学園に行く
朝から馬車に揺られて、日が真上に来る頃、アヤトが御者台に向かって話し掛ける。
「これからどうするんだ。」
「カノヴァの学園という所に行きます。」と、返ってきた。
学園は、政治的に中立な場所なので、あの黒ずくめの連中のいた組織も、容易には手出し出来ないらしい。
「あれがカノヴァ公国です。」
最後の宿を出てから4日目、言われて見た先には、遠目にも立派な街が見える。
霧に浮かぶ、壮大な石造りの大都市。
小高い山のような場所、それらを囲う城壁から顔を覗かせる高い建物、いくつも伸びる荘厳な建築物。
馬車の荷台から上を見上げていたら、進むにつれ首が後ろに固定される。
「此処が、これから住むことになるカノヴァ公国です。」
大口を開けて壁を見上げる自分に、セネカは仰々しい仕草で言葉を続ける。
「ファンタジーの世界へようこそ。」
俺の名はアヤト、異世界人だ。
こっちの世界、グラン・グルンに召喚されてから2か月くらいか?・・もっと経っているのか?。
その間に、こっちの世界で魔法を見た。馬車の旅の道中、中世の町並みとか、他の街の城とかも見た。
ありえない話しもたくさん聞いたし、地球には絶対いない動物、走竜に乗ったりもした。
(ファンタジーな世界にも少しは慣れたかな。)って、うぬぼれていたが、そんなことは無かった。
今回のはぶっ飛んでる。
亀だ。街だが・・亀なのだ。
巨大なカメだった。この前 泊まった大きな町が4つも5つも入りそうな大きさの亀。
濃い霧が立ち込め、全体像は見えないが、
「なんで陸亀じゃなくて、海亀なんだよ。」と、つっこむ。
「そこなんですか。」と、セネカは呆れ気味だが、アヤトは気にならない。
「というか、でか過ぎだろ。」 更につっこみを入れる。
「亀も何億年も生きていると、でかくなりますよ。」
当たり前のように言われた。
巨大な海亀が陸を泳いでいる。ヒレや甲羅の下部は地面の下だ。
時々、ヒレが上がってきて、その迫力にアヤトはビビる。
それに、このカメ・・いろいろ盛り過ぎである。
デコった爪や携帯のように盛っている。物理的に。
甲羅の後ろの方には、アサリかハマグリのような貝が乗っている。というか、くっ付いている。
ドォンだ。 存在感がハンパない。
あの貝のお化けだけで、大きな町の一つほどはあるだろうか。
「あの貝が、カノヴァ公国名物の霧を生み出しているのですよ。」
観光名所の案内係のように、セネカは教えてくれた。
甲羅の上の中央と前方は丸く壁に囲われ、前方に広大な学園都市が、中央が公国領、後方には大きな湖があるとのこと。
亀の甲羅の後方に鎮座する大蛤、その二枚貝の隙間から流れる水は、城壁の上から滝になり、甲羅中央の巨大な湖に流れ込んでいるそうだ。
豊富な水と、船での商売が盛んな商業都市でもあるのだとか。
うん、ムチャクチャだ。
さすが異世界・・・思考を放棄する。
「あそこに行くの?、どうやって?。」
「あれを使います。」
セネカの示す先にあったのは船。
底が浅く、けっこう広い。
小さくない船で、陸に浮いている。
詰めれば100人くらい乗れるかもしれない。
100人乗っても大丈夫な物置の屋根より広さがある。
セネカが地面を歩いて、そのまま跨いで船に乗ったので、アヤトもそれに続いて船に乗る。
船にはすでに人が、何人か乗っていた。
セネカは、その内の1人に話し掛け、お金らしきものを渡す。
その人物は船から降りて、俺の馬車(?)に乗って、俺のかわいい走竜(乗ったり餌をあげているうちに愛着が湧いた)と、どこかに行ってしまう。
アヤトがそれを目で追っていると、セネカは先ほどの人物から受け取ったカンテラを掲げる。
カンテラを右に左に規則正しく動かすと、霧の向こうの城壁、その上の城郭辺りに淡く火が灯る。
気付くと、アヤトとセネカは石畳の回廊に居た。
「アヤトさん、行きますよ。」
景色が・・場所が変わった。瞬間移動?・・・そんな魔法あるの?。
どうやら、すでに亀の上らしい。
辺りは霧が漂っているが、外から見るより濃くはない。
キョロキョロするアヤトを気にせず、セネカは先に進んで行く。
回廊の先の城門、身構える暇もなく、簡単な審査であっさり潜り抜けることが出来た。
アヤトは、セネカに話し掛けようとする・・と、指で口を塞ぐジェスチャー。
アヤトが黙ると、囁くように呪文を唱える。
「もう喋っても大丈夫ですよ。
