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異世界怖い  作者: 名まず
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異世界召喚される



 気がついたら知らない洞窟だった。松明の灯かり、頭がクラクラしてしゃがみこむ。


そのまま仰向けになった。背中が痛かったが、気にならないくらい気分が悪い。


酒は数えるほどしか飲んだことはないが、二日酔いをひどくして、しんどくしたらこんな感覚になるのだろうか。


目を瞑り、再び開き、億劫に辺りを見回す。真っ暗ではないが、薄暗い洞窟のような場所。


上には火の輪が3つ見える。どうなっているのかは分からないが、ずいぶん大きな輪に思える。


(ここはどこだろう。) 


ぼんやりと考えると、カツッと物音、人の気配?。


ゆっくりと首を横に向けると、人が立っている。


全身黒いローブで姿を隠し、目の部分には穴が開けてある。当然、素顔は見えない。


頭はうまく働かないが、これだけは分かる。これはアカンやつだ。と。


その怪しい人物を意識すると、周りにも同じ格好をした人達が居て、何事か喋っている。


自分にも喋りかけてきたが、大きな声が頭に響く。


もっと小さな声で喋ってくれ、こっちは考え中だ。右手で額を押さえる。


黒ずくめの人物の声を、振り払うように頭を振ったら、もっと気持ちが悪くなる。・・最悪だ。


何語か分からないが、訳が分からない言葉をまくしたてないでほしい。


一応、外国語の講義は英語を選択しているが、日本語しか喋れないんだ。と、心の中で毒づく。


それに何の臭いだ。ひどい臭いだ。鼻がもげそうだ。


そう気付くと、吐きそうになって、手で口を押さえる。


動いたら、肩を揺すられ、また何か声をかけられた。


(だから分からないんだって。)


それに、全身黒ずくめの、自分より大柄な人物に近づかれるのは怖い。


反射的に、口を押えていた手で、黒ずくめの手を払い退ける。


すると、すっ、黒ずくめは立ち上がり、そのまま足で蹴る。


「痛い、何するんだ。」 


ノロノロと蹴られた方に首を向けたら、今度は反対側からも蹴られた。


「うっえ~。」 


脇腹を蹴られて、今度こそ吐く。


苛立つ黒ずくめの声と複数の足。蹴られて、蹴られて、逃げようと避けたら、後ろから蹴られる。


大人しくすると、足は止まり、今度は水を掛けられる。


また動いたら、黒ずくめの足も動き出した。


喋ってもいるが、相変わらず、何を言っているのか分からない。


とりあえず大人しくしたら、立たされて、歩かされる。


「どこに。」 声を出したら、顔を殴られて、そのまま意識を失った。






 気が付いたら知らない洞窟だった。今度は松明はなかった。天井も岩で、それほど高くない。


今度は扉が付いている。鍵付きの鉄格子製で、防犯はばっちりのようだった。


犯罪者は向こうの方なので、よい情報ではなかったが・・・。


気付きたくもないことだが牢屋だ。入ったことはないが間違いない。それ以外の何にも見えない。


寝て・・いや、気絶して、頭の不快感は少しはましになったが、気分は最悪だった。


痛む腹や顔・腰・肩、とにかく全身が痛い。絶対痣になってる。


確かめようと見ると、服が、布の真ん中に穴を開けた、上から被るだけの物にかわっている。


下着もつけてないし、スマホも財布も時計も無い。


部屋(?)の方も探してみたが、物は少ない。ベッドも無い。


あるのは、水の入った粗末な木の椀と木の皿、上に乗っているのは小汚いパンのような物と赤黒く薄い何か。


部屋の隅には何か箱のような物が置いてある。


近づかなくても臭い。ここまで臭いがする。


そんなはずはないと思うがオマルに見える。


まさか、ここで用を足せってんじゃないだろうな。


(なんだ?、本当にどうなっているんだ?。) 


