日常への着陸
エリシュアのリスア、仮の名を『佐藤ひかる』、養子となった今は流星ひかると名乗る少女がいた。
彼女は繁殖を目的として地球に降り立った異星人だった。
だが、今子供がいなかった流星夫妻の家庭に入り込んだ。
山奥の竹林から身ひとつで都心にやってきた彼女は、さまざまな準備をする必要があった。
まず服やら日用品だった。
簡単なものは近所で買って揃えるにしても、流星康二と美月の二人に『これまで生きてきた証』としてアピールする為、ある程度の衣服が必要だった。
ひかるは『竹』に連絡して、小さな家具、小物や靴、衣類を段ボールに詰めて送らせた。
ずっと地球で生きてきたと偽装するには、それで十分だった。
次は社会的な立場だった。
すぐに繁殖行動に移りたかったが、養子になるにあたり彼女の年齢を設定していた。
それによると彼女は十七歳なのだ。
父となった康二が、ひかるに尋ねる。
「学校、どうする?」
ひかるの年齢的には、高校に通っているぐらいの年頃であり、この質問は適切だった。
現実として、彼女の教育は『竹』によって行われてきた。
この星、というかこの国の人間として振る舞えるよう、様々な学問や常識を教えられたのだ。
「学校苦手なんです」
彼女がそうコメントするのも無理はなかった。
エリシュアの生命体が地球上の人類と違う点の一つに、運動能力が挙げられた。
普通にしていても、比較されると突出した運動能力がわかり、すぐに疑われてしまう。
どれだけ月が遠くて、能力が下限になっていても、だ。
特にスポーツなど『競う』場合に、能力を抑えたり、隠し切ることが難しい。
「……それなら何か仕事を見つけることになるのかな。あと、大学なら、中学や高校と違うから、大検とって『大学は』通うという方法もあるよ」
ひかるはこの星にきた目的は『繁殖』であって、職場や学校に『拘束』されたくなかった。
彼女は、反射的に答えてしまった。
「今、配信とかで収益が出そうなんです」
「えっ? 配信って、インターネットの動画……」
「それそれ。それでやっていきたいなって」
康二は急に腕を組み、首を捻りながら、唸った。
美月がやってきて、ひかるの横に、ぽん、と座った。
「どんな配信? メイクとかダイエットとかなら、私も見たいな」
ひかるは、二人の心を読んだ。
康二は否定的、美月は肯定も否定もしないニュートラルな考え。
心を『操作』してしまえば簡単だが、長期的に心を操作し続ける訳にはいかない。常に緊張感が発生するし、能力を使い続けなければならない。心を操る力には月の影響によるムラがあることも分かっているし、ひかるにとって、常に都合が良い状況はどれだけ心を操っていいたとしても、最後に不信をまねく。
「とにかく、やらせて。今は配信にかけてるの」
「……どうする美月」
「私はいいのよ。あなたの考えは?」
康二は組んでいた腕をといて、膝に手を置いた。
「うん。挑戦ということでやってみよう。けど、どこかで見直しもしなきゃね」
「どういうこと?」
「収益だよ。父さんたちだってずっと働けないから、働けるうちに、ひかるが自立できるようにしたいのさ。ある程度やって収益が上向かないなら、向いてないってことで、別の方向を考えよう」
彼女に勉強させたい、そんな意図が読み取れた。
ひかるは小さく頷いた。
彼女は与えられた部屋で、配信のことを考えた。
まず配信に使う機器一式を用意しないといけない。
あたかも今まで持っていたようにするため、ネットで中古機器を集めた。
そして、配信内容や配信にあたってのキャラクターなどを作っていく。
あまり嘘にならない程度に事実を織り込んだ方がいい。
ひかるはそう考え、自身が惑星アストレウスの衛星エリシュアの出身であることをこの国の『かぐや姫』に例えた。
ひかるは『竹』に相談して、簡単な動画を作成してもらう。
この国の人が想像しやすい月、そこから飛んでくる宇宙船。
着陸して出てくるツインテールのポップなかぐや姫。
流れ星のサウンド、続くポップなメロディ。
そしてチャンネルのタイトル『かぐや姫は今夜も配信中』が表示される。
うんいい出来だ。
彼女は満足すると同時に、配信の背景となる部屋の様子に気づく。
「……流石にこの部屋じゃ」
竹に送ってもらった最低限の家具と服しかない。
ひかるは竹に送金させる。
竹の機能の一つである、特殊で強力なコンピューティング能力でハッキングし、裏付けのない口座からネット上の実態のある銀行口座へ振り込む。
理論上、金は無限に送金できるのだが、それをしたら流石に口座の持ち主、つまりひかるになんらかの嫌疑がかかる。
巨額ではない現実的な金額を複数の口座に分散して振り込ませる。
ハッキングについては、足跡が残らないよう竹が処理した。
ひかるは、複数のアカウントを使い自分にプレゼントするように部屋を飾るクッションや大きなぬいぐるみ、小物類を注文しまくった。
康二と美月が留守の時間帯に、荷物が届き、開封され、可愛くレイアウトされた。
大量の段ボールと梱包材は、すぐにマンションのゴミ捨て場に持って行った。
これで二人にはクッションやぬいぐるみを『新しく買った』とは思われないだろう。
ひかるは、一息つくため、マンションの外に出るとカフェに入った。
座席をキープするためハンカチを置くと、注文のためにカウンターに戻った。
その時、店を出ていこうとするくせ毛の男とすれ違った。
男はひかるの顔を見て、一瞬、立ち止まった。
清潔なスーツを着ているが、アイロンをかけていないせいで、だらしなく見えた。
ひかるは、男を警戒してその心を読んだ。
『俺はどうしてこんな小娘に欲情してるんだ』
心を読んだあと、もう一度男のウェーブした髪、細い目、ヨレヨレのワイシャツやヨレヨレの上下スーツを見て、いくら自分の目的が繁殖とはいえ『こいつはない』と感じた。
そしてそのまま、男と目を合わせないようにカウンターに並び、カフェモカを注文した。
ひかるは席に座ると、店の客の内、若い女性客の思考を読み、動画のアイディアの参考にしようと考えた。
ただ、下手に他人の心を読んで、ホストクラブにいた『ムネタ』のようなことが起こらないとも限らない。
心を読むのは、慎重に、少しずつ行った。
『かわいいなぁ、この服』
『こんなアクセサリ欲しい』
『このキャラいいな』
『明日は忘れずにゴミを出さないと』
周囲の様々な思いを読み取っていくうち、ひかるは変な男のことを忘れていた。




