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05.山犬に喰べられる……?

「はぁ、はぁ……っはぁ、」


 息の仕方もよくわからなくなるくらい苦しくなって、足がもつれて。


「……あっ!」


 どうやら追っ手はないようだけど、それでも無我夢中で走り続けて、とうとう私は転んでしまった。


「……っ、いったぁ……」


 すぐに身体を起こすけど、立ち上がることができない。

 トレッキングパンツが破れて、膝から血が出ている。

 それに全身が大きく脈打っていて、震えていて、もう一歩も歩けそうにない。


「宗ちゃんは、無事かな……」


 さっきのは、なに?

 あれは現実?

 あの女性、人間じゃなかった……。


 何度も聞いてきた、祖母の言葉を思い出す。


〝その昔、この地にはあやかしと呼ばれる人ならざる者が暮らしていた――〟


「……まさか」


 あれは、祖母が言っていた、あやかし……?

 でもどうして突然……そもそもここはどこ?

 私たちが遊んでいた裏山ではない……。


「まさか、〝あやかしの世界〟に来ちゃったってこと……?」


〝ヴ~〟


「!」


 そんなあり得ない(・・・・・)ことを考えた直後、獣が唸る声が聞こえた。

 はっとして振り返ると、そこには数匹の黒い動物の姿。


 鋭い牙を剥き出して、恐ろしい顔でこちらの様子を伺っている。


 犬じゃない……、犬とは明らかに違う。

 ……これは、狼?

 でも、まさか日本に狼なんて――!


「……もしかして私、死ぬの?」


 そう直感して、立ち上がれないままゆっくり後退りした、そのとき。


〝ぱくんっ〟


「……えっ?」


 そんな音が聞こえたかと思うほど、横からやってきた〝なにか〟に、私は見事に食べられた。


 ……いや、正確には食べられたのではなく、咥えられただけみたいだけど。


「こ、今度はなに……!?」

「……」

「犬!?」


 ……狼よりもっと大きくて、白い、犬に見える。


 と、とにかく喰べられる……!!


 そう思って身体に力を入れたけど、どうやら一飲みにされることはないらしい。

 大きな犬は、私を咥えたままどこかに向かって走り出した。


「助けて……! 離して……!!」

「……」


 それでも私は逃げ出そうと暴れてみるけれど、駄目。

 私を咥えたまま、犬は速度を上げて走っていくだけ。


 もう、恐怖と混乱で意識を手放してしまいそう。

 でも、しっかりと咥えられているけれど、不思議と痛くはない。

 この犬、私を噛み殺す気はない……?


 それにしても、本当にここはどこなの?


 ものすごい速さでどこかに走っていく大きな犬に咥えられながら、私はポケットに入れたままになっていた勾玉のお守りを握りしめた。




     *




 やがて石段を上っていったと思ったら、私を咥えていた犬は古い日本家屋の縁側で、ぺっと吐き出すように私を解放した。


「…………」


 ここはどこ……?


 庭には、同じような大きくて白い犬が数匹いる。


 そうか、ここは彼らの巣なんだ。

 巣に持ち帰って、ゆっくり私を喰べる気だったのね……!?


〝おすわり〟をしてじっと私を見つめている、先ほどの犬。


 他の犬は真っ白だけど、彼だけは白銀色の、美しい毛色をしている。


 ……そんなことはどうでもいいけど。


「あなた、私を喰べるの……?」


〝べろん〟


「ひゃっ!?」


 警戒しつつも問いかけたら、答える代わりに血が出ていた膝を舐められた。


 ああ、やっぱり喰べる気ね……!?


「わ、私を喰べたって、美味しくないわよ……!!」

「……」

「もし私を喰べたら、あなたのお腹の中で大暴れしてやるんだから……!!」

「……」


 近くに武器になりそうなものは何もないけれど、私は最後まで抵抗することを決めて、そう叫んだ。


「……くぅん」

「え?」


 すると、ぴんっと立てていた耳をしゅんと下げ、犬はなぜか悲しそうに鳴いた。


 あれ? 意外と、可愛い……?


 そう思って警戒を少しだけ解いてしまった、次の瞬間。


〝どろん――〟


「……!」


 今度は、白い煙のようなものが犬を覆って、思わずぎゅっと目を閉じる。



「おまえを喰う気はない」



「……え?」


 そして聞こえた男性の声に、驚いた私は目を開いた。


 煙が消えてその場に現れたのは、先ほどの犬と同じ白銀色の美しい髪に、犬耳としっぽ、そして透き通るような美しい青い目の長身の男性。


「え……、え……?」


 その髪色によく合う白っぽい着物は、漫画やゲームで見るような、少し変わったデザインだし、腰には刀が差してある。


「おまえ、名前は?」

「……も、椛」


 その風貌があまりにも堂々としていて、先ほどの犬の姿とギャップがありすぎて。

 思わず名前を答えてしまった。



「俺は銀夜。おまえを俺の嫁にする」



「……え?」

「椛、おまえは俺の花嫁だ」


 私はまだとても混乱しているのに。

 彼は、はっきりと、堂々とそう告げた。とても自信に満ちた表情で、満足げに。


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