北アフリカ平定戦3
パットン中将の要請した陸軍航空軍は戦闘機はP-51マスタングを、対地攻撃として攻撃機のA-26インベーダーを投入した。両機種共に陸軍航空軍が満を持して開発した新型機であった。
P-51マスタングは形状としては機首にV型エンジンを搭載した単発機であり、主翼は低翼配置、尾翼は⊥型という当時の戦闘機で主流の設計であった。翼型やラジエーターの配置に工夫が施されたが、1940年に初飛行した初期型は凡庸な性能に加え、諸事情により短期間の設計であったため複数の問題も抱えていた。だがフランス共和国とオランダ王国が大英帝国本土を占領した事から事情は大きく変わった。
それは大英帝国の各種企業を接収したからである。確かに大日本帝国が大英帝国政府の要請を受けて、大規模な脱出作戦を行い科学者・技術者を脱出させていた。更には各種技術データや試作品も全て持ち出す事もしていた。だがいつの時代にも裏切り者は存在する。その裏切り者はロールスロイス社の人間であり、開発していたマーリンエンジンを実物と設計図を手土産にフランス共和国に投降したのだ。
フランス共和国はその手土産に歓喜した。しかも裏切り者はロールスロイス社の人間だけでは無く、様々な分野に及んでいた。当然ながら大英帝国もMI5やMI6、憲兵隊により裏切り者は逮捕や抹殺を行ったが明確に『脱出』というタイムリミットがあった。その為に裏切り者は全て阻止出来ずに、技術は流出する事になってしまったのである。
こうしてロールスロイス社のマーリンエンジンはフランス共和国とオランダ王国、そしてアメリカ合衆国に提供されそのマーリンエンジンを搭載した後はP-51マスタングの性能が大幅に向上し、それまで主力だったカーチス製のP-40ウォーホークの後継機として導入が進んだ。航続力と高高度性能を生かしボマーエスコート(爆撃機の護衛)の主力として陸軍航空軍は期待した。また実戦配備後もパイロットの意見を取り入れた改良により完成度が高まっていった。
後にP-51マスタングは様々な局面に対応できたことからアメリカ合衆国は最強の万能戦闘機と評し、第二次世界大戦中に使用した機体で最高と評価している。ただしマスタングが投入された時点で航続距離、高高度性能、加速性、運動性、火力のいずれにおいても同等もしくは上回る機体は大日本帝国に存在していた。
また最高速度はレシプロ機では最高クラスであったが、既に世界初のジェット戦闘機であるMe262や烈風二型・火竜二型が実用化されており『同世代機で最強』とされる性能はない。しかしマスタングはこれらを一定水準で満たしながらより低コストであり、なおかつアメリカ軍が必要とした時期に登場したことが『アメリカ製最優秀』と云われる所以であった。
だがそのアメリカ合衆国の自信満々で投入したP-51マスタングに悲劇が襲い掛かった。




