二次試験
ひかるは、カグヤとして配信をしていた。
彼女の部屋には窓がないので、直接は分からなかったが、コメント欄で雪が降り出したことを知った。
「雪が降ってきたってコメントがちらほら入ってます。そういえば明日、共通テストだよね?」
ひかるはコメントを見ていく。
『共テじゃなくても、こっちはずっと雪だよ』
『都心って雪に弱すぎ』
『雪のように真白い解答欄』
『かぜひかないように、あったかくして寝るんだぞ』
『雪なのに傘さしている内地の人(笑)』
『受験生頑張れ、雪に負けるな』
『早めに出る準備しとけ〜〜』
思いつくまま、読み上げてみる。
「本当に、会場までのルートはもう一度確認だね。そして早めに出る。うん。受験生、頑張れ!!」
ひかるは配信を終えると、窓のある部屋にいった。
康二が言った。
「この感じは積もるな。交通機関が乱れることがあるから、十分気をつけるんだぞ」
「うん」
ひかるは落ちてくるベタついた重めの雪を見て『竹』と過ごしていた頃を思い出した。
あの地域は雪が多くて、冬になるとあたりは真っ白になった。
雪は綺麗だけど、下に何があるか分からなくなる。
「……」
「ひかる、窓際は寒いでしょ」
美月はそう言うと、ブランケットをひかるにかけた。
「明日の試験頑張ってね」
ひかるは肩のブランケットに頬をのせて、ゆっくり振り返ると静かに頷いた。
「もう寝るね」
部屋に戻ると、スマホに入れたキリヤの顔を見た。
二次試験に進むためには、絶対ミスれない。
ここまで『竹』にしつこく指導された思い出が過ぎる。
「……大丈夫。やれる」
ひかるは天井を見てそう言うと眠りについた。
翌朝、ひかるは早めに家を出て試験会場に向かった。
駅ではバスを待つ受験生が溢れており、歩きを選択した。
同じように歩いて会場を目指す者がいたが、雪で足元が悪いせいかとても遅かった。
ひかるは雪道に慣れていたので、他の受験生をどんどん追い抜いていた。
早く会場に着き、自分で作ったノートを見ながら試験を待っていた。
だが、どうやら雪を考慮して試験開始が変更になるようだった。
ひかるは歩きを選択したのことが無駄に思えて少し悔しかったが、時間的余裕が出来たのだから自分の方が有利だと思い直した。
試験が始まると『竹』の予想が良かったのか、とても迷うことなく解答できた。
ひかるは、昼に空を見上げた。
彼女の体調が、空を向かせたような気がした。
何もない青空に、南中している月を感じる。
「新月だ……」
であれば明日の試験中も、月が遠いわけじゃない。
昼間帯に月が空にあるのは、エリシュア人であるひかるにとって良い状況だった。
二日目、雪はすっかり溶けていて交通機関も問題はなかった。
共テでも、目立ったミスはなかった。
ひかるは、家に帰っていつもの時間に配信をした。
配信していく中で、共通テストの話題があった。
優秀な学校の連中は、その学校の制服をワザと着てくる傾向がある、というコメントを取り上げた。
「私なんかは学校行ってないから、制服着てこられても『で?』って感じだけどね」
するとこんなコメントが返ってくる。
『カグヤの場合、そもそも共テの会場に行ったことない定期』
『今度は優秀な学校の制服借りて着てくべ』
『英文字が入った服はNGなんだっけ? だから制服が多いとかなんとか』
『私服の方が落ち着いてテスト受けれるけどな』
『本当に優秀な学校は制服ないんじゃ?』
ひかるはざっとコメントを眺めると言った。
「見てたら制服着てくる子と私服の子、半々ぐらいだったね」
コメントがざわつく。
『共テ受けたん?』
『駅前歩いてた子を見ても共テかどうかわ分からんゾ』
『だいたい寒くてコート着てるでしょ? コート着てたら制服か私服かわからない』
『コートも学校指定でしょ? だったらコート見てもわかる人には』
ひかるは慌てて打ち消す。
配信では彼女は共通テストを受けたことを言っていないのだ。
「『見てたら』って言うのは、ネットよ、ネット。ネットの意見ね」
そんなこんなで配信を終えた。
配信が終わると、ひかるは共テの自己採点をした。
例年なら問題ない点数だが、今年は簡単だという話もあり、安心はできない。
ベッドに入り、天井を見上げると、ボソリと言った。
「けど、同じところじゃなければいく意味はないのよね」
共通テストの結果がどうあれ、ひかるは帝大の二次に進むしかない。
それ以外の大学に意味はないからだ。
翌日から『竹』指導による二次試験対策が始まった。
過ぎていく日々で、解ける問題が増えていくのは実感出来ていた。
だが、それで足りるかは……
不安ばかりが増えていく。
その場で考えが応用できるのか。
これまで一度も触れていない知識を必要とする問題だったら。
この時点では不安と焦燥だけが、ひかるを勉強させる力になっていた。
ついにきた二次試験の日。
駅を降りて、帝大までの道を歩き始めた。
今日は、試験が始まる頃には月が上り始めるだろう。
この月のめぐりは、彼女にとってラッキーだった。
ひかるは、同じ方向へ向かう人の心を読んで見た。
無心でただ歩くことを考えている人、試験の予想を立ている人、この日のことを記憶しようと歩いている人……
