4ー25 嫌な予感
「はぁー」
「どうかしたのですか?」
「……誰のせいだと……」
結は結局、あの後、一睡もすることが出来ずにいた。
奏はまだ前にも似たようなことがあったため、まだ大丈夫だが、昨日初めてあったはずのリリーから抱き着かれた時は、そりゃもう大変だったのだ。
(……最近の女の子はガードが緩過ぎじゃないか?)
「結、もっとハッキリ言って下さい。何を言っているのかまったく聞こえません」
「もうそのことはいい、早くT•Gに帰ろう」
二人は寝ていたため、言ったところで仕方が無いので、結は話しをわりと強引に切ると、T•Gに向うことにした。
「その前に消耗品の補充をしませんと」
「あっ、それなら良い店に心当たりがあるのです」
「リリーはここに来てから日が浅いのでは?」
「そうですが、初めてこの街に来た時にすぅーごくっ優しくしてくれた人がいましたなのです」
「そっか。ならそこに向かうか」
「こっちなのですっ」
結たちはリリー先導の元、その良い店とやらに向かった。
リリーが「ここなのですっ」っと自信満々に言った場所は
「……えーと、なかなか古風で良いんじゃないか?」
「……ボロボロですね」
「言うな奏っ!」
その店はなんというか凄くボロボロだった。
壁も屋根も扉も全てが酷く傷付いていて、屋根に至っては腐っているようにも見える。
「あっ、そっちじゃないのです」
「「え?」」
リリーがそう言って指を指したのは、ボロボロの家の隣にある、小さな屋台だった。
「お姉さぁーん。また来ちゃいましたなのですぅー」
「おおー、リリーちゃんよく来たねー」
リリーの呼び掛けに応じたのは、短パンに白のTシャツを着て、頭に鉢巻きを巻いている、ちょっとワイルドさに満ちているお姉さんだった。
「んん?リリー友達出来たのかい?やーやー、君たちリリーとこれからも仲良くしてあげてね?君たちなにか欲しいものあるかい?リリーの友達が初めて来たんだ、サービスして今日は全部半額にしてあげるよ」
お姉さんが結たちの存在に気がつくと、まるで自分の娘の成長を喜ぶお母さんのような表情になると、リリーの頭をナデナデしながらそういった。
(見た目はお姉さん。中身はお母さん。その名は屋台の道具屋さんってか?)
全部半額になると言われて、「ありがとうございます」っとお礼を言いながら品物を見て行くと
(食べ物に、編み物用の糸。裁縫道具に……あっこれなんて法具じゃねえか……一体この屋台、何屋なんだ?)
「驚きましたか?ここは何でも屋なのです」
「「何でも屋?」」
思わす奏とハモってしまった。
「はいなのです。雑貨から魔法の道具まで、いろんな物が揃っているのです」
ふーんっと口ずさみながら品物を見て行くと確かに品物に関連性がない。悪く言えばまとまりがない。
「これって幾らですか?」
「ん?それかい?んーそうだね、タダで良いよ?」
結がそう言って取り出したのは、特化式法具の一つだった。この拳銃のような形をした法具にセットされているのは『射撃』だ。引き金を引くことによって、使用者の幻力の必要量を自動的に取り出して術を起動させるタイプのものだ。
組み込めれている式を変えることが出来ない特化式だが、これは簡単に言ってしまえば、小型で反動のなく、いちいち弾のリロードが必要ない拳銃だ。普通に買えば数万はくだらないだろう。
法具としては安い方だが、普通に考えればそれなりの価値があるものをタダでくれるとのことで、結は目をまん丸に見開いていた。
「ほ、本当に良いんですか?」
「いいさいいさ。リリーちゃんの友達からお金なんて取れないよ」
お姉さんはそう言うとニッヒヒっと楽しそうに笑った。
「私はこれを買います」
結がお姉さんと喋っている間に、どうやら奏は必要な消耗品を全て探したようで、氷で作った籠に商品を入れて、お姉さんに見せていた。
「おおっ!凄いねお嬢ちゃん。これ幻操術だよね?」
奏が持っている氷の籠が幻操術によるものだとわかったお姉さんは、それを見て酷く興奮していた。
「ルカお姉さんは小さい頃から幻操師に憧れていららしいのです。ですが幻力が少なかったために諦めることになっちゃったみたいなのです」
幻力が少なければ幻操術を使うことが出来ない。そして幻操術が使えなければ幻操師には慣れない。
どんなに幻操師になりたくてもその適性が無くては絶対になれない職業。それが幻操師なのだ。
お姉さん、改めてルカは奏が作った氷の籠を持ち上げて色んな角度から観察していた。
「あの、いくらでしょうか?」
「ん?あっごめんごめん。えーと、んん?君たち旅にでも出るのかい?」
奏が籠に入れていたのは、ほとんどが携帯食料だ。ただご飯を食べるなら普通の食材を買えばいいため、わざわざ保存の効く携帯食料ばかりを買おうとしていたため、ルカはそう判断したのだ。
「はい。これから行くつもりですが、それがどうかしたのですか?」
