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器用貧乏のプロ野球サバイバル記  作者: あるでぃす
『オフシーズン』編
8/24

#7『家族になろう』





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





俺、人見蒼矢には、もうは『()()』はいない。



父は、物心つく前には不慮の事故で亡くなっていたし、

母も、随分前に病気で亡くなっていた。


祖父母はいるが、『家族』と呼べるような間柄ではなかった。




それに……幼少期を過ごした家さえも、もうない。


母が亡くなる直前に、

もう必要ないからと地主に明け渡してしまったからだ。


京島にあった、木造のボロボロの平屋。

それでも、沢山の思い出の詰まっていた愛する我が家。


しかし現在では、曳舟駅周辺の再開発や道路の整備工事に合わせるように、現代的でおしゃれなデザイナーズハウスに建て替えられており、最早まったくもって見る影もない。






ふと、母が亡くなった日のことを、思い出す。


彼女は、自分が高校に入った頃には既に病院生活で、半ば寝たきりという状態だった。


それでも、自分が会いに行けば変わらない笑顔で接してくれたし、活躍らテレビで見てるよ……と、いつも励ましてくれたし、いっぱい褒めてくれた。



けれど。俺がプロ野球の世界に入ってから、病状は悪化。

日に日に弱って行く様子をビデオカメラ越しに見て、どうにもならない無力感に泣きたくなったこともあった。



──そして、その年の9月。俺がプロ初登板初勝利をした3日後に、それを見届けるのが役目だったかのように、最期はあっさりとこの世を去った。




ショックだった。


いずれこうなるってことは、ずっと覚悟していたつもりだったけれど。それでも、その日は一日中涙を流した。







──そんな折だった。()()が来たのは。



「そーくん!! 私だよ!! 開けて〜〜!!」



突如としてドンドン、と鳴り響くドア。


と一緒に外から聞こえてくる聞き馴染みのある声に、まさか……と思いながら、ゆっくりとドアを開けると。




「えへへ。そーくんのこと心配だから、来ちゃった」



そこには、そう言って笑う彼女、諸星菜月がいた。


……そこは、選手寮だというのに。乗り込んできていたのだ。





それからというものの。


俺の生活に、彼女の存在が“再び”入り込んできた。



どうやら寮の近くに暮らし始めたらしく、「管理栄養士になるために、たまたま広島の大学に入る必要があったから来ただけ」と言い張って、毎日のように電話で。ビデオ通話で。そしてときには対面で、菜月は話しかけてきた。



……彼女は、母のことについては一度も聞かなかった。


ただ、毎日のようにたわいもない会話に付き合ってくれて。

彼女の家に遊びに行けば、美味しいご飯を作ってくれて。

そして、優しく励ましてくれた。



──そんな彼女に、俺は救われたのだ。








4年目のオフに選手寮を退寮してからは、これまで一切手をつけていなかった契約金を使って、近くに家を買った。


もちろん、年俸的にそんな無理は出来ないので、築年数もそれなりのかなり安い中古物件だったが、そんな雰囲気がどこか懐かしくて、とても安心できたのを覚えている。




──そして、気がつけば。


そんな新居にて、俺たちは2人で暮らしていた。


大学を卒業した彼女は、「タダで住まわせてもらう訳にはいかないから」と就職した上で、毎日栄養バランスとアスリートとしての必要量を考えた食事を作ってくれ、野手に転向した俺の日々を献身的に支えてくれた。


周りから見れば、ただの夫婦でしかなかったことだろう。




──それに、実際のところ。


俺も、彼女のことは()()()()のように想っていた。







……けれど。


これは、本当に。ただの言い訳にはなるけれど。




()()()()()()の家族になってしまったら。


また、『かつての家族』と同じくどこかへ行ってしまいそうで。


…………怖かったのだ。




現状の、最高に居心地のいい生活。


大切な幼馴染、諸星菜月との日々。


それでいいじゃないか。



──気がつけば。


そういう風に思うようになってしまっていた。


 




