地味な魔法
森を抜けたその先は、今まで見たどの景色とも違う感じがした。
すぐ近くに見える距離にそれほど高くはない、たぶん高さ1000m以下の山が連なって起伏に富んだ地形をしている。
山の低い位置は緑に覆われていて、上の方は岩肌が露出している。
どことなく長閑で、どことなくスイス的な風景。
スイス的って何だよ? でもそんな感じ。
道幅はそれほど広くない。2m程度だ。主要な街道ではないだろうな。
だが道があるのだから、人がいる事を期待していいだろう。
道の傍をそれほど大きくはない川が流れている。ちょっと寄ってみようかな?
川幅は3mぐらい。底が見えるぐらい綺麗な川だが流れは結構速いな。
ここで水遊びは危険かも。
釣りをしてみたいけど道具がないし。水に足を浸ける位ならいいかな。
川縁の岩に座り、靴を脱いで川の水に足を浸す。冷たくて気持ちいいな!
右隣に狼がきて川面を覗き込んでいる。お前は足を浸けないのか?
左隣に黒のゴーレムが来て足を水に浸け始めた。冷たくて気持ちいいだろう?
しばらく川で涼んだ後、また歩き始める。
狼と黒のゴーレムの後に続いてしばらく道を歩いていると、村が見えてきた。
プラス村と同じように木の柵で囲われているが、門は開きっ放しで誰もいない。
無用心だな。
「こんにちはー」
門の前で待っていたが誰も来ないので勝手に中に入る。
村の中は緩やかな起伏があって平らな所が少ない。
ここは牧畜が主体なのかな?
畑の面積が小さくて、代わりにヤギに似た動物が飼われているようだ。
「どちら様でしょうか?」
村人に声をかけられた。
中年の男性。どこか元気が無い感じ。
「門に誰もいなかったので勝手に入らせてもらいました。道に迷ってしまったので、ここがどこなのか教えてください」
「ここはフォルタナ村です。どちらから来られたのですか?」
「シオリスの町です」
「シオリス……この辺りでは聞かない名ですね。遠くから来られたのでしょうか?」
「えぇ、まぁ、たぶん」
随分丁寧な感じだ。俺がギルドの制服を着ているから?
それとも4体のゴーレムがいるからかな?
「近くに大きな町ってありますか?」
「この辺りは『マーヴィンの町』が中心となっています。ここから歩いて1日の距離です」
1日。土ゴーレムなら1時間もかからないだろう。その町へ行ってみるか。
「その町への行き方を教えてもらえないでしょうか? 後、ここで獣の解体を引き受けてもらう事はできますか? 御礼はします」
「マーヴィンへの道は簡単なのですぐに分かりますよ。獣の解体とは? 何の獣でしょう?」
「ファングボアです」
体長4m近いファングボアを魔法袋から出して見せる。
「おぉ! これほどの大物を仕留められたのですか! さすが魔法使い様ですね! すぐに村の人間を集めましょう。どうぞこちらへ」
話が早くて助かるわ。
ん? 何で魔法使いだと分かったんだ? ビーストテイマーだとは思わないのか?
まぁ、別にいいけど。
中年男は獣を解体する専用の場所まで案内してくれた。
すぐに村人が集まって来る。
テキパキと指示を出すこの男、デキる男のようだ。(村長だった)
解体作業を見せてもらう。
やはり大人が複数で作業すると早いなー。そしてその作業を熱心に見つめる黒のゴーレム。
もしかして、見て覚える気だろうか?
黒のゴーレムが自分でやる気なら、黒のゴーレムが持っている分の解体は頼まなくてもいいかな。
解体されていくファングボアを見ながら解体料について交渉する。
「解体料は内臓と肉半分でいいですか?」
「それでは貰い過ぎです。魔法使い様」
「私はセシリアといいます。ではどれぐらいが良いでしょう?」
「セシリア様、内臓の半分ではどうでしょう?」
肉も食べたいんじゃないかな。
「解体料はそれでお願いします。後、村人に肉を振舞いましょう。私の奢りなので遠慮は要りませんよ」
「ありがとうございます。皆も喜ぶでしょう」
「村人は全部で何人?」
「61人です」
プラス村より少ないな。
村長の家の前にある広場のような所で肉を焼く準備が始まる。
その間村長に案内してもらって村の中を見て回る。
緩やかな起伏が続く牧草地でヤギのような動物が草を食んでいる。
「あれは何という動物ですか?」
「あれはヤギンといいます。乳を搾ってチーズやバターを作ったり、毛を刈って糸を作ったりしています」
「ほぅ」
ヤギンという名前に何か言いたい気持ちがこみ上げてくる。
だがそれよりも、
「チーズやバターを見せてもらってもいいですか?」
「もちろんです。どうぞこちらへ」
食べて見たいなー、チーズやバター!
