逃走、そしてひたすら防衛をするだけのかなり辛い役だ。この作戦で一番苦労を強いられるのはアリア達だろう。
そして私達アリアドネ部隊もアリアが苦境に追い込まれないように支援狙撃を行い続ける。
その中で私の役割は――単身で敵の狙撃手を仕留めること。
作戦目標は敵狙撃手……○○を倒す事。敵狙撃手が○○であることなど当然皆に伝えていないが、私が○○を倒した事を確認したら即時に撤退する。つまり、作戦の成功可否はアリア達と私一人にかかっていると言っても過言ではない。
今まで以上に背中にのしかかる重圧に、私は銃を握る力を抑えることが出来なかった。
「アリア、確認するけど……キュムロニンバスは最高何回撃てる?」
「2……いや、3回だな。消耗とあたし達の撤退を考えると」
「そう……ならこうして頂戴。キュムロニンバスは味方や自分が危なくなったら撃つ。決して敵を仕留めるために使わないで。3回撃ったら私も狙撃をやめて撤退するわ」
「うーい」
気軽すぎる程の返事。
だけどそんなアリアの返事にやる気のなさは見当たらない。
その一方で、地平線には既に宵闇に紛れて幽鬼らの何百もの青白い光が、ゆらゆらとこちらに近づいて来ているのが見える。
以前の怪物共の群れに比べたらそれこそ天と地とも言えるほどの数だけれども、この何百の幽鬼ひとつひとつが一騎当千。当時の強さそのままに襲いかかってくる悪夢なのだ。
今回私が下した作戦はその過去の英雄達+敵の大群を相手取って、たった2部隊で本隊の撤退の殿を勤め上げろという、遠回しに自殺を勧めるような酷いものだ。
だというのに、この場に居る全員が臆すこと無く、ただ与えられた役割を果たそうと溌剌とした表情で作戦に挑もうとしている。……本当に、本当に頼もしい限りだ。
「――ねぇ、アリア」
「んぁ?」
「死なないでね」
「……にひ。あったぼうだよミスト。そっちこそ死んだらダメだからな」
こつん、お互いに掌を押し付けあい――そして絶望とも言える戦いの火蓋が切って落とされたのだった。
「――――…………」
枯れ木の根本、草が生い茂る場所に寝転がった私は、暗視の魔法をかけてスコープ越しに戦場を観察し続ける。
戦場ではリビングデッド部隊が戦場を逃げ回り、幽鬼達を引きつけ続けている。
即席だと言うのにまるで永年連れ添ってきたかのような幽鬼たちのコンビネーションを前にして、あれだけ損害を抑えていられるのは、伊達に戦雷卿と呼ばれていない証拠だ。
勿論それにはうちの隊員たちの努力もあるのだが。
リビングデッド達は本体こそ物理攻撃は無効であるものの、本人が持ちうる武器そのものは実体を持っている。至難ではあるが、その武器を狙って攻撃していけばわずかながらの妨害ぐらいは出来るのだ。
だが戦場は流れ、移りゆくもの。
こちらの作戦を早々に見抜いた敵軍は、アリアを狙うのではなく狙撃部隊を狙い始める。
囮という立場である以上、アリアは狙撃部隊へと守りを割く事は出来ない。
一網打尽を恐れて狙撃手はスポットを分散して隠れているものの、位置がバレた狙撃手は逃げるしか道が無い。
「ッ」
そして肝心な私はと言えば味方が、それも自分の部下が窮地に陥ってしまったとしても手を出す事はできない。
この場で私に許される狙撃のチャンスは精々2、3回。それも短期決戦でなければならない。
○○を狙撃する前に自分の位置がバレてしまうのは絶対に避けなければいけないのだ。
――突如、宵闇を稲光が切り裂いた。
神の怒りを買ったかのような雷の雨が叩きつけられ、聴覚という言葉を消し去る轟音と共に稲妻が敵部隊へと襲いかかる。
1回目のキュムロニンバス――どうやらアリアが狙われた狙撃手を助けるために使ったようだ。
怒りの雷は数体の幽鬼を消し飛ばし、少なからず敵に損害を与えたようだが……流石に過去の英雄達。あの防ぎようもない筈の攻撃を受け流したり防ぎ切る存在が、あまりにも多い。
だがお陰で狙撃手達は追手の手をかいくぐり、再度別のスポットへと隠れ、狙撃による妨害を始めたようだ。
「……早く、見つけないと」
アリアの切り札はあと2回。
時間が経てば経つほど不利になる現状、私は嫌でも届く喧騒を耳に入れながらも戦場をひたすら観察し、○○が現れる瞬間をひたすら待つ。
……。
………。
…………。
………………ッ!
見つけたッ、私が位置取る場所とは逆方向からの光筋ッ!
戦場を複雑な曲線を描きながら光がなぞる様子は、どこか幻想的で。
現れては消え、消えては現れるそれは、まるで一瞬だけ現れる光る蜂のようだ。
だが、あの蜂は死を招く蜂――なぞった先にあるのは味方のいずれかである以上、絶対に止めねばならない。
ほどなくして2回目のキュムロニンバスが放たれる。
視界が激しく明滅し、世界は瞬間的に真夜中と真昼間を行き交う。
アリアも狙撃手の存在に気づき、そして一人でも味方への被害を減らそうと撃ったのだろう。
だが、攻撃した先には恐らく誰もいない――度重なる戦闘でも尻尾を掴ませなかった○○のステルス技術は、伊達ではない。
敵の幽鬼達は狙いが外れた事をいいことにアリアへと我先に襲いかかる。
勿論味方部隊も負けじと援護するが、旗色はどう考えても悪い。
○○が体勢を整え、再度戦場で狙撃を再開してしまえば――行き着く先は詰みだ。
「最初からアリアを直接狙わないのは、生前の知識が残っているからかしらね……ッ」
ありえない考えを口に出しながら、私は○○の居場所を探る。探る。探る。
恐らくは程なくして狙撃は再開される筈――そして、もしも私が敵の狙撃手であるならば、そろそろ大技を連発して疲弊し始めた一番厄介なアリアを狙う!
「――ッ!」
刹那に近い時間の中、戦場で瞬く小さな光を見た瞬間、私はほぼ同時に引き金を引いていた。
丸硝子に閉じ込められた世界で見えたのは、岩肌を迂回し、アリア目掛けて襲いかかる死の蜂。私はそれを自らの弾丸で撃ち落としていた。
とうとう自分の存在を晒してしまった。
だが今のは完全に直撃コースの軌道。頭部ではなく肩口を狙うあたり、一撃で仕留めるのではなく弱らせるという作戦を律儀に守っているようだ。
自身を晒してしまった以上、残された時間はほとんどないに等しいだろう。
「あれだけアリアを好いていたのにッ、アリアを撃つだなんて……本当ッ、性根まで腐っちゃったようねッ!」
やはりあれは○○であって○○ではない。
○○の皮を被った、命令に従うだけのゴーレムそのもの――光が瞬くたびに、私は奇跡的な反射神経でそれを撃ち落とし続ける。
だがアリアへの妨害行為を止められても、妨害を続ける○○を止めなければ終わりはない――私は必死に狙撃点を探し出そうと、はるか遠く、5km先の岩陰を見ようとするが、その瞬間。
「――ぁっ!?」
○○の居場所を察知したと同時に、スコープの中で長い枝のような○○の銃の銃口が光るのが見え。顔のすぐ隣を弾丸がかすめていき、私はすぐさま近くの岩場に飛び込んで射線から逃れる。
遅れて呼吸が荒ぶり、心臓が五月蝿いほど早鐘を打ち始めるのがわかる。
向こうの方がコンマ数秒、察知が早かったか……!
お互いに位置がバレ、にらみ合う状態での狙撃は先手を取った方が極めて有利。慎重に事を運ぶ時間すらもうないというのに、これは非常に不味い事になった。
試しに足元に転がる石を遠くに投げてみれば、まるで来るのが分かっていたかのように空中で石が弾け飛ぶ。これでは逃げ出そうと思えば正確無比なスナイプで狙撃され、持久戦に持ち込めば他の幽鬼部隊が私に襲いかかってくるだろう。
どうあがいても詰みの状態だ。
でもそれは、私が普通の兵士であったならの話だが。
「本当に教科書どおりのきれいな狙撃をするじゃないの○○。私も教えた甲斐があったわ……でもね。あんたの狙撃は、キレイすぎるわ」
私は懐から一枚の手鏡を取り出し、ゆっくりと息を整える。
「――最後のレッスンよ○○。アリアドネ部隊隊長の絶技、身を以って知りなさい」
そして、私はそれを――空高く放りあげたッ!
岩場から唐突に放たれた小さな手鏡は、くるりくるりと宙高く舞い上がる。
当然ながら手鏡は次の瞬間に○○の狙撃により粉々に砕け散り、周りに破片を撒き散らす。だが私は直前に空中で回転する手鏡をスコープで覗き込んでおり――○○が居るであろう位置をその一瞬で特定していたッ。
更に間髪入れずに放つ速射! 真上を向いた銃口から放たれた弾丸は岩場から射線に飛び込んだ瞬間にすぐさま方向転換。一直線に○○の元へと突き進む。
そして着弾したかどうかすらも考えずに、私は岩場から体を出し、追撃を始めていた。
「~~~―――ッ!!」
心臓が破れそうな程の勢いで私の耳朶を打つ音が聞こえる。
幸いにも曲芸打ちによって敵のリズムを崩せたのか、全身が青白い何かに包まれた○○の狙撃と私の狙撃の瞬間は今度こそ同じタイミングになっていた。
激しい発砲音の連続。肩に受ける衝撃。私の顔はその度に発射光に照らされる。
これだけ狙撃をしても尚遠くで発射光が観測出来るのは、○○が私の弾丸を撃ち落とし続けているから。そして私がこうして生きて狙撃出来ているのは私が○○の弾丸を撃ち落とし続けているから。
「あ、あぁ、ああああああぁぁぁぁぁぁ―――ッ!!」
気づけば、叫んでいた。
極限とも言える集中の代償として私の脳が悲鳴をあげる。排莢と装填と引金を引く動作を繰り返す私の腕はまるでそれそのものが機械であるかのように動き続けており、自分が今何をしているのか、何をしたいのかも分からずに私は撃っていた、撃ち続けていた!
撃ち落とせなかった弾丸が見当違いの岩を抉るのが分かる。私のすぐ隣に着弾するのが分かる。私の帽子を吹き飛ばすのが分かる……! 段々と狙いが正確になっている。恐らく次落とせなかった時が私の終わり、だけど条件は相手も同じッ!
一年少々でアリアドネ隊の隊長を越えようなんて百年早いのよ!
「○○っ、私は、私は絶対に負けないわっ!」
お互いの狙撃点の間で、相殺の光が舞う。
「貴方が、願った幸せをっ、私は叶えてみせるっ!」
銃身が赤くなり、湯気が立ち込めるのが見える。
「貴方が命を賭けた意味が、全部、全部無駄にならないように! 貴方の優しさが、アリアに、皆に届くようにッ!」
この直線距離で○○は私に返答するかのように自分の位置を光らせてくれる。
「だから、私は貴方を……ッ!?」
――ガチンッ。
弾切れ。それをレバーの反応から知覚した瞬間、私は自分の死を悟った。
この極限状態では、極小さなタイムロスでも致命的――リロードに何秒かかる? いや、弾はあと何発ある? そもそも私がこの場で狙撃出来る時間はあと何秒……!?
圧縮された時間の中で高速で考えるが脳裏をちらつくのはいずれも死の結末……まずい、もう次の狙撃が来るっ、でも、今隠れてこの瞬間を逃したら――ッ
そうして私がリロードに動こうとした時、対岸で小さな光が瞬き――、
「~~~~~~~ッ!!」
直後、世界から闇が消えた。
世界が真っ白に漂白されたのと、自分が先程まで覗いていたスコープが粉砕されるのはほぼ同時の事だった。
(3度目のキュムロニンバス!)
それは本来ならアリアからの撤退の合図。だがこれは同時に私にとってかけがえのない助けの矢でもあった。
私はこの機会を逃さずに懐を漁る――確認できる限り残りの弾はもう一発しかない。
最初はコレを使うつもりは全くなかったけど、もうそんな悠長な事は言ってられない。
『――これは手慰みに作ったものだが、念の為渡しておく。ゴーストに効果があるかどうかは分からないが……もし、これが当たれば』
私はキキから貰った特殊弾丸を懐から取り出し、薬室へ送り込み、つがえた。
「○○っ、私はっ、私は貴方を……貴方を愛していたわ――っ!!」
泣いても笑ってもこれで最後――壊れたスコープ越しにアイアンサイトで狙いを定めるのは豆粒とも思える距離にいる○○。当たるかなんて考えてる余裕はなく、私はそれを撃った!