その前に、まず、くれぐれも精神感応魔法については口外しないように。
それと、異世界について調べるのはいいですが、皆の前で「異世界から来た。」とか「異世界に帰る。」などと、言うのは止めてください。
アヤトさんがあの洞窟に居たこともです。
せっかく、証拠いん・・、隠しているのに、目立ってしまいますから。」
「分かった。」
周囲に聞かれないよう、音を消す魔法を使って伝えられた忠告、とりあえず今は了承するしかない。
「アヤトさんにはこれから、カノヴァの学園で寮生活をしてもらいます。
幸い、後10日ほどで、今年4回目の入学式が始まります。
入学試験はもう終了していますが、なに、大丈夫・・・試験や面接は、コネとカネで何とでもなります。」
「ん?。」
前を歩くセネカの背中が怖くて、つっこめない。
後ろからじっと見てると、
「来年の1回目の入学式まで3か月、そんなに待っていられません。
時間がないのです。
私が直接、魔法を教えてもいいのですが、私も暇ではありませんし、どうも私は常識を学ばせたり、普通に勉強や魔法を教えるのが苦手のようなのです。
弟子を修行するのは得意なのですが、スパルタだとかトラウマだとか苦情が来ることもたびたびで・・・・、
(生かさず殺さず。) (死ななければ治る。) (窮地が人を成長させる。)
私の教育方針の、何が問題なのでしょうか?。」
セネカが振り向いた。
「ぜひ、学園で学びたいと思います。一生懸命やります。」
アヤトは背筋を伸ばして宣言する。90度、綺麗なお辞儀をするのは、人生で初めてかもしれない。
「お願いしますね。」 笑顔って怖い。
「というか、俺は魔法を学ぶのか?。おれ、魔法を使えるようになるの?。」
今さらだが、学園に通うことは分かったが、俺が何をするのかは聞いていなかった。何を目的に学ぶのか。異世界人の俺に魔法の才能はあるのか。実は俺には隠れた魔法の才能があるのか・・・。
「ええ、あなたは魔法を使えるようになります。使えないとあなたが困るので。」
「困るのは、俺なのか?。」
「ほら、せっかく異世界に来たのですから、魔法が使えないと詐欺でしょう?。
それに、無理な召喚の影響で、アヤトさんの気や魔力が乱れています。
体に掛かっている無理な負担、力の正しい使い方を学ばないと、このままでは、いつ心臓が止まってもおかしくありません。」
後半のセリフが聞き捨てならない。
「そんなに深刻な事態なのか。」
「それで済めばいいのですが・・・・・・。
なので、ここで魔法と一般常識と死霊魔術を学んでもらいます。」
セネカは気の毒そうに顔を伏せていたが、すぐに顔を上げやがった・・・あ、軽く言葉を続けた。
「ん、なんか変なのが1つ増えてないか。何で死霊魔術?、普通の魔法じゃ駄目なのか。」
「あの洞窟で犠牲になった生贄の皆様の死霊に呪い殺されたくなかったら、自分の身を守る術は、自分で身に付けて欲しいものです。」
自分の体を慌てて触りまくる。触った感じ違和感はない。
(えっ、俺、呪いとか掛かってるの?。)
「うっ、ずいぶんハードモードなんだが、もっとイージーな人生の選択肢はないのか。」
「棺桶での静かな生活と、監禁の穏やかな人生のコースもありますよ。」
「それって、ひどくないか。」
セネカは、顔をこちらに向けているが、視線は合わせてくれない。それで笑顔を維持できているところがまたひどい。
「なに、悪いことばかりではありません。
異世界召喚特典?、チート?、死霊魔術の才能があることは私が保証します。
死ぬほどありますよ?。」
フォローになってない。
怖い・・・異世界の魔法学習は命懸け?。
異世界怖い。
カノヴァの学園で学ぶ入り口は3つある。
初等部・基礎科・専門科の3つだ。
初等部の上に、中等部・高等部・大学・院があるが、カノヴァの学園卒と言えば、通常、カノヴァ大学を卒業した者を指す。
基礎科は卒業すると高等部に、専門科は卒業すると大学に、それぞれ飛び級することが出来る。
ただし、他国の学校から転入する場合に限り、初等部からではなく、中等部や高等部から入学することが出来る。
これは、主に他国の貴族の子弟が利用する制度だ。
アヤトが通うことになった基礎科は、入学試験が年に4回、入学式も年に4回ある。
試験の数と入学式の数だが、専門科も基礎科と同様で、それぞれ年4回行われる。
初等部に関しては、入学試験は年4回実地されるが、入学式が年2回だそうだ。
