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14.彼なりの優しさ

 こっちの世界に来て、数日が経った。

 私を助けてくれた山犬のあやかし、銀夜が住処にしている古い日本家屋のようなこの屋敷で、私はお世話になっている。


 こっちの世界に来てすぐの頃は不安でたまらなかったけど、この生活にも少しだけ慣れてきた。

 本当に私が姫巫女様の血を受け継いでいて、その力が使えるのなら――。

 祖母や他の人たちのためにも、鬼を封印しなければ。


 そして早く宗ちゃんのことを捜しに行きたい。


 きっと私のようになんとか逃げ延びて、どこかで生きてくれている。


 そう信じて、一刻も早く姫巫女様の力に目覚められるよう、玲生さんや銀夜と試行錯誤を繰り返した。


 銀夜のことは嫌いじゃないけど、結ばれるというのはやっぱりまだ受け入れられないから……。


 とにかく力が目覚めないかと、妖力の使い方を聞いてみたり、あやかしや山神様、鬼に関する話を聞いたりした。


 母も祖母も、あやかしと結ばれたわけではないと思う。

 それでも封印の力があったのなら、私にだってできるはず。



「――でも、一向に目覚める気がしない……」


 祖母や母は、どうやってその力が使えるようになったのだろうか。ちゃんと聞いておけばよかった……。


 そういえば母が亡くなったとき――私が小学校を卒業した頃にも、祖母が私に「大切な話がある」と言ったことがあった。


 父が迎えに来て、結局その話は聞けなかったのよね。

 でもきっと、祖母はあのときには既に私に話す気だったんだと思う。


「今更言っても仕方ないか……。とにかく、自分でなんとかしなくちゃ!」


 祖母からもらった勾玉だけが頼りの私は、日々それを握りしめては心の中で「力よ目覚めろ力よ目覚めろ……」と唱えてみたりもしている。



 そして、ここにただで住まわせてもらっている私は、せめて何か役に立てればと、洗濯や掃除、料理を手伝わせてもらっている。


 この日も洗濯を終えて、一息つこうとしていたときだった。



「――椛! 喜べ、今日はご馳走だぞ!」

「銀夜、おかえり……って、何それ!?」


 夕食の狩りに出ていたらしい銀夜は、大きな猪を担いで帰ってきた。


「玲生、今夜は猪鍋にするぞ!」

「ああ……それはいいけど……」

「…………」

「なんだよ椛、そんな顔して。美味そうだろ? 素直に喜べよ!」


 はっはっはっ! と、誇らしげな顔で笑っている銀夜は、ドスン! と大きな音を立てて私の目の前に猪を置いた。


 こ、こんな大きな猪を軽々と……。それに、この猪はもう……。


「ご、ごめんなさい、私ちょっと……」

「? おい、椛!」


 猪と、目が合ったような気がする……。

 そんなわけないのはわかっているけれど。


 ふらつく足取りで、私は自室に戻った。


 わかってる……。食事とは、生き物の命をいただくこと。

 祖母にもずっと言われてきた。だから私は好き嫌いもないし、食材に感謝して日々の食事をとっている。


 ……のだけど。


 さすがに、狩ってきたばかりの大猪を目の当たりにするのは、免疫がなさすぎて、その場にいられなかった。


 銀夜はきっと、私が喜ぶと思っていたのでしょうけど……。ごめんなさい。


 そのままふらふらと自室に倒れ込んだ私は、このようなことで本当にうまくやっていけるのだろうかと、久しぶりにこの世界に不安を感じた。




「――椛さん、気分はどう?」

「玲生さん」


 そのまま部屋で休んでいたら、玲生さんが声をかけてくれた。


「先ほどはすみません、ちょっと驚いてしまって……」

「そうだよね。銀夜に悪気はないんだ、どうか許してやってほしい」

「それはもちろん……! 怒ったわけではありませんので!」

「よかった。夕食ができたんだけど、食べられそう?」

「はい、ありがとうごいます」