戦場ではまだ激しい戦闘の音がかき鳴らされているのに、その一発だけは特に戦場に響いたように思えた。
――。
――――。
――――――。
私は構えた姿勢のまま、動くことも忘れ、狙撃した場所を眺め続けていた。
――5秒、10秒、20秒。
反撃されていればとっくにこの世からおさらばしているような長い長い時間の中、それでも対岸は沈黙を続けるばかりで。そして、気付けば息をすることを忘れていた私は、大きく長く息継ぎをすると……完全に、自分がやり遂げた事を悟った。
「……」
だけど、喜びなど浮かぶ訳もなく。
私は鼻先がつん、となる感覚を覚えながら軽く目元を拭い――そして立ち上がる。
「おおぉぉぉぉいミスト! すぐに撤退するぞ、こっちに乗れ!」
「えぇ、分かったわアリア」
アリアも生き残ってくれたようだ……ボロボロになりながらもこちらに向かってくるのを見ると、私は最後に対岸に視線を向け……それからアリアに合流するべく、その足で移動を始めるのだった。
「……さようなら。○○」
撤退する私達に、敵の狙撃手による攻撃は決して行われることはなかった。
§ § §
帝都は見上げても見上げても頂上が見えない、超巨大渓谷に作られた国家だ。
その渓谷の入り口となる場所には巨大かつ強固な砦が置かれており。
過去二百年間、魔軍達の侵入を拒み続けて来た実績を持っていた。
そんな我々帝都臣民達の最終防衛拠点、通称『グロウリア壁』。
そこでは今まさに、地獄が繰り広げられていた。
『――敵、攻撃――――右翼、オーガ部隊増――あり! ――前進せよ、前進――!』
『――ザザッ、ティエリア隊長、負――! ――誰か、応援を―――ッ! ザザ』
『ザッ、ザザ――中央の守りが――薄―――ザッ、――閃光、――ザッ』
『――包囲、――幽鬼部隊――……ミグルド、――倒せず――ッ!!』
宵闇の中でも分かる、赤と、白と、黄色と黒の色の乱舞。
絶えず地面が震え、怒号が周りへと撒き散らされ、城壁の下では雲霞の如く味方と魔物が入り交じる。
隣に転がした魔法球からは絶えず絶望とも言える報告が流され続け、城壁から離れた高台でどれだけ狙撃を続けても、事態が好転するような事は起こり得ていなかった。
「……ッ」
銃床越しに響く発砲の衝撃が肩に痛烈な刺激を与え続け、赤熱した銃身に時期的に少し早い雪が触れるたびにじゅぅ、と焼けた匂いを鳴らすのを感知しながらも、私はただひたすらに引金を引く機械であろうとし続けた。
私とアリアによる敵狙撃手の撃退は幸いにも功を為したと言えるだろう。全隊は無事に砦へと集結でき、多少の準備を整えることも出来た。しかし、それは私達の寿命を少しだけ伸ばしたに過ぎないと思えてしまう。
部隊に大小の被害を出しながらもやっとのことで○○を撃ち倒しても、次に待ち構えているのは残りの幽鬼部隊+到底数え切れない程の魔物達の群れ。群れ。群れ。敵もここが正念場だと理解しているのだろう、出し惜しみはなしだと言わんばかりに私達の砦へと総攻撃を仕掛けているのだ。
ミーナが命からがら取得してきた抗体からキキが解毒薬の量産にこぎつけたのがつい先日。
だがその量産数は規定の数を揃えること叶わず、回復も抜けきらない内に全部隊がこうして防衛に駆り出されている状態。
言ってしまえば、これは私達の軍始まって以来の最大の窮地であった。
「隊長ッ、6時の方向にワイバーンの群れおよそ50体以上! 急速旋回! こちらを狙っています!」
「見れば分かるわよ、アリアドネ隊構え! 撃ち漏らしなく全員一撃で撃ち落としなさい! ――ファイアッ!!」
命令とともに40を超える発砲音が私の背中を叩き、夜空に何十もの光の筋が彩られる。
それは小高い丘に陣取って狙撃を続ける我々目掛けて大口を開けるワイバーン達に止まること無く突き刺さり、全高5m程の空を飛ぶ蜥蜴らは胴体や眼球を意志を持った弾丸達によって貫かれ、ある者は意識を途絶し、ある者は痛みから次々と飛ぶことままならず、重力に引き寄せられて落ちていく。
「敵ワイバーン残存2! 誰か早くそちらを」
「ッ!? 報告! 4時方向に大筒部隊! 正門を狙っています!」
『ライアンハート部隊――撤退、撤退支援求――――狙撃―――求』
「残り残弾少! 補給をしないと継戦困難です隊長!」
「~~~~ッ、お前達、ボサっとしてる暇はないわよ! 目の前の敵を倒したら次の敵! 無駄玉なく、銃身が溶け落ちるまで撃ち続けなさいッ!!」
たとえどれだけの敵を切り裂こうとも。
たとえどれだけの敵を吹き飛ばそうとも。
たとえどれだけの頭部を射抜こうとも。
たとえどれだけの魔法が襲いかかろうとも。
たとえどれだけの天変地異が襲いかかろうとも。
我々をあざ笑うかのような増援の嵐が、私達をひっきりなしに追い立てる。
病み上がりの前線部隊も怒涛の勢いに徐々に押され、今や門近くに陣取って防衛をするばかり。幽鬼部隊の数も少しは減らせたが、依然として脅威であり続けている状態。これではどうあがいても明るい未来が見通せない……!
これまでにない焦燥感に追い詰められているからか頭脳はコレ以上無くクリアになっているものの、思考と行動がバラバラになってしまうくらいには戦場は忙しなく、私達は冷静な判断が出来ているのかすら怪しい状態に陥っていた。
だからだろうか。そんな我武者羅な抵抗に、とうとう綻びが訪れてしまう。
「――ストちゃん、ミストちゃん、早く逃げてェッ!!」
「!? 隊長ッ!」
「きゃぁっ?!」
張り上げられた声。横っ腹への衝撃。突き飛ばされたと思えば、庇ってくれた部下の一人が黒い何かに吹き飛ばされて視界から消える。
痛みをこらえながら咄嗟に起き上がり……そして初めて我々の部隊がナイトウルフの群れに襲われていることに気付いた。しまった、こんな戦況の中で狙撃部隊が魔物の接近を許してしまうだなんて――!
「はなれ、ろッ!」
「ギャウンッ!?」
ただ我先にそんな私達を助けてくれたのは傷だらけのミーナだった。
全身に巻いた包帯はそのままに、特殊な形状をした鎖付きのククリナイフを部下を襲う狼目掛けて振るい、そして倒していた。
「ミーナ、アンタ何でこんな所にっ……それに、その怪我……ッ、どうして……ッ」
「撤退の途中に、気付いたの……ッ、側面から襲いかかろうとする群れにッ、だから、じっとなんて、して、らんなくて」
今にも倒れそうな程疲弊したミーナは見ていて痛々しく、早く休ませねばと焦ってしまう。
だけど動揺を隠せぬ私に、ミーナは逆に強い口調で叱責してきた。
「味方がピンチだったら、いつでも駆けつけるよ……ッ。そんな事よりもミストちゃん、早く撤退を! 後続が来る!」
「~~~ッ、! そうだ、狙撃中止! 狙撃中止ッ、近接戦に切り替えて撤退! ポイントB目指して移動! 急いでッ!!」
「聞いたか皆っ、近接戦切り替えっ! ぐっ、同士討ちに気をつけ――がああぁぁぁッ?!」
咄嗟に命令を出すも20を超えるナイトウルフ達と部下は既に混戦状態。援護のために拳銃で応戦しようとするも、揉みくちゃの状態での発砲は同士討ちの可能性が高まり、迂闊に撃つ事も出来ない。助けに来てくれたミーナの尽力があっても、この場のナイトウルフをすぐさま引き剥がすのは容易な話ではなかった。
「敵後続部隊接近中……ッ、ちっ、隊長ッ、隊長だけでも撤退してください!」
「駄目よっ、アリアドネ部隊全員で撤退よ、重傷者をつれて全員――ッ」
「俺たちが残ってもッ、あんたがいないとアリアドネ部隊とは言えないッ! 逆に言えば、あんたさえいればアリアドネ部隊は生き残っているって言える! だから、先に撤退してくれ!!」
「そうだぜ隊長! ちょっとくらい、俺らに良い格好させてくださいよっ!?」
「~~ッ、……あぁ、そうさ! ここは任せて、先にっ!」
「そんなの……!」
「ミストちゃん、行こうっ……早く!」
「――――~~~~ッ、あんた達、絶対に、絶対に、ポイントBに帰ってきなさい! 命令よ、命令だからッ!」
留まり続けそうになる私の足をミーナが引いて誘導しながら、今も狼の群れに襲われる部下を置いて、先へと移動する。
ワイヤーを使って進んだ先は、切り立った崖に開けられたごつごつとした岩が転がる洞穴。私達はそこに降り立つと、未だポイントAで苦戦を強いられる部下へと援護狙撃をしようとして、
「い、つっ!?」
「ミストちゃん!? っ――こ、のぉっ!」
突如肩口に受けた衝撃により、私は持っていた狙撃銃を落としてしまう。
ミーナは私を攻撃したその存在をすぐさま倒したようだが、続けて別の何者かがミーナに飛びかかっており、私は咄嗟に取り出した拳銃で迎撃する。
「ギィィッ!?」
二発の銃声。そして敵の悶絶の声。腕と足を弾丸で貫かれたゴブリンはたまらずミーナから離れ、直後に彼女のナイフで首を裂かれて絶命する。
こんな雑魚モンスターがどうしてこんな所に――と驚く暇はなかった。
私は洞穴の奥を睨み、ミーナが庇うように前に出る。
一体だけのゴブリンは勿論敵ではない。
だが洞穴の奥まで嫌になるほどの量のゴブリンがいれば、話は別だ。
ここは味方の防衛ポイントだった筈。なのにここまで侵入を許してしまっているのは、側道部分の守りが壊滅しているという事に他ならない。
「……ミストちゃん」
「……えぇ分かっているわ」
絶体絶命。
後続の部下を待つには時間が足りず、二人共かなり疲弊している。
そしてこの狭い場所では狙撃銃は不利……私は拳銃とナイフを交差させるように持ち、ミーナも痛みに顔を顰めながら両手にククリナイフを構え始める。
戦略的にはすぐに逃げ出すべきだろう。だが逃げ出せば後続の部下が犠牲になってしまう。そして、それを許容できるほど私は人でなしではない!
