41.今度は絶対
さすがは、最強種といわれている鬼――。
女郎蜘蛛のときのように、完全にその存在を消滅することはできなかった。
けれど黒鬼丸を包み込んだ赤と白銀の光は、彼を祠に運び、その身体を縛りつけた。
「また、俺はおまえをこの手にできなかったのか……」
最後にそう呟いた黒鬼丸は、静かに目を閉じ、眠るように脱力し、無になった。
シン――と、した静寂が辺りに広がっていく。
まるで何事もなかったかのように、ざわざわと風に揺られた真っ赤なもみじの葉が舞い、世界は動いている。
「これで、また数百年は眠ってくれるのね」
「ああ」
でも、またいつかこの封印も解かれてしまうのかしら。
三百年以上前のあの日。
もみじは人間の世界に残り、ぎんは黒鬼丸を連れてあやかしの世界に行った。
そして、二度と二つの世界が繋がらないよう、互いの世界の封印を守ってきた。
ぎんは山神様となり、鬼をも凌ぐその偉大な力で。
そして私は、お腹の中にいたぎんとの子にその力を引き継がせ、代々封印を守らせてきた。
母も、祖母も、そのずっと前の祖先たちも。人間の世界で封印を守ってきたのだ。
けれどやはり、人間の世界からでは封印を守りきることはできないということだろうか。
人間の血が濃くなれば、その分力は薄くなってしまうのだろうし。
山神様とはいえ、山犬であるぎんも、銀夜も、黒鬼丸より先に寿命が尽きてしまう。
だからもしまた鬼が封印を解いたら――再び人間の世界に危険が及ぶかもしれない――?
*
その後、姫巫女の祈りで玲生さんたちの傷はすぐに回復した。
銀夜もすぐにいつも通りの姿に戻ったけれど、翌日になっても内に秘めたる妖力の強さが増しているのがわかった。
やはり銀夜は、鬼以上の力――山神様ほどの力を手に入れたということだ。
「――きっと、この勾玉の力を使えば元の世界に戻ることができると思う」
「そうだね。また数百年後にどうなるかわからないが、それまでの間に俺たちも力を付けておく。だから椛さんたちは安心して元の世界に戻って」
私の言葉に、玲生さんが同意した。
代々姫巫女の家系で宝具として大切にされてきたこの二つの勾玉があれば、またいつでも二つの世界を繋ぐことができるだろう。
けれど、それは二度と起こしてはならない。
「椛……愛琉、宗太……、人間の世界に帰るのか?」
朝食の後、裏庭に出た私たちに、黄太君が寂しそうな視線を向けてもう一度それを確認してきた。
「黄太君、鬼から私のことを守ってくれてありがとう、格好よかったよ!」
「あ、当たり前だろう! おれは妖狐だからな!」
愛琉がそう言って黄太君に視線を合わせて屈み、彼の頭を撫でる。
黄太君は大きな瞳に涙を浮かべつつも、強がるように腕を組んだ。
「それじゃあ、そろそろ行こうか、椛。きっとおばあちゃんもとても心配しているね」
「……そうね」
宗ちゃんの言葉に、私は小さく頷く。
確かに、おばあちゃんは誰よりも心配しているはず。
でも、きっとわかってくれる。
ずっとあの地で、封印を守ってきたおばあちゃんなら、きっと――。
「椛、やっぱり行くのか?」
「銀夜……」
銀夜は、山神様になれた。
黒鬼丸も封印したし、仇は討った。
彼の目的は果たされたから、もう私がいなくてもいいのかもしれない。
けれど――。
「愛琉、宗ちゃんとおばあちゃんのこと、お願いね?」
「え……?」
「おばあちゃんの言うことをよく聞いて、好き嫌いもなるべくなくそうね」
「お姉ちゃん、まさか帰らないつもり?」
「……うん」
「!!」
愛琉の言葉に静かに頷くと、みんなは驚いたように目を見張った。
「どうして……っ、せっかく、お姉ちゃんと仲良くできたのに……っ! これから一緒に買い物に行ったり、カラオケしたり……、色んなことして遊ぼうと……っ」
途端にうるうると瞳に涙を浮かべて泣き始めてしまった愛琉だけど、彼女はもう大丈夫。
「今までお姉ちゃんらしいことをしてあげられなくてごめんね? でも私はこれからも、こっちの世界から封印を守る」
