9-27 君は誰? (終)
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地上に帰ってきた御一行は目立たない夜の内にこの街で現在使っている宿屋である『天使の溜まり場』まで戻ってきていた。
たくさんの少女たちーーそれもみんな可愛いーーを見て桜が騒ぐという問題はあったものの、今は大人しく一人氷の中に収容されている。
「……ねえクルミ。解って本当に大丈夫なの?」
「心配かの?」
部屋の端で寝かされている解に視線を向け、目を細める美花にクルミが茶化すように言う。
「ククッ。問題ない。あやつは死ねんからな」
「死ねん? 死ねないって事?」
「そうじゃ。この世界であやつを殺す事が出来るのは妾が知る限りでは一人じゃな」
「一人?」
「前まで二人おったのじゃがな。一人はもういないからの」
「……もしかして、その一人って」
「そうじゃ。あやつにとっては恩人であり、始まりの娘。如月奏じゃ」
「…………そっか」
奏を殺したのは美花にとって大切な友人だった、六花。
あの子は今、何をしているのだろう。どうして六花は天使を襲ったのだろう。
わからない。何もわからない。
(あたしの知らない事があまりにも多過ぎる……)
「……解は当分起きない」
「……えっ?」
それは聞き覚えのある声だった。
「く、九実!?」
地下から脱出する時、クルミが九実の事は気にするなと言っていたため特に九実を探したりしなかったのだが、一体いつの間に現れたのだろう。
「あ、あんた今どこから出てきたのよ!」
「そんな事はどうでもいい。聞いて」
平坦な口調なのはいつもの事だが、いつもより気持ち強い口調に美花は黙った。
「さっきも言ったけど、当分解は起きない」
「……どうしてよ」
確かに胸にこんな風穴が空いているのだ。重症だろう。だけどクルミは全く慌てていない。だから問題ないと、大丈夫だと思っていたのだが、確かに命はあっても、意識もそこにあるとは限らない。
「解の意識は今、この幻体の中にないから」
「意識がない?」
「ただ気を失ってるのとは違うのか?」
「違う。その場合意識は身体の中にある。だから時間が経過すれば意識が戻るけど、今の解にはそれがない」
「……つまり、このままじゃ目覚める事はないって事か?」
「そう」
「……なんで……」
九実の言葉に小さくもらす美花。
「助ける方法は? あたしたちに何か出来る方法は?」
「……助けたい?」
「ええ」
美花の目に迷いは欠片もなかった。
「一つだけ、方法がある」
「ーーっ! それを教えて!」
「簡単じゃない。それでもいい?」
「ええ。良いわ」
「……なら、解の代わりにあなた、死ねる?」
「…………えっ?」
☆ ★ ☆ ★
(ここはどこだ?)
何も見えない。何も聞こえない。
(オレはダレダ?)
名前がわからない。自分がわからない。
『……は…………う……』
(……え?)
誰かの声が聞こえた気がする。
聞き覚えのある声。これは誰?
『あな…………ゆ……』
この声は最近知った声だ。
……違う。そうじゃない。もっと前から知っているだろう?
君は誰?
誰でも良いじゃないか。
どうして?
だって私はーーなのだから。
え? なんだって?
突然視界が広がった。ここは、草原?
一面が緑に染まった美しい草原。
そこに、誰かが立っていた。
(君は誰?)
そこにいる誰かが笑ったような気がした。
「どうして君は話そうとしないんだい?」
「…………え?」
今までこの世界から抜けていた音が彼らの耳に吹き抜けた。
全身を包むような優しい風。
風によって揺らぎ、ぶつかり合い、小さな音を奏でる草花たち。
「君は自分の名前がわかるのかい?」
「……わからない」
「……だろうね。俺自身本当の名前なんて知らないからな」
目の前にいるこいつは一体誰なのだろう?
僕は一体誰なのだろう?
こいつの顔は見えない。……あれ、そもそも自分の姿さえ知らない事に気が付いた。
「だけど、こちらで貰った名前はあるんだよ?」
「貰った名前……」
「忘れたのか? 君の……いや、俺たちの名前はーーだよ」
「なんだって?」
肝心な名前の部分だけが聞こえない。ノイズのような音が重なり、疎外される。どうして?
何度も名前を伝えようとする彼。だけど、その声が届くことはなかった。
やがて諦めるように微笑み。そして、僕の足元を指差した。
「どうやらまだ君には足りていないらしいね。だから探してきな」
「何を?」
瞬間。足元に巨大な風穴が空いた。
「え?」
足の裏から感じていた大地の圧迫感は消え去り。自由だけど不安定なものが全身を走った。
「な、なんだこれ!」
不思議と足元には何もないというのに落ちはしない。いや、少しずつ落ちている?
「……外が騒がしいな。大丈夫。君はまだ完成していない。それは俺も同じ。改竄された世界を巡るだけの時間はあるよ」
「何を言ってるんだよ! 助けてくれよ!」
「それは出来ない。俺はここから動く事が出来ないからね」
「ーーっ!」
その時僕は見つけた。彼の足元に鎖のようなものがどこかにつながっているのが。
「大丈夫。俺も、アノ子も君のことを助ける事は出来ないけど、君を助けてくれる人は他にもいるでしょう?」
最後に彼が微笑んだ瞬間。さっきまでゆっくりだった落下が一気に早まった。
「大丈夫。太陽の光はとっても眩しいから。ちゃんと君を導いてくれるよ。それに癒してくれる月も照らしてくれるからね」
視界が消えた後、彼の声が届いた。
「知らなくて良いことだ。だけど、歩いてごらん。その道を。君が望んだ偽物の世界を」
☆ ★ ☆ ★
天空を支配するのが淡く優しげな光を放つ月から神々しい太陽に変わった。
ほら、朝だ。目覚めの時間だよ。
彼は向う。
彼の世界に。
さぁ、おいで。
参加してだなんて言わないさ、
ただ見ていて欲しいんだ。
歓迎しよう。
隠蔽された世界に。
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次回更新は12月5日です!