私が覚悟を決めたと同時に数体のゴブリンが飛びかかってきていた。
拳銃が火を吹き、瞬く間にそいつらの頭部が弾ける。だが味方の死を気にもせず、続けて二陣、三陣目が襲いかかってくる。
それでも私は冷静に弾丸をその頭部に的確にお見舞いしてゆき、立ちどころに私らの前に死体が積み上がっていく。
中には運良く射殺を逃れる個体もいるが、その先にはミーナのナイフが待ち受けている。そいつの運命は、間合いに入った瞬間に何個ものパーツへと泣き別れてしまう未来しかなかった。
即席であるが絶対的なコンビネーション。
私達の息のあった迎撃は、敵の攻撃を決して通しはしなかった。
しかし、それでも敵の勢いは止まりやしない。
恐怖と言うものが抜け落ちているせいか、味方が頭部を貫かれても、はたまたボロ屑のようにバラバラになっても、ただ不快な金切り声をあげながらこちらへと襲いかかるばかり。
味方の死骸を踏んづけ、奴らは我先に私達を討ち取らんと棍棒を振り上げてくる。
三陣目を退け、四陣目を粉砕し、五陣目も殲滅した。
だが六陣目――ついに、私達は致命的な隙を晒してしまう事になる。
「ッ、弾切れ……!」
恐れていた弾切れが起こったのだ。
護身用として口径の小さい弾丸を使っていたのが裏目に出た。貫通力の低いこの弾丸では複数の敵をまとめて粉砕することが出来ず、一体に対し一発を撃つ必要があった――そのため、瞬く間に弾丸は消費され、もう換えの弾倉がない。
悪いことは続くものだ、ここに来て重傷だったミーナの無理が祟り、ついに敵を倒しきれずに得物を掴まれてしまう。
「グギャギャギャギャッ!!」
「っ、く! 放して――」
「ミーナ!」
私は無用の長物となった拳銃をゴブリンの顔に投げつけ、怯んだ隙にミーナがゴブリンを始末する。しかしながら今の隙で私達は自然と囲まれてしまい……お互いに背中を預けた状態でゴブリン達を相手取る形になってしまった。
「言うまでもないけど、絶体絶命ね」
「ほんと、だね……私も、複数人との戦闘、もうちょっと訓練しておけばよかった、よ」
背中越しに感じるミーナの体温は火傷しそうな程熱い。
絶望としか言いようがないこの状況だったが、それでもそんな時に隣にこの子が居てくれるのがとても心強かった。
……ちょっと前まであれだけ憎んでいた相手だったのにね。
本当に……私って呆れるくらいに調子のいい存在だ。
「……ねぇ、ミーナ」
「なぁに、ミストちゃん?」
「その、ごめんなさい、私……○○のことしか全然考えてなくて。貴方に酷いこと言って、それで無茶をさせちゃって……」
「……! ふふ、本当にね。私は大分傷ついたし……大分悩んじゃったよ。でも私も同じくらいミストちゃんを傷つけてたのに気付かなかったもん、おあいこだよ」
「ううん。私はずっと隠してたから仕方ないわよ……私の怒りは見当違いだった。私だけ苦しんでるのが理不尽だって貴方達を勝手に妬んで、貴方達も同じ目にあえばいいのにって想って……○○の願いを盾にして、ただ当たり散らしてた……だから、ごめんなさい」
「私も同じだよ。『助けたい』とか『何とかしてあげたい』、っていう気持ちだけ先行して……その分、ミストちゃんの気持ちを考えずにお節介を押し付け続けてた。助けるのは良いことだけど……相手の気持ちを考慮しないやり口なんて、不快なだけだもんね……だから、こちらこそごめんなさい」
じり、じりと包囲網が先程よりも狭まって来ている気がする。
数十を超える獣達の目はどれもこれも下卑たものに見え、これから起こるであろう暴虐、そしてその結末にはちきれんばかりの期待が包まれているのが分かった。
「……ミストちゃん」
「うん?」
「私、まだミストちゃんの親友で居ても、いいかな?」
ぎぃぃ。とゴブリン達が乱杭歯を見せ、重心が前のめりになるのが分かった。
「えぇ。勿論……あんな事を言った私で良ければ、喜んで」
そしてとうとう包囲網が崩れ――私達に暴虐が襲いかかった。
§ § §
戦闘が始まってかれこれ6時間が経っただろうか。
僕はこの作戦司令室から一歩も出ること無く、こうして指示を出し続けている。
連日の疲労と集中のしすぎか、鼻からは血が何筋も垂れ、頭の中ではひっきりなしにガンガンと鉄を叩くような音と激しい痛みが続き、頭がゆだるような熱を持っているのがわかる。
だけど常に不利を強いられ続ける状況では、そんな不調は関係ないも同然だ。僕の油断が味方の死に繋がると考えれば……思考を止めることなど、出来やしない。
「右翼は後退! アンリエッタさんは魔法攻撃で敵の動きを止めるようにしてください!」
『クリスト、中央正面、サイクロプス二体! 畜生、何だよあのデカさ! 抱えてる丸太で正門をぶち破るつもりだ!』
「クロウリー部隊、メテオストライクの詠唱完了はまだですか!?」
『――こちらクロウリー、現在十四節目に入った。後二節待ってくれ』
「待てません! 残り一節だけで短縮詠唱してください、威力は多少弱まってもいいです!」
『こちらっ、ズオール部隊! ズオール部隊! 誰かヒーラーをよこしてくれェ! このままじゃ隊長が死んでしまう!』
「っ、ヒーラーはC6スポットに待機中です! ズオール部隊は急いでそこまで撤退してください!」
『クリスト。てき、動きある――見たことあるてき、みずのひと。おおつなみ、くる』
「!? アクアさんの得意技……!? キキさん! お願いします、全体反射魔法を可能な限り展開してください!」
『一回こっきりだって言ったのは聞いてたかい? 本命への対策はどうするんだい』
「今あれを撃たれたら、我軍は形勢を立て直せずに打ち倒されます! 早く!」
『……了解。聞いたかいお前達、さっさと魔力を集中させな!』
「お願いします! くっ……もう少し、もう少し時間があったのなら……!」
ミストルティンさんとディオルドの無茶のお陰で謎の狙撃手は沈黙し、更にミーナが命をかけて見つけた血清のお陰で毒を癒やす事もできるようになった。
しかしそれだけの幸運があったとしても、敵軍の猛攻には太刀打ち出来ていない。
一騎当千という言葉が生易しいくらいの強さを持つ幽鬼部隊に、地平線を埋め尽くす魔物達――どうにかして稼いだ三日間では味方の傷を満足に癒やすことも出来ず、病み上がりの部隊での防衛は案の定綻びを見せ始めていた。
敵の弱点を攻め込むのは戦争での常道とは言えど、実際にやられたことのない僕は過去に類を見ない程頭を悩ませ続けていた。
また一滴、血の雫が机に垂れる。
その場に倒れこんで眠りたくなりそうなのを食いしばって耐えながら、僕は最善策を考える。考え続ける。
きっと思考を止めた瞬間に負けるという謎の確信が僕にはあったからだろう。だけど、その確信は極めて正しいと言わざるを得ないだろう。
もう撤退する場所はない。民のみんなに協力を願う?
無理だ、幽鬼部隊に太刀打ちできない。降伏など論外。前線を下げて籠城にうつるべきか。
朝までこらえられれば準備が。いや、朝を迎えても敵は魔物を下げないだろうだとしたら――
頭の隅に浮かぶ諦めるという手段、それを押しやりながら必死に思考の海に没頭し続ける……その時だった。
『――リスト! クリスト聞こえるか! アリアドネ部隊からの応答が消えた! このままではうちの部隊が撤退出来ない! 繰り返す! 撤退できない!』
「……ッ!?」
『おい、聞いてるのか! 頼む応答してくれ! 現在幽鬼部隊と交戦中! ミグルドのおやっさんが手強すぎる! 応援を頼む! 応援を』
(アリアドネ部隊の信号が、消えた……?)
一瞬思考に空白が出来たが、すぐに持ち直すことが出来たのは奇跡だと思う。
かの部隊は援護の要であると同時にミストルティンさんがいる場所。
悪い想像が頭の中で鎌首をもたげるも、努めてそれを振り払って僕は命令を出す。
「わ、かりましたっ、今すぐに応援を行かせます! 後少しだけ、少しだけ持ちこたえてください! ――ディオルドさん!」
『なんだぁ、愛しのマイハニー! 今現在サイクロプスをお仕置き中だ!』
「頼みがあります。ライアンハートさんがミグルドさんと交戦中です! 至急応援にいってください!」
『ミグルドのおっさんか! おっけー、おっけー。でもそれならサイクロプスはどうする?』
「無茶を承知で言わせていただければ……速攻で、サイクロプスを倒して、応援にいってください」
『……へぇ』
「ボクはアリアなら出来ると、信じています」
『――くっ、くっくっく、あははは! りょーかい! マイハニーにお願いされたなら仕方ねえ! ちょっくらいってくらぁ!』
直球の愛を与えてくれる大切な人に、僕は非情な命令を下すしかなく。
だけどそんな命令を笑って承諾してくれるアリアが、あまりにも自分に勿体なかった。
……それにしても先程の報告が耳に残って仕方がない。
また一人、また一人見知った仲間を失っていくのかと思うと、胸があまりにも苦しくて。
痛む頭を片手で押さえながら、僕は並行して思考を始める。
アリアドネ部隊の救出を……いや、ダメだ。今はそんなリソースは割けない。
だけど、あの子はアリアの親友で……そんなの、関係ない! 前線のみんなこそ助けなければ……だが!
『――ザ。―――こちら―――リアドネ部隊の信号が消えたのは、本当ですか? ――出に向かいます。ポイントを提示してください!』
そんな葛藤の中、ボクの耳がどこか聞き覚えのある声を拾った。
「っ、はい。そのようです……えっと、場所はBスポット……地図で言うD5です!」
『――了解しま――。直ちに向か――』
「……って、そちらはどの部隊ですか!? 勝手に動かれると今は……応答してください! 応答を!」
所属を答えない、その謎の人物からの返答は――それ以降、何一つなかった。
§ § §
「……え?」
それに驚いたのは私達だけではなく、今まさに襲いかかろうとしていたゴブリン達もだろう。
突如洞窟内に飛び込んだ光。それは生きているかのようにゴブリン達の頭部、それも眼に飛び込んでは貫き、貫けばまた別の眼に飛び込んでいく。一つの弾丸が数十の体を一息に骸へと変え、ゴブリン共は汚らしい体液を撒き散らして地に伏せてゆく。
弾道操作技術――それもかなり高度なものだ。狙った場所に正確無比に飛び込ませる技術は、部隊長クラスでなければ見せられないだろう。
最終的に五つの弾丸が撃ち込まれ、その五つの弾丸だけでゴブリン達の群れは全滅に近い状態に追い込まれてしまう。
最初はそれが私の部下の応援なのだと考えていた。
だけど、私達のいる洞穴に降り立ったその存在は――余りにも意外な人物だった。
『すみませんミスト隊長、格好つけて登場しようとか考えてたら遅れちまいましたよ』
「……!」
洞穴の入り口に立つその人物は全身が青白い光に包まれた、見慣れた我が部隊の服を来た男性。飄々とした口調は変わらず、その手に狙撃銃をぶら下げていた。
『――しっかし……ゴブリン如きがうちのヒロインを狙いやがって……エロゲよろしく陵辱でもしようとしてたのか? 舐めてんじゃねえぞ、クリファンはCERO:Aだ、そんな事許されるわけねえだろがッ!!』
その狙撃銃は銃というよりは歪に成長した枝にしか見えず。
だが銃口から立て続けに飛び出した弾丸は獲物を求めて洞窟内を飛び回り、生き残りのゴブリン達を物言わぬ骸へと変えていく。
私達は呆気に取られてその人物がすることを、眺めてしまう。
あぁどうして。どうして、貴方がここにいるの……!
『ふぅ……これで全滅っすね。ってことで遅れましたが……副長○○。任務に復帰します、ミスト隊長ご命令を』
「○○さんっ!」
「○○っ!」
そこには、死んだと思っていた○○が、いつもの様に佇んでいた!
「どうして、どうして○○さんが!? だって、○○さんは……っ、アリアさんを救って……それでミストちゃんに撃たれて……ッ」
『いやー俺も死んだと思ったんすけどね、気付いたらぶっ生き返されて敵に操られてまして……それでミストと狙撃合戦して撃たれたんすよ。あぁこれでまた死ぬんだなって思ったら、何故か死なずに、代わりに顎が外れるほど爆笑してしまいまして……それで笑い死ぬ! って思った所で目が覚めたんですよ』
「え、えぇ……? じゃ、じゃあ○○さんは死んだまま……?」
『うん、まあそですね。俺死んでます。敵四天王の『サモン・アンシエントヒーロー』っていう術のせいで仮初の命を貰ってる状態っすけどね、本来なら永続支配の術の筈が、よもやワライタケで外せるなんて俺も知らなかったっすよ。いやークリファンって奥がふけー』
「えぇぇぇぇ……」
『そんでまあ急いで我々の陣地に向かっていったらミストが危ねえってなってるじゃないですか。だから急いで救出ポイントに向かって……あれ? ミスト? 何でミストは黙ってるんです? 折角の再会なんですからもっと喜んでも……』
「…………」
『あ、あーひょっとして前の事……もしかしなくても怒ってます? 怒ってますよね? いや、あのときは本当に無我夢中で、それで』
「○○、ちょっとそこに直りなさい」
『あっ、ハイ。勿論そこにいます……あ。あれっすか殴ります? いや、当然ですよね殴りますよね、ハイ、俺覚悟してます』
「……」
『あっ、すごい助走取ってる! 全力パンチだなコレ!? で、でも隊長言っておきますけど俺幽体なんで物理攻撃は基本受け付けな――げぶぅし!?』
何一つ考えてなさそうな心底憎たらしいその顔に右ストレートを叩き込めば、もんどり打って○○が倒れる。そして私は立て続けに飛び付くように○○に跨り、拳を握りしめた。
『えっ、ナンデ!? 痛みがなんでッ、いた、いてぇっ!?』
「このっ、このッ、この馬鹿っ! 馬鹿○○ッ!」
『ミストさん拳に魔力纏わせるって何でそんな高等テクッ、幽体なのにいてぇ!? ひぎぃっ!?』
「今頃ッ、のこのことッ、現れてっ! 私がッ、どれだけッ、苦しんだかッ! 知らないでしょうッ! ねッ! なのに、アンタってッ! 奴は……ッ!」
『いたっ、いたっ、いってぇ! 魂削れるッ! 魔力削れるッ!? 死んじゃう! また死んじゃうからっ!』
「しんじゃえっ、しんじゃいなさいよッ、私はッ、あんたが好きなのにっ、あんたは私を置いて、勝手に死んで……ッ、それで私に願いだけ託して、私を一人ぼっちにして……ッ」
『いつ、いつつ……っ』
「ずるいっ、ずるいわよっ、ひどいわよっ……○○の馬鹿ぁっ、ひっく、なんで、しんじゃうのよ……、いきてかえってこれるなら……ひっく、……なんで、すぐにきてっ、くれないのよぉ……っ」
『…………』
「ばか、ばかぁ……○○のばかぁ……ッ」
殴る力はとっくに失われ、私は倒れ伏す○○にすがるように抱きつき――そして泣き喚いていた。
青白く光る○○の体は魔力を通さないと触れることも出来ず、近いのに遠くに感じてしまう事が更に私に涙を流させた。
『……今更何を言おうと許される訳もないけど……ごめんなさいミストルティン』
「あ、たりまえよ……ッ……あんたなんて一生、許さないわっ……許さない、ゆるさないんだからっ……一生つぐないなさいよっ……!」
『こいつぁ手厳しい。一生を終えたと思ったら次の一生は償いに走らなければいけないなんて……自業自得でしょうがね』
ふわり、と私の髪を何かが撫でるような感触を覚えれば、私は自然とその手に頬を寄せていた。
○○は少しどぎまぎとした表情を見せながらも少しだけ応えてくれたのが、とても嬉しかった。
……だけど、いつまでもこうしてはいられない。
○○もそう考えたのだろう。私から手を離すと、ゆっくりと立ち上がった。
『……あ。ミーナさんもういいですよ? お見苦しい所をおみせしました』
「え、う、ううん。と、とんでもないです! 私はちょっと涙ぐむくらいには感動しちゃって……」
「……」
う……しまった、そういえばこの場にはミーナも居たんだった。
私は自分が見せつけてしまった光景を思い出し、頬を真っ赤に染めてしまう。
……やめて。私をそんなに生温かい目で見ないで。お願いだから!
