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※第十六話 獣人ガルガ

 族長ガルガの圧倒的な威圧感に、カインは思わず息を呑む。


(もし剣を交えることになったなら、僕なんか虫けらのように、一瞬で殺されてしまうだろうな……)


 カインは本能的にそう悟った。

 そしてリリアはガルガと対面し、久しぶりのあまり駆け寄ろうとするが、思いとどまる。

 その様子を見たガルガは、威厳を持って頷き、まるでリリアに、それで良いのだと伝えたように見えた。

 親子は久しぶりの再会を、無言のまま、熱く交わした視線によって、存分に味わっていた。

 周囲の獣人たちも、リリア親娘の再会を温かい眼差しで見守っていた。


 その時だった。

 広間の奥に鎮座するガルガの、金色に輝く強烈な双眸が、カインを射抜いたのは。


(なんだこの威圧感は……まるで重い鎖で全身を縛られたようだ……)


 カインはその場に釘付けになった。

 しかし偉大な獣人の瞳には、カインを値踏みするような冷たい光ではなく、温かい 、それでいてどこか悲しい色が宿っていた。


 そして、その温かい眼差しがカインの顔の奥を探るように彷徨ううち、ガルガの強靭な表情が、目に見えるほどに揺らめき始めた。


(どうしたことだろう……あの獣人、まるで古い記憶の渦に巻き込まれたかのように、金色の瞳の奥に、様々な感情が押し寄せては引いていく……)


 カインは固唾を呑んで、その変化を見守るしかなかった。


 やがて、ガルガの強靭な唇が、 低く、しかしカインの魂に直接 響くような声を発した。


「……アレク、そしてマリアの……面影があるな」


 その予期せぬ言葉に、カインの心臓は激しく脈打った。


(この獣人、母さんだけじゃなく、父さんの事も知っているというのか?)


 カインは驚きのあまり、大きく目を見開いた。

 そして傍らに立つエレナとリリアの不安げな視線を感じながら、カインはガルガから目を離すことができない。


 その直後、リリアがカインの耳元で囁いた。


「カイン……あの方は、リリアの父上、ガルガ族長だよ。そして……かつて、あなたの父アレクと共に、魔王と戦った勇者パーティーの……戦士だったんだ」


 リリアの言葉は、カインの頭の中で轟いた。


(目の前にいる偉大な獣人が、父の勇者時代の戦友……?)


 信じられない思いと、突然現れた繋がりへの認識が、カインの胸の中で渦巻いた。


(それじゃ、あの悲しさと温かさを帯びた眼差しは、僕にとって、良い情報と悪い話があると、暗に伝えているという事か……)


 ガルガの眼差しは、カインにとって過去への入り口のようにも感じられた。


 ガルガは、遠い日の記憶を慈しむように、ゆっくりとした口調で語り始めた。

 偉大な戦士の瞳の奥には、懐かしさと、ほんの少しの感傷が宿っているようだった。


「アレクの息子よ。我がまだ若かりし頃、己の爪牙を磨き、獣人としての頂を目指し、世界を放浪していた頃の話だ。各地の強者と刃を交え、力尽くで己の限界を押し広げようとしていたのだ」


 ガルガの声は、まるで古木の年輪のように、重みと深みを増していく。


「そんな旅の途中、一人の男と出会った。何度、我がその男を打ちのめしても、奴はいつも屈託のない笑顔で、何度も我に戦いを挑んでくるのだ。雨の日も、風の日も、決して諦めることなく。そして、次に現れる時には、以前よりも必ず強くなっていた。信じられん男だった」


 ガルガは、まるで昨日のことのように、その男の不屈の精神を思い起こしていた。


「しかし、ある日を境に、奴は我の前に姿を見せなくなった。どうしたのかと心配になり、彼のことを探してみたのだ。すると、亜人の村を襲った巨大なドラゴンを討伐しようとして、逆に打ち負かされ、その村で傷を癒やしておるというではないか」


 ガルガの声には、驚きと、そして僅かながら敬意のようなものが混じり始めた。


「我よりも弱い奴が、我よりも遥かに強いドラゴンに、しかも異なる種族を救うため、命を懸けて立ち向かうなどとはな。我がこれまで知っておった人族とは、まるでかけ離れた姿だった。その時、我の中で何かが音を立てて変わったのかもしれん」


