波乱の幕開け
後に残されたのは、吾輩とコンスタンス嬢だけだ。コンスタンス嬢は、初めて孫を抱いた老人かと思う程に有頂天になりながら、芝生の上に腰を下ろした。
「ねえ、知ってるかしら?」
コンスタンス嬢は、吾輩の頭を撫でながら熱っぽく囁いた。
吾輩は、本当は今すぐにでも愛しい人の元に戻りたかったのだが、ローズ嬢から直々にコンスタンス嬢の相手をせよと申し付けられているために、それは叶いそうもなかった。仕方なく、コンスタンス嬢の話に付き合う事にする。
「トニー様って実は、動物が苦手なんですって」
コンスタンス嬢は笑っていた。
「特に猫はね、近づくとくしゃみと鼻水と涙が止まらなくなるそうよ」
もしや最初に吾輩と会った時に彼が逃げていったのは、そのせいだったのだろうか。だが、トニー氏の好悪など、吾輩にはどうでも良い事だった。しかし、次の一言には、流石に動揺を隠せない。
「だからあの二人が結婚したら、ローズ様はきっとあなたを手放さなければいけなくなるわ」
突然コンスタンス嬢は不穏な事を言い出した。もう吾輩はローズ嬢と会えなくなるという事だろうか。戸惑う吾輩を尻目に、コンスタンス嬢は「それって、すごいチャンスよね」と相好を崩して続ける。
「そうしたら、私があなたを引き取れるかもしれないもの。私……一目見て、あなたを気に入ってしまったの。絶対にうちの子にしたいと思うくらいにね」
コンスタンス嬢は狂気じみた笑みを浮かべる。それは言うまでもなく、猫の魅力に憑りつかれた人間の顔だった。
「ねえ、あなたもうちに来たいでしょう?」
何という事だろう。この娘は、吾輩がローズ嬢に一目惚れしたように、最初に見た瞬間から吾輩に恋をしていたらしい。
どうやらコンスタンス嬢は、ローズ嬢の恋のライバルなどではなく、相思相愛である吾輩たちの間に割って入る気でいる、吾輩にとってのお邪魔虫だったようだ。つまり、コンスタンス嬢は、吾輩とローズ嬢の仲を引き裂こうと画策しているのである。これは、もしかして三角関係というやつか。
「にゃー」
一難去ってまた一難。新たな波乱の萌芽を予感して、吾輩は愁いに満ちた声を上げるしかなかった。




