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4ー27 憤怒の氷


 多くの機能が内臓され、汎用性と特化型の利点を両方併せ持っている『幻装、始まりの(アルファ)トンファー』を構えた結は、イーターの群れに正面から突撃した。


(一体一体とやり合ってたら、日が暮れるな。それならっ)


変幻(チェンジ)(チェーン)


 トンファーの先端部分を分離させると、トンファーを無知の要領で振り回していた。


(敵はこの数だ。一撃でも当たれば、それが隙となり呑まれる可能性がある。絶対に間合いには入れないっ)


 一対多の戦いだ。


 一撃でも相手の攻撃が当たってしまえば、仰け反り一瞬だが致命的な隙を作り出すことになってしまう。


 そうなってしまえば、後は結が敵を消滅させる前に結自身がリンチされてしまう。


 だから結は鎖を鞭のように使うことによって、複数の敵を一撃で葬り、尚且つ距離をとっているのだ。


(相手は動物の姿をしているからな。攻撃方法は基本敵に野性的な攻撃。つまり殴る蹴るなどの肉体技だ。鞭の間合いがあれば攻撃は完全に一方通行だっ!)


 熊型が後ろから襲い掛かってくれば、その場でジャンプし、熊型の攻撃を躱し、隙だらけとなっている背中に鎖を叩き込む。


 周囲三六○度に注意を張り巡らせながらの戦闘を行っていた。


 結がイーターの群れの中を、走り回りながら鎖を振るい、何十何百という数のイーターを消滅させている中、結はある異変に気が付いていた。


(おかしい。やけに体が重い)


 結は体に違和感を感じていた。


 その違和感は明確に結果と結び付いており、最初のようにイーターを一撃で葬ることが出来ないようになっていた。


(くそっ。まだノルマの五千には程遠いってのによ。疲労で体が鈍っているのか?)


 結は体の不調を、疲労からくるものだと思っていた。


 しかし、それは間違いだった。


 結はそれを思い知ることになることを今はまだ知らない。


(俺がこんな奴らに負けるわけがない。あの白夜とかいう奴だって言っていたじゃないか。俺は強い、こんなところで負ける訳がないっ!)


 己は強い。


 だから負ける訳が無い。


 自分にそう言い聞かせると、結は鎖を伸ばし、鞭のようになっている両手のトンファーをそれぞれ振るっていた。


 しかし、そこである異変が結を襲った。


(なんだこれっ!力が抜けるっ!)


 結がトンファーを振るった瞬間、まるで風船から空気が抜けていくように、今まで結の全身に満ちていた力が抜けていったのだ。


(やばいっ!これじゃっ……)


 結の身体能力は、最初の面影がないほどに弱り切っていた。


 最初はイーターよりも絶対的に格上の存在であった結だったのだが、今の結には、例え一対一であろうと、勝つことが出来なくなってしまうほどに弱っていた。


「ふざけるなっ!」


 結はなけなしの幻力を使い、自分に襲い掛かってきている、猿型のイーターの脳天に『指月(しげつ)』を撃ち込み、どうにか戦い続けていた。


 しかし、


 それが永遠に続く理由にはならなかった。


「……くそっ」


 そして、


 結はイーターの群れに呑まれた。














 結と二手に分かれた後、奏もまたイーターの群れに突撃していた。


『氷結=手刀(ハンドレイド)


 奏は得意の幻操術を使い、袖からまるで腕を延長させるかのように刃を伸ばすと、正面からイーターの群れに斬り掛かっていた。


 まるで戦っているとは思えない、そう、まるで舞を披露しているかのように美しい立ち回りを見せる奏は、両腕から伸びた刃を一振りする毎に、確実にイーターを一体ずつ消滅させていた。


(結は大丈夫でしょうか?)


 イーターと戦いながら奏が考えていたのは、どうイーターを仕留めるかではない。


 結について考えていた。


 奏にとってイーターを仕留めることなんて、人間が意識して心臓を動かしていないように、無意識で容易に行えることなのだ。


(前とは違い、今の結は自信に満ち溢れています。ですが何故でしょうか。とても、とても嫌な予感がします)


 今回の任務で外に出る前まで、結はずっと自分の事を劣等生だと卑下にしていた。


 しかし、奏から幻の逸材(ファントム)の話を聞き、幻の逸材(ファントム)という天才たちの中で、高い力を身につけた自分は劣等生ではないのかもしれないと思い始めた結は、この所どこか自信に満ち満ちていたのだ。


 結が自分のことを認め始めてきたことに、奏は内心喜んでいた。


 だけど同時に、ある不安に駆られていた。


(結の力は平均的なはずです。ですが、実際に結は天才が集っているT•G(トレジャーガーデン)一組で、二位の実力を持っています。もし、もし仮に、それが結の中に秘められている、零王が関係しているとすれば……)


