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07.鬼がいる世界

「――へぇ、それじゃあ椛さんは、向こうの世界から来たんだね」

「はい。そうなんだと思います……」


 室内に入ると、玲生さんが私の膝の怪我を手当てしてくれた。

 でもここはまるで一昔前の、時代劇で見るような古い建物なのね……。


「まさか、向こうの世界に姫巫女様の血を継ぐ者がいたとはね」


 玲生さんのとても優しい手つきと口調のおかげで少し落ち着いてきた私は、自分に起こった状況を整理しながら二人に話した。


「私は、友人と二人でこちらに来てしまったんです。宗太っていうんですけど、彼とははぐれてしまって……」

「はぐれた? 俺が見つけたときは一人だっただろう?」

「……実はあの前に、とても恐ろしい女の人に襲われて」


 今思い出すだけでも鳥肌が立つ。

 とても恐ろしい出来事だったけど……宗ちゃんは無事だろうか。


「女? それはどんな奴だ?」

「えっと……すごく綺麗な黒髪の女性。でも鋭い牙が生えていて、明らかに人ではなくて……」

「そいつはたぶん、女郎蜘蛛だよ」

「…………蜘蛛?」


 私の足に残っていたらしい、白いねばねばした糸のようなものを見て、玲生さんが言った言葉に、冷やっとしたものが背中を伝う。


 あのとき私を襲おうとした女の顔を思い出す。

 美しかった顔は、口を開いた瞬間とても恐ろしい形相に変わった。


「一緒に男がいなかった? 派手な着物を着た男」

「いいえ……女性一人でした」

「……そうか」

「……?」


 玲生さんと銀夜が、深刻そうな面持ちで目を合わせた。


「あの……、何か」

「女郎蜘蛛を従えているのは、鬼なんだ」

「えっ」


 言いにくそうにしている玲生さんに代わって、銀夜が口を開いた。


「鬼って……でも鬼は、ずっと昔に姫巫女様と山神様が封印したんじゃ……!」

「ああ、確かにそうだ。だが、あれから三百年以上経っている。山神の死後、祠に封印されていた鬼は復活した。今はまだ復活したばかりで完全に力は戻っていないが、それも取り戻しつつある」

「そんな……」

「安心しろ。この宝玉があれば、奴はそう簡単に俺たちに手出しできない」


 そう言いながら、銀夜は腰に差している刀の柄を私に見せた。


「……綺麗」


 そこには、白く輝く丸い石が埋め込まれていた。


「この宝玉には、姫巫女の力が宿っている。だが、力を宿したのも三百年以上前の話。徐々に弱まってきているのは確かだ」

「……」


 鬼は悪しきあやかし。人を襲い、喰べる。

 きっと他のあやかしのことだって――。


「今はまだ完全復活していないが……いずれ必ずおまえを狙ってくるはずだ」

「え……?」

「女郎蜘蛛は俺ほど鼻が利くわけじゃないから、おまえが姫巫女だとすぐには気づかなかったんだろう。だが鬼に話が伝われば、放っておくとは思えない」

「それじゃあ、このまま気づかれずに向こうの世界へ帰れたら……!」

「……帰れたら、な」


 銀夜は、溜め息をつきながら「まぁ、帰す気はないが」と呟いた。


「か、帰ります……! 私は向こうの世界の人間です! おばあちゃんだってきっと心配しているし……!」

「どうやって帰るつもりだ? だいたい、山犬の縄張り(ここ)を出たら、一瞬で喰われるぞ」

「た、喰べられる……⁉」

「この辺りには獣も多い。人間は近づかない山だ。それに俺たち山犬と違って、中には狼のような野蛮なあやかしもいる。俺が見つけていなければ、おまえは間違いなく喰われていた」

「狼……」


 やっぱり、あれは狼だったのね……。

 私、銀夜に助けてもらえなかったら、喰べられていたの……!?


 銀夜の言葉に、もう一度先ほどの獣と、蜘蛛女の形相を思い出す。

 どちらも鋭い牙と、恐ろしい雰囲気を持っていた。

 人間には敵わない相手だと、対面しただけでわかった。


 思い出すだけで、ぞくりと寒気が走る。


「帰る方法があるのなら、椛さんにとってはそうするのが一番安全かもね。でもやがて力を取り戻した鬼は、再び椛さんたちが暮らす世界にも手を出すよ」

「え……?」


 銀夜に代わって、玲生さんが穏やかな口調で言った。


「人間の世界に姫巫女様の血を受け継ぐ者がいた。だとすれば、再び二つの世界を繫ぎ、あなたを手に入れようとするはずだ」

「……どうして」


 その口調は優しいけれど、言っていることはとても恐ろしい。


「姫巫女様は、あやかしにとって特別な存在。結ばれれば、とても強大な力を手にすることができると言われている。過去、山神様がそうだったからね」

「……」

「そう、だから椛は俺の花嫁にするんだ」


 玲生さんの言葉に続くように、銀夜が言った。


 私と結ばれれば、銀夜は山神様になれるのね。

 だから私を花嫁にすると言ったのか……。


「それじゃあ、もう一度鬼を封印しなければ、私が帰った後、向こうの世界で暮らす人たちが危ないということですか?」

「うん、残念だけど」

「そんな……」


 玲生さんが肯定した言葉に、祖母の笑った顔が浮かぶ。


「大丈夫だって。俺とおまえが結ばれれば済む話だ! それでもう一度宝玉に力を宿して、さっさと鬼を封印すればいい」

「そんなこと言われても……」


 銀夜はとても簡単なことのように言うけれど、私にそんな力があるとは思えない。

 あったとしても、どうやるのかわからないし……。


「それより宗ちゃん……友達を捜したいんですけど、どうすればいいでしょうか?」


 話が逸れてしまったけれど、まずは宗ちゃんと合流したい。

 彼は無事だろうか……。

 そう思って玲生さんに聞いた質問に、二人は顔を見合わせた。


「女郎蜘蛛に捕まったのだとしたら、かわいそうだがその友人は、もう……」

「え……」


 神妙な面持ちで、玲生さんが答える。


「鬼は餓えている……少しでも力をつけるために、おそらく」

「そんな……!」


 玲生さんの口から語られた言葉に、血の気が引いていくのを感じる。


 私のせいだ。宗ちゃんは、私を逃がすために囮になってくれた……。


「宗ちゃん……、そんな……っ」


 この世界に来て初めて、涙が頰を伝った。


「手当ては終わったよ。今日はゆっくり休むといい」

「宗ちゃん……うそ……宗ちゃ……っ」

「とにかく、椛は俺の花嫁にする。いいだろ? 玲生」

「俺はいいけど……ちゃんと椛さんにも聞いてね?」

「…………っ」


 銀夜と玲生さんのそんな会話が聞こえてきたけれど、今の私はそれどころではなかった。



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