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終末まで残りX日  作者: 桐ノ奏
第二章
18/20

16.失踪


 魔術試験に無事合格し、今年も一年が終わった。


 夏季休業は、久しぶりに家に帰ることにした。アディリアのために買った誕生日プレゼントも直接渡したかった。


「ただいま!」


 違和感。


「おかえり、また背が伸びたんじゃない?」


「髪も随分伸びたなぁ」


 違和感。


「そろそろ、ちょっと切ろうかなって」


 違和感。



「ねぇ────アディリアは?」



 両親の動きが止まる。


 玄関に、アディリアの靴がない。

 アディリアが育てていた花がない。


 何より、クレニアが帰ってきたら、彼女は真っ先に飛びついてくるはずなのだ。


 嫌な予感がしていた。

 震えを抑えるように、手のひらに爪を立てる。


 そんなはずはない。

 お願いだから、出かけているとか、もしくはまだ寝ているとか、そう言ってほしい。


 クレニアの声にならない懇願も虚しく、母親は片手を頬に当て、首を傾げた。


「アディリア? ……それは、誰?」


 ヒュッと喉が鳴く。


 違う、違う、違う。

 そんなはずは、ない。


「お友達かしら」


「近所にそんな名前の子、いたか?」


「いないわねぇ。聞いたことないわ」


 両親の話し声が、水の中にいるみたいに歪んで聞こえる。


 浅い呼吸を繰り返す。


 彼らが実の子供のことを忘れるなんて、あり得ない。あるとしたら、それは。



 ──最初から、いなかった。



「……あら? クレニア? ちょっと、どうしたの!」


 クレニアは乱雑に靴を脱ぎ捨て、両親を押し除けて自分の部屋へ走った。あそこには、アディリアから貰ったサラーペヴォ草がある。


 ある、はずだ。


「はぁっ、はぁっ……」


 呼吸を整える余裕もなく、サラーペヴォ草をしまっていた箱を開ける。その中を見て、思わず乾いた笑いが洩れた。


「……はは、意味、わかんない」


 サラーペヴォ草は、一年以上経ったというのに、萎れてすらいなかった。この魔草は寿命が短い。咲いてからは三日ほどしか保たないはずなのに。


 例外は、ある。

 吸収した魔力が一定値を超えた分、花の咲いている期間は伸びる。だが、これはアディリアが育てた植物。彼女以外の魔力を受け付けない。


 去年の冬季休業中、守境大樹を訪れた。

 そのとき荷物に入っていたサラーペヴォ草は、家に帰る頃には満開になっていた。


 あれは、もしかして。


 瞬間、手の中の魔草が青く輝いた。その眩しさに目を閉じる。


「何……っ!?」


 瞼を開けると、虚ろな目をしたアディリアがクレニアの前に立っていた。


「あ、アディリア……?」


 淡い期待も虚しく、伸ばした手はアディリアの胴をすり抜ける。その気味悪さに、思わず手を引いた。


 アディリアの虚像は滑るように動き、閉め切っていた窓をすり抜けて外へ出た。


 クレニアを追いかけてきた両親が部屋を覗き、青褪めたクレニアを見て不安げに眉を下げる。


「クレニア、一体どうしたの?」


「どこか、具合が悪いのか」


 どこか悪いのはきっと、あなたたちの方だよ。


 そう言いそうになったのをグッと堪えて、クレニアは両親に向き直る。


「……ごめんなさい。私、行かなきゃ」


「クレニアっ!?」


 母の悲鳴じみた声に、少しだけ胸が痛む。

 しかしクレニアはもう振り返らず、窓を開けて飛び降りた。二階だから、大した高さではない。


 それより、早くアディリアを探さなければ。


 その一心で、クレニアはサラーペヴォ草を握りしめたまま街へ出た。



◇◆◇



 アディリアが行きそうな場所はいくつか思い当たったが、そのどれもがこの状況に相応しくないように思えた。


 だからクレニアは、真っ直ぐコルディス領へ向かった。


 クレニアの人生が終わる地であり、同時に人生が始まる地。