 ガルガは、遠い日の懐かしい心の動きを確かめるように、静かに言葉を紡いでいた。


「気が付けば、我は奴の元を訪ね、共にそのドラゴンを討とうと話していた。今にして思えば、義理を重んじる獣族の血が、そうさせたのかもしれん。その後、何度か力を合わせても敵わずに敗れはしたが、それでも諦めずにドラゴンに挑み続け、やがて、ついにそれを撃ち倒したのだ。その後も、幾度かの死闘を共にするうちに、我らはいつしか、互いを深く信頼する、かけがえのない仲間として認め合うようになっておった」


 ガルガの語る言葉の一つ一つが、カインの心にじんわりと染み渡った。

 最強を目指していた孤高の獣人が、一人の人間の勇気に心を動かされ、絆を育んでいった。

 その物語は、カインにとって新鮮で、そしてどこか温かい光を灯すようだった。


「その後、我らは新たな仲間を加えながら、共に腕を磨きあい、世界中を旅する中で、古代の謎や強い魔物に挑む困難な旅路を歩んだ」


 そこまで話したガルガは思い出に浸るように瞼を閉じると、深く息を吐き出し、再び語り始めた。

 その瞳には、確かに仲間への信頼と、未来への希望が輝いていた。


「そしてあの日、ついに魔王との激戦を制し、平和を迎えた世界への凱旋を果たしたのだ。まさに我らの関係が頂点を迎えた瞬間だった」


 彼の言葉には、懐かしむような温かさと、偉大な英雄への深い尊敬の念が込められていた。


「しかし……」


 そこでガルガが落胆の色を浮かべると、その黄金の瞳から光が消え失せていった。


「奴は、倒したはずの魔王の残滓に精神を蝕まれ、苦しんでいたのだ。奴は魔王の死の間際、何か、呪いのようなものをかけられていたのだ」


 そこまで話したガルガの顔は苦渋に満ちたものだった。

 周りの獣人たちもその気配を察して、固唾を飲んでガルガの言葉に耳を傾けている。


「始め、その呪いのような残滓が何なのか、我らにはわからなかった。そしてその正体に気づいた時には、既に手遅れだったのだ……」


 言葉の端々には、 激しい後悔の念が宿っているのを、カインは感じ取っていた。

 特に魔王との最終決戦後に起こった「何か」について語ろうとする時、ガルガの力強い声は激しく震え、訴えかけるような瞳の奥には、深い悲しみと著しい自己嫌悪の色が浮かび上がる。


「もうそこには、あの、屈託のない笑顔を浮かべる、奴の姿はなかった。居たのは、己が新しい次の魔王を目指そうとする、悪意に満ちた男の姿だった。全ては、気付いてやれなかった我らが悪いのだ……それでも一人、変わり始めた奴を救おうとしたマリアは……」


 懐かしい友の顔を思い浮かべていたガルガは、そこで言葉が途切れてしまう。

 そこには、族長としての威厳のかけらもなく、ただ打ちのめされ、大切な無二の親友を失った、悲しくも哀愁漂う男の姿しか無かった。


 夕焼けが獣人たちの集落を茜色に染め上げる中、カインやガルガたちが集まる広間には言いようのない沈黙の時が訪れていた。


「やはり我らのような矮小な存在が、神の道具に手を出すべきではなかったのだ。まさに禁忌。奴は魔王との戦いで疲弊した世界を救おうとしたところまでは、英雄であったのに……我が生涯最高の友と認めた男であったのに……なぜ……」


 しかし、次の瞬間、その瞳の色が翳りを帯びる。

 口元には、言い表せないほどの苦渋が滲み出ていた。


「後から聞かされたのだが……あの戦いの直後、奴は……信じられん『ある行動』を取っていたのだ」


 その言葉に、カインの全身の神経が研ぎ澄まされた。


(ある行動? 偉大な英雄であるはずの父さんが、勝利の後に一体何をしたというのか?)


