36.鬼、襲来
翌日、私の力が完全に覚醒し、銀夜も大きな力を得たであろうことを玲生さんたちに報告した。
「きっと今の私たちなら、黒鬼丸を封印できると思う」
「では、どのように黒鬼丸を封印するか、作戦を立てよう。奴の力がどれほど戻っているかはわからない」
それを聞いた玲生さんは冷静に言葉を紡ぐ。
愛琉と宗ちゃんは恐怖を隠せずにいるけれど、私と銀夜で黒鬼丸がいる住処を攻めるのが、みんなを危険な目に遭わせない方法だろう。
「油断はできないぞ」
「はい」
玲生さんの真剣な声色にごくりと息を呑み、そのときが近いことを覚悟した私たちだったけど――。
「!」
突然、銀夜がなにかを感じ取ったように大きく反応して、立ち上がった。
「……銀夜? どうしたの?」
「まずいぞ」
「銀夜、どこに行くの――」
走り出した銀夜を追って、玲生さんとともに私も裏口から外へ出る。
屋敷裏のもみじの木の場所で足を止めた銀夜の前にいたのは、あの男――黒鬼丸だった。
「迎えに来たぞ、椛」
「……!」
余裕に笑みを浮かべている男を前に、ひやりと冷たい汗が背中を伝う。
以前と、あきらかに何かが違う。
黒いオーラのような妖力が鬼の周りに見える気がする。
対峙して、私にもわかった。
銀夜は最初からわかっていたようだけど、黒鬼丸も力を取り戻し、覚醒したのだと――。
「やっとおまえをこの手にできるときがきた」
「……私は、あなたのもとには行かない」
「ふふ……はは、ははははは――!」
女郎蜘蛛をやられて、怒っていると思ったのに。
彼は高らかに笑った。
「何がおかしいの? 私はあなたの仲間を祓ったのよ。あなたのことだって……!」
「あいつはそんなに使える奴ではなかったが、最後に俺の力を覚醒させる手助けだけはしてくれた」
「え……?」
覚醒する手助け?
あのとき黒鬼丸の姿はなかったし、そんな心当たりはない。
けれど顔をしかめる私を見て、黒鬼丸はにやりと口角を上げた。
「おまえの力が覚醒したのを感じて動いてみたら、いいものを見つけた」
「……いいもの?」
「あいつの簪だ。おまえの血が付着していた」
「……!」
まさか、その血を摂取して……!?
「少量でもものすごい力がみなぎってきたぞ、椛。おまえを喰らったらどれほどの力が手に入るのだろうな」
「……」
「だが安心しろ。俺はおまえを喰わない。俺はただ、おまえが欲しいのだから」
ゾクリと寒気がする。
この男は前世からそうだった。
自分勝手で、強欲で。
「三百年以上経っているというのに、あなたは見た目も中身も全然変わっていないのね」
「椛……おまえも力に目覚めたのだろう? 俺のことを思い出したか?」
「……そうよ」
「そうか、思い出したか!!」
黒鬼丸は歓喜に目を見開き、じり、と一歩こちらに歩み寄る。
けれど私のすぐ前には銀夜がいて、黒鬼丸から私を守るように立ちはだかっている。
「俺はおまえのことがずっと好きだった……今もその気持ちは変わっていない。こうしてまた会えたのも運命だ。今度こそ俺のものになれ」
まっすぐに私だけを見て、三百年以上前と同じようなことを口にする黒鬼丸。
けれどその告白にはまったくときめかない。
〝彼のことが好きじゃない〟
理由はそれだけではない。
この男は今も昔も自分のことだけを考えているのだ。
私のことが好きだというのも、私が姫巫女だからだ。
黒鬼丸は私のことを愛してなどいない。
単に私の力が欲しいだけ。
ただ、彼は姫巫女に異常なほど執着している。
「さぁ椛、俺と一緒に――」
「嫌!! 私は銀夜のことが好き。だからあなたのような男のものにはならない!」
いつまでもわかってくれない黒鬼丸に、はっきりと言い切った。
怖いけど、その黄色く光る瞳をまっすぐに見つめて、はっきりと。
「銀夜……? ああ、この犬ころか」
「そうよ。私はいつの時代もあなたのものにはならない!!」
「……目障りな犬ころが、また俺の邪魔をするのか」
今度は銀夜に鋭い視線を向けた黒鬼丸は、ギリ、と奥歯を噛んだ。
尖った歯が露になる。
「聞いただろう。いい加減諦めろ」
「貴様のような子犬になにがわかる」
「わかっていないのはおまえだ、黒鬼丸。おまえには大切な存在がいない。だからわからないんだ」
「……」
けれど、次の銀夜の言葉を聞いて、黒鬼丸は顔をしかめた。
「……ああ、そうか。貴様はあの男の生まれ代わりか」
「そうだ」
ようやくそのことに気がついた黒鬼丸は、もう一度にやりと口角を上げると、高らかに笑った。
「くくく……ふは、はーっはっはっは――ッ、そうか……ぎん。今度こそ貴様をこの手で葬れるのか」
じり、と一歩ずつ近づいてくる黒鬼丸に、私の膝は震えそうになるけれど、深く息を吐いて呼吸を整えると、強い気持ちで前を向いた。
「あなたは私たちが封印する」
「できるものなら、やってみろ」
黄色の瞳をぎらりと光らせ小さく笑うと、黒鬼丸が素早く動いた。
「……っ!」
「遅いな」
咄嗟に銀夜は刀を抜いて構えたけれど、黒鬼丸も目にも留まらぬ速さで刀を抜いていた。
「銀夜……!」
黒鬼丸の力強い一撃に、銀夜の身体が押される。
鬼はあやかしの中で最強種。
姫巫女の力を以てしても、女郎蜘蛛のときのように朽ちさせることはできない。
だから弱らせて封印するしか、術はない。
「おまえに椛をやってたまるか!!」
「貴様には椛がいなければなにもできまい。俺よりも弱いのだから、邪魔をするな、ぎん……ッ!!」
黒鬼丸から放たれた黒い炎が、銀夜の身体を吹き飛ばす。
「ぐっ――!」
「銀夜……!!」
「さぁ椛、邪魔者はいなくなったぞ」
「……!!」
「させるか――!」
私に手を伸ばした黒鬼丸だけど、油断したその一瞬の隙を逃さず、〝妖狐〟の姿を見せた玲生さんが、黒鬼丸に向けて黄色い炎を放った。




