17.真実
青い光を辿っていくと、案の定と言うべきか、守境大樹の麓に着いた。
光の先には、赤い髪の少女が佇んでいる。
「アディリア!」
クレニアが叫んで、少女に駆け寄った。
伸ばした手はしかし、また空虚な感覚とともにすり抜ける。
アディリアの像は顔を上げ、虚ろな瞳でクレニアを見やると、どこかへ向かって滑るように移動する。
「ねぇ、アディリア……」
弱々しく名前を呼びながら後を追いかけるクレニアの横に並んだネオは、改めて彼らを先導する半透明な少女を観察する。彼も動揺してはいたが、クレニアと違い、そうするだけの余裕はあった。
少女は守境大樹の裏へ回り、クレニア達がついてきていることを確かめるように振り向いた。
「……なぁ、これって」
少女に追いついたネオは、震える声で隣のクレニアに呼びかける。
「…………遺跡だ」
古代文明の名残として、住居や城のような遺跡が残っていることがある。
中でもコルディス領は、他の地域よりずば抜けて遺跡の数が多い。恐らく目の前にある石造の門も、その一つに繋がるものだ。
少女は門をくぐり、滑るように階段を降りていく。それに続いて地下へ降りる中で、クレニアはある老人の話を思い出していた。
──どうやら、ニーヴル森のあたりに魔国と繋がっている遺跡があるらしい──
降りるにつれ、瘴気が濃くなっていく。
本当に、魔国に近い場所なのだ。
少女が立ち止まったのは、祭壇のような空間だった。太い根が壁を覆っている。
何度も曲がったために方向感覚は薄れていたが、断言できる。
ここは、守境大樹の真下だ。
「……グレイシス、ここは」
「……しっ、誰か来る」
口を開いたネオを制止し、クレニアは反響する足音に耳を澄ませる。
祭壇の奥から姿を現したのは、褐色肌の青年だった。その額には、一対の黒い角。
「……魔族、だって?」
魔族の青年は祭壇のそばに佇むアディリアの像を見やり、それに腕を伸ばす。彼が心臓のあたりで手を握ると、アディリアの像は霧散した。
ネオはそれを見て目を見張る。
自律傀儡は、あのような消え方をしないはず。ならあれは、一体何だ。
「貴様、何を……!」
今度はネオがクレニアを止める番だった。
怒りと動揺で震えるクレニアの肩を掴み、自分の後ろに下がらせたネオは、青年を睨む。
「お前は、誰だ」
ネオの鋭い眼光にも怯まず、青年は冷たく彼らを見据えた。ネオの背中を、冷や汗が滑り落ちる。
あの魔族は、多分クレニアより強い。戦ったら勝てないだろうという予感があった。
青年が口を開くと、鋭い牙がのぞいた。
「……アディリア様は、我々を救おうと尽力して下さるお方。貴様らに、邪魔をさせるわけにはいかぬ」
重々しく放たれた言葉に、二人はただ立ち尽くす。青年はそれも意に介さず、言葉を続ける。
「少女よ。貴様はあのお方の血縁と聞く。貴様だけは、生きて帰ることを許そう」
刹那、空間に満ちた殺気にクレニアは思わず後退りする。
青年の瞳に、ゆらりと暗い炎が揺らめく。
「……だが、少年。お前はここで、殺さねばならぬ。我らは、お前を許しはせぬ」
ドン、と重い音がした。
そう認識したときには既に、ネオの右肩は剣で深く抉られていた。クレニアの頬に、生温い液体が飛ぶ。
「ぐぁ……ッ!?」
「ネオッ!」
ネオは脂汗を流し、よろめきながら、それでも膝をつかずに歯を食い縛る。
「……ほう。気概だけはあるようだ」
青年の目が、獲物を見つけた猛獣のように細められる。来る、と思った瞬間には既に、彼はネオの目の前にいた。
「……“雷光、曇天を裂け”」
「ダメだ、ネオ!!」
詠唱の声と、クレニアの叫びが重なる。
ネオが雷電を纏った左腕で青年の剣を受け止めると、抉られた右肩から血が滴った。
「……忌々しい」
青年が眉根を寄せて吐き捨てる。
「俺は、お前に会ったこと、ない、のにか」
ネオが痛みに顔を顰めながら、途切れ途切れで問う。