日本の大学生から、異世界の学園生にジョブチェンジした(決して中退ではない)わけだが、カノヴァの学園の勉強は、日本の学校・・・・大学ともだいぶ勝手が違う。
外国の大学の方が、システム的には似ていると思う。
必修科目はあるが、講義・授業は選択出来る。
授業は、必修科目の単位さえ取れば、専門科目に偏ってもいいし、卒業を急がなければ、授業は1日1つにしても、休みを自分で決めてもいい。
他の学校の授業を受けに行ったり、貴族の屋敷に研修に行ったり、高名な魔法使いや、親方に弟子入りしたり、冒険者として冒険に出掛けたっていい。
学園の事前の許可や、レポートの提出などの義務はあるが、それが単位になるし、必要な単位を取れば進級・卒業出来る。
かなり自由度が高い。
初等科・中等部は年齢の近い子供が集まるが、基礎科・専門科そして大学は、年や身分、人種・種族さえも様々で、学びに来た理由や経歴も人(?)それぞれだ。
カノヴの学園で教えている教育内容は、読み・書き・計算、常識的な知識から一般的な知識、魔法や戦い方、法律・商売・技術に関すること、高度に専門的な知識まで幅広い。
アヤトの通う基礎科は、読み書き計算・一般常識が中心の初等部に比べると、教えている内容にさほど変わりはないが、手に職をつけるような知識が多い傾向があるらしい。
ちなみに、専門科は、商売の知識・法律の知識・鍛冶の知識・宝飾の知識・冒険者の戦い方など、何かしらに特化した知識を教える傾向があるようだ。
アヤトの受けている多くの授業も、日本の学校に通っていたなら簡単に出来る程度のものだったので、とりあえず安心する。
魔法の授業も、座学や遊びレベルの簡単な実践から始まるようなので、ほっとした。
ただ、(セネカが)自主的に選択した『死霊魔術の基礎講座』は、基礎科はもちろん、専門科や初等部・中等部の学生も講義を受けに来るのだが・・・・、この死霊魔術の講座がくせものだ。
学生達がしていた噂では最初の授業で骨を磨くらしい。
「この講座は受けてくださいね。」 にっこり圧力が掛かってくる。
「やっぱり、普通の魔法の授業を中心に・・・・。」と、言ってみたが、
「受けてくださいね。」と、笑顔で真顔、・・断れなかった。
ところで、この学園の入学料や寮に入る金、授業料は何処から出ているかって?。
全てセネカの財布からさ。
やっぱり断れない?、・・・ダメ?。アウトじゃないよね?。
死霊魔術士を志す人の門戸は狭く、業界も狭い。
授業が始まる前にも関わらず、早々にグループが出来ているところもあったが、アヤトは、いまいちボロが出そうで人の輪に入っていけない。
まあ、日本の学生だった頃から、輪には入ってなかったけど。
だが、だからこそ人の動きは気になる。日本人とは、そういう者だ(ひどい偏見)。
俺が見たところ、この教室のグループをおおまかに分けて3つ。
一つ、家が代々死霊魔術士で、名家の出だったり貴族の子弟のグループ。
一つ、親が死霊魔術士だったり、独学で死霊魔術を学んで、さらに上の知識を求めて学園に来た者達のグループ。
一つ、死霊魔術の才能がある。と、推薦を受け、奨学金をもらって、ここに入学してきた平民・庶民のグループ。
この3つである。
もちろんアヤトは、庶民のグループだ。
隅の方で大人しくしているグループの、さらに端っこに居るわけだ。
こっちの世界では、歳を取って学び直すことは普通のことのようで、おじさんやおじいさんも居る。
なので、子供の中に大人は俺だけでした的な公開処刑はないが、話題にはさっぱり付いて行けない。
「さすがレンテモルド家のご子息。」とか、
初日の授業で何かの骨に触らせられて、カタカタ動いたので驚いたら、
「ヴィクトールの遺骨がこんなに震えるなんて、君、見所あるよ。」との先生の言葉だとか。
妙にリアルな骨格標本があったので、冗談を言ったら、
「ここは死霊魔術講座の教室だよ?。本物に決まっているじゃないか。」
とかの常識はさっぱりだ。
ちなみに、最後のセリフ、子供に言われたので心が傷ついた。
この業界では常識でも、こんな常識、付いて行けない。行きたくない。
カノヴァの学園は政治的に中立で、他国の干渉も、貴族の圧力にも屈しないし、一度入学してしまえば、卒業するまで親の介入も受け付けないのが学校の方針だそうだ。
