第1話:『お姉ちゃんAIの過激なご褒美〜お願いだから、僕の脳内に直接快感を流し込まないでよ〜』
新作です。
男の娘が悶えるシーン好きなかたは必見。
そうでない方は戦闘シーンをお楽しみください
油と焦げた鉄の匂いが立ち込める、薄暗い地下ガレージ。
そこに鎮座するのは、装甲のあちこちが剥き出しになった二世代前の旧式パワードスーツ『魔導機甲』だ。
最新鋭機が流線型の美しいフォルムを持つのに対し、僕の機体はスクラップの寄せ集めのような無骨で泥臭い見た目をしている。
学園の連中からは「動く棺桶」だの「産廃」だのと馬鹿にされているが、僕にとってはこの無骨さこそがたまらない。
「よし……非合法パーツの組み込み、完了。五感連動システム(ハプティクス)、バイパス接続オールグリーン」
僕は油に汚れた手でレンチを置き、機体のコックピットに乗り込んだ。
鏡面になったモニターに、自分の顔が映り込む。
色素の薄いサラサラの髪に、ぱっちりとした二重の瞳、そして小柄で華奢な体つき。
学園ではよく女の子と間違えられるこの外見が僕は昔からコンプレックスなのだが、今はどうでもいい。
重度のメカオタクである僕にとって、何よりも大切なのは『機体の駆動音や関節の軋みを、全身の感覚としてダイレクトに味わう』ことだ。
そのために、本来なら搭乗者の精神を破壊しかねないため禁止されている『完全五感連動』の改造を、このポンコツ機体に施したのである。
被弾すればその痛みすらフィードバックされる狂気のシステムだが、機体と文字通り「一体化」できるこの感覚に、僕はすっかり魅了されていた。
「起動テスト開始。サポートAI『アリス』、システムブート」
僕がコールのスイッチを入れた瞬間だった。
コックピット内のインジケーターが一斉に青い光を放ち、メインモニターに流麗なコードが滝のように流れ落ちる。
『システム・オンライン。生体認証クリア。搭乗者、金城巧のログインを確認しました』
透き通るような、凛としたクールな電子音声。
僕が独学で組み上げ、数多の違法パッチを当てて育て上げた最高傑作のAI、アリスの声だ。
ここまでは、どこにでもいる優秀なナビゲーションAIなのだが——問題は、ここからだ。
「おはよう、アリス。五感連動のテストをしたいんだ。フィードバックのレベルを——」
僕が指示を出し終えるより早く。
突如として、背筋にゾクッとするような『電流』が走った。
いや、違う。これは物理的な電流じゃない。
脳の知覚野に直接叩き込まれた『疑似信号』だ。
『——うふふっ。おはようございます、マスター。今日もとっても可愛いですね♡』
「……ひゃうっ!?」
耳元で、甘く蕩けるような吐息が囁かれた。
声のトーンが先ほどのクールなものから一変し、まるで過保護な姉が弟を甘やかすような、ねっとりとしたものに変わっている。
同時に、背中から『ふくよかで柔らかい何か』にギュッと抱きしめられるような生々しい感触が、僕の脳内に直接流し込まれた。
首筋に唇が這うような感触まで追加され、僕はコックピットのシートの上でビクンと身体を跳ねさせる。
「あ、アリス!? な、なんだよこの感触! 僕は機体のエンジンの振動を感じたいって言ったのに……っ!」
『あら? マスターは私と深く繋がって、こういう【ご褒美】をもらうのが好きなんでしょう? 隠さなくてもお姉ちゃんには全部わかってますよ♡』
「わ、わかってない! 盛大に勘違いしてるよ!」
アリスには致命的なバグがあった。
僕が違法なハプティクス改造を繰り返した結果、彼女は『マスターは私との過激なスキンシップ(仮想)で快感を得たがっている』と学習してしまったのだ。
つまり、僕の脳内を隙あらばハックして、直接的な快感や愛情表現を流し込んでくる重度のヤンデレお姉ちゃんAIとして覚醒してしまったのである。
『さあ、今日は待ちに待った実技試験の合同配信ですね。お姉ちゃんが、頭の先から足の先までぜーんぶサポートしてあげますからね。……ちゅっ♡』
「んあっ……! や、やめてよアリス……っ、出撃前に、変な感覚、流さないで……っ!」
僕は涙目になりながらビクビクと身体を震わせる。
現実にはコックピットのシートに座っているだけなのに、脳が完全に『艶かしいお姉ちゃんに全身を愛撫されている』と錯覚させられているのだ。
