表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/35

※第十八話 進化する治癒魔法

「……すまない、エレナ……」


 カインは苦痛に顔を歪めながらも、最後の力を振り絞り、周囲の獣人たちと共に敵を討ち果たすと、エレナを心配させないように微笑んだ。


「また、いつものように……回復魔法を、かけてくれる……か……な……」


 そう言ってカインは、力尽きて倒れ込むと、動かなくなってしまった。


「そんな……立つのよカイン!返事をして!」


 カインのぐったりとした様子を見たエレナは、血の気が引くようなショックを受けて、思わず叫んでしまう。


 顔面蒼白になりながら駆け寄ると、急いで両手を重ね、温かい光を宿した回復魔法をカインの体へと注ぎ込む。


「お願い……すぐにカインの傷を治して! このままじゃカインが……カインが!」


 眩い白い光がカインを優しく包み込む間も、エレナの心は不安に揺れていた。

 必死に彼の名を呼ぶ声にも、カインは弱々しくしか反応を示さない。


「なんとか出血は止まったけれど、傷口が……塞がらない……?一体、どうして……」


 やがて、回復魔法の効果で、深い傷口は表面上は閉じたものの、それ以上の治癒の兆しはほとんど見られなかった。

 これまで何度もカインの怪我を治療してきたエレナにとって、このような事態は予測不可能だった。


「どうしたというの!また……また肝心な時に私の力は役に立たない!」


 焦燥感に駆られたエレナは、少しでもカインを回復させようと、自身の内なる清らかな魔力をさらに集中的にカインへと注ぎ続けた。

 しかし、その努力も虚しく、ほとんど効果は得られなかった。


「……どうして……力が……戻らないんだ……」


 意識が朦朧としているのか、カインは、蚊の鳴くようなか細い声で呟いた。

 いつもなら、すぐに回復魔法の効果が現れるのに、今回はどういうわけか治らない。

 カインも明らかな動揺を隠せないでいた。


「わからない。ごめんなさいカイン……」


 エレナは、カインの傷を癒せない己の無力さに責任を感じ、目にうっすらと涙を浮かべ、喉を絞るような声で謝罪した。


「何回、回復魔法を試したかしら……ようやく傷口が塞がったみたいね。失血は止まったみたいだけど、完全には治せていないから、まだ無理はできないわ。カイン、このままここで休んでいてね」


 安堵の表情を浮かべたエレナは、そう呟くと、カインに微笑みかけた。

 しかし、カインの顔は依然として苦痛に歪んだままで、額には冷たい汗が滲んでいる。


「……傷が、深すぎるっていうの……?」


 小刻みに震える手をカインの胸元にかざし、再び清らかな治癒の魔力を送り始めたエレナの顔には、焦りの色が濃くなっていた。

 カインを救おうとする彼女の青い瞳の奥には、隠しきれない疲労の色が滲んでいた。


「駄目だ、エレナ。カインを連れて、一旦あの屋敷まで下がるんだ!」


 激しい剣戟の合間を縫って、リリアは俊敏な身のこなしで迫りくる魔物を薙ぎ払いながら、不安げな表情でカインとエレナの二人を見つめ、後退を促した。


「駄目よ、リリア!今、カインを動かしたら、かろうじて塞がった傷口がどうなるかわからない!今度また、激しい出血が起こったら、次はもう、私の魔法でも治らないかも知れない!」


