第11話:日曜日の終わり
素敵な場所に連れて行ってもらった帰り道、そのまま今日のバイト先であるスーパーマーケット“レインボー”に向かった。今日は、私の名前と同じ“バイオレットの日”。本当に、店内を照らす電気にうすく菫色が掛かっている。
「六方、菫です。スミレって呼んでください」
「まぁ。スミレちゃんだなんて。今日ここを引き当てたのは運命かしら」
「えへへ、そうかも知れません」
「あたしはセイコ。よろしくね」
「はい!」
なんだか今日は、とってもいい気分。
「ではスミレさん、11時頃に迎えに来ますね」
「うん、お願いね」
ヒロキと別れ、セイコさんに連れられ裏方へ。
「制服も菫色が良かったわよねぇ。“7色作ったら”って言ったら、コストがどうとか言って濃いめの緑しかないし。せめて虹ならねぇ」
「そうですね。せっかくの“レインボー”なのに。 ・・・あ、、そうだ」
なんか、提案できそうな雰囲気だ。
「店先に、お花を置くのはどうですか? 日曜日は菫、月曜日は、例えば・・・真っ赤な薔薇とか」
「いいわねぇ、それ。店長に言ってみようかしら」
「ぜひ♪」
ここで、景色がモノクロになった。
ポン、ポンポポポポ。
サイコロ登場。何だろう。
「あら、何が決まるのかしら」
セイコさんはカラーのままだから、関係してくることになる。サイコロを拾い上げると、
<今日の割引率は、>
<1:10%オフ>
<2:20%オフ>
<3:30%オフ>
<4:40%オフ>
<5:50%オフ>
<6:60%オフ>
「プフッ」
思わず、噴き出してしまった。いけない、いけない。お店の売上げに関わるのに。
「こんなことまでサイコロで決まっちゃうんなんて、初めてね」
良かった。セイコさんは大して気にしてなさそう。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、5。半額だ。
サイコロが消え、景色が元に戻る。
「さっすがスミレちゃん、お客さんに優しいのね」
「あはは・・・お店側には、優しくないかも知れませんが」
「いいのよスミレちゃんはそんなの気にしなくて」
店内に戻ると、店長に値引きシールを渡された。もちろん全部、半額表示。店長が私たちから離れるとセイコさんが耳打ちの仕草と取った。
「サイコロで決まったっていうのは、2人だけの秘密だね」
「はい♪」
その後、最初のうちはセイコさんに付いてもらって作業を教えてもらい、分かってきた頃から自分1人で黙々と続けた。
「よし」
また1つ、シールを貼った。単純で、誰でもできる作業。だけど、誰かがやらなきゃいけない作業。私が、責任持ってやらないと。
謙虚、誠実、小さな幸せ。ヒロキに話したからか、頭から離れなくなった。1人で思ってるだけだと、どうしても自分に甘くしてしまうこともある。人に宣言することで引っ込みがつかなくなって、責任が持てるようになった気がする。本当は、誰も見てなくてもちゃんとしなきゃダメなんだ。ヒロキのいない元の世界に帰っても、続けなきゃ。
1時間が経った、夜9時。作業がひと段落した。
「スミレちゃん」
「はい」
「これ」
差し出されたのは、ドリンクタイプのスイーツ。
「お店からのサービスだよ。裏に出てから飲んでね。飲んだ後、またお手伝いしてもらっていい?」
「はい。ありがとうございます」
裏方に出て、ストローを外し、蓋の切り込みに差した。飲むと、甘くて美味しい味が広がった。そう言えば、帰りは寝てばっかりだったから晩ご飯食べてないや。あと2時間も作業があるんだから、糖分摂取しておかなきゃ。
そうだ、みんなはもう晩ご飯済んでるはずだから、何か買って帰らなきゃ。でもその前に、仕事仕事。
店内に戻り、セイコさんの元へ。
「あ、スミレちゃん。じゃあ今度は、商品の陳列お願いしてもいいかしら」
「はい。大丈夫ですよ」
淡い菫色の明かりに照らされながら、指示された通りに作業を続けた。夜遅いこともあってか、お客さんはまばら。あ、今の人、さっき私がシール貼ったやつカゴに入れた。半額、嬉しいもんね。
“バイオレットの日”。電気の色だけなんだけど、なんだか、気分が弾む。
どのお店にもある、いつでも買える、数百円ぐらいのものだけど、1つ1つが大事な商品。たくさんの人が手間暇かけて作り上げられた物が今ここに来ているから、雑には扱えない。みんな、お客さんが手に取ってくれるのを待っている。その間は寂しいだろうから、電気の色と私の手で、菫パワーを注入だ。
いつの間にか、作業が全部終わっていた。
「あ、スミレちゃん、終わった? 早いわねえ」
ちょうどいいタイミングでセイコさん。
「じゃあ最後、お掃除、お願い。もうすぐ閉店だから」