作りたてのチーズを試食させてもらう。
あっさりしているが、中々の味。これは良い物だ……
熟成もいいがフレッシュな物もいい味だな。
「村長、もし余剰分があれば肉と交換してもらえないでしょうか? 美味しいので少し欲しいのです」
「おぉ、気に入っていただけましたか。お望みの量をご用意いたします」
「では、肉の半分と釣り合う量でお願いします」
「分かりました」
バターも味を確かめて、多めに分けてもらう事にする。
秘書のように傍で控えていた若い村人に指示を出す村長。すぐに走っていく村人。
仕事早いなー、ここの人達。
さらに村の中を見て回る。所々で開墾しようとしている形跡があるのだが、なぜか中途半端な所ばかり。
「村長、これは?」
「ここは畑にしようとしているのですが、土が非常に固くて苦労しているのです」
ふむ……土を触ってみる。
これ土か? 岩盤が露出しているだけじゃないの?
そう思えるぐらい非常に固い。
アスファルト舗装です。と言われたら信じるレベル。
「こんな土で作物が育つの?」
「えぇ、耕す事さえできれば、何とか」
「どうやって耕す?」
「鉄製の農具を購入して耕していたのですが、刃先がダメになってしまって……」
鉄を退けるとか、どんだけ固いのよ。頑丈な土だな!
「新しい物を購入する余裕がないので一時中断しているのです」
「なるほど……牧草地の一部を畑にしては? あちらの土も固いのですか?」
「いえ、牧草地は柔らかいのですが、ここではヤギンの方が優先なんです」
「なるほど」
ふーむ。これ、ゴーレムのパワーなら耕せるんじゃね?
いや、ゴーレムを使わなくても、土なら直接魔法で耕せるんじゃないのか?
「村長、ちょっと試してみたい事があるんですが、この土地を土魔法で耕してみてもいいですか?」
「土魔法? 魔法使い様は土魔法を使われるのですか?」
「ええ」
「分かりました。どうぞお試しになってください」
判断するの早いなー。では早速。
耕して、ふんわりと柔らかい土になるイメージで。深さは50cmでいいかな?
イメージイメージ!
よし! いくぞ我が土魔法!
「ティル・ア・フィールド!」
ふわっ。
あれ? 今、一瞬土が動いた気はするんだが、これで終わり?
音も振動も無かったんだが、成功したのか?
手応えらしきものはあったんだが、見た目はあまり変わってないような。
土を触ってみる。
ふかっ。
何だこれ!? 柔らかいぞ! ふっかふか!
足を踏み入れてみる。
ずぼっ。ずぶずぶ。
「うわわわ」
足首がめり込んでいく! ふくらはぎまで!
ずぼっ。ずぼっ。
歩きにくい! 何か楽しいぞ!
「村長! この土はどうだろう?」
驚いていた村長がそっと土に触れる。
「おお! これほど土が柔らかくなるとは! 何と偉大な魔法なのか!!」
偉大って。それは大袈裟なんじゃないの?
いつの間にか来ていた村人達が土を触り始めている。
「これは凄い!」
「ふっかふかだ!」
「あんなに固かった土が一瞬で!」
何かの通販番組の出演者みたいな事言ってる。
ちょっと土の上に寝転んでみる。
ぽふっ。
柔らかい! ベッドみたいだ。気持ちいいな!
「はははははっ!」
中々の新魔法だ。これは結構使えるかもしれない。
「セシリア様!」
村長がすぐ傍まで来ていた。
「これほど素晴らしい魔法は見た事がありません! 偉大なお力を目の当たりにして、今、猛烈に感動しています!」
大袈裟だな、この村長。
後、両膝をついて両手を胸の前で交差させるそのポーズ、感謝の意を示す仕草かもしれないけど、太腿までめりこんでいるけど立ち上がれるの?
