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第13話:スタンプとフォーチューン

 今日の大きなイベントの1つ、特急ルーレット11号の見送りを終えて、ひとまず休憩。同じタイミングで休憩を迎えた女性駅員が目をキラキラさせて私の元に寄って来た。


「さっきの凄かったですね。どんな笑顔だったんですか?」


「ヒミツですよ。チャンスを待つか、100万ドル持って来てください」


「100万ドルは無理です~」


 それからは、他愛のない話をして休憩時間を過ごした。



 11時半、再び改札業務へ。さすがに任命式直後よりは人が減ったけど、それでもちょくちょく改札には人が訪れて、1人1人に挨拶しながら機械で切符に穴を開ける作業を繰り返した。もちろん、ちゃんと切符に書かれてる内容も見てるからね。


「あらぁ~。スミレちゃん、可愛いわねぇ」


「あ、おばあちゃん」


 現れたのは、シゲさんとゲンさん。


「こんにちは」


「元気にやっているようだな」


「はい~」


 と、ここで次のお客さん。


「すみません、いま仕事中なので」


「ああ、いいよ。離れた場所で見ているから」


「頑張ってねぇ、スミレちゃん」


「うん!」


 それから10分ほどした後、お客さんが途切れたタイミングで、


「じゃあ、この辺で」


「今日は一緒に晩ご飯食べようねぇ~」


「うん。待っててね、おばあちゃん」


 2人はそのまま駅から去って行った。冷やかしじゃなくて、頑張っている姿を見に来てくれたことが、素直に嬉しい。



 12時、お昼休憩。大きな会議室に行って、休憩が同じタイミングの人たち(抽選で決めたらしい)とお弁当を食べるそうだ。ガチャリ、とドアが開けると、みなさん揃っていた。


 パチパチパチパチ。


 拍手でお出迎え。何だか、同じ制服着てる人たちから拍手されるのは、それはそれで照れる。


 ここで、景色がモノクロになった。


 ポン、ポンポポポポ。


 サイコロ登場。


「「「おおーーっ」」」


 ちょっとした歓声が上がる。サイコロを拾い上げると、


<お弁当の中身は、>

<1・2:2段うな重>

<3・4:豪華海鮮ちらし寿司>

<5・6:超絶品ローストビーフ>


 おお~~っ。素晴らしい! 今日の朝食を決める時とは裏腹に、どれも魅力的。


「「「おおーーーっ!」」」


 さっきよりも大きな歓声。どれが出ても、いいものばかりだもんね。


「いやあ、実は我々もお弁当の中身は知らなかったのですが、まさかサイコロで決まるなんて」


 誰か1人でも知ってれば、サイコロで決まるなんてのは無かったかも知れない。


「では、いきます」


 みんなが固唾をのんで見守る中、私はサイコロを投げた。


 ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。


 出た目は、2。


「「「おおーーーっ!」」」 パチパチパチパチ。


 みんな、ご満悦のご様子。私もこの中で強いて希望を言うなら、うな重かなって思ってた。サイコロが消え、景色が戻る。


「それでは皆さん、お弁当を食べましょう。スミレ駅長、いただきますの音頭をお願いします」


「はい」


 バトンタッチを受け、喉の調子を確かめる。


「みなさん、午前中はお疲れさまでした。午後からも頑張れるように、うな重で英気を養いましょう! いただきま~す!」


「「「いただきま~す!」」」


 パカパカと箱を開ける音が響き、


「おおーーっ」


 誰かが声を上げた。確かにこれは、すごい。でっかいウナギが、2枚。


「いただきまーす」


 もう一度自分で「いただきます」と言って、食べ始めた。んん~~~~~っ! おいしい! 生きてて良かった~~~!