「……お前には、“魔法使い”の血が流れている。彼奴らは、我らの同胞を多く殺した。だからその血を継ぐお前を、殺さねばならぬ」
青年の殺気が増す。
まるで肌を刺されているようだ、とネオは感じた。
絶対に勝てない。
そう確信しながらも、負けるわけにはいかなかった。
だって、クレニアがいる。
「……はっ、ならお前も、その魔法使い、ってやつと変わらない、だろ」
青年が初めて動揺を見せた。
剣に力が込められ、ネオの腕に食い込んで血が滲む。
「貴様、何を言う」
「俺が、その血を引いてるってだけで、殺すんなら、お前が憎むその魔法使いってやつと、変わらねぇって、言ってんだよ……!」
力を振り絞って、剣を払い除ける。
青年は剣を振り払われたその格好のまま、硬直していた。
「……く、そ」
青年が次の行動を起こす前に、ネオがよろめく。クレニアが慌ててそれを支えた。彼の右腕は、鮮血でびっしょり濡れていた。
「…………チッ」
しばらく茫然と佇んでいた青年は、一つ舌を打つと、暗闇に溶けるように姿を消した。
安堵からか、ネオの体から力が抜ける。
さすがに支えきれなくなったクレニアは、ゆっくりネオの体を地面に横たえた。
血を失ったからだろう、ネオの顔は真っ白だった。クレニアは着ていた上着を裂き、傷口に巻きつけた。その状態で回復魔術をかけると、少しずつ、血の気が戻っていった。
「……ネオ」
ふと、視界の端に暖かな光が灯った。
首を巡らせれば、ネオの血が落ちた場所が淡く光っている。一際光が強いのは、祭壇の上だった。
ネオの呼吸が安定していることを確かめ、クレニアは祭壇に歩み寄る。
大きな一枚岩の祭壇、その中心が輝いていた。そこにそっと触れると、ガコン、と音がして、祭壇に四角く穴が空いた。
まるで、棺のようだ。
その中を覗いて、クレニアは言葉を失った。
「…………アディリア?」
その棺に横たわっていたのは、まさにクレニアが探していた妹、アディリアだった。
顔は蝋のように白く、生気を感じられない。それでもあの赤い髪だけは、目に染みるほど鮮やかだった。
光を放っているのは、アディリアが握っている杖だった。先端には白銀の宝玉が嵌め込まれている。触れようとすると、まるで障壁があるかのように手を弾かれてしまった。
その杖に、見覚えがあった。
「……う、ぁ」
脳裏にノイズが走る。
その度に、頭が割れるような痛みに襲われる。
ふらつきながら、棺の縁に手をかける。そうでもしないと、膝が笑って座り込みそうだった。
無意識のうちに、魔力を流したのかもしれない。
白銀の宝玉が一際強く輝いて、ほんの一瞬、アディリアの目が開いた。
琥珀色。
否。
それは照らされて、黄金に輝いている。
「………………あ」
記憶だ。
記憶が、流れ込んでくる。
最初の最期。
魔国に繋がる門が開いて瘴気が蔓延し、魔物が街に雪崩れ込んだあの日。
ネオと共に向かったニーヴル森の奥深く、守境大樹の麓で出遭った、聖女のように微笑む“彼女”。
「────久しぶり、“姉さん”」
あぁ。
「そして……さようなら、“姉さん”」
あぁ。
どうして、忘れていたのだろう。
杖の先端で輝く白銀の宝玉が、クレニアの頸動脈を裂く。
「クレニア!!」
ネオが絶叫する。
夥しい数の魔法陣が、“彼女”の背後で青い光を放つ。
「またね、“姉さん”」
光が視界を満たして、そして、クレニアの人生が終わる。
その生に、終止符を打ったのは。
「────あれは、アディリアだった」
赤い髪の、琥珀色の目を持つ少女。
クレニアの探していた人であり、彼女の実の妹。
アディリア・グレイシスだった。
第二章 終
これにて第二章完結です。
幕間を挟んで第三章へと移ります。
少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけたら評価等々してくださると嬉しいです。