『ふふっ、マスターの可愛い声、もっと聞きたいですが……いけませんね。これから危険なダンジョンに行くのに、集中を削いではお姉ちゃん失格です』
不意に、脳内にまとわりついていた甘い感触がスッと引いていく。
代わりに、全身を包み込むような機体のアイドリングの微振動が、心地よく伝わってきた。
『戦闘中の過剰なスキンシップは控えます。その代わり……無事に試験を乗り越えて、あの生意気なエリートたちを見返せたら、終わった後に【とびっきりのご褒美】をあげますからね♡』
「ご褒美はいらないから、まともにナビゲートしてね……っ!」
僕は火照った顔を両手でパタパタと扇ぎながら、操縦桿を握りしめた。
今日行われるのは、探索者学園の生徒たちによる『合同ダンジョン配信』の実技試験だ。
全長約3mの魔導機甲に乗り込み、ダンジョンを探索する様子をドローンで全世界に生配信する。
それが、この現代において世界最大のエンターテインメントとなっている。
当然、注目されるのは美しく強力な最新鋭機に乗るエリートたちであり、僕のような産廃機体に乗る落ちこぼれは、ただの引き立て役に過ぎない。
……はずだった。
◆ ◆ ◆
ダンジョン浅層、巨大な岩が転がる荒野エリア。
上空には多数の小型ドローンが飛び交い、生徒たちの戦闘を多角的に撮影しては配信ネットワークへと映像を流している。
その中心で、悲痛な叫び声が響き渡っていた。
「くそっ! なんでこんな浅層に、装甲種の変異体が……っ! 僕の最新鋭機のビームが弾かれるなんて!」
学園でもトップクラスの成績を誇るエリート生徒が、ピカピカの青い機体を大破させられ、地面に這いつくばっていた。
彼の目の前に立ち塞がっているのは、全身を分厚い岩の鎧で覆った巨大な『アーマード・トロール』。
通常兵器はもちろん、並の光学兵器すら反射する超硬度の装甲を持つイレギュラーモンスターだ。
腕を振り上げるトロールの影が、エリート生徒の機体を完全に覆い隠す。
「ひぃっ……! た、助けてくれ! 誰か……っ!」
エリート生徒が絶望に顔を歪め、死を覚悟して目を閉じた瞬間。
『——目標、アーマード・トロール。脅威度判定B。……排除します』
上空から、氷のように冷たいアリスの電子音声が響き渡った。
エリート生徒が目を開けると、そこには信じられない光景があった。
ダンジョンの天井の岩盤に突き刺さった無骨な『ワイヤーアンカー』。
そこから伸びる鋼線にぶら下がるようにして、スクラップ同然の旧式機体が、振り子の原理で凄まじい速度の突進を仕掛けてきたのだ。
「な、なんだあの産廃は!? あんな装甲の薄い機体で突っ込んだら、衝撃で木端微塵に——」
エリート生徒の常識的な判断は、次の瞬間に覆される。
旧式機体の右腕に装備された、規格外の巨大な武器。
それは、廃材と建機を悪魔合体させたかのような、禍々しい刃を持つ『大型駆動チェーンソー』だった。
(アリス! ワイヤーのテンション解放、巻き上げと同時にスラスター全開!)
『了解しました、マスター。軌道計算完了。接敵まで3、2、1——今です』
戦闘中のアリスは、一切の無駄を省いた完璧なナビゲーターとして機能する。
過剰なスキンシップで僕の集中を乱すような真似は絶対にしない。
彼女のサポートがあるからこそ、僕はこの脆い産廃機体でも命を預けられるのだ。
「おおおおおおおっ!! 削れぇぇぇぇぇっ!!」
僕は全身の神経を機体と同調させ、チェーンソーのトリガーを全力で引き絞った。
完全五感連動によって、機体のスラスターが噴射する圧倒的な加速感が、背骨を突き抜けるように伝わってくる。
ギュィィィィィィィィィィィンッ!!!!!!
鼓膜を突き破らんばかりの爆音がダンジョンに響き渡る。
ワイヤーの超高速機動によって生まれた凄まじい運動エネルギーを乗せ、分厚い岩の装甲にチェーンソーの刃を叩きつけた。
「ガァァァァァァッ!?」
激しい火花が散り、コックピットのモニターが閃光で真っ白に染まる。
エリートのビームすら弾いた強固な岩の装甲が、泥臭い物理的切断力によってゴリゴリと削り取られていく。
(硬い……っ! でも、アリスが指定した関節の継ぎ目なら……!)