岩の地面に直接横になっていたので、殴られた箇所以外もあちこち痛く、何より寒い。


布団もない。着ている服(?)の素材は厚手の物だが、この寒さは、とてもこんな物で防げるものではない。


再度、周りを見て調べるが他には何もない。


いや、ウソだ。本当はもう1つだけある。


見えないが、首に違和感がある。ずっしりと重いし、硬い。


これは・・・・・・・、見えないが、・・そうとしか思えない。心当たりは1つ、首輪である。


それも犬用のとかではない。ガチの金属製のやつだ。


どうやら気絶している間に付けられたらしい。


ありえない。今どき人間に首輪を付けるなんて、どこの後進国だ。ヤクザでもやらないだろう。


もしかして、ここは日本じゃないのか?。どこかの外国の犯罪グループにさらわれたとか?。


(ふざけるな。) と、思って引っ張ってみたが、冷たい金属の塊はびくともしなかった。






 咽が渇いていたので、一応、綺麗そうに見える温い水を1口、口に含む。


パンは想像以上に硬く、パサパサしている。


干し肉は千切れないので、しばらくクチャクチャしてから無理やり飲み込む。


こんな汚そうな物を食べても大丈夫だろうか?。って、躊躇したが、お腹は限界だった。


改めて思い返してみても心当たりはない。


金曜の授業の終わり、講義はもうなく、時間があったので、電車に乗って、繁華街に買い物に出かけた。


歩道を歩いていたと思う。けっこう都会なので、人通りも多かった。


うん。大通りを歩いていたはずだ。人気のない路地裏に入った覚えはない。


実家暮らしだが普通の家で、金持ちには見えない。


ファッションに気をつかっていないこともあり、どちらかというと貧乏学生に見えてしまうだろう。


バイト先はバーガー屋で、誤って企業の機密情報を入手した、とかもないはずだ。


父は地方公務員、母は専業主婦、弟は高校生。やっぱり、攫われる要素はない。


日本も、あの街も、そこまで治安は悪くなかった。


ただの学生を、こんなリスクを冒してまで誘拐する人間がいるとは思えない。


それとも・・・、あの連中、全員黒ずくめで顔まで隠していた。


何かの宗教だろうか。怪しい新興宗教なら、もしかして、こういうことをするかもしれない・・・か?。


ここに来た時の記憶がない。歩いていたら意識を失った?。薬?。


そういえば歩いている時、何か周りがザワザワしていた。人々の戸惑いの雰囲気、何かあった?。


ただ、あの時、自分は頭痛がして、クラクラして、それどころではなかった。


毒物の散布?、テロ?。 何か事件に巻き込まれた。その結果こうなった?。


それにしてもこれはない。


なんで洞窟?。


薄っすらと、何か光りがあるおかげで真っ暗ではないが、光源も少なく、ジメジメしている。


なんだ、これは!。ベッドくらい付けとけ!。


そのままブツブツと文句を言っていたら、いつの間にか眠りに落ちていた。






 どうやら今流行りの異世界転生とやらに巻き込まれたらしい。


いや、死んだ覚えはないので異世界召喚か。とりあえず異世界ものらしい。


らしいと言うのはここの人間(?)の言葉が分からないので、確かめようがないのだ。


言葉で情報を手に入れられないので、見て推測するしかない。


まず分かったことは、この世界は色々仕事をしていない。


まずは神様。


クソッ、異世界ものって言えば、翻訳スキルとかチートが定番だろうが。


あと、丁寧な説明と事前の承諾も。


いくら神様を呼んでも、ウンともスンとも言わなかった。


恥ずかしいファンタジー用語も、あらん限り唱えたが、同様だ。


せめて伝説の武器だけでも置いてけ。と、悪態をつく。


次は人権。


黒ずくめに説明を求めたら殴られた。


黒ずくめの質問にうまく答えられなくても殴られた。


丁寧に教えてくれるのは肉体言語だけで、とにかく殴られる。


顔を横に向けたら、物への挨拶の仕方(主に机)を教えられたし、牢屋に戻るのを渋ったら蹴られた。


食事に文句を付けたら、3日くらい食事の大切さを教えてくれた。


親切にも、お水は倍くれたので、心の中で何回も何回もお礼を言った。


おかげで、妄想の藁人形をたくさん消費してしまった。


とにかく連中、人間を、昭和の家電よろしく、叩けば直ると思っているらしい。



 昔見た、漫画かアニメか、読んだ、小説かネットかは忘れたが、印象に残っている言葉がある。


異世界転生って素晴らしい。ってやつだ。


誰だ、そんなこと言った奴、連れて来い、ここに。・・・そして、今すぐ替わってほしい。


叫びたかったけど、心の中だけにする。代わりにキョロキョロと辺りを見る。


騒いだら、また殴られる。


最近、独り言と、心の会話が増えてきて、怖い気がする。


最初の頃は色々聞かれてたんだと思う。延々と何を言っているか分からない言葉を並びたてられた。


知らない言葉で、少なくとも英語でも中国語でもないことだけは分かった。


全身黒ずくめ、顔も見えない連中に囲まれ、質問攻めを受けるのは精神的にくるものがあったが、

がんばった。


机にスマホや時計を置かれ、、身振り手振りで、これは何だ。と聞かれた時には、黒ずくめに飛び掛かった。


スマホは一部焦げ、時計も針が止まって文字盤にシミが付いていた。


「俺のスマホ返せ。時計も弁償しろ。」と、食って掛かる。


左右のマッチョな黒ずくめに、肩を押さえつけられ、握力の強さや拳の硬さを教えられたが、

屈しなかった。


正面の黒ずくめに、さっさと吐け。みたいにきつく言われたので、

ペラペラと知りたいことを教えてやった。・・・日本語で。


解かってくれたのか、溜息とともに尋問を中止してくれた。


初日の尋問は意識を手放して終わった。






 そんなことが連日続いた。


連中はどうやら何か聞きたいことがあるらしく、根気よく、暴力的に訊ねてくる。


当然、何を言ってるか分からない。


ただ、初めて魔法を見せられ、それを自分が大げさに驚いていた時は、明らかに落胆していた。


どうやら、魔法に関係している何かを知りたかったらしい。


黒ずくめは、自分達が知りたいことを、自分知らないと解かってくれたようだが、尋問は止めなかった。


(ここ、異世界かも。)


