4.ウーズの里
岸の抉れた坂を登ると、開けた場所に出た。川沿いはウーズ達の日向ぼっこ場になっているが、雪が吹き溜まって歩きにくい。
「ふぅ」
防寒着の雪を払うと、白い息が渦を巻いた。突風が雪を巻き上げる。目線の先、風を遮るように雪を被った茂みに違和感を覚えたその時。
≪キュ――≫鹿の警戒する鳴き声が空気を震わせた。
不意の侵入者に警告を与えているようでもあった。気を抜いて後退った一瞬のこと、ブーツが「ズボッ」と沈んだ。
『うぎゃ!』「うわ!?」
それは雪の下で寝ていたウーズだった。一面真っ白で気づかなかった。
「あ、ごめんなさい! 冬眠中だったのに」
『いやいや、気にしなくていいよ、おぞうさん』
茶色がかった毛の塊。致命的にモフモフだが、邪悪な予感がした。後ろを振り返ると茂みが密集していてウーズを跨がないと出れそうにない。荷物があるため大股は避けたかった。足元が不安定でふらついた拍子に幹に背嚢がぶつかった。
「キャ!」雪の塊が頭上に降って来た。20ポンド(10kg)以上はあるだろう。それが勢いをつけて天中に直撃したため、私は驚いて一歩踏み出してしまった。
『あ゛ーーーーーーーーっ!』
「え、あっ! ごめんなさい!」
『ぎもぢぃぃぃぃぃ!』
「うわ」
一部の雑草のように、踏まれると勢いづく性質があるらしい。ウーズも同じく変態なようだ。苔の塊は引き攣るように蠢き、足を離すと雪の上でぺたーっと広がった。
『ふー……ありがとう……。実に味わい深いグリグリだったよ』
「そうなんだ。よかったね」
『数か月ぶりの賢者モードです』
私は踵を岩の角でこそいだ。
『あ、また……そんな冷たい反応!』
「もう、行っていい?」
『おっと、ゲヘヘ。このまま行かせると思ってたのかい?』
まさかウーズが盗賊の真似を?
『真面目な話、この先へ行くのはやめた方がいいね』
助言らしい。踏んだからお礼だろうか。
「それは……どういう意味?」
『フラウって知ってる?』
「氷の精霊ね」
『流れ物のフラウが北から来て、冬眠中のトレントを起こして回ってるって聞いたよ』
「なんでそんなことを」
『さぁ、変わったフラウなのかもね』
精霊のことはよくわからないので、そういうものと森の住人に言うのならそういうことなのだろう。
『ふ、ふ、ふ、よかったら、ご案内しますよ!』
「――ン? ていうか、どうやって付いてくるつもりなの?」
『ふ、手抜かりはありません。心配ご無用です。щ(゜Д゜щ)カモーン 桑田さん!』ウーズがウニウニ動くと驚くべき変化が訪れた。
パキパキパキ――
『ぎゃぼ!』森が震え、雪塊がウーズの頭上に落ちた。ナイスー。
それは7フィート(2m)くらいのトレントだった。雪の茂みかと思ったのは、正座トレントだった。
『桑の木の樹人の桑田だ』
名乗りの通り人の形をした桑の木だった。枯れて根元から折れた枝が馬の顔のようになっていて、クジャクのように枯れ枝を背負っている。
「ちゃんと名前があるんだ。初めましてクワタさん、私イゼルダって言うの。よろしくね」
『こちらこそ、よろしく。イゼルダ』
「ところで、危険じゃないの? 付いてきていいの?」
復活した図々しいウーズがしれっと割って入ってくる。
『寒さには強いのですよ。それに、もう起きてますしね。きっとフラウの通った跡は賑やかでしょう』
「私がその危険な森に入る理由は聞かないの?」
『森の意思が判断することですな』