新たな悪夢
1943年8月6日、アメリカ合衆国首都ワシントンDCのホワイトハウスではルーズベルト大統領が葉巻を吸いながら、窓の外を眺めていた。あいにくの雨空であり、その暗い空はアメリカ合衆国の将来を表しているように、ルーズベルト大統領は感じた。
猛将と言われるパットン中将に第1機甲軍団を任せて、北アフリカに送り出したが大日本帝国海軍連合艦隊て連合軍地上兵力に、パットン中将は降伏してしまったのである。陸軍マーシャル参謀総長が慌ててその日の内に報告に訪れたが、ルーズベルト大統領は最初は信じられなかった。だが1943年8月4日付けのイタリア王国での新聞が昨日ルーズベルト大統領に渡され、それを見たルーズベルト大統領は現実を受け入れるしか無かった。
そのイタリア王国の新聞の一面には降伏文書調印を終え握手を交わす、モントゴメリー大将とパットン中将の写真が大きく掲載されていた。モントゴメリー大将は満面の笑みで、パットン中将は口を真一文字にして何とか平静を装っている、そんな勝者と敗者の対比のような写真だった。
これによりアメリカ合衆国は海外での作戦展開が消滅した事になった。そして更に追い打ちをかけるように、海軍クイーン作戦部長が西海岸と東海岸それぞれで航行していた輸送船が、雷撃を受けて沈没したと報告して来た。それは即ち大日本帝国海軍連合艦隊が通商破壊戦を仕掛けて来た証しだった。
アメリカ合衆国はその広大な領土に各種資源が存在する為に、その通商破壊戦で資源供給が絶たれる訳では無い。だが問題なのはフランス共和国とオランダ王国に対する、軍事援助だった。海軍クイーン作戦部長は、太平洋艦隊と大西洋艦隊の総力をあげて通商破壊戦に対抗すると力説していたが、大日本帝国のように専門の対潜護衛部隊を保有していない為に、何処まで出来るか不明だった。
だが何としても大日本帝国海軍連合艦隊の通商破壊戦を阻止しなければ、フランス共和国とオランダ王国への軍事援助が出来ず両国は苦戦する事になり、アメリカ合衆国も孤立してしまうのである。しかし大日本帝国海軍連合艦隊の通商破壊戦を封じ込めると確証出来る人物は誰もいなかった。
海軍クイーン作戦部長は全力で取り組むと言ったが、それは謂わば決意表明であり必勝を期するとは断言していなかった。その為にルーズベルト大統領は、今後の作戦展開に大きな不安を感じていたのだ。だが自国の軍隊を信用しない訳にはいかず、その心境とアメリカ合衆国の未来がこの雨空に現れていた。




