第1話【真夜中の足音】
夜の王城には、奇妙な噂があった。
誰もいないはずの廊下から、コツ……コツ……と足音が聞こえる。
朝になると、玉座の間の花瓶は別の場所へ移動し、食堂では夜食のパンやチーズが一つずつ消えている。
極めつけは、王様が楽しみにしているはずの特製プリンまでなくなっていたことだ。
衛兵は誰も侵入者を見ていない。
魔法使いも結界は破られていないと言う。
「幽霊ではないか……。」
「いや、妖精のいたずらだ。」
城中が落ち着きを失っていた。
ついに大臣は、王国最高の二人の刑事を呼び寄せた。
「王都特別捜査隊、ゼインです。」
「相棒のバルトです。」
黒いロングコートをまとった二人は、王城へ足を踏み入れた。
大臣は深々と頭を下げる。
「どうか、この怪事件を解決してください。」
そこへ王様も現れた。
立派な王冠をかぶり、威厳たっぷりの姿で言う。
「城の者たちが安心して眠れるよう、ぜひ犯人を捕まえてくれ。」
ゼインは静かにうなずいた。
「必ず。」
聞き込みは夜まで続いた。
料理長は首を振る。
「厨房には誰も入っていません。」
メイドは困ったように答える。
「朝になると花瓶だけが移動しているんです。」
近衛兵は胸を張る。
「誰一人、門を通っておりません。」
魔法使いは断言した。
「転移魔法も使われていません。」
バルトが腕を組む。
「つまり犯人は……。」
「城の中にいる。」
レオンが静かにつぶやいた。
翌朝。
現場を調べると、小さな証拠が見つかった。
床に甘い香り。
銀色のスプーン。
窓際には小さな足跡。
さらに、床には金色の丸い飾りが一つ落ちていた。
「ボタンか?」
バルトが拾い上げる。
ゼインはじっと見つめる。
「……珍しい細工だ。」
二人は城中を調べるが、同じ飾りは見つからない。
「今夜だ。」
ゼインは言った。
「犯人は必ず現れる。」
深夜。
二人は食堂の陰へ身を潜めた。
静まり返る王城。
時計の鐘が十二回鳴る。
ゴーン……
ゴーン……
その時だった。
コツ……
コツ……
足音。
黒いフードをかぶった人影が現れた。
音もなく厨房へ入り、棚を開ける。
パンを一つ。
チーズを一切れ。
そして冷蔵箱からプリンを二個。
「……やっぱり二個か。」
バルトが小声でつぶやく。
ゼインは手を上げた。
「今だ!」
二人は飛び出す。
「動くな!」
黒い影は驚いて振り返った。
「あっ!」
勢い余って何かが頭から転げ落ちる。
コロン……
床を転がったのは、美しく輝く黄金の王冠だった。
沈黙。
「……え?」
バルトの口が開いたまま固まる。
ゼインも目を丸くする。
「王……様?」
フードを外した人物は、気まずそうに笑った。
「見つかってしまったか。」
翌朝。
玉座の間。
大臣は報告を待っていた。
「犯人は誰だったのです?」
ゼインは静かに答えた。
「王様です。」
「ええええっ!?」
大臣は思わず椅子から立ち上がった。
「ど、どういうことですか!」
王様は頭をかきながら話し始める。
「実はな……夜になると眠れんのじゃ。」
「それで?」
「城を歩いて見回りをしておった。」
「花瓶は?」
「廊下が寂しかったから、少し動かした。」
「窓を閉めたのも?」
「風邪をひく者がおるといかんから。」
「ろうそくを替えたのも?」
「暗いと危ないじゃろ。」
大臣は少し感動した。
「王様……皆のために……。」
ゼインが一枚の紙を差し出した。
「では質問です。」
「うむ。」
「プリン二個は?」
「……。」
「パン三つは?」
「……。」
「チーズ半分は?」
「……。」
王様は視線を泳がせた。
やがて照れくさそうに笑い、両手を合わせる。
「……ごめんなちゃい。」
静まり返った玉座の間。
次の瞬間。
「ぷっ。」
最初に吹き出したのはバルトだった。
続いてゼイン。
そして大臣。
最後には衛兵たちまで笑い出した。
王様もつられて笑う。
「次からは夜食係に頼むことにする。」
大臣は苦笑しながらうなずいた。
「ええ。その代わり、プリンは一日一個です。」
「えーっ!?」
その日以来、王城の食堂には新しい張り紙が貼られた。
『夜食をご希望の方は、厨房へ一声おかけください。無断でプリンを持ち出さないこと。特に王様。』
その張り紙を見るたび、城の人々は笑った。
そして夜になると、王様は見回りの前に必ず厨房へ顔を出し、料理長へこう言うのだった。
「今日もプリンを一つ、お願いできるかな?」
料理長はにっこり笑って答える。
「もちろんです、王様。でも、一つだけですよ。」
王城には今日も、平和な笑い声が響いていた。