 駅員の人たちも、それぞれ幸せそうな表情でうな重を頬張っている。駅員って、キビキビ行動していて、ちょっと固いイメージがあったんだけど、こうして見ると、やっぱりみんな普通の人間なんだなって思った。


 昼食後は、12時45分まで休憩。駅員の人たちと交流して過ごした。今日は休憩シフトを5個設けたらしく、最後の15分は一緒にお弁当を食べれなかった人たちともお話できた。



 12時45分。改札業務を再開。一目私の顔を見て通り過ぎるビジネスパーソン。「おねえちゃんボクのきっぷもー」と言う子供にその母親、「毎日オネーチャンみたいな人がいればねえ」「こら何言ってんの」と問答を繰り広げる夫婦、色んな人が通った。


 しばらくして、


「あ、スミレまじで駅長やってるー。ウケるー」


 私の名前を言う声が聞こえたので見ると、マナミだった。あと大学の友だち? が3人。


「はい、あたしの切符きって」


 普通に電車乗るんだ。


「みんな、この子がうちに来てる迷い人、スミレだよ」


「へー」

「迷い人かあ」

「初めて見たー」


 珍しいものを見るような視線で、私を見てくる。突然サイコロをが出てきて色々と決められること以外は普通の人間なんだけど・・・。あ、普通じゃなかったね、私。


「みなさんもどうぞ」


 手を差し出すと、


「うん」

「じゃあ」

「お願いしようかな」


 パチン、、パチン、、パチン、、と3人を通しながら続けて切符をきった。


「スミレ、またねー」


 他の3人も、手を振ってくれている。それに応えて手を振り、


「お気を付けて」


 と言って別れた。



 1時50分、一旦休憩に戻った。次は、スタンプ係だ。1日駅長を記念して今日限定、しかも2時から3時の1時間限定でスタンプ台が設置され、私がそれを押す係となる。


 ここで、景色がモノクロになった。何だろう。


 サイコロを拾い上げると、


<行列の人数は、>

<1:100人>

<2:200人>

<3:300人>

<4:400人>

<5:500人>

<6:600人>


 ちょっ・・・! そんなに!?

 最低でも100人、最高600人の行列が既にあるって言うの? 改札からは、先頭付近しか見えなかったから気付かなかった。私、そんな有名人だったっけ?

 しかもそんな、サーロインステーキの枚数と同じノリでやんなくても・・・。いやサーロインステーキも勘弁して欲しかったけど!?


 でも、お客さんが多いのはいいこと。そう思って、サイコロを投げた。


 ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。


 出た目は、4。

 400人、まずまずね。景色が戻ると、ハルツグさんが迎えに来た。


「スミレさん、ではお願いします。すごい行列ですよ」


 知ってます。400人ですよね。



 表に出ると、確かに凄い行列だった。


「「「わーーーっ!」」」 パチパチパチパチ!


 何故か、私が出て来ただけで拍手喝采。いけない、有名人になったもんだと錯覚しそう・・・。


 早速スタンプ台に移動。スタンプの柄は、菫の花だった。インクも、もちろん菫色。私の名前に合わせてくれたんだ。


「みんなー! スミレお姉さんが、菫のお花のスタンプ押すからねー!」


「「「わーーーっ!」」」


 子供たちが声を上げるなか、ドスの効いた成人男性の声も混ざっていたのは聞こえなかったことにしよう。


 ここで、景色がモノクロに。駅員と行列の人たちはカラーのままだから、スタンプがらみだ。


 ポン、ポンポポポポ。


「「「おおーーっ」」」


 サイコロが出ると、歓声。みんなは見慣れてないもんね。拾い上げると、


<これからスミレお姉さんがサイコロを振ります。出た目がスタンプカード左下の数字と同じだったお友だちは、スミレお姉さんと握手できるよ!>


 ちょっ・・・。


「「「わーーーっ!」」」


 有名人じゃなくて、アイドルになった気分。さっきよりも成人男性の声の方が強めだったのは気のせいだと信じたい。ちょっとアンタたち、そのカード、子供たちに分けなさいよ。


 私はサイコロを振るために、一旦スタンプ台から離れた。左上には、サイコロのドアップが映るスクリーン。この両手には、サイコロ。いつものように、軽く前に投げた。


 ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。


 出た目は、2。


「やったーーー!」

「キターーーーーー!!」(成人男性)

「わーーん! はずれたーー!」

「なんでーーーーー!!」(成人男性)