『さって、感動の再会は兎も角として……早速ですが皆を救っちまいましょうか』
「救うって、簡単に言うけど……」
「こほん……今まさに全滅寸前よ。なんか手があるわけ?」
咳払いをして疑うような目で○○を見れば、ちっちっちっと余裕たっぷりに指先を揺らす姿が見えた。
……久しぶりに会ったけど、やっぱり神経を逆撫でする事に長けてるのね、コイツ……!
「余裕ぶってんじゃないわよ!」
『場を和ませる軽いジェスチャーですよ! 確かに確かに? 敵の幽鬼部隊はイキイキとこっちに襲いかかってくるし、敵の怒涛の進撃の前に砦は今まさに陥落寸前。大ピンチと言えましょう。ですが、一発逆転の策がないかと言えば……ありますぜ、とっておきの秘策!』
「……! まさか、ワライタケ弾でリビングデッド達を撃って正気に戻す?」
『あ、あー。まあそれも策の一つっちゃ一つですが、多分正攻法ではないでしょうね。いや、今回の『旧き英雄達の襲撃』イベは公開当初はクリファン屈指のクソイベと言われてたんですが……数週間を待たずして楽勝イベに評価が様変わりしたんですよ』
「え……? い、イベ……? 評価……?」
「……またなんか変な事を言い出してるわね。それで、何が言いたいのよ?」
『簡単です。ある敵を一体ぶっ倒したら幽鬼部隊全員が正気を取り戻してこっちの味方になります』
「はぁ!?」「はい!?」
『救済措置か何か知らないんだけど、敵四天王さんが前線まで出張ってきてるんですよ。で、そいつが体力クソ雑魚ナメクジかつ物理対策もしてないボスの面汚しなんで……一発撃ったらコロリ! あとは過去のクソ強英雄達と共に敵魔物を協力してぶっ潰すだけ!』
「……ッ、そ、そうなの? でも○○さんはその情報はどこで」
『そこはまあ俺がチート持ちなんで知ってるって事で……ねえミスト隊長?』
「何がねえよ! ……はぁ……まあ、信じる価値はあるかもしれないわね」
「……え、えぇぇぇ~~……み、ミストちゃん、本当に信じるの?」
「こいつはいつも突拍子の無いことを言うけど何故かそこそこの信憑性はあるからね……他に縋るものもないし信じましょうミーナ。それで肝心要の敵四天王とやらの場所、あんたは知ってるんでしょうね?」
『イグザクトリィ! それじゃあ絶好の狙撃ポイントまでエスコートしましょうミスト隊長』
「分かったわ……それじゃミーナ、貴方には申し訳ないけど……クリストにこの事を伝えて貰える?」
「え、う、う、うん……ちょっとついていけてないけど……が、頑張ってみるね……あ、で、でも○○さん、その前に一つ、いい?」
『え? あっはい。どうしたんですかミーナさん』
「私も一発……いや、三発くらい殴らせて?」
『!?』
§ § §
戦鎚を振るう。敵が吹き飛ぶ。
戦鎚を振るう。敵が叩き潰される。
戦鎚を振るう。敵が二つに泣き別れる。
何百を超え、何千を超え。そろそろ万に届くのではないかと思うくらい、振った。奮った。揮った。
それでも押し寄せる敵の数は減ることはない。
愛馬の動きも鈍り、腕も足もギシギシと軋み、今まで以上にないくらいに追い込まれているのだと自覚できるくらいにはアタシは疲弊していた。
そんなあたしの前に立ち塞がるのは――死んだ筈のミグルドのおっさん。
私のより漆黒で、私のより巨大な装甲で巌のような体を包んだ黒い騎士は、3m程もある巨大な黒槍を携え、私へと油断なく構えていた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ――!」
頬を伝う血を舌で舐め取り、鉛のように重い手足に無理矢理活を入れる。
あたしの、いやあたし達人類の最大と言ってもいい拠点を守る正門。ここを突破させてしまったら、何もかもがおしまいだ。
しかしながら我々の死物狂いの抵抗があっても敵はあれよあれよと次なる敵を送り込み、終わりが見えない。うちの部下も数が減り、頼りの味方も次々と重傷を負ったり倒れてしまう人物が後を絶たない。おまけにこうして立ち塞がる過去の英雄達はしこたま凶悪と来た。
ここまで絶望のお膳立てがされてしまうと、悲嘆するより先に笑えてきてしまうのが不思議だ。
「だとしても、諦めるなんて選択肢にゃないけどね……ッ」
おっさんが黒槍を棒きれのように軽々と振り回し、再度こちらへと襲いかかり始める。
巨躯から幽鬼である証拠の青白い光を軌跡として残しながら、次々に死を撒き散らしてくる。
自然と一騎打ちの形になった戦況の中、私は戦鎚を閃かせ、弾き、受け流し、打ち合い続けていた。
この攻撃密度、威力、そして精度と来たら――! 残念なことに部下達にゃぁ太刀打ち出来ないだろうね。戦雷卿なんてもてはやされた私でさえ切り結ぶたびにビンビンと死の気配を感じる、正直おっかないってレベルじゃない。
だが六合目を迎えた今でも、あたしはまだ死んじゃいない!
それはこんな所で負ける予定を、あたしが組んじゃいないから。そしてこんな所で仲良くおっ死ぬような弱い味方は、あたしらの中には居ないからだ!
あたしは皆を信じている。
どんな絶望の状況に陥ろうとも。どんなにピンチであろうとも。
みんながこの場に居るなら、きっとなんとかなる。あたしにはそう言う確信があった!
「おっさんとこうして戦うことになったのはっ、残念だけどさっ! っとぉ!?」
「隊長っ!」
「心配すんな、お前達はそのまま露払いをしてくれ、おっちゃんはあたしが倒すッ!」
小気味の良い金属音が派手にかき鳴らされ、私達の獲物の範囲に入り込む有象無象は瞬く間に血霧になって消える。
雷エンチャントしたハンマ君は少なからずおっちゃんにダメージを与えてるようだけど、致命傷に至らないのは流石というべきか。っていうかさっきより斬撃速度あがってるよな、やっぱりおっちゃんは半端じゃねえよ。
『――ザ。ザザ――ッ、前線部隊、警戒してください――スケリトルドラゴンが三体、北東より接近中です――』
「「「~~~~~ッ!?」」」「マジ、かよッ」
「景気の良いことだ、奴さん達、絶対にあたしらをここで滅ぼすつもり満々らしいな。クリスト、右翼と左翼は無事なのか!?」
『アリアさん!? ……えぇ何とか。ですが朗報はお渡し出来なさそうです、すみません』
「何言ってんだ! 絶えず情報をくれるクリストの声があたしらにとっての朗報だ! クリスト暗いぞッ! ピンチのときはまず笑え! 上が暗いと、あたしらまで暗くなっちまう!」
『……ッ、だからといって……!』
私はミグルドのおっさんと対峙しながらも、腰にぶら下げた魔法球に聞こえるように大声を張り上げる。
おっさんはよそ事をしている暇はあるのかと言いたげに、縦横無尽に槍を突き出してくる。
あんなデッカイ槍なのに穂先が見えないってどんだけだよ。それでも私は奇跡的に戦鎚で槍を弾き返し続ける。
「だからもへちまもねえッ! あたしの大好きなクリストはどんな状況でも、どんな困難でも常に最善策を見つけてくれただろう!? 違うか!?」
『でも、僕は、今、そんな策を出すことができなくてっ……! 逆に、みんなに耐えてとしかいいようがなくて……っ!』
「それなら……信じろッ! あたしを、そして必死に頑張ってくれてるみんなを! 誰も彼もが現状を打破したいと願っている! そん中で誰か一人でも道を見つけてくれれば、あたし達の勝利は決まったようなもんだァッ!」
『……アリア、さん……! ……!? ちょ、うわっ……ミーナ!? そ、そんな酷い怪我で……ッわ、ちょ魔法球を取らっ』
『クリスト、ごめんッ、でもみんなに伝えることがあるのッ……! みんなよく聞いて!』
唐突に、クリストの声が離れ、代わりに聞こえてくるのはミーナの声。
大きく息を乱したミーナは、一回深呼吸をし――そして、言い放った!
『後少しだけ我慢してっ! そうすればっ、そうすれば幽鬼部隊は私達の味方に戻るッ!!』
ほらな、と私は今度こそ会心の笑顔を浮かべた事だろう。
鍔迫り合いしていた黒槍を、今日一番の膂力でミグルドのおっさんごと吹き飛ばす。
全身はへとへと。今すぐにでもその場でぶっ倒れたいし、眠ってしまいたい。
だがそんな気持ちすらも追いやるほど、私は全身にやる気を漲らせた!
「聞いたか野郎ども!? さいっきょうの希望のお出ましだ!! ――キツイか!? 厳しいか!? 今すぐぶっ倒れたいか!?」
「「「「「「「そんな訳があるかッ!!」」」」」」」
「そうだ! こんな困難どうってこたねぇ! ここでやられてみろ、アタシ達の後ろには誰がいる!?」
「「「「「「「守るべき仲間ッ! 守るべき民ッ! 守るべき家族ッ!」」」」」」」
「それが分かってるならシャキっとしろッ! 笑顔だ、常に笑顔であれ! 笑顔で叩き潰せッ、笑顔でぶっとばせ! お前達はこの軍で最強の重装部隊ッ! 遅れを取るなんてありえねえ!」
「「「「「「「応ッ! 応ッ! 応ッ! 応ッ! 応ッ!」」」」」」
「いくぜ野郎どもっ、今日一番の気合を入れろ! 味方を信じず誰を信じる! 我らが力、見せつけてやれ!」
あたし達はミーナからの言葉を信じ、敵の猛攻にひたすらに耐えた。
腕が折れても、意識が朦朧としても、そして死にかけても笑顔で耐えた。
耐えて。
耐えて、耐えて。
耐えて、耐えて。耐えて。耐えて。
耐えて、耐えて、耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて。耐えて――――――――、
そして、その時が来た。
戦場に響き渡る、一発の甲高い銃声。
喧騒に包まれている筈なのに、何故かその音だけクリアに耳に残った。
あたしにはその弾丸が誰によって放たれたのか、そしてその弾丸が何を貫くかは分からない。
でもその一発が、待ち望んでいた希望なのだと――どうしようもなく理解出来ていた!