「!」
考えが見えない人がいる。
後ろ姿だったが、すぐにわかった。
それはキリヤだった。ひかるは声をかけようとして、考えを変えた。
声をかけ彼が動揺し、テストに影響が出たらどうする。
試験が終わるまで会わない、そう言う約束だった。
あの別れから、今に至るまで電話もメッセージも、一切のコミュニケーションを断っていたのだ。今それを破ることは出来ない。
ひかるは、少し歩く速度を落とし、気づかれないように距離をとった。
それなりに受験者数がいるから、まさか同じ教室で受験にはならないだろう。
ならないで欲しい。そう思いながら、指定された場所に入った。
サーチするように心を覗いていく。
大丈夫。同じ教室にキリヤはいない。
ひかるは、座席に座ると大きくため息をついた。
一旦忘れよう。
彼女は気持ちを切り替え、二次試験に挑む決意をした。
試験は始まった。
淡々と問いを読み、解を作っていく。
静かに時間は過ぎていき、二次試験が終了した。
ひかるは教室で帰る支度をしていた。
出来は…… 自分が解けると思った問いから答え、最終的には全部の問題にあたることができている。
やれることはやった。
それ以上の感情はなかった。
これで試験勉強をしなくて済む。
それくらいの感覚だった。
「君!」
教室の外から、声をかけられた。
ひかるは、その声に振り返った。
「キリヤ?」
彼は教室に入ってくる。
ひかるもバッグを持って彼の方へ近づく。
「……君も同じ学科を受けたってことだよね」
ひかるは頷いた。
「学校行ってないから、必死で勉強した」
「つまり高卒認定試験から…… ってこと?」
「うん。あのタイミングがギリギリだった」
もう会わないでおこう、そう言われた日に決断したことだった。
「すごい頑張ったね」
ひかるは、その声を聞いた時、泣き出していた。
ずっと、ずっと勉強してきた。
これまで生きてきた中で一番集中した時期を過ごした。
この努力は、受かってこそ、うかばれるのだが、ここでキリヤと話せていることで半ば満足していた。
キリヤはどうしていいか困っていたが、ひかるをそっと抱きとめてくれた。
教室に残っている人が少なくなって、ようやくひかるは泣き止んだ。
「い、一緒に帰ろうか」
キリヤにそう言われ、ひかるは頷いた。
構内を大勢の受験生が歩いていく後ろの方に、二人はいた。
「お互い、受かるといいね」
「キリヤは手応えあったの?」
ひかるの問いに、キリヤは頭をかいた。
「まあね…… と言いたいけど、現実は半々かな。手をつけれない問いもあったし」
そうは言いつつも、彼の表情は自信を持っているように思えた。
「軽々しくは言えないが、もしその計算を『リアルタイムで』しているのだとしたら、ゼタフロップスか、それ以上かもしれんな。県の催しでやったというプロジェクションマッピングは、特定方向から見ることを前提に『予め』計算した結果を表現しているに過ぎない。その竹林で行われた霧に向けて、動く対象者から、狙った風景が見えるようにホログラフィを投影するのとは訳が違う」
「それはすごいんですか?」
星野は純粋にそう尋ねた。
「ああ、現状のトップレベルのスーパーコンピューターでエクサフロップスだから、スーパーコンピューターの一千倍の能力を持っていることになる。そんな竹林に隠しておけるサイズではないだろう。地下に隠しているのなら分からんでもないが」
「……ありがとうございました。大変参考になりました」
彼は教授に礼を言うと、研究室を出た。
そういえば今日、大学の二次試験が行われていると言っていた。
星野は自分が受けた大学の試験のことを思い出しながら、歩いていた。
「?」
目の前の校舎から出てくる男女を見て、星野は首を捻った。
あの女は……
教授に問題の『竹林』の話を聞いたタイミングでこの女と出会うとは、どんな偶然なんだ。
地下道で大男に蹴りを入れて立てなくし、竹林近くで大きな熊を倒したのではないか、と疑われる女。
だが声をかけることは出来ない。
彼女自身に何か疑いがあるわけでも、竹林に何かがあると証明された訳でもない。
まだ奇妙な謎が深まっているだけだ。
もし彼女と竹林に、何か関係があるとしたら。
県職員の佐藤は何か繋がりがあるはずだと言っていたが。
それと横を歩いている男はなんだ? 思い出せないが男もどこかで見た気がする。
二次試験の今日、学内にいるこの二人は受験生なわけだ。
その時、星野のスマホにリマインダーの音が鳴った。
思わず彼はスマホを取り出す。
『孫との約束』
星野は思い出した。
県職員が問題としている竹林近くの村に関係している。
半年ほど前、県職員が話を聞いたおじさんがいた。
おじさんの孫が、この日以降ならリモート会議の都合が良いと言っていたのだ。
「なんでこんな何ヶ月も後でなければならなかったんだ」
そう思いつつも星野は『孫』と約束を取り付けるため、素早く文面を打ちメールを送信した。
少しの間をおいて、音が鳴った。
星野は音がした方を見た。
さっきの女と男が、目に入った。
「!」
星野は思い出した。
狂った女がカッターで切りつけた事件。
男はその被害者だ。
あの時も…… まさか……