魔法を初めて見て、呆けていたら、はたかれる。


魔法を初めて見たんだよ?、それくらいは許してほしい。顔に出てたのか殴られる。


そんなことがずっと続く。


たまに、混乱して、逆上して、叫んで、喚き散らしたが、殴られて、殴られて、また殴られた。


気絶するまで殴られる。


今日も1日が無為に過ぎていった。






 最近気付いたことがある。


俺の待遇って、実はいいのかもしれない。


他にも捕らえられている人間は居るようだが、帰って来たら、腕やら足やらが無くなっていたり、

帰って来なかったり、帰って来ても目が虚ろでヤバかった。死体が引きずられて行くのも見た。


ここは、何かヤバイ魔法の実験場のような場所らしい。


初めてそのことに気付いた時は、牢屋の鉄格子をガチャガチャしたが、見張りの黒ずくめに棒でさんざん殴られて、二度としなくなった。


それに自分は、特別待遇でもあるらしい。


他の捕まっている人間が連れて行かれる時は、付いている黒ずくめの数は2人か、1人。


剣もちらつかせている。


自分は付いて来る黒ずくめが最低2人、尋問も必ず3人以上でやる。


剣も抜かれず、棒がメインで、使うのも足かゲンコツか、殺すつもりはないらしい。


多い時は、10人以上に囲まれてチヤホヤされた。


火の魔法を見せてくれた。触らせてくれたりもした。


水の魔法で、こっちの世界でも呼吸は大事、と、教えてくれた。


治癒魔法の実践もしてくれた。その後、数日の休みをくれたりする。


火傷や傷のまま放っておかれている、他の人間に比べれば、ずいぶんまし・・だろ?。


 黒ずくめの人物は大きく分けて、細い黒ずくめとマッチョな黒ずくめが居る。


細い奴らの方が偉いらしいが、それはマッチョな黒ずくめが弱いからではない。


その強さは、俺の折り紙付きだ。何度も殴られているので身に染みている。


それを学習した頃、逃げるなんて気は無くなっていた。


(もう嫌だ。) と、思うが、涙が滲むばかりで、声も出ない。


自分の手で口を押えているからだが、こうでもしてないと、叫んでしまいそうだった。


変な声を出したら殴られる。


大学に戻ったら何をしよう。そういえば見てないアニメが・・・。


現実逃避しか、やることがなかった。






 それから、時はさらに何日も過ぎたが、覚えていることはあまりない。


(痛い。) (怖い。) (帰りたい。) という気持ちと、無力感だけが印象に残っている。


その頃、自分にはやることが増えていて、一生懸命やってはいたが、頭には入っていなかった。


黒ずくめは言葉を覚えさせようと、色々教えてくる。


ずいぶん教育熱心で、覚えが悪かったり、やる気が見られなかったりすると、体罰を加えてくる。


見たことも聞いたこともない言語を、すぐに覚えるのは無理だと思ったが、考慮はしてくれなかった。


 あと、人体実験らしきことも増えた。


血を抜かれたり、髪の毛を切られたり、皮膚の一部を切り取られたりする。


何か飲まされる。苦かったり、まずかったり、何だか分からない物だったりするが、全部飲まされる。


魔法を掛けられる。切って治したり、焼いて治したり、そのまま放置されたりする。


さすがに、泣いたり文句を言ったが、殴られた。


やがて、自分は何も言わなくなっていた。


何も考えたくなかった。


いつの頃からか、黒ずくめが居ない時は、牢屋の隅でボーーとしていることが多くなった。


グチや現実逃避もせず、ボケーーと、ただただ、ボケーと天井の岩を見つめるようになっていた。






 状況が変わったのは、ここに来ててどれぐらい経った頃なのかは、分からない。


ドン、ドォン、と、腹に響く衝撃音と、何か騒ぎが起こっていたが、

その頃、自分は牢屋でボーと体育座りをしていたので気にしなかった。


だから、誰かに肩を叩かれて、何か言われても、反射的に従ったし、何度も声を掛けられても、虚ろな目を返すだけだった。


腕を引っ張られ、立たされた。


後で聞いた話しだが、異世界語で「聞いていますか。」 「聞こえていますか。」と、言われ、

自分は日本語で「ごめんなさい。」を、繰り返していたらしい。



 目の前に男が立っていた。


多分男だと分かるが、灰色のローブにフードを被っているので、顔がよく解からない。


ただ、怪しい人間には慣れていたので、気にならなかった。


いつから立っていたのかも分からない。


実は、ずいぶん長い間待っていたようだが、男は、自分が気付いたことに気付くと、

灰色のフードを外す。


ずいぶん綺麗な男だった。


手入れが大変そうな黒い髪に、両方、紫の目。

ただし、右目は明らかに人工物で、機械とも魔法ともいえるような幾何学模様が見える。


男は流暢な美しい発音で喋ったが、やっぱり分からない。


ただ、黒ずくめと違い、仕草は穏やかだった。


男は自分を指さし「セネカ。」と、単語を言う。


どうやら目の前の青年はセネカと言う名前らしい。と、理解できた。


次に自分を指さしてきたので、「アヤト。」と、答えた。


セネカはにっこり笑い、懐から石のような物を取り出して、歌うように何か喋る。


すると、何か音が、声が、「聞こえる。分かりますか。」と、頭の中に言葉が、日本語が響いてくる。


アヤトの頭は、まだ全然動いていなかったが、ここに来て、初めて、喜びで涙が溢れてくる。


改めてセネカを見る。口は動いていない。頭の中に直接、話し掛けているらしい。


「これは感応石。あまり長く話せない。手短に言う。あなたに精神感応の魔法を掛けたい。意識の共有。言葉が話せるようになる。負担掛かる。秘密守る。あなたに不利にならないよう努める。了解ならこの紙に名前を。」