『……む?』
直後、今まで切り結んでいたミグルドのおっちゃんが、はた、と動きを止めた。
そして自らの身体を確かめるように両手を動かすと――その場で大爆笑をし始めた。
『がは、ガハハハハハハハッ!! ようやく、ようやく自由になったわ! いやぁチビガキ、よくぞ耐え忍んだなぁ、強くなったぁおまえぇ!』
「――ッ、ああぁぁぁああぁーっ! っぶなかったぁぁ! おっちゃんに殺されるとか本当勘弁だよ、何回死んだかと思ったねあたしは?!」
『ガハハハハッ、許せ許せ、いやー、お前がこんだけ戦えるから、興が乗っちまったぜ。うっかり殺すところだったな!』
「はん、言ってくれるぜ。あたしの力がそれだけ上がってるって事だ。これはおっちゃんを超えたな!」
『……とは言え操られてるから本気じゃあねえけどな、本気を出してたらお前はすぐにくたばってたぜ』
「あー!? なんだよその言い訳ッ、いーやぜってー本気だったね、全盛期の全力だったね。あたしがおっさんを殺さないように殺さないようにーって優しく扱わなかったらぜってー死んでたねッ!」
『にゃにおう!?』
「あんだよ!?」
歯を食いしばって近づけた顔で睨みつけ合う。
視界にめいっぱい広がるのは、懐かしいおっちゃんの顔――どこか透けて見える青白いその顔を見て、昔はいつもこうやっていがみ合っていたな、と思い起こした瞬間――私は、ぽろり、と涙を流してしまっていた。
やべ……こんな所で泣くつもりなんて、なかったのに。
「……ッ、おっちゃん、正気に戻るの、おっせえって……」
『……久々に体なんか貰ったから、なまっちまってたみたいだ。許せよチビガキ』
あたしを撫でるその大きな手も、ふわふわと頭を掠めるだけでろくな感触もないのが寂しく。
だけど今は感傷に浸ってる時間ではないと思えば――しまっていた切なさも、悲しみも全部すっ飛んでいった。
「なぁおっちゃん」
『わぁってる。この有象無象どもをぶっ倒せってんだろ? 今までかけた迷惑分くらい、付き合ってやらぁ』
「へへ、そうこなくっちゃな。どうせなら、久々に二騎駆けでもしようぜ」
『へっ、チビガキについてこれるってんのか?』
「むしろおっちゃんがついてこれなかったりな」
『言うじゃねえか、負けた方は酒代全額負担だぞ。ってお前みてえなチビガキは酒なんて飲めねえか!?』
「懐かしいなその口上も~、耳にタコが出来るくらい聞いたよ。言っておくがあたしはもう成人したかんな、酒だって飲める。……もう、前みたいなガキじゃあねえ!」
『……へ。何調子に乗ってやがる、そうやって張り合う所がまだまだガキだってんだ』
「墓場から蘇ったばっかりの耄碌ジジイには言われたくないね!」
ふと見れば、私の部下達も涙を浮かべながらやる気を漲らせた表情であたしらを見ていた。
私も同じくその身を燃やす活力を足に、腕に、心に回し――黒いフルフェイスマスクを、被り直す。
『チビガキを調子に乗らせた雑魚兵士共ッ、今からワシが本当の突撃ってもんを見せてやる!』
「言ってろおっさん! いいかお前達、この耄碌ジジイに分からせてやれ! お前の時代は終わった! これからはあたし達の時代だってことをな!」
私らは全員、満面の笑みを浮かべていただろう。
視界に広がる敵の山、敵の海。その全てを粉砕出来る喜びに打ち震えていたのだから。
そして――あたしらは今日一番の雄叫びをあげて、敵へと突貫していった!
§ § §
「……え? 本当にあれで終わり? あれで終わりなの? 標的間違えてたりしない?」
『いや、マジですよミスト。びっくりするのは当然だと思うんですが、マジであれで四天王死にました。貧相すぎる装備だから四天王に見えないとは思いますが……いや、クリファン運営の意地の悪い所ですよ本当。あんな敵がボスな訳がないって思わせてるんですよ、ありえねー』
あの後、私は○○に連れられるがままにとある場所へと誘導され、そして「ここ、絶好の狙撃スポット」って言われるがままに狙撃体勢に入り、言われるがままに指示を受けながら、言われるがままに敵を撃った……ら、その一発で敵四天王は死んでしまったらしい。
確かに他の魔物に比べてちょっと装いの違うリッチのようだったけど…正直信じられない。
幾ら○○の言うことだからって鵜呑みにしすぎたのかもしれないと今更ながらに思う。
……そう、考えたくはないけど『実はまだ○○は支配されていて私を騙すためにこんな所に……?』 なーんて思っていたのだけど……。
『……それよりも聞いてくれミスト、俺、マジで死にたい』
『いや、死んでるんだけど追加で死にたい……幾ら支配されてるからってディオルド様を撃つとか……死にたい』
『あぁぁあああ! 死ねッ! 俺死ねッ! くそっ、頭を打ち付けても透き通って死なねえ! 畜生! マジでごめんなさいディオルド様ぁあぁぁぁぁッ!!』
なんてアリアを撃った事を覚えていて、その事を後悔しまくって非常に煩かったので……もう疑う気力も失せた。私がどれだけ苦しんだかも知らずに呑気な事を……。あと安心しなさい、次あんたが死ぬとしたら、それは私の手によるものだから。
『今すっごい寒気がした』
「体温なんて無いくせに何言ってんのよ。で、これで本当に幽鬼部隊が寝返ってくれるっていうの?」
『モチのロンです。最初のうちはわかんないでしょうけど……ほら、見てください』
「え? ……あぁ。本当ね」
崖の上から戦場を見下ろしてみればすぐに分かった。
左翼では噴火と見紛う程の巨大な火柱が立て続けに立ち昇り、一回の攻撃で数千を超える魔物が消し炭になっていく。かと思えば右翼では一面が氷の世界に変わり、周りに愉快なオブジェが数千以上出来ていた。
さらに言えば正面では超巨大な嵐と雷が地面を舐めるように災害を撒き散らし、もう軍としての体裁を保持することも出来ずに吹き飛ばされていた。
……今までの苦労が何だったのかと思うくらいの反撃だ。少しだけ胸がすく気分になった。
『あんなクソ威力の魔法をボコスカ撃てる過去の英雄達をぽんっと敵に配置する嫌らしさよ……初見プレイヤーは意気揚々と挑んでいってそれですぐに返り討ちになるんだよなぁ。本当俺も負けイベかと思って最初は何回リプレイして、何回スタ汁を溶かした事か……ッ』
「……何言ってるのか分かんないけど。ねえ、他に私達はすることはないの?」
『ぶっちゃけない! ……と言える訳じゃないのが、ハーデストモードの辛さよ』
「勿体つけてないでさっさと言いなさいよ。撃つわよ」
『実はですね~……えっ? 今ミスト撃った? 本当に俺の腹撃ちましたよね!? 魔力込めてたら今致命傷でしたよ!?』
「撃たれるほど恨みを買ったのは誰なのかしらね? 良いから早く!」
『さ、サーイエスマム!』
まあ説明を受けてみれば、なんてことはない。
魔法攻撃が強力な幽鬼部隊が味方になった分、その魔法攻撃に対策したかのような高耐久魔法特攻の巨大なスケリトルドラゴンが三体、待ち受けているらしい。
「でもそのドラゴンも自立式ではなくて操る存在がいるから、それを狙撃してあげれば……」
『そう、自ずとドラゴンは動きを止めてTHE・ENDって奴ですよ。ただ俺の知ってる限りだと3組の術者の配置位置は毎回ランダムなんで、ちょっと探すのは大変なんですが』
「目印のようなものはないの?」
『あるっす。そいつらは毎回数人がかりで輪になって術詠唱してるんで、戦闘中にも拘わらず夢中で詠唱してる奴を探せばいいですね』
視界を埋め尽くすほどの敵の大群の中で、その数人を探すのはかなり過酷そうだ……が。不思議と無理だとは思えないのは何故だろうか。
「上等じゃない。――クリスト、クリスト聞こえる? スケリトルドラゴンはそれを操る術者がいる。術者を探し出して攻撃すれば余計な被害は喰らわないわ。……術者に関しては私達に任せて。○○と狙撃してみせるから、貴方達はスケリトルドラゴンの被害を食い止めることに専念して」
『ザッ――その情報、確かですか!? って○○さん!? 今度は○○さんが戻ってきて……あぁぁ情報が入り込みすぎて分からなくなりそうだ! と、兎に角了解です、ミストルティンさん、無茶はしないで――』
私は一方的に魔法球で連絡を取ると、返事を待たずにそれを懐にしまった。
『いいんですかい? そーんな大言壮語しちゃって』
「今までずーっと敵にやられっ放しだったんだもの、鬱憤を晴らす絶好の機会、絶対に逃してたまるもんですか」
『おぉ怖い怖い「言っとくけどアンタの仕出かしが7割方占めているからね」ハイスミマセン。……こほん、それならミスト、俺と競争はどうです? 3組の術者をどちらがどれだけ早く射抜けるか』
「……へぇ、随分と大きく出たじゃないの。狙撃の腕で勝てなかったあんたが私に? 別にいいけど吠え面をかかないで頂戴ね」
『この勝負はどっちかって言うと狙撃力より観察力の勝負……! 逆におはようからおやすみまでディオルド様を常に見つめてきた俺に勝てると思うか? 賭けても良い、この勝負俺の勝ちは揺るがない』
「ストーカー如きが図に乗らないで! そこまで言うなら賭けと行きましょうか、勝った方は負けた方の言う事をなんでも聞く。どう?」
『ん? 今なんでもって言ったね? ――乗った!』
私達はお互いに笑顔を見せあい、配置につく。
体はぼろぼろに疲弊して、見たことがないくらいの大群が待ち構えているのにどうしてこうも高揚するのだろうか。……なんて、わかりきっているわね。
「……ふふっ」
今は隣に○○が居る。居てくれている。
それがどれだけの力になっているかなんて、言うまでもないじゃないの!
§ § §
『ガハハハハッ、巨大な骨野郎の攻撃を耐えてくれだぁ?! 耐えてやる必要なんかねぇ、このワシが直々に粉砕してみせてやる!!』
「おいおっちゃん!! ちゃんとクリストの言うことは聞けってんだ、命令違反はさすがのあたしも許さんからなー!」
『あぁん? しばらく見ねえ間にすっかり型にハマりやがって、以前は命令無視してワシを真似して突撃しまくってた奴とは到底思えんなッ!!』
「うっせー! 昔は昔、今は今だ! おっちゃんは知らねえかもしれないけどクリストは凄いんだぞ! あいつの立てる作戦はいつでもクールで、とにかくイカしてるんだ! 大人しく従えってーの!」
『ガッハッハッハ!! おうおう、分かった分かった。チビガキがそのクリなんたらが好きなのはじゅ~うぶん分かったから、そうがなんなって!!』
「好き……いや~、やっぱ分かっちゃう?」
『……は?』
「いやさ、あたし実はクリストのプロポーズ待ちでさ~……えっへへ。あー後でミグルドのおっちゃんにもちゃんと紹介すっからな!」
『……いや、おい。待て…待て待て待て!? なんだそのッ、その見たことのない表情ッ!! ~~~ッ、そんな男の話、ワシは聞いておらんぞ!? なんで勝手に……どこの馬の骨だァッ!!?』
「聞いておらんも何もおっちゃん、知る前に死んじゃったじゃねーか。ってかほら、おっちゃんドラゴン来たって、合わせるぞ?」
『グッ、――いいか、チビガキ! 絶対に、絶対にそのクソ野郎に後で会わせろよ!? ――バリバリスピアよッ!! その力を示せッ』
「ハンマ君も行くぜ! 耐えてくれよ~~~~っ…――――キュムロニンバスッ!!」
『征くぞ小虫共、我が牙に貫かれて永遠を逝け! 獣神双牙落斬波ァッ!!』
「あっっぶねぇぇぇぇぇ!? 兄貴ィ! 俺らに当たりそうになるから唐突にぶっ放すのやめろやソレ!」
『フン、何を甘っちょろいことを言っているオグマ。いつも言ってただろう、俺の動きにお前らが合わせろと』
「ちっくしょ、クソ脳筋熊野郎がッ、久々に会ったと思ったら相変わらずに自分勝手にやりやがって」
『お前が不甲斐ないからこうして俺が生き返ってまで出張ってやってるんだろう、少しは感謝しろ。この馬鹿弟め』
「ほんっと悪びれねぇな兄貴は……!」
『……まあでも、なんだ。お前が今でも生きてくれてることは喜ばしい事ではあるがな』
「……ッ! ……へへ、何らしくない事言ってやがんだバーカ」
『五月蝿い。俺の背中ばっかり見てたお前は、俺のように早死にするかもしれんからな』
「ありえねえから心配しろよ、なんでそこまで真似しなきゃならねえんだ……だけど、兄貴はこうでなくちゃなぁ!」
『ふん。俺を何だと思っている……そら、さっさとこの竜骨をぶちのめすぞ。お前がやらんというのなら……俺が先に殺るッ!』
「あっ、コラ先走んじゃねえ! ったく、いよぉしテメェら! クソ兄貴に続けっ、立ち塞がる奴は粉砕、粉砕、粉砕だッ! 絶対に止まるんじゃんねえぞ!」
「「「「「「「雄オオオオオォォォォォォォッ!!!!!」」」」」」」」
『貴方には苦労をかけましたね、アンリエッタ』
「いいえ。お母様……私はっ……、私はお母様に会えただけでも、それだけでも……ッ」
『私は自分が恥ずかしいです。死後に敵に操られ、あまつさえ自分の娘に向けて剣を抜いてしまうなどと……あってはならない事です』
「……そんな。仕方のない事です、それに私は生きております」
『だとしてもです。私は、私を許せない。……ただ、一つだけ言える事があります。私が貴方と戦った時、私は全力でした。全盛期の技術と全盛期の力で貴方に剣を振るいました。だというのに、私は貴方を討ち取ることは出来なかった。それも狙撃による妨害にあっていた貴方を相手に、です』
「しかし、私は最終的には倒れて……っ、ぁ」
『誇りなさい、タウンゼント家最強と呼ばれた私と肩を並べる力を持った事を。
……強く、なりましたねアンリエッタ』
「……あ、あぁ……っ、お母様、お母様が、今、私を撫でて……!」
『思えば……いつも辛い想いをさせていました。戦争だからと貴方に過酷な躾を施し続け、親としての愛情を満足に与えられなかった……それもこれも貴方を愛するが故の行為である事を、生前に伝えられないなんて情けないにも程があります』
「いえ……っ、いいぇっ……それでも、私にとっては、唯一無二のお母様、でした……っ、今でも、誇りに思える……大好きなお母様、です……っ」
『ふふ……ありがとう。さぁ、今は戦闘中です。涙を拭きなさいな』
「はいっ……はいっ……!」
『アンリエッタ……愛しい娘よ。こんな情けない母ですが、今一度力を貸してくれますか? 目の前にのさばる敵を蹴散らさねばなりません』
「……~~ッ! はいッ、勿論ですお母様ッ! 私の炎剣にかけてっ!」
『良い返事です。それでは往きましょうか、タウンゼント家の風と炎の力――とくとご覧に入れてみせましょう』
戦場の各所で上がる鬨の声を聞いて、気付いたら私は「まるでお祭り騒ぎみたい」と呟いていた。遠く離れていても聞こえるそれらは自棄っぱちになったものではなく、勝ちを確信した物であるのが分かる。
そしてそれらが、他ならぬ私達味方からの声であることを、私は理解していた。
見放されていた勝機は完全に私達に味方し、今までの苦戦が嘘だったかのように剣が、槍が、弓が、斧が、銃が、刀が、魔法が敵軍を次々に蹴散らしてゆく。ソレも当然か、既に司令塔である四天王は倒れ、頼みの綱である幽鬼部隊は完全に私達に味方しているのだ。
残す敵の精神的支柱は――最早3体のスケリトルドラゴンだけ。
「――――見つけた! 術者発見!」
『え、ちょっ……早くないですか!?』
そして私と○○はその最後の支柱をへし折らんと、鋭意術者の捜索中だ。
地面を埋め尽くす敵――それも今や瞬く間に味方の攻撃で消滅していく一方だが――の中からその術者を探し出す作業は大変だが……今は全く苦ではない。
飛び出した弾丸は瞬く間に輪を作った術者達の頭部を居抜き、崩れ落ちる。
それと同時にドラゴンのうち一体も連動して崩れ落ちたのが分かった。
「ふふん、さぁて先手は取らせて貰ったわよ。残り二体だからこれでリーチって事でいいわよね?」
『ぐぬぬぬ……い、いや、まあこれはハンデですよ。原作知識チートありのこの俺に舐めねえでくだせえ……さーって本気だすかなー!』
「言ってなさいな、さーってどんな願いを飲ませようかしらね~、この後が楽しみだわ~」
『くっ、この貧乳ッ、ロリ狙撃者ッ、鬼畜幼女ッ』
「――決めたわ、あんたはとっておきの極刑に処すから覚悟しておいて」
『急にマジトーンになるの怖すぎるんでやめてくれます!? っと、俺もいただき!』
「げっ」
言うが早いか、○○の狙撃銃が閃けば、時間を置かずに二体目のドラゴンが崩れ落ちた。
ここまでくればもう私達の軍の勝ちは譲らないだろう。
だが代わりに、私達の勝負はこれでわからなくなった――残す所一体!