その為に、学園に入学すると、自動的に仮の市民権が付与され、学生は国から保護されるくらいだ。
学園では貴族も平民もない。と、いうのがこの学校のモットーだが、どんな理想を掲げようと差別やイジメはあるものだ。
特に、この講座は貴族の子弟が多い。
死霊魔術なんてものを普通の平民の学生は受講しないからだ。
そんな上流階級の新入生は、まだ学園のルールに慣れていないので、どうしても、平民を下に見てしまう。
今まで育った身分社会の考え方から抜け出せないのは仕方がない。
それは庶民の方も同じである。
(平等って何?。)ってやつだ。
人間、頭の切り替えなんて、そんなすぐには出来ない。
俺も、この世界を受け入れるのに苦労したものだ・・・うんうん。
まだ、認めてないけど!・・・。
それに、カタカタ動く骨の前に立った時のアヤトのように、平民が変に目立って先生に褒められたりすると、
「ちっ、平民風情が。」 みたいな侮蔑くらいはある。
かなり差別に厳しい校風で、イジメとかはないようなので助かるが、卒業後の将来とか考えれば、貴族に目を付けられたくはない。
貴族の子弟とコネをつくるのは歓迎、だが、目を付けられると、目も当てられない、ので ご免こうむる。と、いうのが庶民の心情。
俺みたいな平凡な平民も、隅でおとなしくしておくべきなのだ。
アヤトの初日の目標は、とりあえず目立たないことだ・・・・・・った。
・・・もう、無理そうだけど。
教室がざわつく。
とりあえず、起き上がった骨は、褒めて伸ばすタイプの先生が、元の状態に戻してくれました。
カノヴァ公国は国土(?)の4分の1を占めるカノヴァの学園が有名で、巨大な学園都市として知られている。
他にも、芸術や美術品、宝石加工や金属細工、工芸品・魔道具の作成など、優れた技術・芸術の都として知られている。
また、いくつものの国を周遊する大亀の特性と、湖と水路を活かした貿易と商人の国としても知られている。
高い教育を受けられ、学費も安く(他の教育機関と比べての話しだが)、奨学金の制度も充実している。
特にこのカノヴァの学園で学びたいと、周辺国や遠くの国からも多くの人々が学びに来る。
亜人や異種族、生国で差別を受ける人でも受け入れていることから、政治的なトラブルも多いらしいが、カノヴァ公国はそれらをはね退ける力も持っているという。
確かな知識、広い人脈、臨機応変な対応力、を、持った人材の宝庫として、学園の卒業生の人気は高いとのことだ。
ここでは立身出世を志す多くの者が勉学に勤しむ。
それ以外に特典もある。
カノヴァの学園の大学を卒業すると、カノヴァ公国の市民権が与えられる。
難民や貧民・国を追われた者でも、大学を修めると国民になれるのだ。
また、学園の卒業特典ではないが、高等部卒業で、カノヴァ公国の貿易相手の町のほとんどで、申請すれば市民権が手に入れることが出来る。
これは優秀な人材を確保する為の政策だが、学生にとって機会があることは重要なことだ。
皆、真剣である。
俺はどうかって?、もちろん真剣だよ。
安心が欲しいので、市民権も欲しい。
この世界で生きてくのに知識も身分も必要だ。
冒険者になれば、身分証のようなものを発行してくれるそうだが、モンスターと戦うなんて怖いし、セネカは信用できないし・・・。
魔法は覚えないと命が掛かってるそうだしな!。
理不尽な現実だ。
怒っていい!、いいよね?。
学園寮のアヤトの部屋は何と1人部屋だ。
本当は4人部屋とかが一般的らしいが、セネカが寄付金を積んで1人部屋にしてくれた。
これは地味に嬉しい。
弟が一人いるとはいえ、都会暮らしの、1人部屋で育った身としては、見ず知らずの異世界人とずっと一緒というのは、正直つらい。
ここの人って、髪の色や目の色がやたらカラフルだったり、
羽があったり、腕が4本あったり、ウロコがあったり、毛深かったり、耳が尖っていたり、背が低くてずんぐりして指が6本あったり、
とかいう人(?)もいて、見るのはファンタジー感が上がってテンションが上がったが、一緒の部屋で寝るのはちょっと・・・いや、かなりハードルが高い。
「ここに居る人は、人を食べたりしませんよ。」 との、セネカの優しいフォローも、
「ここに居ない人(?)は、人を食うの!?。」と、アヤトを『つっこませた』だけだった。
翼人も四手族も、リザードマンも獣人も、エルフやドワーフも、
亜人と呼ばれる種族も、人族と同じ言葉が通じるし、喋れる。