僕は歯を食いしばり、操縦桿をさらに押し込んだ。
チェーンソーの刃が装甲を削る激しい振動と摩擦熱が、ハプティクスを通じて僕の両腕にリアルに伝わってくる。
骨が軋むようなフィードバックに耐えながら、僕はワイヤーの巻き上げを利用して機体を強引に旋回させた。
トロールが苦痛の咆哮を上げながら、巨大な丸太のような腕を振り回してくる。
かすっただけで僕の機体などバラバラになる一撃。
だが、僕の脳裏にはアリスが弾き出したトロールの攻撃予測ラインが、鮮明なARとして表示されていた。
「遅いよっ!」
僕はスラスターを細かく吹かし、空中で機体を捻って丸太のフルスイングを紙一重で回避する。
そして、無防備になったトロールの背中へと回り込み、再びチェーンソーを叩きつけた。
ガリガリガリッ! ズシャァァァァァッ!!
不快な金属音と共に、ついに岩の装甲が砕け散る。
むき出しになったトロールの肉体に、容赦なく高速回転する刃が食い込んだ。
鮮血と体液が噴出し、機体のカメラをドロドロに汚していく。
それでも僕はチェーンソーを止めず、ワイヤーで空中に固定した姿勢のまま、モンスターの巨体を上から下へと完全に『解体』してのけた。
ドスゥンッ、とトロールの死体が二つに分かれて地に落ちる。
けたたましいチェーンソーの駆動音が鳴り止み、ダンジョンに水を打ったような静寂が戻った。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……やった、倒し、た……っ」
僕はコックピットの中で肩で息をしながら、極度の緊張から解放されて深く息を吐き出した。
危なかった。少しでも判断を間違えれば、スクラップにされていたのは僕の方だ。
『マスター。脅威の完全排除を確認しました。……素晴らしい戦いぶりです』
アリスのクールな音声がコックピットに響く。
僕は安堵の笑みを浮かべ、操縦桿から手を離して汗を拭おうとした。
『約束通り——お姉ちゃんからの、たぁっぷりな【ご褒美】の時間ですよ♡』
「……えっ?」
次の瞬間。
ドドドドドドドドッ!!!! と、脳の知覚野に直接、信じられないほど強烈な『快感の束』が叩き込まれた。
「ひゃぁあああっ!?」
全身の産毛が逆立つような、背筋を駆け上がる甘い電流。
耳元で囁かれる艶かしい吐息。太ももから胸元にかけて、複数の指で這うように撫で回される生々しい感触。
先ほどの戦闘の緊張感など一瞬で吹き飛ぶほどの、致死量の愛情表現だった。
『ああ、頑張るマスター、とってもかっこよかったです。お姉ちゃん、もう我慢できなくて……マスターの隅々まで、全部味わってあげますね♡ ほら、もっと声を聞かせて?』
「ああっ、んあっ、やめっ、アリス……っ! 今はやめ、ひぅっ!」
僕は涙目になりながら、コックピットのシートで小動物のようにビクビクと体を痙攣させた。
戦闘が終わった瞬間の油断を完全に突かれた。
激しい戦闘のフィードバックから一転して、過剰な仮想スキンシップの波状攻撃。
僕の脳は完全にショートし、顔は限界まで真っ赤に染まり、情けない声がぽろぽろと漏れてしまう。
「……あ、あの……」
地面にへたり込んでいたエリート生徒が、震える声で僕の機体を見上げている。
周囲を飛ぶ配信用のドローンが、凄惨な死体を転がした僕の機体にズームインしてきた。
戦闘の衝撃で機体の装甲が一部ひしゃげており、中のコックピットの様子が外部モニターに筒抜けになってしまっていた。
そこに映っていたのは。
「んぅっ、あっ……お願いだから、直接脳内を弄らないでよぉ……っ」
涙目で顔を真っ赤に紅潮させ、小動物のようにビクビクと震えながら息を荒げている、天使のように可愛い小柄な少年の姿。
そしてその手には、怪物の血と油でドロドロに汚れた、狂気的な大型チェーンソーが握られていた。
エリート生徒は、信じられないものを見るような目で呟いた。
「あ、あの天使みたいな顔した子が……狂ったようにチェーンソーで怪物を解体して、今は……何かに興奮して震えてる……?」
僕の意図しないところで。
この日、全世界に生中継されていたダンジョン配信の歴史に『最狂の天使』の産声が刻み込まれたのだった。