『へっへっへ、ミスト隊長ぉ……そう簡単に上手く行きやしませんぜ』
「調子に乗って……! そんな余裕の表情は勝ってから見せなさいな……と、敵の最後の抵抗が来るわよ! 上空に竜騎兵! 数20!」
『アイサー! 俺たちにとっちゃただのカカシですなっ!』
術者への狙撃に気付いたのか、空を周回していた竜騎兵が急襲してくる。
高高度に舞い上がったソイツらは急に進行方向を真下に変え、速度を乗せて私達に向かってきており――、
「『――今ッ!』」
その瞬間の発砲音は、1つにしか聞こえなかった。
私達の弾丸は競争しあうように、しかしながら絡み合うように円を描いて命を奪いあう。
それぞれが踊るように複雑な軌道を見せれば、逃げることも出来ない敵竜兵の目を、喉を、次々と貫いていく。
たった二発の弾丸で、敵の竜騎兵は全滅。
瞬く間に絶命した竜達がそのまま崖下へと落下していくのが見えた。
「あんた、少しはやるじゃない」
『知らなかったんですか? 俺ってかなり出来るタイプなんですよ』
「――そうね、○○は優秀なのは疑いようがないわ。根性もあるし、知恵も回るし、努力を怠らないし、芯がぶれないし、周りへの気遣いもできるし。顔は……まあ私は好きだけど。兎も角、私が今まで見てきた誰よりも出来るタイプね」
『ぉ……おぉ、ぉぉぉ……?』
「思えば、私はそんなアンタなんか認めない、認めないなんて喚いてたけど……実は最初からアンタを認めていたのかもね。それこそ城壁の上でマラソンをした時から……才能と、自分を犠牲にしてまで献身する、その一途さを」
『きゅ、急になんです? めっちゃ照れるんですが……』
「まぁ、アリアを想い、アリアを救う、ただその願いの為だけに命を捨てて行動するのは馬鹿だけど、ほんっっっとに馬鹿だけど……でも、言えてなかったから言っておくわ」
どこか居心地の悪そうな顔を向ける○○に、私は言い放った。
「ありがとう、アリアを救ってくれて。私はあんたを本当に誇りに思うわ」
『――――』
「……くすっ、くすくす……あははは、何その顔! ○○滅茶苦茶照れてるじゃないのっ!」
『ちょ、だ、誰のせいだと思って……ッ!』
「なによ、ただ思っていたことをそのまま口にしただけじゃない。ずっとずっと言えなかった事を吐き出して何が悪いって言うのよ、ばーかっ」
変顔をする○○を見たら今まで心を翳らせていた暗雲はどこかに行ってしまったようだ。
ここが戦場であるという事を忘れて、私は心から笑った。
そして、私は何気なく覗きこんだスコープ越しに……最後の標的を見つけてしまう。
「今まで私を惑わせてきた罰よ、しっかり悶えてなさい」
『高度過ぎる揺さぶりに俺の心臓が持ちそうにないで……え? 今何を撃ったんです……まさか!?』
「えーぇ、そうよ……ゲームセットよ!」
寸分違わずに弾丸は標的を貫き、そして――最後のスケリトルドラゴンが倒れた。
『あ、あーあー! あああああ――! やられたッ、おのれミスト……ッ、謀ったな!?』
「精進が足りないわねぇ、さーってどういうお願いを聞いて貰おうかしらね~、ふふっ、楽しみだわ」
『ぐ、ぐぬぬぬぬ……い、今のはちょっと卑怯じゃ』
「戦場では卑怯も何もないのよ。……あらぁ? ひょっとして競争を持ちかけてきた○○が今更反故になんて、しないわよねぇ……?」
『ぐぬぅッ!』
「ふふふ、さぁ変顔はやめて私達もみんなの元に戻るわよ。絶対に、後で願いは聞いてもらうんだからっ!」
気づけばもう東の空が明るみ始めている。日の出の時も近い。
私はいまだに悔しそうな顔をする○○を差し置いて、さっさと移動し始めるのだった。
――だから、最後に○○が何かを呟いたかなんて分かりようもなかったのだ。
『後で、か……すぐに叶えられる願いだと良いんだけどね』
§ § §
『敵軍の撤退を確認しましたっ、我軍の……我軍の勝利ですッ!』
「「「「「「うおおおおおおおおおおお~~~~~~~~ッ!!!」」」」」」
戦場を揺るがす程の歓声が一斉に上がる。
スケリトルドラゴン達を倒された敵軍は、過去の英雄達と現代の英雄達の力を前に太刀打ち出来ず、ついに総崩れとなった。
一度は諦めかけていた皆の表情はかつて以上の明るさを取り戻し、全員が両手をあげて喝采の声をあげていた。
そして戦後作業をそっちのけで始まったのは――過去の英雄達との歓談会であった。
全員が全員、至る所で亡くなった友人、亡くなった恋人、亡くなった親類との再会を喜び、笑い……そして泣いた。流せなかった分の喜びの涙を、流して分かち合っていった。
「おっちゃんっ、おっちゃんんん~~……ッ、ひっく、お前ぇ、なんで死んじまったんだよぉ、ひっく、バカなあたしを庇って、それで死ぬなんて……アホすぎるだろうよぉ……ッ」
『だー、うっせ馬鹿野郎が。泣くんじゃねえよチビガキ……まああれだ、お前がそういう風になっちまったのはワシにも責任があった。だから柄にもない事しちまっただけだ』
「本当に柄じゃねえよ……! ばか、ばかぁぁぁっ……!」
『……やれやれ、昔っから本当泣き虫なのは変わんねえな。少しはその時のことを感謝しろってんだよ』
アリアはかつての親代わりでもあるミグルドさんと二人で話し合っている。
やっぱりと言うべきか、アリアは大号泣だ。あのミグルドさんがここに居るのも驚きだが、ひたすら困り果ててるミグルドさんを見るのも驚きだ。いつもガハハと笑いを絶えさせない人だったから……。
「「「副隊長なんで死んでるんですかぁっ!?」」」
『え、あー……ごめん、出先でついうっかり』
「「「うっかりじゃないですよぉッ!?」」」
そしてこっちはこっちで本隊に合流した所で生き残っていたアリアドネ隊に遭遇。
最初は私の姿を見て全員が喜びの顔を見せ、そしてすぐ横で気まずそうに頬をかいていた青白い体の○○を見て驚きの顔を見せ、そして今は全員が泣いて○○を詰問している。
実のところ死を隠し通し続けるのかは○○に聞いていたのだが……『いやー、この体になったらもう無理でしょ。あと、大分ミストに負担になってるんでバラします! ただし、部隊異動してから死んだって事にしてください!』なんて軽い一言を貰ってるので、こうして皆に再会させている。ちなみに私はその言葉を聞いた瞬間に○○の腹に拳をめりこませていた。私の苦労を返して。
「大体ディオルド隊長に振られた後にミストルティン隊長をフって、居辛くなったからって別の部隊へ逃げるように異動ってどういう事ですか! その挙げ句向こうで死んじゃうって……、流石に酷すぎますよ副長ォ!」「クソメンタル過ぎますッ!」「隊長のどこがダメだって言うんですか!?」
『えっ、えっ……えっ? 何その……えぇ……、いや、ちがっ……いやミストさん、ミストさーん! ちょっと来てー! ミストさーん説明ー!』
……しまった。異動理由の事を話し合うの忘れてたわ。
「ま、まあ、そういう事だから」
『すいません何一つ説明になってないです。いや、分かるんですよ? 俺の願い聞き届けてくれたのは分かるんですが何か説明が雑じゃないかなぁ!? 美談の筈が恥談になってるじゃないですかぁ!?』
「ちゃんと聞き分けてやったんだから文句言わないで。それが一番納得出来る理由なんだからしょうがないでしょ。……大体普段のヘタレっぷりが知れ渡ってる時点で詰みなのよ、ヘタレ○○」
「「「ヘタレ副長ッ!!」」」
『があぁぁあぁぁぁッ!?』
地面で転がり悶え苦しむ○○の姿は、本当にずっとその場に居たかのように自然で。私達はかつてのように自然と笑い合っていた……目に涙を浮かべて、だけど。
あぁでも、これで私は……私達は元に戻る。そう思うと本当に心が軽く感じてしまう。
「ちょ、なんでっ、なんでなんでなんでなんで……ッ、なんでお前まで死んでんだよぉぉぉぉッ!!」
『あ、この声ディオルド様ふごぉっ!?』
あ。そう言えばアリアの事も忘れていたわ。
「お前っ、お前しかミストは任せられないって思ってたのに、ちゃっかり死んでるとかッ、お前っ、ミストを残してっ、ほんとっ、どうするんだっ、どうするんだよぉっ!」
『ディオルド様ッ、ちょっ、殴るのやめっ、やめてっ……!? なんでここの人たちナチュラルに拳に魔力纏わせられるのッ!? 死ぬ! 嬉しいけど死んじゃうッ! もう死んでるけど死んじゃうぅぅぅッ!』
アリアにとっても○○の死は衝撃だったようで。ミグルドさんとの再会であれだけ涙を流してたのに再度ボロボロと泣きながらマウントポジションで○○の顔を殴り続けている。大分痛そうだ。
まぁ……自分の死を秘匿しようとした罰だと思いなさいな。私は絶対に助けてやらないから。
『テメェがクリストとかいう奴かぁぁああぁぁああぁああ!! なに勝手にチビガキを置いて逝ってやがんだテンメェェエエエェェッ!!』
『ギャァアアァァアアッ!!??』
ふと目を離していたら○○は更にミグルドさんにもぶん殴られて空中を舞っていた。……いや、本当なんでだろう?