などの意味の単語と文章が浮かぶ。


日本語に聞こえているが、テレパシーのようなものか。


それだけ言って(?)セネカは、地面に紙と棒と黒い瓶を置く。


棒と瓶はペンとインクのような物らしい。


向こうは、言うべきことは全部言ったのか、黙ってアヤトの行動を待っている。


(どうすればいいのだろう。)


殴って無理やり書かせればいいだろう。とも思ったが、状況は、もう、そういうものではない気もする。


展開に付いていけてない。


(どうしよう。) 


セネカの様子を窺うが変化はない。口を挟む気はないようだ。


このままでいても、どうしようもない。


それでも、10分、20分と考える。


「え、えい、ままよ。」


ついに観念して、自分の苗字と、アヤト、と、名前を記入する。


(これ、日本語でいいのか?。) 


セネカを見ても、微笑んでいるだけだ。


問題ないらしい。


書いた瞬間、セネカが怪しい笑みでも浮かべれば、すぐにこの契約書を破ろうと思っていたので、

少しほっとする。


セネカは、アヤトの頭に手をかざし、歌うように言葉を唱える。


魔法のようだ。多分、間違ってないだろう。


途端に頭に電気が走る。


(これは・・・やっぱり騙されたのか?。)


などと考えながら、アヤトは意識を失った。





 