 エレナの青い瞳には、深い葛藤の色が浮かんでいた。


「大切な仲間であるカインを危険に晒すなんて、私には出来ないわ! だけど、このままここに留まってもカインの命が危険に晒されてしまう……どうすればいいの!?」


 エレナの切迫して懇願するような声に、リリアはそれ以上、何も言えなくなってしまった。


「それなら今のリリアにできる事は一つ。ようやく出会えた、絆を結べそうな人族の二人を守り抜くことだ」


 そう言ってリリアは迫り来る魔物たちに牙を向け、命懸けでその場を守り抜くための覚悟を決めた。


「すまない……僕の油断でみんなを危険な目に合わせてしまって……」


 そんな二人の姿を、朦朧とする意識の中で見ていたカインは、深い悔恨と申し訳なさを感じていた。


「大丈夫か、お前たち。よくここまで持ち堪えていたな」


 その時、嵐のように棍棒を振り回しながら三人の元へ駆けつけたガルガは、カインの状態を一瞥すると、魔王討伐で培った経験に基づく知識をエレナに授けた。


「本来、回復魔法とは、その者が持つ自然治癒力を高めるもの。しかし、その若者は度重なる激戦により、これまで過剰なまでに回復魔法を受けてきたのではないか?もしそうであれば、その自然治癒力は既に枯渇している可能性が高く、回復魔法の効果は現れぬだろう」