 ガルガの声音に宿る隠された疑念と、自らの行動に対する後悔の色が、カインの探究心を激しく掻き立てた。


「『ある行動』、ですか?それは一体、どんな行動だったんですか?」


 カインは、前のめりになり、ガルガの言葉を促した。

 その瞳は、真実を知りたいという純粋な好奇心に燃えている。


 しかし、ガルガはカインの問いを真正面から受け止めようとはしなかった。

 深く刻まれた皺が、彼の苦悩を物語る。

 重い沈黙の後、絞り出すような声で彼は言った。


「……今はまだ、話す時ではない。いずれ、お前にも話さねばならぬ時が来るだろう。だが、今はまだ……」


 その言葉は、カインの胸に重くのしかかった。


(目の前に真実があるのに触れられそうで触れられない)


 そのもどかしさが、カインの探究心を激しく煽る。


(どうしてガルガは語ろうとしないのか? その「ある行動」には、一体どんな秘密が隠されているんだ?)


 カインは、助けを求めるように、近くにいるエレナやリリアに視線を向けた。

 彼女たちの表情は、ガルガと同じように曇っており、口を固く閉ざしている。

 彼女たちの瞳の奥には、何かを恐れているような、あるいは悲しみを堪えているような光が宿っているように見えた。


 周りの獣人たちも、ガルガの言葉に息を潜め、重苦しい雰囲気があたりを包んでいた。

 誰もが、その「ある行動」について知っているのに、語ろうとしない。

 カインには、そのように感じられた。

 その異様な沈黙は、カインの心の中で、一層強い疑問と焦燥感を掻き立てる。


(真実は……一体、何があったんだ……?父さんは、やはり母さんから聞かされたような、英雄じゃなかったのか……?)


 カインの心の中で、様々な憶測が渦巻いた。

 尊敬していた英雄への疑念、真実を知りたいという渇望、そして、ガルガや周りの獣人たちが抱える深い悲しみ。

 それらの感情が複雑に絡み合い、カインの心を激しく揺さぶるのだった。


 そしてガルガは、カインが持つ魔王の指輪へと視線を向けた。


「その指輪には神話級の魔力が宿っている。だが等価の危険も孕んでいるのだ」


 ガルガの声は、深い重みを帯びていた。

 彼は、かつてアレクと共に戦った戦友として、息子であるカインに指輪の危険性を厳密に警告する。


「獣人族の伝承にも、神を装った悪魔が、人を操るための宝具が存在すると伝えられている。その指輪はまさにそのような物だ。実際、奴は、その指輪を手にした日から人が変わってしまった。できる事なら、それは、今すぐ捨ててしまうべきだ」


 カインは、ガルガから、母マリアに聞かされていなかった、魔王討伐後の父の異変を聞くと共に、指輪に対する警告を受ける。


「母さんから託された魔王の指輪を、無責任に捨てることはできません」


 カインわガルガの目を見て、はっきりと答えた。

 しかし同時にある思いがその脳裏に蘇る。


(だけどガルガの話じゃ、指輪には魔王の残滓があって、呪いがかけられてる、って事だろ? それじゃあの時、指輪から聞こえた声は……)


 一瞬カインの表情が曇る。

 しかしすぐに、真実を明かすという決意を思い出すと、その瞳に光が戻る。


「どうして父さんが命を落として、母さんは、あんな、人から隠れるような生活をしなくちゃいけなくなったのか、僕には確かめる必要があります。そのためにも、この指輪の謎を調べなければならないのです」


 そう答えたカインの胸には、指輪に対する更なる不安と、父の真実へのより深い探求心がゆっくりと、しかし確実に育つのだった。


 リリアは、いつもは堂々と威厳のある姿しか見た事がなかった父ガルガが、意気消沈した姿を見て、困惑していた。

 しかし、父の落胆の原因を、カインと共に解き明かし、父の過去に対する苦悩と後悔を解消しようと、決意を固める。


 エレナは、予想だにしない展開に言葉を失いながらも、カインのしっかりした目を見つめていた。

 そしてマリアから託された回復魔法で、カインの旅の手助けをして、共に指輪の謎を解明しようと心に決めていた。


(父さんが乗り越えられなかった、魔王の指輪の呪いを、そして謎を解明し、破壊する事で、両親を救う事になるんじゃないか?)


 カインは改めてそう考えた。


(そのために、勇者であった父アレクを乗り越えなければならない)


 勇者を超える存在になる。

 カインの胸にはそんな目標が芽生え始めていた。

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