表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者を庇って死んだ私が、二度目の人生で恋をした相手は執事でした  作者: 黒猫と珈琲


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/14

番外編 あなたは俺をどうしたいのですか④

 翌朝。


 窓を開けると、昨夜よりさらに雪が積もっていた。一面の銀世界。木々は白い花を咲かせたように雪をまとい、朝日を浴びてきらきらと輝いている。


「きれい……」


 イルザは窓辺に立ち、しばらく見入っていた。昨日も十分美しかったが、朝の雪景色はまるで別世界だった。


「おはようございます」


 振り返ると、アルベルトが湯気の立つティーポットを持って立っていた。


「おはよう」

「よく眠れた?」

「ええ。イルザは?」

「ぐっすり」


 イルザが笑うと、アルベルトも自然と口元を緩めた。



 二人は窓際の席へ並んで座った。


 宿の主人が焼いてくれたパン。ふわふわのオムレツ。温かなスープ。そして、湯気の立つミルクティー。


「いただきます」


 カップを口元へ運ぶと、優しい甘さが身体へ染み渡った。


「やっぱり雪の日はミルクティーが一番ね」

「そうですね」

「なんだか安心する」


 イルザは嬉しそうに笑った。


「初めて出会ったあの日も、雪でしたね」


 イルザの手が止まる。


「そうね」

「あなたが見つけてくれました」

「あの頃は、まさか夫婦になるなんて思わなかったわ」

「私もです」


 アルベルトは静かに微笑んだ。


「最初は命を助けていただき、恩返しができれば充分だと思っていました」

「でも、恩返しだけじゃなかったね」

「ええ」


 少し照れたように笑うアルベルトとともに、イルザは雪景色を眺めながらミルクティーを飲んだ。


 静かな時間だった。


 ふと、イルザが笑いをこらえるように唇を押さえる。


「どうしたの?」

「ううん」

「……イルザ?」


 肩を震わせていたイルザは、とうとう吹き出した。


「ふふっ」

「そんなにおかしいことですか?」

「ごめんなさい。急に昨日のことを思い出しちゃって」


 アルベルトの動きがぴたりと止まる。


「昨日……ですか」

「うん」


 イルザは悪戯っぽく笑った。


「俺」


 アルベルトは静かにカップを置いた。耳が少し赤い。


「……忘れてもらえるものと」

「忘れない。むしろ、ずっと覚えてる」

「困りましたね」


 額へ手を当てるアルベルトに、イルザは不思議そうに首を傾げた。


「そんなに恥ずかしい?」

「かなり」

「どうして?」


 アルベルトは少し息を吐いた。


 どう説明すればいいのだろう。


「昨日、私は何度も心臓が止まりそうになっていました」

「え?」

「雪の中で抱きつかれました」

「寒かったから」

「肩へ寄りかかられました」

「暖かかったから」

「手を繋がれました」

「恋人……じゃなくて、夫婦だもの」

「最後には」


 アルベルトは少し視線を逸らした。


「『キスして』と」


 イルザの頬がほんのり赤くなる。


「……うん」


 アルベルトは少し苦笑した。


「私は、あなたが思っているほど余裕のある人間ではありません」

「そうなの?」

「あなたが笑うだけで嬉しい。名前を呼ばれるだけで嬉しい。手を繋がれるだけで、鼓動が速くなります」


 イルザは黙って聞いていた。


「抱きつかれれば、理性を保つのに必死です。だから昨日は、思わず“俺”などと言ってしまいました」


 しばらく黙っていたイルザが、やがて小さく笑う。


「嬉しかった」

「……嬉しい?」

「うん。そんなふうに思ってくれてたなんて知らなかった」

「知られないようにしていましたので」

「大成功ね」

「ええ」


 二人で笑った。


 イルザはカップを置き、そっとアルベルトの手へ自分の手を重ねる。


「でも」


 柔らかな声だった。


「もう隠さなくていいよ」


 その一言が、胸へ染みた。


 執事だった頃は、何も言えなかった。


 想いも。嫉妬も。苦しさも。


 すべて胸の奥へしまい込んでいた。


 けれど今は違う。


 もう、夫婦なのだ。


「ねえ」


 イルザが少し身を乗り出す。


「お願いがあるの」

「何でしょう」


 少し照れながら笑ったイルザを見て、アルベルトは嫌な予感がした。


「もう一回」

「……何を?」

「俺」


 やっぱり。


 思わず苦笑が漏れる。


「難しいお願いです」

「一回だけ」

「イルザ」

「お願い」


 上目遣いで見つめられる。


 本当に、この人は自分を困らせる天才だ。


「……分かりました」


 アルベルトは立ち上がり、イルザの前へ歩み寄った。


 そっと腰をかがめる。


「アルベルト?」


 耳元へ顔を寄せると、イルザは少しだけ肩を震わせた。


 アルベルトは小さく笑う。


 今度は、照れなかった。


 静かに。


 けれど、はっきりと囁く。


「……あなたは俺の妻ですから」


 その瞬間、イルザの顔が一気に真っ赤になった。


「え……」

「そ、それは反則……」


 耳まで赤く染めて俯く。


 今度はアルベルトが笑う番だった。


「昨日のお返しです」

「そんなのずるい……」

「おや。イルザも、私をずいぶん困らせてくれましたので」


 イルザは照れ隠しのように、アルベルトの胸へ額を預けた。


「じゃあ……おあいこ」

「ええ」


 アルベルトは優しく、その肩を抱き寄せる。


 窓の外では、雪が静かに降り続いていた。


 あの日。


 雪の中で始まった二人の物語。


 あの時はまだ、恩返しだと思っていた。


 けれど今は違う。


 この腕の中にいる人は、守るべき主人ではない。


 人生を共に歩む、かけがえのない妻だ。


 アルベルトはイルザの髪へ、そっと口づけを落とした。


「帰りましょうか」

「うん」


 イルザは微笑んで頷く。


「帰ろう」


 雪景色の向こうには宿がある。


 そして、その宿を出た先には、二人が帰る屋敷がある。


 どこへ旅をしても。


 どんな景色を見ても。


 最後に帰りたい場所は、もう決まっていた。


 それは――


 あなたの隣だった。






【完】


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

面白かったら、ブックマークや評価(★)をいただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