「おっさん何しやがんだ! そいつはクリストじゃねえっての、○○が死んだらどうしてくれる!?」
『あ? 何だ人違いかよ騒がせやがって』
『いや、死んでますけど酷すぎません? マジで成仏するかと思いましたけど! どうかしてるよアンタ!』
実際ミグルドさんの鬼程痛い攻撃食らってぴんぴんしてる○○こそどうかしていると思うが。
私は収拾が付かなくなった場を纏めるために、間に入る事にした。
「はぁ……ミグルドさん、相変わらず親馬鹿こじらせてるんですか?」
『げっ、ミストじゃねえか。おめえも相変わらずちっこいまんまだな……いや、別にそういう訳じゃねえが、まあ……なんだ? チビガキはほら、まだ恋とか早いっつーか』
「もうアリアは20歳でいい大人です。そこは素直に祝福してあげてください、クリストは別に悪い奴じゃあないですし」
「そうだぞおっさん! あたしはもう大人! クリストは良い奴! あたしは結婚!」
「あんたはとりあえず涙拭きなさいよ、何言ってるか分かるけど分からないわよ」
『ぐ……だがなぁ』
「人一倍アリアを気遣っていたミグルドさんの優しさは分かっています。目を離せば何をするか分からないアリアも一日たりともミグルドさんを感謝しない日はなかったとは思いますよ。でも、もうアリアは独り立ち出来ます、親友としてそれは保証します。あと……」
『?』
「アリアもミグルドさんも、これ以上うちの副長を殴るのは辞めてもらっていいですか? ……また死なれたら、私が困るんです」
『え……?』
まだ痛そうに頬を手で抑える○○に体を寄せ、私は宣言する。
自分の顔が熱くなるのが分かった。だけど、それでも譲れない。
もうこれ以上、○○と離れ離れになってしまうのは……絶対に嫌だから。
『み、ミストのデレ……これ以上ないデレとか……やべぇ可愛』
『――テメェ、ミストを好かせた上で亡くなってやがんのか、面ァ覚えたぞ……ッ』
『ヒィィッ!? いや、でも俺の本命はディオルド様で……』
『アァァッ、しかも二股野郎だとォッ!!?、決めたテメェはぜってぇ地獄を見せてやるッ、こっちに来い!! 性根を叩き直してやらああぁッ!!』
「「いい加減にしろッ!!」」
私の銃とアリアの槌が同時に暴力を発現させ、二人の英雄はその場で正座することに相成った。
そうやってわやくちゃになりながらも再会を喜んでいた所、新たな人影がそこに現れる。それは――、
「クリスト! ミーナ! キキ!」
「アリアさんっ……!」「アリアちゃん!」
「はぁ、どうやら無事だったようだね……」
ミーナに肩を貸しながら現れたキキとクリストだった。
クリストもキキもやはり心配だったのだろう、息を切らしながら生きているアリアの姿を見て涙ぐみ……そして、そのまま迎える形で飛び付いていったアリアに、ミーナごと抱きつかれていた。
「ありがとうございます、ありがとうございますアリアさん……っ!」
「よかった、よかったよ……信じてたよクリスト、信じていたよミーナ……ッ! キキもありがとうなぁ!」
「ディオルドさん、ありがとう。耐えてくれてありがとうね……えへへ、生きてて、本当に良かった……!」
「本当にしぶとく生き残ってくれたもんだね……でも、私も素直に祝福するよ。よく帰ってきてくれた」
四人で崩れ落ちながらも抱きつきあう姿を見て、不覚にも私も涙を禁じ得なかった。
隣に立ち尽くす○○も滂沱の涙を流して……うわ汚ッ、鼻水まで出してる。
『尊い……尊いよぉ……すこすこだよぉ……、うっ、うっ……よかった、本当によかったよぉ……』
「……一番の功労者はあんただとは思うけどね。あんたが居なかったら死んでいたのは違いないし」
『俺はゴミっすよ……っ、ただ知識としてみんなより物知りなだけのゴミだよ……ッ、それにみんなが頑張ってるから尊いんです……絆が深まるんです……』
「相変わらずよくわからない事を言う……それよりも、あんた。言わなくていいの?」
『……ぐすっ、ぐすっ……え? 何を……ですか?』
「アリアへの告白よ。結局言えてなかったでしょ」
その言葉を○○は理解できていないのか、ぽかんと大口を開けてこっちを見ていた。
あまりにも間抜け顔がすぎるわ。
『……え、えーっと……なんで? っていうか……えっとディオルド様とクリストはもう結ばれて』
「ないわよ」
『えっ』
「戦争が終わってから返答するって。まだ保留状態よ」
『……そ、そう来たかぁッ……! いや、まあソシャゲ主人公だしな! 確定ルートとか行くわけないかッ、クソ、ハーレム野郎めぇぇ……』
「あーもう、すーぐ訳解んないこと言う……だから、言ってきなさいよ。ひょっとしたらクリストが先んじて告白し返すかもしれないわよ。ほら、場の雰囲気って奴があるじゃない」
『……え、えぇ……いや、でもヘタレオブヘタレクリストがそんな』
「アリアさん……ッ、そう言えばその、返事ですけど」
「クリスト……?」
「ク、クリスト……まさか?」
「ほら早く言って来なさいッ! 本当に始めそうよ!?」
『えぇぇぇー……いや、だって俺は……俺としては、ディオルド様にはやっぱりクリスト様と居てもらった方が幸せに……だから』
「自分に嘘つく暇があったら――さっさと行ってきなさーいッ!」
私は残り少ない魔力を纏わせて○○の尻を蹴り上げると、「ひぃん」と啼いた後、○○がクリスト達に近づく。向こうも○○の姿に気付いたようだ。クリストは青白い○○の姿を見て「そんな……○○さん……」と涙を滲ませていた。
『あー……お話し中すみませんクリスト。久しぶりです……えぇと、すいません俺おっ死んじまいした』
「……貴方は、とても優秀でした。この戦いに勝てたのは○○さんのお陰と聞いています、感謝してもしたりません……ッ、ですが、失うものが大きすぎますよ……ッ」
『……うん。俺の油断のせいです。本当に申し訳ない、それでも俺の力は微力に過ぎません。クリストの力あってこそですよ。それよりも……』
「そんなことっ、そんな事ありませんっ……僕なんて、僕なんてみんなにろくな命令も出せなくて……どんどん、僕の命令で死なせてしまって……それでっ……!」
『いや……幼い貴方がするには、この戦は過酷すぎます。失敗もするでしょう。ですがそれでも、私達は『クリストは上手くやれてる、命を預けるに足りる存在だ』と口を揃えて言うでしょう。ところで……』
「でもっ……それでも、みんなの期待に応えられるほど僕はっ」
『あー! あー! うじうじと五月蝿えんだよクリストお前は俺よりぜんっっぜんすげえよ、いいから誇れよ! こんなクソ難易度の戦いにこれだけ生存者残すだけでも勲章100個貰っても足りねえくらいの偉業なんだよ俺なんか全滅100回じゃ足りないくらいだったぞとにかく凄え奴なんですよあんたは!! 分かれよいいから!! はい、再会の挨拶終わりぃっ! それでなんですけどちょっとディオルド様をお借りしていいですかぁ!?』
あらんばかりの称賛なのか怒りなのかを分からないものをぶつけられて、目を白黒させたクリストは「あ、はい」と頷くのが分かった。
○○は一度大きく深呼吸をすると、覚悟を決めた表情でアリアに向き直った。
「な、なんだよぉ……○○。○○もハグしたいのか?」
『したいで……いや、滅茶苦茶したいですけどもそれよりも、お伝えしたいことがあるんです』
「ぐすっ……これ以上驚愕の事実とか、もう泣き疲れて眠っちまうから勘弁しろよぉ……」
『いや、まあ多分驚愕じゃあないかもしんない内容は喋るんで、その、良いですか』
目を真っ赤に充血させたアリアがこくりと頷いたのを見届け、○○は息を吸い――そして、言った。
『ディオルド様……いえ、アリアさんっ! 私、○○は……ずっとずっと、貴方の事が好きでした! 好きで好きで好きで、こじらせるくらいには貴方のことを愛しておりましたっ! 死んだ今も、そうですっ! どうか、俺とそのっ、えっと……けけ、結婚を前提に付き合って貰えないでしょうか!』
騒がしかった周りが更に歓声で包まれる。
口上を考えてなかったせいか、緊張のせいか……一息では言えず、つまりつまりだけれども。
それでも言い切った○○は大きく腰を曲げてアリアへと手を差し出していた。
夢で見たのとほとんど同じような告白なんだ、と私は思いながらも、ミグルドさんを抑えつつその行く末を見守る。
――すると……しばらく動けなかったアリアに動きがあった。
「ありがとう。……ありがとう○○。あたしを好きになってくれて、色々支えてくれて」
『――――』
「でも、ごめんな。気付いたらあたしはクリストに夢中になっていた。○○の好意は嬉しいけど、あたしはその手をとることは出来ないよ」
『――――』
「だから……ごめんなさい。これからもお友達で、いや良き親友であり続けてください」
『――――』
切なげに笑い、そしてきちんと返事をしたアリアを前に、○○は依然として自然を崩さない。……だけど、数十秒してその手をくたり、と下げて……顔をあげた。
その顔は意外なことに非常にすっきりした顔だった。
『いや、分かっていました……一時期からあなたの心はずっとクリストに向かっていた。俺の心もずーっと貴方に向いていたけれども、振り向かせる勇気も無くて、俺はずっと怖気づいていた。だから、当然の結果です』
「あたしもあんだけ思われていたんだなって後で気付くくらいに鈍感だったからな、あたしにもうちょっと察する力があったら、もしかしたら、もあったかもな?」
『やめてください、改めてこれで振り向いて頂いたら俺は嬉しいですけど、ディオルド様は恋人になった瞬間に未亡人ですよ、申し訳なさすぎて死にたくなります』
「もう死んでるのにな! あっはっはっは!」
『あっはっはっはっは!』
お互いに涙を浮かべて笑う二人は完全に吹っ切れたかのようで朗らかな表情をしていた。
私は呆れが半分、微笑ましさが半分の表情を浮かべている事だろう。
でも、○○がこうして自らの気持ちに向き合う事ができたのは、素直に喜ばしいことだと……私は思った。
ただ続く二人の会話を聞いた瞬間、私は驚愕に包まれることになってしまう。
「でも○○は死んじまったけど、これからもあたし達の事を支えてくれるんだよな? 夜限定になるかもしれないけどさ! 頼むぜ親友、お前さんがいてくれれば百人力だぜ!」
『――――』
「……あん? ○○?」
『……ごめんなさい、ディオルド様。それは出来ません』
「え? そりゃ一体どうして……」
『俺達がこうして居られるのは後一時間もありません。朝日が登りきった頃、俺達はまた、ただの死者へと戻ってしまうからです』
「――え」
§ § §
「……当然といえば当然の摂理だね。反魂の術をかけた術者は既に死んだ。本来ならその時点で霧散してもおかしくないのに……ゴーストとして意識を保って、かつこちらと共闘出来てた事自体が奇跡と言えるだろう」
「そ、んなっ……! ま、○○……○○さん、なんとか、なんとかならないんですか!?」
『……すいませんミーナさん。こればっかりは無理なんです。それに、ほら……』
「あ……」
『もう透け始めている。俺達の体も限界が近い……だから、もしも他に言い残した事がある人がいれば、今のうちに』
「○○、さん……ッ」
「そんな、そんなの言い足りねえくらいあるよっ! 一晩でも、二晩でも、一週間ぐらいずっと、ずーっと不眠不休で話しても足りないくらいッ! そんな、そんなのってないだろ!? なぁ、おっちゃんも根性でなんとかしてくれよ、なぁっ!」
『……悪いなチビガキ、そこの糞二股野郎の言う通りだ。自分でもなんとなく分かる、体がなくなっていく感覚ってのが……だから、ま、お別れだな』
「…………」
『ミスト……すみません言い出せなくて。ずっと誤解させてしまったのは本当に申し訳ないです、こういう事は先に言えって奴ですよね……はは、は、お、ゎぁ!?』
「ミストちゃん!? どこに!?」
「お、おいっミスト!?」「ミストルティンさん!?」「……」
私は走った。○○の手を取って、ただひたすらに走った。
差し迫る朝日から逃れるように、光の差し辛い森林へと。
確かに少しは考えていた。「○○がいつまで居てくれるのか」って事を。
それでも、蘇った○○があまりにもいつも通り過ぎて、これからも○○が隣に居てくれるのだという漠然とした期待が大きすぎて……ずっと考えないようにしていたのだ。
考えが現実となった今もそうだ。
○○が言ったことを信じられなくて。
○○が言ったことを信じたくなくて。
ただずっと、○○との未来を守ろうと、私は走り続けた。
『ミスト、ちょっ、どこへ……どこへゆこうと……ッ』
「――――」
『ミストルティン!』
「……ッ、朝日が当たったら消えちゃうって言うなら、当たらない場所にいれば、いいじゃないのっ!」
『――ッ』
「私は、いやよっ! 折角あんたが戻ってきたのに、またあんたが居なくなるのなんてっ、そんなの、そんなの耐えられないッ!」
『ミスト……』
「この先に、この先に行けば洞窟があるからっ、不便はかけるけどっ、そこに居ればきっと、ずっと一緒に……ッ」
『……ッ! ミストッ! もういいんだ!』
「何がいいのよ、良い訳が……ッ!?」
するり、と掴んでいた○○の手が抜けた感覚がした。
私はその感覚が余りにも恐ろしいものに感じてしまい、急ぎ振り返れば……案の定、○○の右手がなくなっていた。
私の心は今日一番の痛みを発し、気付いたら、私は○○に抱きついていた。
体温のない体が、魔力を込めていないと抱きしめることも出来ない体が、あまりにも冷たく感じてしまう。
「あ、あぁ……っ、あぁああぁああぁ……っ! 消えちゃ、消え、消えないで……っ」
『……仕方ないんだ』
「嫌よ。いや、いなくなったら嫌、いやなの……いなくならないでっ……!」
『……』
「いなくならないでよっ、一人に、しないでよっ! ○○がいなくなったら……私は、私はっ!」
『ミストは一人じゃないよ』
「違う、違うのっ……! それでも嫌なの……あなたがいない世界なんて、考えたくないのっ!」
『大丈夫さ、きっとミストならやれる。俺が保証するよ』
「~~~……ッ! そ、そうだ! さっきの賭け! 私達は賭けをしたわ、お互いに負けた方が何でも言うことを聞くって! だから、私の命令を聞きなさい! 『○○はずっと私の傍にいる事!』 これが命令よ!」
『……』
「絶対に、絶対に破っちゃだめだから、だからさっさと命令を聞いてっ、何とか生き残る手段を考えなさいよっ! チートを持ってるんでしょっ!? なんとか出来る手段ぐらい、あるんでしょ!?」
『……ごめん。その命令は聞けない』
「なんでっ!? なんでよっ、何で命令を破るのよっ、約束、したじゃないのっ、言うことを聞くって!」
『知らなかったのかミスト。俺は……少しだけ嘘吐きなんだぜ』
「そんな事、今までなかったじゃないのっ、何で今日だけ、嘘つくのっ、いっつも約束は、守ってたのに、どうして肝心な時だけっ、~~~ッ、いやだっ、やだっ、いやだいやだいやだぁっ、う、あぁ、あぁああああああああ――ッ!!」
私は大声をあげて、○○の胸に顔を擦り付けるようにして泣いた。
本当に今までの分の涙を、一生涯分とも思える分の涙を、流し続けた。
○○はその間何ひとつ話さず……ただただ私にされるがままに、その場に居てくれた。居てくれる、だけだった。
何も分からず戦場に投げ出されていた○○。
生意気を言ってマラソンをやり通そうとした○○。
訓練で私に反抗しながらも、常に努力を怠らなかった○○。
戦場で私達に追いつこうと必死に頭を巡らせていた○○。
アリアと一緒にお酒を飲んで馬鹿騒ぎする○○。
副長となるまで上り詰め、みんなを引率する存在になった○○。
傷心の私を慰めるために、わざわざ探し出して抱きしめてくれた○○。
アリアを庇い、私の膝の上で息を引き取った○○。
今までの過去の記憶が、過去の想いと共に、私の中を終わり無くぐるぐると回っている。
○○の体越しに見る東の空はもう、茜色にすっかり変わっているのが分かる。
朝を知らせる鳥達も目覚め始めているのか、鳥の声が少しずつ森の中を満たし始めている。
――やめて、来ないで。朝なんてこないで! ずっと夜のままでいいの!