頭が痛い。頭が重い。


はっ、と、飛び起きたら、傍にセネカが居た。


アヤトが「騙したな。」と、言うと、


セネカは「騙してませんよ。」と、苦笑する。


日本語、いや、言葉が解かっているのか?。戸惑うアヤトに、


「喋れるようになっているでしょう。」と、セネカは言う。


「何でこんなことをした!。」 アヤトは問い詰める。


「何で、とは?。」と、セネカが首を傾げる。


「決まっているだろう。閉じ込めたり・・・」 アヤトが強く言うと、セネカは笑って、


「勘違いしているようですね。私はあなたを捕らえていた人達とは違うグループです。

私が所属している魔術師ギルドに情報が入ってきたんです。

別の魔術師ギルドの一派が、違法な魔法実験をしている疑いがあると。

調べたら、限りなく黒だったので、乗り込んだんですよ。

別にあなたのことを助けに来たわけではありませんが、ちゃんと保護するつもりなので、安心してください。」


自分は、口をポカンと開けていたと思う。


「もしかして、ここから出られるのか。」


「ええ。」 


あっけないほど簡単に、即答される。


それで、「もしかして、帰れるのか。」と、口にしたら、


「無理です。」と、すぐ否定された。


「どうして!。」と、アヤトは言ったが、


「おいおい説明します。それより早く、こんな所から出ましょう。」と、流された。


まだ追求したかったが、早くここから出るというのは賛成だった。


頷き、セネカを追って歩き出す。


ここに来てからずっと牢屋暮らしで、足の筋肉は大分衰えていたが、気にせず歩く。


休んで置いて行かれてはたまらない。


怪しいところはあるが、顔を見せない連中よりはいいはずだ。


少なくとも、言葉が通じて、殴られない相手だ。必死に付いて歩いた。






 しばらく歩いては、休憩する、を繰り返す。


歩いて、「休憩しましょう。」と、言われて座るが、後ろが気になる。


歩いて来た方向を見る。


座ってしまうと、歩いている時より、足が「疲れた」と主張するが、拳で叩いて黙らせる。


それにしても長い洞窟だ。いつ出られるんだ?。


太ももも、ふくらはぎも痛いが、


「なあ、急がなくてもいいのか。」と、セネカを促す。


「ゆっくりで大丈夫ですよ。この洞窟にもう人はいませんし。」


言っていることは優しいが、ゆってる事は怖い。笑顔が怖いので目をそらす。


「え~~と。」 知っているだけで30人以上、人が居たはずなんだが・・・。


戸惑うアヤトに「はい、これ。」、また、飴を渡される。


1度目の休憩の時に渡されたが、それから休憩の度に渡してくる。


甘く、少し塩辛い。同じく、渡された水筒の水も飲む。


5度目の休憩の時には、ドロッとしたスープのような物を渡された。


飲んでみると、ほんのり甘く、うまかった。


少し迷って、一気に飲もうとすると、止められた。


「ゆっくりお願いします。急に食べると、体が受け付けないので。

本当は魔法も掛けたいのですが、ここまで体力が落ちると、これ以上は体に負担が掛かります。

ここを出てからにしましょう。」


そう言うと、セネカは立って、歩く準備を始める。


どうやら、休憩は終わりのようである。


セネカに付いてアヤトも歩き出した。






 長い洞窟を抜けるとそこは夜だった。


初めての異世界の空は暗く、景色は良く見えなかったが、目が慣れてくると、空は3つの月と満天の星が瞬いていた。


綺麗だった。とても、とても綺麗だった。


暗い夜も眩しく、闇に慣れた目を、精一杯薄く開いて、胸いっぱいに空気を吸う。


石光せっこうと、言うらしい。


洞窟の明かりも珍しく、決して悪くはなかったのだろう。


それこそ、召喚され、強くなり、優しい仲間と共に、初めてダンジョンに潜ったら、きっと感動していただろう。


ただ、そうではなかった。状況は最悪、もうあそこはうんざりだった。


少し遠いが、歩ける範囲に町の灯かりが見える。


「あそこに行くのか。」 アヤトが期待しながら聞くと、


「いえ、少し遠いですけど、次の町に行きます。」と、言われたので、


「もう足が限界なのだが。」と、アヤトは強く主張した。


「そうですか。それではあの町に行きましょう。あの町は、あなたを捕らえていた組織の息が強く掛かっているので、出来れば寄りたくなかったのですが。」


セネカは困っているようだ。すぐに自分の意見を取り下げる。


「次の町まで頑張って歩きます。」


「まあ、夜が明けるまでは、もうしばらくあります。少し休んでいてください。」


洞窟を出てすぐの崖の岩陰で、風を避けながら、セネカに貰った灰色のローブの隙間を絞る。


牢屋を出る時に着替えた中古の服は、あの布切れよりずいぶん温かいが、それでも、洞窟を出て浴びる夜の空気は冷える。


「フードもしっかり被ってください。」


「分かった。」 


心配してくれたのかな。と、思ったが、続いたセネカの言葉は、


「こんな所に人が通るとは思えませんが、あまり見られたくないので、中の人と連絡が取れない、と、

気付かれるまでには、猶予はあるはずなので、まだ調べられてないと思いますが、目撃されないに越したことはありません。

組織の人なら、まだいいいのですが、関係のない商人だったりすると、口止めが面倒ですから。」 


なんか物騒なことを言っている。


そうこうしているうちに、空は明るみ、細めた目が、徐々に眩い景色に慣れていく。


初めて浴びる異世界の日の光。


朝日に完全に目が慣れると、眼前に広がる岩の荒野と石造りの町が見える。


先ほどの夜景とは、また違った美しい光景だった。


セネカはこっちを見て、


「ようこそ、異世界グラン・グルンへ。私、魔導士セネカは、あなたを歓迎しますよ。」


と、笑いかけた。






 洞窟から次の町まではけっこう遠かった。


今の季節、この地方はまだ過ごしやすい方らしい。


確かに炎天下というわけではなかったが、・・・昼は暑く、夜は寒い。


そんな中、2日以上、足を棒のようにして、ようやく町の宿に着く。


セネカの魔法で疲れが軽くなったり、足のマメを治してもらったりしたが、

もう一歩も動く気にはなれなかった。


どうやら石造りの中世の町並みという風に見える。思ったよりきれいな町だ。


食事も日本の物に比べると質は落ちるが、肉や野菜の味がしっかりして美味しかった。


しばらく、まともな物を食べていなかったので、余計にそう感じる。


異世界で初めて食べるちゃんとした料理だ。ガツガツ食べた。


ベッドはスプリングが入ってないので硬いが、布団はフカフカ、柔らかい。


お日様の匂いがする。岩や地面とは比べようもない。


3日ほど泊まった。3日ほど泥のように眠った。


本当に3日かは分からないが、夜が3回来たから、3日でいいだろう。


よほど疲れていたのか、セネカに、「町には出ないように。」と、言われていたが、

一歩も外に出ることなく、寝て過ごした。


暇を感じることもない。まどろんで、うつらうつら過ごした。


 泊まった宿には厩舎があって、動物がいて、馬車が置いてあった。


それは、セネカがこの町に来るのに使用したものを、この宿に預けていたとのことだ。


ただし、馬車という名称なのかは不明。


引く動物はどう見ても、トカゲか竜だった。竜のような動物が、シェパードのように座っている。