 “何で”って言われても・・・サイコロの運命に、従いなさい。


 私はスタンプ台に戻り、


「1人ずつ、順番ね。まずは、君から」


「はーい。ぼく当たったよ! おねえちゃん」


「わぁすごーい! じゃあお姉ちゃんと握手だね」


 台紙を受け取り、ポンポンとインクをつけて、トン、とスタンプを押した。そして、可愛いお友だちと握手。


「電車には乗った?」


「ううん、これから乗るの!」


「そっか。楽しんで来てね」


「うん!」


 手を振って分かれて、2人目。


「あたしハズレちゃったー」


「そっかあ、ざんねんだったね。でも、この後きっといいことが起きるよ」


「うん! おねえちゃん、ありがとう!」


 その後も、スタンプカードを持って来る色んな“お友だち”と、一言お話しながらスタンプを押したり握手をしたりして、任務を全うした。


 スタート時点で400人の行列、その後も人が増えたりして、用意していた1,000枚のスタンプカードは底を尽きたらしい。


 ただ、1時間ではとてもサバききれず、終わったころには3時45分を指していた。


「スミレさん、お疲れさまでした。すみません、予想以上の盛況でして」


「いえ、大丈夫ですよ。みんなとお話しできて楽しかったです」


 とは言え、疲れたので休憩。次のイベント、特急フォーチューンのお迎えまで休んでていいとのことで、後はそのお迎えと、解任式を残すのみ。



 4時過ぎ、ハルツグさんが来た。


「ではスミレさん、お願いします!」


「はい!」


 ホームに出ると、そこそこの人がいた。改札内ということもあってか、さっきよりはだいぶ人が少ない。寂しいと思いつつも、疲れてるからちょうどいいかも。いつも走ってる特急だとは思うけど、今日の記念になのか、カメラを構えている人も多い。


 用意されていた椅子に座る。テーブルとお茶もある。ありがたい。電車に乗ってるみんなの顔を見たいと私が言ったから、最後尾の停止位置あたりでスタンバイ。まずはアナウンスが私の仕事。今度は、台本があらかじめ用意されていた。


 しばらくは子供たちとの写真撮影で過ごし、いよいよ到着ということで準備をした。


【プルルルルルルルルル】


 ベルが鳴った。私の出番だ。マイクを持つ手に力を入れ、


「4番のりばに、特急、フォーチューン、16号の、到着です。危険ですから、黄色い線の内側まで、下がって、お待ちください。なお、この列車は、車庫に入る、回送列車となります。ご乗車には、なれませんので、あらかじめ、ご了承ください」


 言い終えると、特急フォーチューンの姿が見えてきた。真っ白の車体に、細い黄色いラインが2本、螺旋を描きながら走っている。


 立ち上がり、黄色い点字ブロックの線の1m手前まで歩き、敬礼。まずは、運転手。真剣な眼差しで前を見ている。みんなの命を預かって、ここまでの運転、お疲れさまでした。

 続いて、客車。1日駅長がいることを知らなかったのか、驚いた顔をする人も結構いたけど、みんな、手を振ってくれた。長い移動、お疲れさまでした。


 電車が停車。みんなの顔を見るために最後尾に来てたから、改札に戻るのが大変。私が改札に行くまではドアを開けないらしい。一応、車内放送で「1日駅長が準備しているので少々お待ちください」というのを流しているそうだけど。


 窓から見える人たちに手を振りながら、小走りで改札へ移動。そして、ドアが開いた。お客さんの切符を受け取るのが私の仕事だ。


 お客さんがこっちに向かってくる途中、景色がモノクロになった。きたわね。


 ポン、ポンポポポポ。


 一部、「おおーーっ」という声も出たけど、「なんだなんだ?」という反応をしている人もいる。マイクを手に持ち、


「申し訳ありません、私、迷い人なもので、時々こうなるんです。私がサイコロを持ったら、出た目によって何が起こるか分かるようになります」


「へぇーっ」

「おもしれーじゃん」

「おねえちゃん早くー」


 その期待に応えるのが、迷い人の役目。私は迷わず、サイコロを拾い上げた。


<1が出たら、よい子のみんなにスミレお姉さんが“いい子いい子”してくれるよ!>


 え? 今度はそっち?


「わーい! おねえちゃんの“いい子いい子”ー!」


「まだよ、1が出たらよ。 駅長さん、お願いします♪」


 これは何としても、1を出さねば。


「僕もよい子でーす!」


 成人男性は無視無視っ。1よ出ろと念じながら、サイコロを投げた。


 ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。


 出た目は、4。ダメだったか。


「「「ああーー」」」


 落胆の声が広がる。


「す、すみません!!」


 私は出せる限りの声を出し、頭を下げた。


 パチ。 パチ、パチ。


 え?