それには理由があるそうだ。
世界干渉魔法、【飛行制限】が鳥が空を飛ばず、投げた石が飛ばないのと同じように、
世界干渉魔法の【ワールド・ワード】という魔法の祝福があって、ある程度、言葉や言葉の意味・文字に対して、魔法の力により認識が統一されているらしい。
【飛行制限】にしろ【ワールド・ワード】にしろ、この世界全体に作用している法則のような魔法とのこと。
種族によって方言のようなものはあっても、外国語というものは 基本 ないらしい。
良いことだ。言葉に困ることはなさそうだ。
文字に関しては、基本統一されたものと、民族。種族によって独特な第2言語や古代語があるそうだが、実用的なものではないそうだし、そっちは覚える気がないので問題ない。
それだけは助かった。
こっちの世界、広いだけあって、大きな国だけでも、文字通り五万とあるらしい。
そんな文字、覚えていられない。元々外国語は苦手なのだ。学ぶ前に逃げ出さずにすんだ。
文字どころか、土地が広い分 こっちの世界には国名・地名もたくさんある。
地理の授業が大変かと思ったが、そんなことはない。
こっちの世界の人間は、自分に関係のない国や地名を積極的に覚えようとしない。
有名な国・自分と関係のある周辺の地名を中心に覚えて、あとは、必要な時に知っている人に聞くそうだ。
そもそも、こっちの世界は、地図や地理を公表していなかったり、隠している国が多い。
教えてもらう以前の問題だ。
とにかく、言葉は何とかなっていたが、これで文字の方も何とかなりそうだ。
使い慣れていないので、まだうまく読めないが、この感じだと、簡単な文章ならすぐに読めるようになるだろう。
こちとら腐っても大学生。
こっちの世界の一般常識はなくとも、日本の一般教養がある。
まあ、魔法が普通にある世界で、日本の知識が役に立つかは不明だが、きっと大丈夫。
最近、日本語の方がうまく出てこなかったり、そのくせ、つっこみやギャグなら無意識に口から出ることがあるが、大丈夫。
今も独りで喋っているが・・・きっと大丈夫!。
文字を教える講座の、俺の席の周りだけ学生がいないが、大丈夫なのである。
普通の授業は問題ない。
一応、異世界の知識なので新鮮だし、面白かった。
算数などの簡単なものは聞き流してもいい。
俺が文字の心配をしていないのも、そもそも、こっちの世界の識字率は高くない。
初等部以外の学園に来ている人は、ほぼ全員 字が書けるが、世間では書けない人も多いらしい。
ここで暮らしている人も文字も書けないので、俺が文字を書けなくても怪しまれることはない。
むしろ、書いたら怪しまれるくらいだ。
うっかり日本語を書かないよう注意している。
授業に付いて行けてるようで良かった。
講座によっては、小学生くらいの子供もいる。
それで、学力が付いて行けなかったら、いくら俺でも立ち直れないくらいショックを受けたはずだ。
そういった一般知識を無事乗り切った。
あとは、一般的でない知識の方だが、ファンタジーにほんの少し憧れがあった俺は、魔法の講座で、触れた石が薄っすらと光ったり、手から小さい火の玉が出た時は、はしゃいだ。
よし、魔法使いを目指そうと、とか思ったりして楽しかった。
こっちの方も乗り切れそうだと思った矢先、こけた。
死霊魔術基礎講座だ・・・授業内容が最悪だった。
俺も・・ある程度は覚悟していたし、別に今までお化け怖い。なんて思ってなかったし、幽霊なんて信じてなかったが、それ以前に、「まず慣れることだ。」と、ゾンビやミイラに触ったり、骨を布で磨かされた。
時々、ゾワッとしたが、何もいなかったり、カタカタ動く。
実はよく喋る悪い先生ではないのだが、見た目が陰気で瘦せた先生のファッションセンスも最悪だ。
黒衣である。顔は見えているがフードも被っている。俺が一番嫌いな服だ。
これで、「あなた達が学ぶ教室はここです。」と、洞窟を紹介されたりしたら鬱になってしまいそうだ。
少し肉の付いた骨を水できれいにした時は、吐いた。
骨はきれいになったが、教室は汚くなって、さらに掃除をする羽目になった。
隣りに座っていた中学生くらいの女の子が、磨いた骨を、うっとりと見ている姿を目撃した時は愕然とした。
即攻で、セネカにお願い申し上げた。
「辞めさせていただきたい。」
「頑張ってください。」
笑顔の言葉だけで、相手にされなかった。