――太陽なんてもう見れなくてもいい!
――○○が居てくれるなら、私はずっと、ずっと満月の夜のままでいい!
だけど、そうしている間にも徐々に光は闇を払拭してゆき、彼の体が徐々に光の粒子と共に消えていくのが分かる。
あと何分、こうしていられるのだろうか。
この何分が、永遠になってくれれば……それなら……でもっ。
『……ごめん。ごめんなミスト。もう、どうしようもないんだ』
「……」
でも○○は。諦めの悪い筈の○○は、諦めてしかいなくて。
『その、何だかんだで……俺は、ミストにここまで好かれて……ここまで思われて。凄い幸せな奴だと、今更ながら思ってる……思わせておいて、逃げるように消えちゃうのは、本当最低だけどな』
「……」
『この際だから……言うよ。俺はこの世界で自分の事を異物だと思ってた。言ってしまえばこの物語が認められない読者が書いた、落書きみたいな存在? だから、何というか自分の努力も、自分の献身もどこか、他人事みたいな感じで……この世界で生きてる人も、ずっとただの登場人物のようなものだと思って、みんなに接してた』
「……」
『でも。違った。みんな生きていた。あれだけディオルド様を熟知したつもりでも、ディオルド様についてでさえ全然理解できていなかった。知っている人も、知らない人も。みんなみんな考えていて、みんなみんな悩んでいて、みんなみんな必死に生きていて……決まった物語で、決まった反応を返すような、ただの役者じゃあなかったんだ』
「……そんなの、当たり前よっ」
『だろうね……でも分かってなかったんだ。だから、ディオルド様に本当に恋をした、その時の苦しみに、ミストに好意を持たれていることの喜びに、本心で向き合えなかった』
『そして、ソレを気付かせてくれたのは……ミストが最期に俺を看取ってくれた時だったんだ。本当、遅すぎるよな』
「……ほんとう、よっ、ばか……ばーかっ、今更、そんな事、きづくなんて、頭はいいのに、ばかなんだからぁ……っ」
『手厳しい。いや、全くだよ。だから、まあその、俺はずっとずっとミストに感謝してるんだぜ? 色々迷惑もかけっぱなしだし、頭が本当あがらねえ。最高だよミスト、お前さんはよ』
涙でぼやける視界の中、抱きとめても腕の中から消えていく○○を見て……私も、ようやく理解し始めていた。もう、どうしようもないと。
両足がなくなり、上半身が残された○○は、それでもニッコリと笑っていて。私もそんな○○に心配かけないように笑わないと、と思って何とか笑みを見せた。
『うん、今日一で可愛い笑顔だぜミスト』
「今日二は?」
『俺を洞窟で褒めちぎってくれた所の表情』
「普段からそういう気の利いた台詞が出せるなら、アリアもすぐに落ちたのかもしれないのに」
『慣れてないからね、恋愛なんて両手どころか一本指分しかしたことない』
「それもアリアだけね」
『一途なんで』
「知ってる」
空は明るみ、茜色から藍色へ変わり……○○は既に肩より上しか残されていなかった。
だから――私は最後に、質問をすることにした。
「ねえ。○○……私は、前も言ったけどあんたの事が好きよ。……○○は私の事は、好き?」
『……うぇっ、えっと………………………………まあ、好きですね』
「それは、物語の登場人物としての好き? それとも異性としての好き?」
『……』
「好意、ぶつけられるの本当に慣れてないのね。あんだけ他人にはぶつけられるのに」
『……慣れてないからね。その……』
「うん」
『…………』
「早く。時間稼ぎしてたら、本当に消えちゃうわよ」
『やべ……ッ!? あーえーっと、えーっと、あれだ……お、俺もその異性として、好きです!』
光の粒子が辺りに四散してゆく。
慌ててまくしたてた○○は、もう顔しか残っておらず。
そして丁度、その言葉を言い切った直後、朝日が私達を覆う闇を塗り替え――、
「――うそつきっ」
美しい朝日に照らされたその場所には、もう、私以外誰も居なくなっていた。
私は二度、三度と自分の袖で顔を拭い――それでも足りなくて四度、五度と拭ってから……残っていた分を絞りだすように、静かに泣いたのだった。
§ § §
本格的な冬がやってきた。
敵の大攻勢を退けた後、敵軍の動きは格段に緩くなった。
当たり前ではあるが、あれだけの大軍を失った後にすぐに動ける訳もないようだ。
敵も味方も、今はお互いに力を蓄える時。
恐らくこの冬を超えた頃にまた次の四天王による攻勢が始まるのだろう。私達も失った分、疲弊した分新たな力を蓄えなければ。
「……」
私の前にはまだ若い木……魔法樹がある。
第二の四天王襲撃後、残された○○の銃を再度同じ場所に突き立てた所、銃は役目を終えたとばかりにメキメキと成長し、そして一本の若い木になった。
粉雪を積もらせたその木の根本には色々な人からの献花や、酒、お供え物が大量に置かれている。○○の死が改めて皆に知らされた結果、連日○○を惜しんでお供えをしにきてくれている人が居るようだ。
私もここ最近は毎日ここに来ている。こうして雪が降る日も、暇があれば。
我ながら女々しい事だと思うけど……でも、もうしばらくはこうしていたい。……少しぐらいは許されるわよね。
「――あ。ミストちゃん、やっぱりここに居たっ」
「あら、ミーナ。怪我はもういいの?」
「うん、毒も抜けたし、怪我もほとんど治ったし。ずーっとベッドで寝てると逆に疲れちゃうから」
「あんたも大概頑丈ねぇ……」
「暗殺者は体が資本!」
「この軍の中で体を資本にしてない人なんて逆に居ないでしょ」
最後まで私を親友と慕ってくれたミーナ、それにキキとは、あの後仲直りした。
お互いにお互いがギスギスしていたままで居られる程、今後も楽な戦闘はないだろうし……それに、お互い悪いところがあろうとも、やっぱり私も仲が悪いままでは居たくなかったから。
「じゃん! お供えですっ!」
「……出たわね、アリアのプロマイド。幾ら○○が好きだったからって」
「でもあの人お酒も嗜む程度で好きってものがこれ以上になくて……」
「アリアが嘆いてたわよ、みんながプロマイド贈りすぎるから、この木の周りいっぱいがアリアの写真だらけで、『え、これあたしのお墓か……!?』って」
「あははは……う、うん。ちょっと控えておこうかな。じゃあこのお酒だけで……」
「そうしておきなさい」
そうして、二人で魔法樹に向かって黙祷を捧げる。
ほろりほろりと降り落ちる粉雪の中、言葉もなくこうして二人で居る空間がどこか心地が良かった。
「……ね。そう言えば……クリストが返事の事言おうとしてたじゃない、あれってどうなったのかしら」
「あぁ~~……………言わなきゃダメ?」
「その微妙な表情を見たらますます知りたくなったから、ダメ」
「んっと……分かった……うん。クリストは応えてくれたよ。アリアちゃんを大事にするって」
「あ、あら……そ、そう……」
「でもその後に言ってくれたの、私の事も大事にするって……」
「えっ? そ、それって……!?」
「そう、事実上の二股宣言だよミストちゃん! でも二人の事は優劣つけられないって、真剣に悩んで、どっちも大事だし、どっちも失いたくない! 二倍頑張って、ふたりとも幸せにするー!って言ってさ!」
「それでいいの!? いいのミーナ!?」
「本当はよくないよっ、良くないけど……良くないけど真剣に悩んでくれて、それであんなに真面目な表情で言われたら……っ、断れないよーっ! ディオルドさんはもうノリノリだしぃーっ!」
わいのわいの、きゃーきゃーと二人で盛り上がってしまう。
何だかんだでミーナは満更でもなさそうなので、多分大丈夫なんだろうけど……うーん。クリストとは一回サシで話さないといけないかしらね……。どちらの親友としても、釘を刺すつもりで。
「あ。ミストちゃんもうすぐお昼だし……一緒にご飯食べない?」
「そうね……じゃあ折角だしお相伴に預かろうかしら」
「よかった~、実は私、お嫁さん修行も始めてまして~」
「えぇ~……私実験台になるの、嫌なんだけど」
「美味しいって多分! ……あれ? ……あの樹の所……なんだろ?」
「ん?」
ふとミーナが樹上を指差す。すると、そこには枝の一つに球体がぶら下がっていた。
分岐した枝、というよりかは別の小さな植物がくっついてできたそれには幾つかの橙黄色の果実がなり、彩りのない魔法樹に少しだけ彩りを与えている。
「あぁ……ヤドリギよ」
「ヤドリギ? へぇー……あれが」
「珍しいわね、私も自生する植物としては初めて見たかも……どうして魔法樹についたのやら」
「誰かが魔法樹にヤドリギ弾でも打ち込んだとか?」
「そんな事する馬鹿はうちの隊には居ないと信じたいけどね。……まあ、行きましょうか」
「うん!」
私達は雪の地面を踏みしめながら、その場を後にする。
ミーナと他愛もない話をしながら林を抜けて、砦に向かう……その前に。
「ミストちゃん?」
「ごめん、ちょっとだけ待っててくれる?」
私は気付いたら足を止めており。
踵を返し、元の場所へと向かっていた。
ざくざくと雪を踏みしめ、足跡を乱暴に残しながらも来た道を戻る。
そしてたどり着けば依然として鎮座している魔法樹。
私は雪の降る中、息を切らしながらも、ゆっくりと樹の元へと近づけば――、
「――本当は逆からなんだからね、○○」
ヤドリギの下で、その幹に小さく唇を落としたのだった。
自分が思うとっておきの展開を。
自分がその時その時に抱いた衝動と共に詰め込みました。
非常に疲れましたが、こうして一作品を完結させられたのは素直に嬉しいです。
読者の皆様の過大な評価、感想、支援、本当に励みになりました。
皆様のお陰でどうにか拙作を完結までこぎつけられたと実感しております。
読んでくださった全ての読者様に心からの感謝を。
また引き続き別の作品は書こうと思っておりますので、その時にお会いできればと思っております。
改めてありがとうございました!