奏がなんでもないことのように言ったため、一瞬表情を歪めたルカだったが、リリーが寂しそうにしているどころか、楽しそうにしているのを見て、理解したのか、寂しそうな表情になっていた。
「そっか、なるほどね。リリーちゃんも一緒に行くんだね」
「はいなのです。今日は今までのお礼に来ましたのです。今までの食べ物を安く分けてくれてありがとうございました」
リリーはそう言うと姿勢正しくルカに頭を下げていた。
リリーの目からは涙が溢れ出していた。
リリーはこの世界に来てからあまり時間が経っていない。だからルカとは短い付き合いなのだが、右も左も分からなくて、その日の食事にも困っていたリリーに、ルカは優しく食べ物を与えたのだ。
短い付き合いとはいえ、リリーにとってルカは命の恩人だった。
「そっかそっか。良かったね。リリーちゃん」
「ルカお姉ちゃんっ!」
「リリーちゃんっ!」
バッと勢いよく頭を上げたリリーは、その顔を涙で濡らしながら勢いよくルカに抱き付いていた。
それと同時にルカもまた、リリーのことを強く、だけど優しく抱き締めていた。
二人の瞳からは、大量の涙が洪水のように流れていた。
(まだ会って一週間やそこらだろ。それでここまで感傷に浸れるなんてな……ルカって人も良い人なんだな)
短い付き合いでしかないリリーとの別れで、これほどまでに泣いているルカを見て、結は内心感動していた。
(でも、なぜだ?……嫌な予感がする)
結には、これからここで嫌な事が起きる気がしていた。
「奏、リリー、そろそろ出発ーー」
出発しよう。
結がそう言おうとした瞬間、町の中に鐘の音が鳴り響いた。
「こ、これはっ」
「ルカお姉さん?一体なにがあったのです?」
「この鐘はこの街に危険が迫っている時の非常ベルの役割を果たしているんだよっ!」
ルカは非常に焦っていた。
このテニントの街はガーデンやギルドなど、戦力を所有していない。
この世界には、イーターという歪みから生まれた異質なる者が存在している。
本来であれば、イーターが街に襲いかかってきても、ガーデンやギルドが討伐をするのだが、ここにはそれがない。つまり、ただ逃げるしかないのだ。
そして、この鐘の音こそ、イーターがこの街に襲いかかってきたことを街十に知らせているのだ。
「リリーちゃんと君たち、急いでここから逃げるよっ!」
焦った表情を浮かべているルカは、自分が、そしてまだ子供であるリリーちゃんや結たちを守るために、結たちに逃げることを促した。
「待ってください」
「なにを言っているのっ!荷物を取りに戻る時間なんてないのっ!」
その場から動こうとしない結の手を掴んだルカは、無理やり連れて行こうとするが
「ルカさん。待ってください」
「君までなにを言っているのっ」
慌てた様子でいるルカを一旦放置して、奏はリリーに話し掛けていた。
「リリー、これからあなたがどういった存在になるのか見せてあげます」
「え?」
「俺たちは幻操師だ。幻操師の力ってを見せてやるよ」
「ルカさんも見てみますか?あなたが泣くほどに大切にしている少女。リリーがなる幻操師の力というものを」
「ルカさんも幻操師になることを夢見ていたんだろ?だったら良い経験になるぞ?」
結と奏は、さぁーっと手をリリーとルカに差し出していた。
「私は……」
その手を掴んだのは。
「よろしくお願いきますですっ」
「そこまで言うなら見せてもらおうかなっ」
二人だった。
結と奏は「そうこなくちゃ」っと笑顔になると、リリーを結が、ルカを奏が担ぐと、イーターの気配を感じる方角に向かった。
テニントの街には、防壁というには心許ないが、一応防壁、いや柵と呼べるものは周りに作られている。
結たちはイーターの群れが向かって来ている方角の柵にたどり着くと、柵の外側に二人を降ろした。
「一匹も逃すつもりはありませんが、念のためです」
奏がそう言って指を鳴らすと、リリーとルカを囲うようにして限りなく透明に近い氷を発生させていた。
中には椅子も作られており、前に結と奏が泊まった氷の家の透明バージョンだ。
「そこで寛ぎながら見ていて下さい。そこにある望遠鏡を使えばハッキリと見えるはずですので」
街からイーターの群れまで、それなりの距離がある。目視で結たちの活躍を見るのは正直無理だ。
だから奏は、予め望遠鏡も氷で作っていたのだ。
(望遠鏡まで作れるのかよ。まぁ洗濯機も作れるくらいだし出来るのも納得か……)
「それでは結、行きますよ」
「そうだな。……おいおい、二人ともそんなに心配そうにしなくて大丈夫だよ」
二人の事を心配そうに見つめているリリーとルカの頭を優しく撫でると、結と奏は視線を合わせると、どちらともなく同時に頷くと、イーターの群れに向かって、同時に駆けた。
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