 パチパチパチ。


 顔を上げると、


 パチパチパチパチパチパチパチパチ!!


 なぜか、拍手が起こった。えっと・・・、どうして?


「“いい子いい子”ないのはざんねんだけど楽しかったー」

「ねー。いきなりサイコロ出て来て凄かったよねー」

「いやぁ、面白いもん見れたなぁ。今日フォーチューン16号乗って良かったわぁ」


 パチパチパチパチパチパチパチパチ!!


 なおも、拍手が続く。みんなの温かさに心が満たされながらも、


「ありがとうございます!!」


 と、再び頭を下げた。


 しばらくして拍手がやみ、


「駅長さーん、改札改札」


 お客さんからの声。


「あ、そうだ!」


 私は急いで体を起こし、迎え入れる準備をした。やがてお客さんも動きだし、1つずつ、1つずつ、出発地からここまで運ばれた切符を受け取った。


「おねえちゃんバイバイーイ」


「バイバーイ」


 また、電車に乗ってね。


「さっきの最高だったよ」


「ありがとうございます」


 1を出せれば、もっと良かったんだけど。


「迷い人、大変でしょう?」


「それはもう」


 本当に。



 そして、改札待ちのお客さんの数が次第に減っていき、最後の1人を迎えた。


「駅長、今日も1日お疲れさまでした」


 立派なカメラを持った少年が、立ち止まって敬礼。


「ありがとうございます。これからも、お気を付けて」


 私も敬礼で応え、最後の1人の通過を見送った。これで、私の仕事も終わり。あとは、解任式だけだ。



 10分間の休憩の後、解任式が始まった。


「ではまず、スミレ駅長より、ご所感を頂きたいと思います」


 パチパチパチパチ。


 マイクを手に取り、


「みなさん、今日は1日、ありがとうございました。1日駅長、やったことなかったんですけど、みなさんに温かく接して頂いたおかげで、無事に終えることができました。これで私は駅長は終わりですが、今日この後も、明日からも変わらず、このセントラル・ダイスワールド駅、それから、みなさんの夢を乗せて運ぶ列車をご利用ください。今日は本当に、ありがとうございました」


 パチパチパチパチパチパチパチパチ!


 大喝采を受け、私はおじきをした。歓声が100万ドルのスマイルの時よりも小さいのは、私の笑顔が凄すぎたんだと思う。


 顔を上げると、景色がモノクロになった。


「いよっ! 待ってました!」


 私は出て来たら困ることが多いんだけど・・・。

 だけど今は、待ってた。おいで、サイコロちゃん。


 ポン、ポンポポポポ。


 拾い上げると、


<出た目の数だけ、明日みんなに素敵なことが訪れる!>


「「「おおーーーっ!」」


 これはこれは、粋なことをしてくれるわね。もちろん私にも訪れるんだよね?


「じゃあいきます!」


「「「「「せーのっ」」」」」


 ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。


 出た目は、2だった。う・・・。


「「「ああーー」」」


 やっぱり、落胆の声が強いか。


「すみませーん。最後まで、ダメダメでしたね」


 景色が、元に戻った。微妙に傾きかけている太陽の光が、みんなの顔を明るく照らしている。


「それでは、駅長帽の返還です」


 私は帽子を取り、ハルツグさんの方を向いた。ハルツグさんは、軽く腰を落として頭をこちらに向けてきた。その上に、そっと帽子を乗せる。


 パチパチパチパチパチパチパチパチ!


 ハルツグさんが、顔を上げた。そしてお互い、どちらからという訳でもなく手を差し出し、握手。


 パチパチパチパチパチパチパチパチ!!


 手を離し、お客さんの方を見る。


「えーそれでは、本日の、六方菫さんの1日駅長の解任式を終了します。スミレさん、ありがとうございましたー!」


 パチパチパチパチパチパチパチパチ!!!


 拍手が鳴りやむまで、私は頭を下げ続けた。その音が、響く。耳にも、心にも。


 私にも、これだけ多くの人を楽しませることができるんだ。その実感を、全身でしっかりと受け止めた。


次回:巡る巡る

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