第二十三章 GO WEST 大阪万博 その三
翌朝、夢洲の大阪万博の会場に着いたマクガイア一行は、まずはモニュメントを見るために中央広場へと向かった。
そこには怪獣とスーパー・ロボットが四つに組んだような巨大な像があった。
その姿は、リングの中央で力比べをするレスラーのようにも、ゼノブレイドの遺跡化した2柱の神々にもみえる。
このモニュメントは、中に入って登ったり降りたりすることができ、子供たちの格好の遊び場となっている。
中に、何があるわけではないのだが、子供向けに作られた少し低く狭い通路を子どもたちは嬉々として行き来している。
日本に来てこれ程多くの子供を見るのは初めてだ。
しかも、ここでは、誰もスマホやゲームをしていない。
鈴がモニュメントを指さしながらマクガイアの袖を引っ張って、遊んでいいかと聞いてくる「ああ、遊んでおいで」と、マクガイアが鈴に微笑むや、鈴はさっとモニュメントへ駆け出した。
「しかし、すごい数の子供ですね、ここだけ見たら少子化なんて信じられませんね。1970年だったら、どうなってたんだろう」と仁が言う。
「1970年」と小首を傾げるマクガイア。
「ええ、初めて日本で万博が開催されたのが、1970年。
高度成長期のいけいけの時代ですね。
近い将来、少子化で苦労するなんて夢にも思ってないでしょうね、実際、第2次ベビーブーム直前の頃ですからね」
「英国はそのころ不況のまっただ中です」とマクガイアが苦々しく言う。
「そうですね。でも、悪いばかりじゃないでしょ、パンクが生まれたんだから」とマクガイアを見てニッと仁が笑う。
「ロボットと怪獣もその頃が全盛期じゃないですか」とマクガイア。
「ああ、確かにそうかも知れませんね。でも、このモニュメントにはセンチメンタルな意味はありませんよ。
むしろ、科学に対する現代人の不安を表しながら、それを皮肉るという高度なモニュメントになっています」
「もう少し、説明してもらえますか」とマクガイア。
「そうですね、現代科学の最先端はAIに代表される人工知能とバイオテクノロジーに代表される生命工学です。
人工知能が行き着く先がアンドロイド、ロボットで、生命科学が行き着く先が怪人であり、怪獣です。
言ってみれば、この像はゴーレムとキメラと言えなくもない」と仁。
マクガイアは頷く。ゴーレム、ヘブライ語で”未完成のもの”を表す。
ユダヤ教の伝承ではラビ・レーヴェが土塊を元に作ったと言われており、作った者を主人と仰ぎ、主人の言うことしか聞かないとされている。
一方、キメラはギリシャ神話に出てくるライオンの頭と、山羊の体、ヘビの尾を持ち、火を吐く怪物である。
「科学によって生み出されたものが、人間を超える恐怖ってありますよね。
特に欧米の人たちは強く恐れてるように見えるんですが、なんでなんでしょうね?
ハリウッド映画なんかを見てると、ロボットに支配される世界で奴隷のように生きる人間が描かれたりするじゃないですか。
それが日本ではロボットも怪獣も凄く親しみやすいものとしてあるんですよね。
しかもロボットと怪獣は日本を象徴するアイコンにもなっている。
本当によくできたモニュメントですよ、世界を脅かす科学の進展と日本を同時にアピールしている。
しかも、それを子供が遊ぶ遊具で表現するなんて、なんともひねりが効いている。そう、思いませんか?」
頷くマクガイアを見て、仁が続ける。
「1970年の万博の時は、日本はイケイケで科学は世界を幸福にするというファンタジーがありました。
ところが、今の日本は長引く不況の真っ只中にあり、科学の脅威に直面している。
しかも、万博自体が国威発揚の場から啓蒙の場へと変わったことにより、全く盛り上がらないイベントになっちゃったんですよ、お勉強の場に。
それで、万博をやる意味はあるのかと懐疑の声が多かったんですね、開催前は」と仁。
「ところが、主催者がやり手で、そこを逆手にとって万博展示をダークファンタジーでまとめたんですよ。
昔、見世物小屋というのがあったらしいですが、それです、禍々しいもの、不気味なもので集客する。
そういったものを見せながらちゃんと学べる展示会に仕立てたんですよ。
今回の万博で出展されているのは科学によってもたらされたバッドエンドの世界です。
もちろん、バッドエンドを迎えないために、またはバッドエンドから立ち直るために、出展国や出展企業が科学と技術で立ち向かうというストーリーになっていますけど、来場者は怖いもの見たさで来てるでしょうね。大盛況です」と言う。
「人は人間の尊厳が損なわれることを恐れながら、また、それを見て興奮するという愚かさを持っています」とマクガイアは冷静に答える。
「そうですね、ただマクガイアさん、誤解しないでください。
この万博は、ただ人間の尊厳を傷つけて面白がっているだけではありません。
人間の尊厳を貶める展示で問題を投げかけ、その一方で、世界から一流の哲学者、宗教家、医学者、法学者等々を集め、科学と人間の尊厳に関する声明を出そうとしています」と頷きながら仁が言う。
「その声明をこの万博のレガシーにしようとしているんです。
声明の中で、何かしらのガイドラインが示されれば、一気に先端科学の研究が、その成果の社会実装が進みますよ。
今まで、どんな反応が返ってくるか怖くて踏み出せなかったものが、ここまでなら大丈夫とお墨付きをもらえるわけですからね」と仁はどこか得意気だ。
「なるほど、それで教皇の使いが万博に派遣されているわけですか」ロボットの胸部胸部の窓から鈴が顔を出し、こちらに手を振っている。マクガイアが手を振り返す。
仁が「鈴ちゃん、まだまだ遊び足りなさそうですね。僕が見ておきますんで、マクガイアさん先に会場を回られてはどうですか」と提案してくれた。
「そうさせてもらえますか」とマクガイア。
「そうですね、この時間だとどこも混んでいると思うのですが、比較的、人が少なくて面白いのは山形パビリオンですね。是非、行ってみてください」と仁が告げる。