 日が沈む間際、守境大樹のあるニーヴル森の入り口に辿り着くと、覚えのある魔力を感じた。よくよく目を凝らせば、奥に誰かいる。


 西日を反射するその髪は、白銀。


「……ネオ?」


 息を整えながら呟く。


 どうして、彼がここに。

 いや、それより早くアディリアを見つけないと。


 手元のサラーペヴォ草は、まだ淡く光を纏っている。まるで、主が近いことを教えているかのように。


 森の中に踏み入ると、やけに静かなことに気づく。


 この前来たときは、入り口付近にはもっと魔物の気配があった。だが今は、シンと静まり返っている。


 サクサクと枯葉や枝を踏む音が響く。

 それが耳に届いたのだろう。銀髪が揺らめいて、ネオが背後を見た。


「グレイシス? どうして、ここに」


「君こそ」


 何故ここにいるのか問い返せば、ネオは少し気まずそうに視線を逸らして答えた。


「……魔泉を見にきたんだ。ほら、守境大樹ってやつ。上手く言えないんだが、どうも違和感があってさ」


「……そう」


 いつもより更に口数の少ないクレニアを不思議に思ったのだろう。ネオは改めて彼女の顔を見て、ギョッと目を見開いた。


 普段なら知的な光を宿している瞳が、暗く沈んでいる。まるで凍った湖面のように、不気味に凪いでいた。いつもと違う姿に、胸の奥が騒つく。


「グレイシス、一体どうしたんだ? その花も……」


 ネオがサラーペヴォ草に手を伸ばしたその刹那、青い光の粒子が線になって、森の奥を指し示した。


「なんだ、これ……」


 ネオが怪訝そうに青い光の道を眺めるその横で、クレニアはふらりと一歩踏み出した。


「なぁ、グレイシス! 本当にどうしたんだよ」


「……止めないで。探さなきゃいけないの」


「探すって……誰を」


 クレニアの暗い双眸に、一瞬だけ光が揺らめく。もしかしたらそれは、光を反射した透明な膜だったかもしれない。


「……妹を」


 ポツリと独り言のように零して、クレニアは森の奥へ吸い込まれるようにまた歩き始める。その後ろ姿をどうしても放っておけず、ネオはクレニアを追いかけた。


「妹さん、どんな格好なんだ? 俺も探すの手伝うよ」


「ありがとう」


 クレニアは少しだけスピードを落とし、視線を下げる。


「赤い髪に、琥珀色の目をしてる。服は……わからないな。いついなくなったのか、知らないから」


「赤い髪に……琥珀色の、目」


 繰り返して、ぼんやりとその姿を想像してみる。


 瞬間、脳裏にノイズが走って、頭蓋骨を圧迫されているような痛みに襲われた。


「う、ぐっ」


「……ネオ?」


 突然頭を押さえてふらついたネオのうめき声に、クレニアは振り返る。


 初めて名前を呼ばれたことにも気づかず、ネオは苦痛の中で脳裏に浮かんだ映像を見ていた。



 ────赤い。

 それこそ、鮮血のように真っ赤な髪が、優雅にたなびく。


 光の加減で黄金にも見える琥珀の双眸は、ネオを、否、クレニアを見て三日月の形に歪んだ。


 微笑んだ、のかもしれない。

 だが少なくともネオにとっては、そうは見えなかった。


 あれは、獲物を見つけた捕食者の目だった。



「──ネオ!」


「ッ……あ」


 肩を揺さぶられる衝撃に、意識が戻ってくる。クレニアが肩を掴んでいた。その思いがけず強い力に、動揺が治まっていく。


 今の映像は、一体。

 考える前に、クレニアの声がかかる。


「大丈夫? もう暗いし、無理についてこなくても……」


「いや」


 クレニアの言葉を食い気味に否定し、ネオは真っ直ぐ彼女を見つめる。


「俺も行く」


 正直なところ、まだ頭は鈍く痛んでいる。


 だがそれでも、今のクレニアを放っておくことはできないと思った。



少しでも続きが気になる、面白いと思っていただけたら評価等々してくださると嬉しいです。

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