 結の幻操師としての才能は実に平均的だ。


 それは結自身自覚していることだが、それに反して今の結の実力は、幻の逸材(ファントム)という天才たちが集っているT•G(トレジャーガーデン)一組で二位なのだ。


 凡人が天才に勝つ。


 それは、本来ならばあり得ないことだ。


 どれだけ努力をしていたとしても、他の子たちとでは、努力してきた年月も倍の差があるのだ。


 凡人が天才に勝つだなんて、本来到底説明出来ることではないのだ。


 しかし、結にはそれを説明するだけの秘密があった。


 それは、結の中にいる、結の心装の核とも言える存在。


 零王だ。


 零王の才能は、才能の塊である賢一を遥かに超えていたのだ。


 結自身は凡人であるのにかかわらず、天才である一組の生徒たちを超えた理由は、その零王が関係しているのではないかと奏は考えていたのだ。


(何かしらの形で、結が無意識的に零王の力を引き出していたとすれば……マズイですね)


 零王の強さの秘密は、結自身が己を最弱の存在だと思い込むことによって、心装を己とは真逆の存在、つまり最強の存在にするというものだ。


 今の結は、この自分は劣等生だという思いが弱まっているのだ。


 元々奏は、前に結が暴走しかけた時に、今後暴走しないようにと、結に自分の力を自覚させることによって零王の力を下げようと思っていたのだ。


 結自身の実力を伸ばし、暴走の原因である零王の力を落とすことによって、今後結が暴走しそうになったとしても、自分でそれを防げるようになって貰おうとしたのだ。


 だか、今の結の力が、そもそも零王の恩恵だとしたら?


 零王の力が落ちることは即ち、結の力が落ちることと繋がるのではないか。


 奏はそのことについて不安になっていたのだ。


(二手に分かれるのは軽率だったでしょうか?……いえ、今更こんなこと言っても仕方がないですね。早くこっちを終わらせて、結の元に駆け付けますか)


 奏はそう結論付けると、全身に纏わせていた幻力の出力を上げると、幻操術を発動していた。


(私自身のスピードが落ちては元も子もないですし、三十が限度ですね)


 奏が発動したのは、奏の念によって自在に操作出来る氷の玉だった。


(『氷結=操作弾(コントロールブレット)』とでも呼んでおきますか)


 奏は両手の刃を振るいながらも、念で三十にも及ぶ量の操作弾(コントロールブレット)を操作し、的確かつ迅速にイーターの数を減らしていた。


 そうやって奏がイーターの数を劇的に減らしていると、それは起こった。


(っ!?結の幻力が弱まっている!?)


 幻操師は意図的に幻力の放出を止めない限り、その身から体の中に溜めておくことが出来ない分が溢れ出ている。


 一定のレベルを超えた幻操師は、その漏れている幻力を探索することが出来るのだが、今まで奏が感じていた結の幻力が急激にその量を減らしていたのだ。


(今は戦いの最中です。意図的に幻力を抑えるなんてことはありません。つまり、結……)


 奏は結のことを心配して、思わずその場で立ち止まってしまっていた。


 「ガル?」


 奏が突然立ち止まり、大量のイーターを葬っていた操作弾(コントロールブレット)も三十個全てが消え去っていったことで、恐らく次に葬られるはずだった狼型イーターは、疑問の唸り声を漏らしていた。


「ガルルルッ!」


 奏が立ち止まっている今がチャンスだとでも思ったのか、狼型イーターは激しい唸り声を上げると、俯いている奏に向かって飛び掛かっていた。


「……邪魔です」


 奏が顔を上げながら、小声でそう呟いた瞬間。


 狼型イーターは綺麗な氷の彫刻にその姿を変えていた。


 顔を上げた奏の目は、とても冷めており、まるで氷のように冷たく鋭くなっていた。


 狼型イーターが突然氷の彫刻になったことで、一瞬静かになったイーターたちだったが、すぐに平静に戻ると、再び奏に襲い掛かっていた。


「……こうなっては仕方がありません。すぐに終わらせます。起きなさい『ーーー』」


 奏が何かの術を発動させた瞬間、奏の両腕から伸びていた刃が綺麗に消え去り、代わりに奏の手には全てが純白の綺麗な刀が握られていた。


「消えちゃえ」










 奏が純白の刀を発現させてから約十秒後。


 奏の周りにいた数千にも及ぶイーターと群れは、その姿を綺麗に無くしていた。


「お疲れ様でした。……さて、結、今から行きます」


 奏は刀を消すと、その目に輝きを取り戻しながら、まだ微かに幻力が感じられる結の元に急いだ。


 評価やお気に入り登録、アドバイスや感想などよろしくお願いします。


 次の更新は明日の午前12時です。

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