またしてもちょうどよく、閉店を知らせる音楽が流れ始めた。9時55分。
一応は出入口付近を避けて、奥の方からモップ掛けを始めた。大事な商品を、必要としている人に届けるための場所。その環境を、ここで働く人たちで作る場所。私は今日1日しか来れないかも知れないけど、ここを訪れる全ての人が、素敵な時間を過ごせますように。そう願いながら、モップを掛け続けた。
「スミレちゃん、時間だよ。お疲れ」
「あ、はい。・・・でもまだ、10時50分ですけど」
「最後の10分は、着替えの時間だよ。着替え終わったら11時なんなくても帰っちゃっていいから」
「あ、そうなんですね。ではお言葉に甘えて、失礼します」
「お疲れ。ありがとね」
着替え終わって店内に戻り、ちょうどお給料を受け取ったところでヒロキが迎えに来た。
「スミレさん、お疲れさまでした」
「あ、ヒロキ。ありがと」
もう一度セイコさんの元へ行き、
「今日はありがとうございました」
「こっちこそ、ありがとね。来週日曜日も来て欲しいわねえ。店長、曜日ごとに花を置くこと、考えてくれるそうよ」
「あ、そうなんですね。嬉しいです。でも、来れるかどうかは、分からないですね・・・」
苦笑いしながらそう言うと、
「そっか。サイコロで決まるんだから、しょうがないね」
セイコさんも苦笑い。別れを告げ、店を出る。
あ、晩ご飯買うの忘れた。閉店時間過ぎちゃってるし、コンビニにしようかな。と思ったら景色がモノクロになった。なぜか今回は、ヒロキまでモノクロになって動かない。こんなこと初めてだ。どうしてだろう。
ポン、ポンポポポポ。
サイコロはいつものように出て来た。を拾い上げると、
<偶数:ヒロキをご飯に誘う>
<奇数:誘わない>
こんなことまでサイコロで決まるのね・・・。全く。いつものように、両手でそっと前に投げる。
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、3。しょうがない、何か買って帰ろう。
「ごめんヒロキ、ご飯買いたいからコンビニ寄ってもいい?」
「それなら大丈夫ですよ。作り置きがあるので」
「え? あ、そうなんだ。じゃあそっちを食べよっかな」
結局、作り置きがあったのね。今日は誰が作ったのかは分からないけど、私が夜8時から11時で仕事なのは伝えてたのに、優しいな。
家に帰ると、リビングにはマナミさんだけだった。帰って来た時にマナミさんがいるのは、珍しい。今日は私が遅かったんだけど。さすがに、他のみんなは寝ちゃったかな。
「あ、ロッポウさんお帰りー」
「ただいま」
テーブルには、1人分の食事。
「着替えて来なよ。あたしがレンジであっためとくから」
「あ、じゃあ。ありがとうございます」
そう答える前にマナミさんが食器を持ち運び始めたので、私はお礼だけ言って2階に向かった。
着替えを済ませてリビングに戻ると、ラップが外されて湯気がモクモクと出ている料理が並んでいた。
「マナミさん、ありがとうございます」
「気にしないでいいわよ、そんなの」
並んでいる食事の正面、既にテーブルに着いているマナミさんから90°の位置に、座った。ヒロキは、離れた位置で壁に寄っ掛かって座っている。
「いただきます」
美味しそうな、におい。
「前から気になってたんだけどさぁ」
「はい?」
「なんでヒロキにはタメグチなのに、あたしには敬語なの?」
「ああ、それは・・・」
言われてみれば、そうだけど。
「ヒロキには、敬語じゃなくていいって言われたから」
「はあ? なんじゃそりゃ」
でも、そうとしか言いようがないのよね。
「そんじゃあ、あたしにも敬語使わなくていいから。当然、呼ぶときもマナミって呼んでね。でないとまたロッポウって呼んじゃうわよ、スミレ」
ハッとした。正直に、嬉しい。2~3秒ぐらい固まっちゃったけど、
「じゃあよろしくね、マナミ」
「おう!」
その後は特に会話もなく、時々マナミがテレビに対してツッコミを入れたりしながら時が過ぎた。晩ご飯は、とても美味しかった。
皿洗いをヒロキが申し出てくれたけど、断った。これまで、一度も皿洗いをしたことがなかった。宿代・食事代ともタダ。家事もしない。さすがに気が引けた。
皿洗いを終えてリビングに戻ると、マナミがテレビの電源をリモコンでピッと切った。
「ふあぁ~あ。フロ入って寝よー。明日月曜だしー。あ、スミレ先にフロ入る?」
「えーっと、・・・」
どうしようか悩んでいると、景色がモノクロになった。そしてサイコロ登場。
「あ、来たわね。また勝負じゃん」
「今度は、負けないよ」
「これはこれは、楽しみですね」
サイコロを拾い上げると、
