第二十三章 GO WEST 大阪万博 その二
京都駅に着くとホームで大藪弁護士の弟、大藪仁が待っていた。
彼は降りてきたマクガイア神父と鈴に駆け寄って「おはようございます。マクガイア神父ですよね」と確認して「兄がお世話になっております。大藪仁です」と挨拶した。
「荷物はそれだけですか?」と尋ねる仁に。マクガイアはカバンをポンと叩いてみせた。「なるほど」と仁。
「お腹は空いていますか?」とう仁の問いかけに、首を横にふるマクガイアと鈴。
「それじゃぁ、どこか京都で行ってみたいところはありますか?ご案内しますよ」
「あのう、鳥居がいっぱいあるところはなんといいましたか?」とマクガイア。
「ああ、伏見稲荷。わかりました。鈴ちゃんは歩けるかなぁ、まあ、歩けなくなったらおんぶしてあげたらいいか」と笑って言う。
新幹線から在来線へ乗り換えて、伏見稲荷へ向かう。
伏見稲荷の後、清水寺にも寄りたかったが、伏見稲荷で足を使っているので仁は敢えて外した。
それから三十三間堂へ、そして歩いて六波羅蜜寺へと向かった。
京阪四条駅から出町柳へ、出町柳駅に着いた頃には日が暮れていた。
仁がよく行くという定食屋で晩御飯となった。
定食屋へ入ると学生と思しき客でいっぱいだった。
仁は顔見知りに手を上げて軽い挨拶を交わす。
Tシャツ、短パンに陽に焼けた肌を晒した3人の男が丁度食べ終わって出ていくところだった。
3人が去ったテーブル席に、鈴が駆け出して席を取ると、マクガイアと仁に早く来いと手を振った。
仁が二人にメニューを見せる。
「鈴ちゃんは字は読める?」と鈴の顔を伺う。
鈴はちょっと目を伏せて、手でロザリオをいじる。
「鈴ちゃん、ハンバーグ好き?」と仁が尋ねる。
鈴はぱっと明るい顔になり、頷く。
「マクガイアさんは、何になさりますか?ここのメニューはネーミングが独特でわかりにくいものが多いと思うんですけど・・・」と仁。
「カラフルジャンボチキンカツ定食にします」とマクガイアが言う。
「ナイスチョイスですよ。マクガイアさん」と仁は言ったが、マクガイアはただメニューの最初にあるものを頼んだだけだった。
仁が手を上げて女将を呼んだ。
「はいはい」と笑顔で駆け寄って来て「なにぃ、可愛らしぃお娘やこと。シスターですのん?」と声をかける。
「ええ、ええ修学旅行?そうです修学旅行です」とマクガイアが答える。
「修学旅行?そう・・・そしたら、あれですやん。お伊勢参りしなあきませんねぇ」と女将が言う。
「お伊勢参り?」とマクガイアが問い返す。
仁が代わりに「関西の小学生の修学旅行の定番で伊勢神宮をお参りするんです」と言う。
「そうそう、そうですねん。で、赤福買うて、ご近所に配りはったら修学旅行終了です」と女将が言う。
「赤福?」とマクガイア。
「あんこの中に餅が入った伊勢神宮の定番のお土産です」と仁が説明する。
「ふむ」とマクガイアと鈴は互いに目を見合わせて頷いた。
仁がマクガイアと鈴のオーダーを告げて、自分はカツ丼を頼んだ。
仁のカツ丼が最初にテーブルに運ばれてきた。
とろりとした卵の下にカツが見える。マクガイアは日本の卵料理は美味いと言うことを経験的に知っていたので、カツ丼を見ただけで涎が溢れた。
マクガイアの視線に気付いた仁が、店員に取り皿を2つお願いする。
そしてカツ丼をマクガイアと、鈴に取り分けてくれた。
初めてのカツ丼を口に含み、マクガイアは「オウ」と思わず声を出してしまった。そして、日本の卵料理は美味いという経験知は確信となった。
鈴はカツ丼に手をつけない。
彼女はハンバーグを待っているのだ。マクガイアは堪らず、「鈴、カツ丼食べないの?」と声をかける。
鈴が黙ったまま、カツ丼の入った取り皿をマクガイアの方に押して寄越す。
「好き嫌いは駄目だって、マミがいつも言ってるじゃないか」と言いながらマクガイアは、鈴が寄越した取り皿を大事そうに両手でしっかりと掴む。
「本当に仕方がない」と残念だというような視線を仁に向けて、カツ丼をペロッと平らげた。
ハンバーグ定食とカラフルジャンボチキンカツ定食は同時に出てきた。
マクガイアと鈴はそのボリュームに目を丸くしてお互いを見て笑った。
マクガイアは3色のソースのかかった大きなチキンカツに取り掛かった。
この3色のソースがカラフルということなのだなと冷静に食材を見つめながら、備え付けのサラダをまず口に運ぶ。
ケチャップソースのカツを口に含む。カリッと揚がったカツが美味い。
次にチーズソースのカツ、美味い。美味いが想定内といった感じを否めない。
次が問題だ、大根おろしに濃い褐色のソースがかかっている。
醤油味かなと思って口に含むと嬉しい形で予想が裏切られた。塩気ではなく、酸味が口内に広がった。
その風味に対して、自分がどんな反応をしたのかマクガイアにはわからなかったが、仁の目を引いたのだろう。
仁が「ポン酢です。オランダ語のポンスに由来するんですが、柑橘系の果汁と醤油を合わせたものですね。おいしいでしょ?」
静かに大きく頷いたマクガイア。
気付くと仁が鈴の残り物を食べていた。鈴には量が多すぎたのだ。
鈴は食べきらなかったことに腹を立てているようだが、食事自体には満足しているようだった。
大藪仁が借りているアパートは、いかにも学生向けといったもので、建物の前に自転車とスクーターが雑に並んでいる。3階建てのアパートの最上階に仁の部屋はあった。