2本足で走る竜のようだが、アヤトが思っている竜に比べ、前脚が長く太い。


恐る恐る、そのウロコに触れていると、不覚にもテンションが上がってしまった。


あと、確認したら、こっちの世界にも馬はいるらしい。


馬車(?)は革製のホロが付いていて、いかにも行商用という見た目だ。


「ロバの方が目立たなくて良かったのですが。」とのことだが、

速さと長距離移動での持久力を考えて、走竜の方にしたそうだ。


他にも、セネカは急いでいるようで、


「布団に簀巻きにして、荷台に転がして移動するのが一番効率的なのですが、これ以上のトラウマは精神に・・・。」


とか呟いていたのは、うん、幻聴だろう。とにかくセネカはロバを諦めた。



 とにかく!、3日寝た後、朝から竜車に乗った。


竜車の旅の道中、セネカはこの世界のことを教えてくれた。


ここはアヤト的に、俗に言う、剣と魔法の世界観でいいらしい。


時代も「中世と思ってください。」と、言われた。


 この世界は一般的な考え方として、天動説が一般的であるという。


この世界は地球よりずっと広く、広大な大地と海が平らに広がっており、境界という魔法の結界のような壁が大地や海を区切っている。


月は1個から10個くらいまでで、1~3個くらいの所が多い。


すごい所では、境界を跨ぐと、1個だった月が10個になることもあるらしい。


「まじ、天動説?。」 アヤトが驚くと、


「正確には違うのですが、天動説と思ってください。一気に知識を入れると混乱しますので、その辺りはおいおい。」 セネカは竜の手綱を軽く振って答える。


まだ、信じがたいが、とりあえず置いておいて、


「広いって、こっちの世界、どれぐらい広いんだ。」と、聞いてみる。


「う~ん。地球の地表面積の1万倍くらいですか。正確には分かりませんが。」


「いや、いや、いや、さすがにそれは嘘だろう。」


「いや、本当ですよ。」 


セネカは前に向ける視線を外さず言う。・・顔は、真面目だと思う。


うん。とりあえず納得しよう。ファンタジーだし。


 「と、ところで、まだ、1回も鳥を見てないんだけど。鳥って、こっちの世界にいるの?。」


少し話題を変える為に、気になっていたことを聞く。


「鳥?、ああ・・いますよ。一応・・火の鳥とかですよね?。」


「いねえよ。火の鳥は、あの世界に。」


地球はそんなファンタジーな所ではない。


思わず突っ込んでしまった。


お笑いとおやじギャグが好きだった地方公務員の父の血は、あまり引いていないと思っていたのだが、

気のせいだったのだろうか?。突っ込むのを止められなかった。


あとテンションも変になっている。


「鳥ですか。ニワトリやダチョウのような、飛べない鳥はいっぱいいるんですが、空を飛ぶ鳥は、

この世界には、あまりいません。」


「ニワトリはいるんだ。この世界に。」チキンが食べたくなってきた。あと唐揚げも。


「普通サイズから3メートルくらいのものまで、いますよ。」


「そっち(3メートル)はニワトリじゃねえよ。」


とりあえず突っ込みを入れておく。


「空を飛ぶ、あなたが知る、鳥、という意味では、ペンギンを少し細くして空を泳ぐようにして飛ぶ生き物を、鳥と言っていいのなら、鳥ですね。」


「いや、あー、それは鳥か?。」アヤトの疑問符。


「あなたの知識に在る鳥の姿に最も近いのが、火の鳥や幻獣種の鳥ですね。」


 セネカのその言葉に、もう1つ気になっていた事を聞く。


「あなたの知識とか、地球とか、どうしてあっちの世界のことを、お前が詳しく知っているんだ?。

俺は話した覚えがないぞ。」


「覚えていないんですか。」 アヤトの発言に、セネカはショックを隠せないようだ。


「最初に会った時、精神感応の魔法で、あなたに言葉を覚えさせると言ったでしょう。」


「ああ。」 それは覚えてる。


「意識を共有し、言葉の意味を置き換える。


        いし→→→ルグ

        石 →→→いし と、いう風にです。」


「ああ。」 全く分からない。


「つまり、私があなたと意識を共有し、その知識を元に、無意識化で言葉の意味を置き換えたのです。」


「ん。言語習得スキルで異世界語を覚えたとか、そういうあれか。」


アヤトはよく解からなかったのでフワッと理解する。


「詰め込み型の言語取得ではなく、置き換え型の認識操作ですが、そうです。

一応、精神感応魔法は精神操作魔法に通ずるものがあるので使用が禁止されています。

他言は無用でお願いしますよ。

それにしても、あなたの世界では言語習得スキルが多用されているんですね。

そういう知識がいっぱいありました。

詰め込み型の言語習得は脳の負荷が大きく、あまりやると脳に障害が起こる可能性がある、

危険な魔法のはずですが・・・、

まあ、それに比べ、今回、私が行った置き換え型の言語習得魔法は、脳の負担も少ないので大丈夫です。術者に記憶を覗かれてしまうという欠点はありますが、些細なことです。」


「ん、なんか重大なことを言ったぞ。」


「はっはっ、気のせいですよ。精神感応、意識を繋いで、お互いの記憶をみて干渉できる。」


「俺はみてないぞ。」


「見られたくない部分はブロック出来ます。ガードしていなかったんですか?。

ちなみに私が見られたくない部分は全部なので、全部ブロックしました。」


「聞いてないぞ。」 抗議する。


「意識を共有するって、ちゃんと言いましたよ。」 


 見事な営業スマイル、表情が1ミリも動かない。こいつ、絶対分かってて言ってやがる。


「大丈夫ですよ。魔法使いの契約です。秘密は守ります。

初恋からパソコンの中身、黒歴史だって全部、私の胸の中です。」


「こいつ・・・。」 今、また1つ、俺の黒歴史が増えた。


異世界怖い。人権が仕事をしていない。






 竜車の旅は続く。しばらくの沈黙の後、鳥の話しに戻る。


「何で鳥が少ないんだ。というか、何で、鳥が飛ばないんだよ。」


「世界干渉魔法と魔素のせいですね。

世界制限魔法の効果の1つに、移動への魔法干渉というのがあります。

上から下に落ちる分にはいいのですが、下から上、横への移動に制限が掛かるんです。

質量が有る物ほど、その制限は強く作用します。

エルフや特殊なスキルを持つ人以外、弓も飛ばせません。」


そう言って、セネカが石ころを投げると、すぐに失速して落ちる。


アヤトは驚く。「物を投げられないってこと?。」 あり得ない。


「無機物の方が強く影響を受けますが、有機物でも速いスピードで移動する場合、気や魔力を纏わないと、無事には移動できません。

魔素は、そうですね。空気の壁を強くしたものと考えてください。

高速で移動すると、この世界に点在する魔素の影響を強く受けることになります。

瘴気の負荷はなかなかきつく、体には毒になります。

これも強い気や魔力を纏えば防げますが、速く移動すればするほど、魔力の消費が激しくなります。

虫もほとんどが空を飛びません。脚が速かったり、跳ねたり、転がったりですね。

飛ぶのは竜や精霊・高霊・幻獣などが主ですね。グリフォンとかは空を飛ばず、空を駆けます。

魔法は制限があまり掛かりませんが、魔力の消費が増えるので、飛ばすより、移動させて遠くを撃つ人も多いです。」


アヤトの額に汗が流れる。


(マジか。地球と違い過ぎる。) 