 玲生さんとともに居間に行くと、いい匂いが鼻腔をくすぐった。


「わぁ、美味しそう」

「さっきの猪を鍋にしたんだけど……、もしかして椛さん、猪が苦手だった?」

「いいえ、そういうわけではありません」


 あまり食べる機会はなかったけど。


「それじゃあ、どうぞ」

「ありがとうございます」


 お椀からは、お味噌のいい香りがする。

 前から思っていたけど、玲生さんはお料理がとても上手。


「……あれ? 銀夜は……」


 黄太君は既にお椀を抱えてがつがつと猪鍋を食べているけれど、銀夜がいない。


「うん、もうすぐ帰ってくると思うけど……あ、ほら、帰ってきた」

「?」


 またどこかに行っていたらしい銀夜だけど、玲生さんがそう言った直後、勢いよく襖が開けられた。


「椛、これ……!」

「銀夜……その格好、どうしたの?」


 勢いよく入ってきた銀夜に一瞬圧倒されて言葉を詰まらせた私は、彼の髪や着物に土汚れがついていることに驚いた。


「……そんなことより、これ」

「えっ?」


 なんだかぼろぼろな銀夜だけど、ぐっと差し出された右手に握られていたのは、赤くて小さな――。


「……もみじの花?」

「ああ」

「私に?」

「そうだ」

「……」


 どうして、もみじの花なんて……。


 正直、もみじの花は人に贈るような華やかなものではない。

 私は自分と同じ名前だからその存在を知っているけれど、もみじが花を咲かせることを知らない人も多いような気がする。


 だから戸惑っていると、銀夜は私の手を取ってその花を握らせた。まだ青い葉もついている。


「おまえにやる」

「……?」

「人間は花が好きなんだろ? これはおまえと同じ名前の花だ。小さくて地味だが、健気な花だ。まだあまり咲いてなかったから、探していたら遅くなってしまったが……」

「!」


 最後のほうは、ぼそぼそと呟くように言っていたけれど、彼の言いたいことがなんとなくわかった。


「この花を私にくれるために、わざわざ探してきてくれたの……?」

「さっきは驚かせて悪かった」


 私から目を逸らして、照れくさそうに謝罪を口にする銀夜。


「ううん、ありがとう」

「やっと笑ったな」

「え?」

「俺はその顔が見たかったんだ。これくらいで喜ぶなら、またいくらでも取ってきてやる」

「銀夜……」


 そういえば、こっちの世界に来てから銀夜の前で笑っていなかったかもしれない。 

 笑っている場合ではなかったのもあるけど、なんだか気持ちが軽くなったような気がする。


「汚れてる……」

「え?」


 そんなことを考えながら、彼の髪についた土汚れを払おうと、背伸びをして手を伸ばした。

 すると、私の指先が彼の可愛らしい犬耳に触れてしまった。


 途端、ピクリと身体を揺らす銀夜。


「あ、ごめん、汚れを払おうと……」

「いや、いいんだ。……それより腹が減ったな。食事にしよう」

「……うん」


 ほんのりと頰を赤く染めたように見えた銀夜は、そう言って黄太君の隣に座った。


 猪鍋を前に、ふぁさふぁさとしっぽを振っている姿が、可愛い。


「おまえ汚いぞ。ちゃんと汚れを落としてから来い」

「そんなことしてたらおまえが全部食ってしまうだろう?」

「まぁな」

「やっぱり」

「たくさんあるから、慌てなくても大丈夫だよ、銀夜。さぁ、椛さんも」

「はい……!」



〝――もみじの花はね、小さくて地味かもしれないけど、太陽に向かって一生懸命花を咲かせる、とても美しい花なのよ〟



 昔、母がそう教えてくれた、もみじの花。


 まさかこの世界で、もう一度それ(・・)を教えてもらえるなんて。



 銀夜は私を笑顔にするために、あんなにぼろぼろになってまでもみじの花を探しにいってくれたのね。


 彼の優しさに、またひとつ胸があたたかくなったような気がした。


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