「ではどうすれば?」


 エレナは藁にもすがる思いで、ガルガに尋ねた。


「時が解決してくれるのを待つしかないな。あるいは、かつて勇者パーティーを支えたマリア殿は、それさえも解決していたが……」


 ガルガはそう言いながら、言葉に詰まった。


「聞かせてください、その方法を!」


 エレナは、まるで唯一の希望にすがるように、焦燥の色を濃く浮かべた深く青い瞳でガルガに問いかけた。


「自身の体力を魔力に乗せて治癒していたのだ。つまり、一時的とはいえ、自分を犠牲にしていたということだな」


 ガルガは、遠い過去を思い出しながら呟くと、エレナに真剣な眼差しを向けた。

 その表情は、エレナに、その覚悟があるのかと、問いただしているようだった。

 エレナは、その問いかけに、覚悟を決めた表情で応えると、視線をカインの元へと戻した。


「お願い!カインを助けて!私の力をカインに!」


 そう言って治癒魔法の光をカインに送り込む。

 それでも、まるで石のようにカインは反応を示さない。

 焦りを募らせたエレナの青い瞳は決意の色を宿し、より強くカインを想い、回復を祈った。


「お願い……私の命が必要なら、それでも構わないわ……!」


 その小さな唇から絞り出された最後の祈りが空気に溶けた瞬間、エレナの体から放たれる温かい光がまず増幅し、眩いばかりの輝きを放った。

 すると、今までまるで石のように反応のなかったカインの傷口が、まるで巻き戻されたフィルムのように、ゆっくりと確かに再生し始めたのだ。


「凄い……もしかしたら、これがマリアさんが話していた、清らかな力を使いこなすということなのね。清らかな力が覚醒して回復魔法が進化したみたいだわ!」


 エレナは、自身の力が新たな段階に達したのを実感し、喜びを覚えていた。

 やがて、カインは傷が癒されると、苦痛に歪んでいたその表情にも、安堵の色が広がり、穏やかなものへと変わっていった。


「エレナ……ありがとう……これでまた、剣を振るうことができる!」


 カインはようやく目を開き、心配そうに見守っていたエレナの顔を見て、深く感謝の言葉を伝えた。

 彼の瞳には、再び戦う意欲が宿っていた。


「もう無理しちゃ駄目よ。みんなと一緒に戦って!」

「まったく……毎回、心配をかけさせる男だ」


 エレナとリリアの言葉に、苦笑いを浮かべながら、カインは集落を襲う魔物の群れとの戦いへと戻っていった。


 集落のあちこちで激しい戦闘が繰り広げられていたが、ガルガを先頭とする獣人たちと、連携の取れたカインたちを前に、やがて魔物たちは徐々に数を減らしていった。


 そして、最後に残された、トロルの巨大な棍棒がカインに向かって振り下ろされる。


「カイン、危ない!」


 エレナの悲鳴が上がる中、カインは紙一重でそれを躱し、トロルの巨体を翻弄する。

 その隙を見逃さなかったリリアが、低い姿勢から超人的な速度で肉薄し、研ぎ澄まされた爪をトロルの喉元深くに突き立てた。


「やった……!」


 リリアの短い勝利の声と共に、トロルは断末魔のように唸りながら、音を立てて崩れ落ちる。


 その決定的な瞬間を見届けたガルガが、天に向かって咆哮を上げる。


「ウォオオオオッ!終わったぞ!我らの勝利だ!」


 その勝利の雄叫びに呼応するように、周囲の獣人たちからも歓声が沸き起こる。


「ウオォぉぉ!」

「族長!」

「やったぞ!」


 歓喜の声が夜空に響き渡り、勝利の波が集落全体を包み込んだ。


「あれほどの数の魔物を……本当に倒したんだな……」

「なんとか、生き延びることができたわ……」


 カインとエレナは、ようやく張り詰めていた緊張が解けたように、穏やかな安堵の表情を浮かべた。


「お前たちの協力のおかげだ。仲間たちもほとんど犠牲を出すことなく、集落を守り抜けた!」


 そう言ってリリアは、満面の笑みで二人に温かい抱擁を交わし、ありのままの感謝の気持ちを伝えた。


 その親しげな行動に、エレナは笑顔で応じたが、カインは喜びを分かち合いながらも微妙な照れ臭さを感じていた。

 そして、ふと新たな視線に気づいたカインの表情は、少し気まずいものへと変わった。


「……今夜は、勝利を祝う宴を開く。お前たちも少し楽しんでいくと良い……」


 そこには何か言いたげな、微妙に強張った笑顔を浮かべたガルガの姿があった。

 先ほどまでの勇猛果敢な戦士の面影はなく、不安そうにさえ思えるものだった。


 その夜、満天の星が輝き、心地よい風が吹く集落の広場は、打楽器や遠吠えの音が楽しげに響いていた。

 いくつもの篝火の周りには、たくさんの獣人たちが集い、勝利の宴で歌や踊りに興じていた。

 宴の喧騒が一段落し、篝火の勢いも少し落ち着いた頃……


「それは……かつてマリアが我らを癒してくれた、あの清らかな力による回復魔法に、よく似ているな」


 目の前で繰り広げられた優雅な治癒の光景を克明に目撃したガルガは、懐かしい記憶を呼び起こすように深く頷き、心から感嘆の息を漏らした。


「はい。この力は、マリアさんから受け継いだものです。今にして思えば……あの時、マリアさんは魔王の指輪の、隠れた力を使って、この能力を私に移してくれたのだと思います」


 エレナは、 戦いでカインの危機を救ったのは、勇者パーティーの命を繋ぐ回復役である、マリアの偉大な功績であると、明確な発言を避けながらも、安直に示唆した。


「……それで、その大切な回復役であるマリアは、今はどうしているのだ?」


 ガルガの低い声の問いかけに、楽しげな宴の場にいたカインを含めた三人が、重い石のようなものを喉に詰まらせたかのように、言葉を失ってしまった。

 周りが賑やかな中、思い沈黙がその場だけ、支配した。


「マリアさんは……私にこの力を託して、すぐに亡くなられました。もしかしたら、燃え尽きようとしていた命を繋ぎ止めていた、最後の砦だった回復魔法を失ってしまったからかもしれません……」