<1・2:マナミが先に入る>
<3・4:スミレが先に入る>
<5・6:一緒に入る>
「「プフッ」」
2人そろって、噴き出した。
「あはは・・・、今度は、引き分けもあるようですね」
「なんでこの年にもなって・・・」
「いいじゃんか楽しそうだし。早く投げてよ」
「それじゃあ行くよ、マナミ」
「よし来い!」
ポン、、ポン、ポン、コロコロコロコロ。
出た目は、6。
「あは、は・・・」
「それでは、お2人でごゆっくり。おやすみなさい」
「ヒロキおやすみー。さあスミレ、女同士で裸の付き合いだー!」
「うわっ、ちょっと・・・!」
なんか怖いんだけど。
「あ、ヒロキ、おやすみ」
「ええ、また明日」
--------------------------------
「ああーっ。タオル巻くなんて反則ー」
「いいじゃないですか、別に」
なんだか恥ずかしかったので、そそくさと着替えを持ち出して先に風呂に入っていた。当然、後からマナミが来た。
「あー、敬語使ったー。ダメだぞー、ロッポウさん」
「ご、ごめん・・・」
「あっはは。ビビんないでいいって、襲ったりなんかしないから」
「ホントに?」
「アンタあたしを何だと思ってるのよ・・・」
だって、さっき、裸の付き合いがどうとか言ってたじゃん。
「だけどさ、背中流させて」
「それぐらいなら、まあ」
巻いていたタオルを外し、前の方に回した。
「よーし、いくぞー」
あんまり気合を入れないで欲しいんだけど。
ゴシ、ゴシ。
ほどよい力加減で、背中が洗われている。
「ヒロキから聞いたよ」
「え? ・・・今日のこと?」
仕事が夜だったので、日中は"East Garden Hill"駅まで出かけた。
「うん。 ・・・だからね、あんたのこと、スミレって呼びたくなったんだ」
名前の話も、したんだ。小さい頃は家族でよく行ってたって言うし、菫の花で覆われたあの建物があることも、みんな知ってるのかも。
「名前に誇りを持って、その名前に恥じないように生きるって、カッコイイって思ったんだ」
「そっか。ありがと」
「あたしもヒロキも、響きだけで名前つけられちゃったからさ、あたしらの分まで頑張ってよ」
「え? ・・・私が頑張るのは、菫の分だけだよ」
「ええーーっ。けち」
「ケチで結構。マナミはさ、世界には他にもマナミって名前の人がいるだろうからさ、その人たちと、マナミ自身のために、マナミの名を汚さないように生きるといいよ」
「スミレ・・・。あんた、ホント最高」
バシャン、とお湯を掛けられ、泡が流される。「最高」という台詞と共に液体を掛けられるのは初めて。
「んじゃ今度はあたし。お願いね」
「うん」
ポジションを交替し、今度は私がマナミの背中を流した。ものすごく、不思議な気分。だけど、なんだか心地よい。
髪はそれぞれ自分で洗った後、マナミが「湯船にも一緒に入ろう!」と言い出したのだけれど、断った。が、「さっき敬語使った罰」とのことで、体育座りで背中合わせで入る、で妥協してもらった。
「スミレもさ、いつかは元の世界に帰っちゃうんだよね」
「そう、だね・・・」
そのつもりで、日々、過ごしている。
「そっか。寂しくなるなあ」
「いつになるかは、分からないけど」
「だからこそ、急にいなくなるから寂しくなるのよ」
ヒロキから聞いた。前の人が帰った時、マナミがすごく落ち込んでいたと。何も言わずにいなくなったのかな。そうだよね、いつチャンスが来るか分からないんだから。それに、言えたとしても突然だ。最後の別れぐらいしか、きっとできない。
「できるだけ、ちゃんと最後の別れぐらいは言うようにするね」
「“できるだけ”じゃダメ、絶対よ」
「それは、約束できないかも。それがサイコロで決まっちゃうのが、私だから」
「ふっふふ♪ さっすがスミレね」
バシャン、という音を立ててマナミが立ち上がった。
「んじゃアタシ、上がるから。おやすみ」
「おやすみ」
マナミが上がった後、5分ぐらいの時間差で私も上がった。マナミがドライヤーを使っていたけど、「もういいや」とのことで譲ってくれた。
髪を乾かし、部屋に戻る。
今日は素敵な1日だった。私の名前と同じ、六方を菫に囲まれた場所に連れて行ってもらった。お仕事はスーパーマーケット“レインボー”の“バイオレットの日”だった。マナミとも、昨日よりもずっと仲良くなれた。
朝、仕事の選択肢でメイドカフェでオムライスとか出てきたような気もするけど、最後はマナミと一緒にお風呂なんて体験もできたし、文句なし。
元の世界で過ごしてきた25年余りも含めて、間違いなく人生で一番、気持ちのいい日曜日の終わりを迎えた。
次回:ルーレットの旅立ち