「この魔法は今初めて使ったので実際に作物が育つのかは分からないです。それに耕しただけなので土の手入れは人の手でする必要があると思います」
「分かりました。本当にありがとうございます!」
起き上がると近くにいた女性達が背中に付いた土を払ってくれた。
子供扱い! まぁ、幼女だけどさ。
そしてやはり村長は自力では立つ事が出来なくて、若い村人に引っ張り上げられていた。
「もう少し広い面積で試してみたいので、他に耕して欲しい所があれば試させてもらえないでしょうか?」
「ここが一番広い所です」
そうなのか。まぁいい。
「広くなくてもいいので」
「分かりました。ご案内します」
いくつかの畑予定地を魔法で耕していく。
この魔法、広さに関わらず消費MPは全て1。広さは関係ないのだろうか?
「セシリア様、この魔法の対価についてですが……」
「対価? 新魔法を試させてもらったのでお代はいらないですよ」
「そういう訳には……」
「それでは、この土を少し貰ってもいいですか?」
「土を?」
「ええ」
この土でゴーレムを作ったらどうなるんだろう?
今まで使う土の質なんて気にしてなかったけど、この固い土でゴーレムを作ったら何か違いが生じるかもしれない。
「いいですか?」
「えぇ、もちろんです。いくらでも持っていってください」
いや、いくらでも、はダメだろう?
この土は黒っぽいから黒のゴーレムに似せて作った乗用の3号機をもう一体、今度は椅子の前に狼が座る所も作ろう。
イメージ!
「クリエイトゴーレム!」
もこもこ。
完成!
やはり黒っぽいゴーレムになった。これは5号機だな。
「おお!」
ついて来た村人達が驚いている。
盾も作っておきたい。
ゴーレム達はヒュドラのブレスを浴びても平気だったけど、幼女が直撃を受けたらもちろん無事では済まない。
土ゴーレムに盾を持たせて使えば、幼女の防御力がかなり上がるんじゃないだろうか。
2mの長方形、いわゆる「タワーシールド」を2枚作る。
にょきにょきっ。
すぐに完成。何の飾りも無いが、黒くて頑丈そうだ。
5号機に持たせて動かしてみる。いいんじゃないかな?
まてよ? 土ゴーレムの腕に直接つけた方がいいかな?
腕に盾が直接付いているゴーレムを作って動かしてみる。
うーむ。どっちがいいのかよく分からないな。
とりあえず、盾は魔法袋にしまっておくか。
「村長、私はこれで満足しました」
「はい。セシリア様が満足されたのであればこちらにも異存はありません」
固さの違いについては、どうやって確かめるか後で考えよう。
「他に何か要望はありますか? 私は土魔法にはそれなりに自信があるのですが、魔法の実験に協力してもらえるのであれば代金は不要ですよ」
この機会にもう少し将来の仕事に繋がりそうな魔法を試してみたい。
「では、井戸を掘っていただけないでしょうか?」
「井戸?」
「ええ、この村は近くに川があってその川の水を引き入れているので、畑や酪農に使う水には困っていないのですが、村の中に井戸は一箇所しかなくて生活にはやや不便なのです」
「穴を掘るのは簡単ですが、どこに?」
地下の水源なんて分からないぞ? 水魔法のレベルが上がったら分かるかもしれないが。
「位置についてはいくつか候補があります。ただ土が固くて……」
「なるほど。ではそこへ案内してください。試してみましょう」
村長の案内で候補地に着く。
地面に穴を掘って重ね掛け。1、2、4、8m。
側面が崩れないようにガッチリ固める。ゴーレムの固さをイメージ。
しばらく待っていると水が溜まってきた。この後どうすればいいんだ?
「おお! 素晴らしいです! 何と偉大な魔法!」
村長が大袈裟に褒める。
「後どうすればいいか分からないんだけど」
「後はこちらでやります。ありがとうございます。セシリア様」
あ、そう。その後のやり方を知りたいんだけど。
すぐにはできないらしい。
この村に長居する訳じゃないから、やり方を知るのはまたの機会にするか。
更に2箇所、穴を掘って終了。
土魔法は便利で役に立つけど、地味だなぁ。光ったりしないし。
まぁ土を耕したり、穴を掘る事に光る要素なんて無いけど。
村長の家の前に戻る。
狼がいないと思っていたら、肉が焼けるのをじっと待っていた。ブレないねー。
そして料理をしている女性や子供達にチヤホヤされていた。モテモテだねー。
皆で肉祭り。こういうの久しぶりだなぁ。楽しいぞ!