「私のほうこそ……っ、我儘ばっかり言って……、ごめんなさい、お姉ちゃん……っ!」
うわーんと、ついに声を上げながら泣いてしまった愛琉だけど、それを宗ちゃんがそっとなだめた。
「愛琉ちゃん、椛も悩んで決めたことだと思うよ……だから、わかってあげよう」
「だって……、私はまた一人ぼっちになっちゃう……っ!!」
「大丈夫、愛琉ちゃんは一人じゃない。おばあちゃんがいるよ。それに、僕だって」
「……宗太君」
宗ちゃんは、私が残ることを予想していたのかもしれない。
「宗ちゃん、愛琉のことお願いね」
「うん、安心していいよ」
「ありがとう。愛琉、あなたは向こうの世界から、封印を守ってくれる?」
「え……っ?」
ひっくひっくと、まだしゃくり上げている愛琉だけど、宗ちゃんの言葉に落ち着きを取り戻してきている。
だから、彼女に私から最後のお願いをする。
「二つの世界が二度と繋がらないように。愛琉、お願いできるよね?」
「そんなの、私には無理だよ……!」
「今のあなたなら大丈夫。あなたにも私と同じ血が流れているのだから」
「でも……っ」
「愛琉、お願い」
愛琉は恐怖に打ち勝って、私に勾玉を渡してくれた。
鬼を目の前にしてとても怖かったはずなのに。
あのときの愛琉はとても勇敢だった。
向こうにはおばあちゃんもいるし、こっちからは私が絶対に封印を守ってみせる。
だからきっと大丈夫。
「……お姉ちゃんっ」
「泣かないで?」
子供みたいに、またぽろぽろと涙を流し始めた愛琉を抱きしめると、彼女もぎゅっと抱きついてきた。
愛琉は、母親の愛情を知らずに育ってしまったけど……根は悪い子じゃない。
「わかった……、私頑張る……っ」
「ありがとう……おばあちゃんによろしくね」
「うん……っ、任せて!」
ずずっと鼻をすすりながらも、顔を上げてまっすぐ私の目を見て頷いてくれた愛琉に、彼女なら大丈夫だと確信する。
「銀夜さん、椛のこと、よろしくお願いします」
「あ、ああ……、もちろんだ」
宗ちゃんに言われてはっとした銀夜だけど、私が残ると聞いて、この中で一番驚いているのは銀夜のようだ。
「それじゃあ、世界を繋ぐよ?」
「うん……っ」
「お願い、椛」
二人に確認して、私は二つの勾玉を握り、唱えた。
「光の加護よ、我が呼びかけに応え、世界を繋ぐ道を拓け――!」
その途端、ぱぁ――っと辺りを目映い光が包み込み、ぶわっと突風が吹いた。
辺り一面に立つもみじの木から、赤い葉がまるで妖術のように舞い踊る。
「……行ったようだな」
「うん……」
もみじの葉が落ち着くと、そこに二人の姿はなかった。
きっと無事、元の世界に戻れているはず。
「――椛、おまえは帰らなくて本当によかったのか?」
先に屋敷へ戻っていった玲生さんと黄太君を見送ってからも、私と銀夜はしばらく紅葉したもみじを眺めていた。
「約束したじゃない」
「?」
ふと問われた質問に、私は銀夜に寄り添いながら、笑って答える。
「今度は絶対離れないって」
そうしたら、銀夜も嬉しそうに微笑んで私を抱きしめてくれた。
「そうだな。約束だ」
風が吹く度舞い散るもみじの葉の中で、私たちは世界を超えて今度こそ離れないよう、堅く堅く、愛を結んだ。
最後までお読みくださいましてありがとうございます!
和風ファンタジーあやかしもの、初めて長編で書いてみました。
なろうでは読んでもらうのが難しいジャンルで、私としては本当に新しい挑戦となりましたが、趣味全開で楽しく執筆させていただきました!(*´ω`*)
面白かったよ!お疲れ様!おめでとう!!
などと思っていただけましたら、ぜひぜひ祝福の評価☆☆☆☆☆を押していただけますと泣いて喜びます!!( ;ᵕ;)(ページ下の方にいくとあります!)
ブックマークや作家お気に入り登録などもしていただけると本当に嬉しいです(*´˘`*)
また少ししたら新作なども書いていきたいと思っておりますので、これからもよろしくお願いいたしますm(*_ _)m