これ、あっちの世界の知識でチートとか無理じゃねえ?。


どうせ異世界に来たのなら、チートとか無双とかしてみたい。実はこっそり思ってた。


「料理は?。」 これならどうだ。と、セネカに聞く。


「料理ですか。地域によってかなり違うので一概には言えませんが、全体でいうと、あなたの世界にある食べ物は大抵ありますね。カレーや天ぷら、唐揚げとかもあります。

日本のように、1つの文化圏で、それら全て食べられるということはありませんが、地方に行けば、味噌や納豆もあります。金さえ出せば、アイスもプリンも出汁や調味料もあります。

味や食べ方は違うかもしれませんが、何でもあります。

ただ、生魚や生卵は食べられていませんね。漬けはありますが寿司はありません。

しかし、あなたの世界、かなり多種多様で、面白い発展を遂げているようなので、やりようによっては向こうの文化を流行らせることが出来るでしょう。

料理や遊戯、化粧品・・・商売の分野で成功するかもしれませんね。

著作権とかないので、熱意と努力がなければ駄目ですが。」


アヤトは、もう1つ気になっていることを聞いてみる。


どうせ知られているだろうから聞いてもいいだろう。恐る恐る。


「銃は?。」


「銃ですか。あれは難しいですよ。

基本、横に飛ばせませんし、火薬は精霊なんかがイタズラしたら爆発しますし、

耐魔処置や抗魔処置に莫大なお金が掛かるので、ほとんど普及してません。

戦争で大砲が数門使われるぐらいですか。」


「一応あるの?。」


ほっとしたような、がっかりしたような。


「ええ、人間の世界になって4億年弱、大抵の物はあります。動かない物で良ければ宇宙船だって落ちてますよ。今は金属切り場になってますが、別に動く個人所有の物だって。

ちなみに、こっちの世界、鉱山はほとんどありません。

ほぼ全部掘りつくされ、採算性に合うものは残っていません。

資源はリサイクルや錬金、ダンジョンから得ています。」


「え、4億年?、え、え、それで中世なのか、時代が?、遅くない、発展?。」


いろいろ突っ込みたくて言葉も出ない。


「まあ、何回か世界、滅びてますから。

国が亡びるのは政治体制の腐敗や他国の侵略、天災・厄災とかも原因になりますが、

魔法・魔力暴走、不老不死研究の失敗・魔素崩壊・天使・竜・境界移動、この辺りも大きな要因ですね。

あなただって、私だって、使った魔法の1つで、世界が亡びる原因になる。

あまり文明が発達しにくいんですよ。こっちの世界。」 


セネカは軽く言う。


異世界、怖い。この世界、怖いよ。






 しばらく竜車に揺られ、気を取り直したところで、

今度は憧れのスキル、無限収納スキルと鑑定スキルについて聞いてみた。まず、


「無限収納魔法?。亜空間に物を収納する魔法のことですね。

ありますけど、亜空間を開いたり、作り出す膨大な魔力、空間・質量の維持に物質の保管・管理、どれも複雑で高度な魔法構成になり、消費魔力・処理能力ともに莫大なものとなります。

とても実用的とは思えません。一時的なら使えるでしょうが・・。

実用性を考えるのなら、霊具を持つとか召喚魔法を使うとか、荷物運びならゴーレムを使うとかの方がまだ効率的です。

ああ、ダンジョンなら、中で手に入る収納バックを使えば、バックの収納上限までなら収納が使用できますよ。使えるのは、そのダンジョン内と影響範囲内の地上に限定されますが。」