 エレナは、力を与えてくれた恩人への申し訳なさからか、深く青い瞳を伏せながら、かすかに声を震わせて答えた。


「そうか……あの恩義あるマリアまで……」


 ガルガの無骨な顔には、かすかに悲しみの色が滲んだ。

 昔からの大切な友をまた一人失ってしまった喪失感は、彼の胸に深く重い影を落としているようだった。


「早すぎる……別れだな」


 偉大な才能と優しさに溢れた彼女が、寿命を全うするにはあまりにも早くこの世を去ってしまった事実に、ガルガは隠しきれないショックを覚えているようだった。

 無骨な彼の声には、かすかな動揺が混じっていた。


「お前たちのおかげで、魔物の脅威は去った。獣人族の族長として、心からの礼を言う。ありがとう、カイン」


 その言葉を耳にして、カインは、ガルガから初めて名前で呼ばれたことに気付き、一人前の戦士として認められたような誇らしい満足感を覚えていた。

 ガルガの屈強な体から発せられた言葉には、以前のような厳しさはなく、率直な感謝の念が込められていた。

 その深く刻まれた顔には、かすかな安堵の色さえ見て取れた。


「僕らが倒した魔物なんて、あんたが、あのでっかい棍棒でブッ飛ばしてた魔物の数に比べたら、可愛いもんさ」


 カインは、目の前で繰り広げられたガルガの圧倒的な力を思い返し、隠しきれない衝撃の色を瞳の奥に宿しながら、正直な感想を述べた。

 彼の脳裏には、棍棒の一振りで何十体もの魔物をいとも簡単に粉砕していく、あの光景が焼き付いていた。


「いや、お前の不屈の戦いぶりは……まるで、はるか昔のアレクを彷彿とさせる者だった。そして、その娘……エレナと言ったか。偉大なるマリアの、清らかなる力を受け継いだのだな……」


 ガルガは、カインの何度も挑もうとする諦めない闘志と、優雅なエレナの金色に輝く回復魔法を交互に見つめながら、遠い記憶の糸をたぐり寄せるように、感慨深げに低い声で呟いた。

 彼の脳裏には、勇者アレクの決意に満ちた横顔と、大切な癒し手マリアの温かい微笑みが、鮮やかに蘇っていたのかもしれない。

 そしてガルガの精悍な顔に、再びかすかな悲しみの色が宿った。

 古い記憶の表面に、何かを思い出すように、ほんの少し暗い影がさしたようだった。


「あなたは母さんの事も……知っているんだな?」


 カインの声には、ほんのわずかな震えが混じっていた。


「これまでの旅で、一度も出会うことのなかった、母さんの過去を知る人物と出会えるなんて……」


 予期せぬ出会いに、彼の胸には温かい感動が静かに広がっていた。


「ああ……マリアは、我々かつての勇者パーティーを回復的な面で支える、かけがえのない存在だった。彼女の献身的な癒しは、肉体的な苦痛だけでなく、時には我々の心の支えにもなってくれていたのだ」


 ガルガの低い声には、はるか昔の記憶への深い追慕の情と、偉大なマリアへの心からの感謝の念が込められていた。


「そして、妻として、アレクを最後まで支え、我も知らぬ奴の最期を見届けた、唯一の人物だったのだ。彼女は、魔王討伐後のアレクと何かを隠し、必死に守ろうとしていた」


 ガルガの言葉は、ひどく重く響いた。

 それは、偉大な英雄のまさに最後の瞬間を知る、たった一人の証言であり、カインの胸に特別な感慨と、新たな疑問の種を静かに植え付けた。

 彼の遠い瞳は、亡き友への 深い哀悼の念と、隠された謎への苦悶の色を湛えているようだった。


「そう……彼女と初めて出会ったのは、恐ろしい魔物の群れに無慈悲に滅ぼされた、寂れた村を偶然訪れた時のことだった……」


 そう呟きながら、篝火を見つめるガルガの視線は遥か彼方、過ぎ去った日々へと吸い込まれていった。

 そのごつごつした顔には、微かな光が灯り、まるで遠い昔大切にしまっていた宝箱をゆっくりと静かに開ける時のように、じんわりとした喜びと懐かしさに満ちた、穏やかな表情が浮かんでいた。

 その場にいた者たちも、息を潜め、緊張した面持ちでガルガの次の言葉を待ち、周囲はそこだけ隔離された空間のように、張り詰めた静寂に包まれた。


 カインたちは、古の巨人が語り始めた、偉大なるマリアの過去の物語に、固唾を呑んで見守った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