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【完結】惚れ薬で暴走する幼馴染  作者: 橘つかさ


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8/8

08.エピローグ 効果切れ?

 夕焼けの差し込む保健室に、三角巾で頬に保冷剤を当てる遼介の姿があった。

 先ほどの葉月の往復ビンタで遼介の頬が風船のように腫れあがってしまったための処置。

 大型トラックに跳ね飛ばされてもケロッとしていた遼介に、ここまでのダメージを与えることが出来た葉月の攻撃力は、むしろ賞賛するべきかもしれない。


「遼介先輩……」


 瞳を潤ませ、声を振舞わせる郁美。

 心のそこから心配しているという気配がひしひしと伝わってくるだけでなくその姿は可憐で儚げだった。

 葉月はグッと来る何かがあった。


「んんー……ここはどこだ? 俺はなんで保健室にいるんだ?」

「遼す――」

「遼介先輩!」


 葉月の言葉を遮り、郁美が遼介に飛びつく。

 突然のことに、遼介は緊張から体を強張らせる。


「えーっと、すまないけど、ちょっと離れてもらえないか?」

「え? あ、はい。私なんてことを……」


 遼介の言葉に自分の行動を顧みた郁美は弾かれた様に彼から身を離す。

 見つめ合う二人の間に妙な空気が流れる。

 ピクピクと眉を動かしながら、二人のそばに立つ葉月。

 そして、先ほどまでと違う遼介の雰囲気――彼女の好きな遼介の雰囲気に、自然と鼓動が高鳴る。


「遼介、正気に戻れたかしら?」

「正気? 俺はいつでもどこでも正常だ。それよりなんだこれ。頬が冷たいし、邪魔だ」

「あ、バカ。外すんじゃないわよ」


 淡々とした声音で三角巾を外し始める遼介。

 葉月は慌ててそれを止めようとするが、遼介はサッサと三角巾を外して頬に当たっていた保冷剤を手に取る。

 そして、露になった遼介の頬を見て、葉月も郁美も息を飲む。


「へ? 嘘……」

「……す、すごいです」


 二人が同時に感嘆の言葉をこぼす。

 先ほどまでパンパンに腫れあがっていたはずの遼介の頬はいたって普通の状態に戻っていた。


「ふむふむ、やはり身体強化以外にも自然治癒能力も格段に上昇ておるようじゃな」

「っ! ドクトル! あんたどっから沸いて出てきたのよ!」

「失礼な。儂はちゃんとドアから入ってきたわい!」

「あー、とりあえず、でかい声出さないでくれ。なんか頭にガンガン響くから……。それにしても俺は今まで何やってたんだ……。自販機で変な液体を飲んだくらいから記憶が曖昧なんだけど……」

「やっぱり遼介、元に戻ったの?」

「元に? 葉月、何を言いたいのかさっぱりわからん」

「遼介先輩、わたしのことわかりますか?」


 今にも泣き出しそうな表情で郁美は訊ねる。

 異性に対して免疫の弱い遼介は得体の知れない圧力と罪悪感に脂汗を浮かべる。

 周囲に視線を向けてみるが現状を打開できそうにない。

 遼介はごくりと唾を飲み込むと意を決する。


「えっと、その……なんとなく顔は記憶にあるんだけど……葉月の知り合い……とか?」

「そ、そんな……わたしのこと……覚えていないんですか。あんなに、あんなに……」


 郁美は言葉を飲み込むと保健室から駆け出していった。

 頬を伝い落ちた涙が宙で輝く。

 声をかけるまもなく、遼介は愕然とした表情で彼女の出て行った保健室の入り口を見つめる。


「ふむ、どうやら惚れ薬の効果が切れたようじゃな。しかし、大変興味深いデータが取れたわい。惚れ薬の効果が切れると効果のあった期間の記憶を忘れるとは……。身体能力や自然治癒能力が強化されるだけでも驚いたというのに。さすが儂、世紀の天才科学者――ブベラッ!」


 とりあえず、葉月は形の良い足でドクトル・ペッパーの頭を蹴りぬく。

 ゴロゴロと転がり、壁にぶつかって動きを止めたドクトル・ペッパー。

 彼をほっといて葉月は遼介に今までのいきさつを話すことにした。


 ***


 がっくりと肩を落としてトボトボ歩く遼介。

 あの時飲んでしまった『惚れ薬・情熱の赤』で普段ならありえない行動をとった事。

 自分のことを本気で心配してくれた女の子を泣かせてしまった事。

 その罪悪感で今ここから消え去りたいと思うほどだった。


「はぁ、悪いことしちゃったな……」

「遼介のせいじゃないよ。惚れ薬なんか作った腐れ科学者が一番悪いのよ」

「でもさ、親しく話していた相手から『誰だっけ?』って言われたらショックだろ」

「そ、それは……」


 葉月は口ごもりながら脳内でシミュレーションしてみる。

 自分のことを「愛してる!」と叫ぶ遼介。「死んでもいい!」と思えるくらい幸せ。

 しかし、次の日になったら自分のことを愛してると言ってた記憶どころか顔も名前も覚えていない。

 そうなってしまったら自分はどうなるだろうか。

 少なくとも平然とはしていられない。

 記憶を取り戻す方法を必死に探すかもしれないが、動転してそれすら思いつかないかもしれない。

 もしかすると世を儚んで――

 そこまで考えて葉月は考えを追い出すように頭を振る。

 あまりにも激しく振ってしまったためクラクラと視界が揺れる。

 あの子、どこまで遼介を好きになったのかな。

 あの涙は本物だったと葉月は確信していた。

 それは恋する乙女だからわかることなのかもしれない。

 悶々と考えをめぐらせていた彼女だが、ふと立ち止まる。

 隣をとぼとぼ歩いていたはずの遼介の気配が無い。

 もしかしてあの子のところに行ったのだろうか?

 そうなった場合、私に停める権利は無い。

 焦燥が胸の内からあふれ出し、彼女は泣きそうになってしまう。


「遼介っ! ……って、そんなところにボーっとして。私、あの子のところに行ったんじゃないかと……遼介?」


 数メートル後で立ち尽くしていた遼介のそばに駆け寄った葉月が声をかけてみるが、彼は窓の外を眺めたまま反応しない。

 彼を軽く揺さぶってみるが反応なし。


「こ、これは……」

「これって何よ、遼介」


 葉月の脳裏によぎる考え。どこか赤く染まった遼介の頬。

 瞳は妙に潤み、わなわなと震え始める。


「ここで出会ったが三年目! 俺は貴方の虜さぁぁぁ!」


 両手を翼のように広げてそう独白する遼介。

 そして、猛然と走り始める。葉月は頬をひくひくと痙攣させながら先ほどまで彼が見つめていた方を見る。

 長い黒髪を結い上げた、良家のお嬢様と表現するのが似合いそうな三年生と思しき女子生徒が隣の校舎の廊下を歩いていた。


「好きだぁぁぁ! 愛してるぅぅぅ!」

「ちょ、待ちなさい遼介! ってかドクトル! 惚れ薬切れてないわよ!」


 陸上選手も真っ青な速度で遠ざかっていく遼介を追いかける葉月の絶叫が校舎に響き渡るのだった。


 後日、ドクトル・ペッパーから遼介が二重人格のような状態になっていると説明を受けること。

 ドクトル・ペッパーが惚れ薬の解毒剤を完成させるまで、葉月は遼介の奇行に振り回され続けるのだった。


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