アヤトが何となく微妙な顔をしていると、


「アヤトさん。この世界にはゲート魔法があるんです。

ただし、どこでも使えるというものではなく、繋がりやすい状態になっている2地点を魔法で通じ、その状態を維持するものです。

大昔、大国に翻弄され、自国から追放された王族の魔法使いが、大国の上空と、元・自国の海域をゲート魔法で繋げました。」


「ああ。」 いきなり何を言うんだ?。


「その大国はどうなったと思います?。」


「水浸しだろうな。」


「それでは済みません。

大量の海水、多量の水による圧力と物量、洪水は全てを押し流し、痕には塩で汚染された大地が広がる。食物は育たず農作物は全滅。

周辺国も含めて、その大国は滅びました。

海域の小国は、抜けていく海水の大渦で航路は使用不可、貿易は止まり財政破綻。

そのうえ、海の魔獣が押し寄せ滅びたそうです。」


「おお。」 びびる。異世界のゲート魔法怖ええぇ~。


「無限収納スキルなんて在ったら、それと同じことが出来ます。

商売での無双も、テロも、国家の脅迫だって、何でもし放題です。

アヤトさんの目的は国でも亡ぼすことですか。」


いや、俺の目的はもっと庶民的なものがいい。アヤトは首をブンブン振って否定する。・・でも諦めない。


「じゃあ、鑑定スキルは?。」


「まあ、システムがある所に行けば鑑定スキルはありますが、あまりお勧めできませんね。

国に登録しないとシステム登録できませんし、あまり知られていませんが、鑑定が出来るってことは、

全て管理されているということです。物の1つに至るまで、システムに把握され、紐付けされているんです。システム範囲内であれば、何をしても記録に残ります。

私はあれらのシステムが、あまり好きではないんですよね。

簡単にスキルや知識は手に入るし、強くなれる。魔法も簡単に使えますが、

その分、落とし穴も多いですから。まあ、また今度詳しく教えますよ。」


笑顔だが、セネカが怖かったので、この話題は終了にした。何かあったのだろうか。


とにかく俺の夢は破れた。






 この竜車の旅の一番最後の話題は、グラン・グルンという世界においての異世界観だった。


一般的に異界はあるが、異世界は無いとされているらしい。


セネカが言うには、この世界は、他の世界に比べ、世界を隔絶する壁が厚く、強固であるらしい。


なまなかな方法では道は開けず、通行はほぼ不可能だという。


その強固さは並行世界も出来ないほど。


セネカとしても、過去に1例しか異世界人というものを確認していないそうで、

アヤトが2人目ということだ。


セネカは、1人目の研究資料に興味を持ち調べていて、境界移動や次元震によるものではない時空震を観測、今回の異世界召喚の可能性に気付いて慌てて調査、あの洞窟に辿り着いたということらしい。


洞窟には魔法使い達が居たが、何とか穏便に魔法で話し合って、アヤトを解放したそうだ。


どう、穏便に話し合ったかは考えない。洞窟内ではいくつか赤い染みを見たし。


うん、異世界の人助け、怖い。


助かったけど、怖いものは怖いのである。



 この世界にも異邦人・神隠し・迷い人などの言葉はあるらしい。


そのどれもが、この世界内での移動で、珍しいパターンでも精霊界や魔界、高次元や亜空間などへの移動で、異世界通行者というわけではないらしい。


召喚魔法もあるが、天使や悪魔・精霊・高霊を呼ぶのに使用する魔法で、生物を呼ぶものではない。


一般に言う召喚は、世界刻印魔法による召喚で、あらかじめ世界に刻印されたプログラムに従って、

その存在を召喚する魔法で、遠くから呼び寄せるものでもないらしい。


そもそも、生身の生物を召喚する魔法は禁止されているそうだ。


人?、もちろん禁呪だ。絶対やっちゃダメ!。


ゲート魔法や亜空間魔法も、出来やすい場所にしか通じないし、作れない魔法だ。


けっこう不便な魔法で、好きな時に好きな場所に、自由に行ったり来たり、というものではない。


そもそも、空間を操作するのは、魔法の力をもってしても難しいとのことだった。


黄金をつくるより魔力消費が激しいと言われた。


1人目の異世界人も、自分を異世界人だと自称していたが、異世界の存在を証明したわけではない。


そういうわけで、今まで異世界が確認されたことはなく、無いとされている。


無い所には行けないとのことだ。


研究も、ほとんどする者がいない分野で、その研究をしているセネカに言わせると、


「絶対、帰れません。」だ、そうだ。


ただ、帰れない。と、言われてもアヤトも諦められない。


実際、あの黒ずくめの連中はアヤトを異世界召喚したのだし、1人目の異世界人の実例もある。


「何とかならないのか。」と、懇願する。


セネカは静かに言う。


「どうやって他世界への道を開きます?。あなたの居た他世界はどれですか?。

ここから近い?、遠い?、座標は?、どの時間軸?、その空間をどうやって特定するんです?。

・・・特定なんて不可能です。行けても別の異世界か虚無空間に飛ばされるだけです。」


「でも、俺以外に来た奴が居たんだろう。」


「多大な犠牲を払って、自力でこっちに来たようです。

帰らず、死ぬまでこの世界で暮らしました。

その人は魔術師で、異世界の知識を駆使して様々な魔法を操ったそうです。それでも帰っていません。

まあ、あの連中、その魔術師のことを調べる目的で、異世界のことを研究していたようですね。

そんなに大きいものではないとはいえ、アビス系ダンジョンで、大勢の生贄を使って異世界へのゲートを開く、禁止された人間の召喚の魔法、近くの境界が不安定期に入っていたのと、龍脈から力を引っ張ってきたことを考慮しても、狂気の沙汰としか言いようのない魔法実験です。」


「生贄って、そんなヤバイ連中だったのか。」


「戦争捕虜の処分を兼ねているとはいえ、国を騙して、よくもあれだけの生贄を集めましたよ。

完全に違法な、ヤバイ連中です。

一瞬とはいえ、道が通じたあなたの世界にも悪い影響は出ているはずですし、そっちはどうしようもありませんが、こっちの世界で後始末をする方の身にもなってください。

アヤトさんも帰るなら、生贄は出来るだけ少なく、私の居ない所でやってくださいね。

見つけたら処分しないといけないので。」


セネカはにっこり言う。


「そんな、・・勝手に連れてきて・・・勝手だ。」


「それはそうですが、連中と同じことをすれば、罰しないわけにもいきませんし・・。

それに、生きているだけいいじゃないですか。

おそらく、同時に召喚された人は世界の壁を越えられず消滅したか、肉片しかこっちに来れませんでしたから。

そのうえ、連中、あなたが本当に異世界から来たのか確信を持てず、持て余していたようです。

そもそも、魔法を使えない人が来ることを考えていなかったようですね。

なので、とりあえずアヤトさんを調べていただけでした。」


アヤトは絶句する。


「バカなのか。バカにしているのか。」 憤然とセネカに詰め寄るが、


「実際、馬鹿だと思いますよ。」と、冷たく言われただけだった。


アヤトはふてくされて、荷台で横になる。


(バカげている。そんな連中に呼ばれたのか!。)


竜車が停まるまで、アヤトはふて寝した。


異世界の魔法使い、ひどすぎる。


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