そして、彼女もまた。

()()()()()()を持ち掛けてくることはあまりなかった。


ときどき俺を揶揄うように、笑って言うことがあるだけ。




──いや、分かっている。


冗談めかして言っているけれど。

本当はそれが、彼女の隠している本心なのだ。





そう。だからこそ、俺は─────。









〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 




「──それで……ど、どうでしょうか……」


指輪をカッコつけたポーズで差し出したまま、人見は尋ねる。

緊張のあまり、思わず敬語になってしまっていた。



「────え!! あ……そっか、そう……だよね!!」



そんな彼の情けない言葉から、数秒。


同じく全身が固まったように硬直して、目を点にしていた菜月が、ようやく我に返ったように動き出す。


そして、彼女は少しだけ俯いて。





「────ご、ごめん……」


「えっ」


まさかの返答に、人見の頭が真っ白になる。

まさに絶望。目の前が真っ暗になったかのような感覚に陥る。




「──あっ……いや、そういう意味じゃなくて……っっ!!」


そんな人見の様子を見た彼女が、慌てて手を振る。


「ち、違うのか……?」と俯いた顔をゆっくりと上げた、人見の両の眼に映ったものは。





「わ、私……うれ、しく……って……っっ」


そう語って顔をぐちゃぐちゃに歪める、菜月の姿だった。


涙が、徐々に、ポロポロと流れる。





──それを見て。


人見の心を、激しい自己嫌悪と後悔が襲った。



自分は、今まで何をしてきたんだ、と。


もっと。もっと早く、こうするべきだったのだ、と。




……けれど、過去に遡ることはできない。


今はもう、今から出来ることをやるしかないのだ。







「──ごめん、本当に。こんなに遅くなって」



そう言って、人見は彼女を優しく抱きしめる。



菜月の身体はあったかくて、柔らかくて。愛おしく。

それでいて少し震えているのが、人見にも分かった。




「それは……私も、だから……!!」


そんな人見を、力強く抱きしめ返しながら、菜月は語る。



「私も、怖くて。もし、踏み込んじゃったら、()()()()()()()()んじゃないかって……!! だから、ずっと居心地のいい、幼馴染の同居人って関係に甘え続けてたの……!!」




──そんな、彼女の心からの叫びだった。



今までこっそりと溜め込んできた、心の奥底の気持ちだった。






そうして、人見たちは。


そのまま抱きしめ合い続けるのだった────。













──それから、暫くの時が経って。



ようやく色々と落ち着いた2人は、ソファーに横並びに座って、外の景色を眺めていた。


気がつけば外はもうすっかり暗くなっていて、暗闇を照らす東京の街の夜景が、いつもより綺麗に感じられた。




──そうして、ただその最高の景色を黙って見ていると。




「そーくん。私、頑張るから。今よりももっと頑張って、そーくんの『本当のパートナー』になってみせるから」


そう、隣の彼女は真剣な声色で言ってみせて。






そうして、2人の目があってから。


最高の笑顔で、こう宣言するのだった。





「──最高の、『()()』になろうね!!」








──その瞬間。


人見の心が、がくんと震えた。


身体全身に響き渡るように。それでいて、心の奥深くのなにか、大切なところにまで突き刺さるように、



この感覚は一体なんなのか。彼が、分からないまま戸惑っていると、何かが頬を伝う感覚がした。


……少し遅れて、それが涙であることに気づく。





「──そーくん、どうしたの……?」


「あ、いや。なんか……勝手に……流れて、きて」



驚いた表情を見せる菜月に対して、そんなしどろもどろな言い訳しながら、人見は反対側に顔を向けて涙を袖で拭う。


でも、涙は止まらない。

むしろ、なぜかどんどん溢れてくる。





「──そーくん、おいで?」


人見がそれでも流れてくる涙を拭い続けていると、後ろからそんな甘い声が聞こえてきた。

チラッと目を向けると、菜月が大きく腕を広げていた。



「……いや、違うんだ。これはなんかの間違いで──」


「──いいから!! ……ほーらよしよしよし」



微かな抵抗も虚しく、人見は彼女にぎゅっと抱きしめられる。

そして、そのまま身体中を使って包み込むようにして頭を包まれて、優しく頭を撫でられていた。



──そんな訳で。


そこには、ポロポロと涙を零続けながら1コ歳下の女性に甘えている、なんとも情けない男が1人いた。


けれど。そうしてなすがままにされていると、心はぽかぽかした気持ちになって、とても安心している自分がいた。





──これが、『()()』、か。




これまでも、彼女とは()()()経験をしてきたけれども。


今は、そのどんな時よりも、ずっと心が満たされていた。





だからこそ。



人見も、ただ黙って。


その温かな彼女の優しさを、受け入れるのだった────。
















ガチャ。



「ただいまー。つっても、誰もいないか……って」


「「…………あ」」




「…………あーー、すまん。邪魔したな……、おっさんは今から飲みにでも行ってるから、お気になさらず……」



「ちょ!!! 待って違うんです!! いや、違くはないんですけども!! ちょっと待ってください、諸星さああああああああああああああんッッッ!!!!!」





そんな、人見の心からの叫びが。


夜のタワマン最上階に、鳴り響くのであった────。











【人見蒼矢 選手名鑑⑧】


《8年目》

昨季からは一転、開幕前には減量に取り組むと、自身で「スピードフォルム」と言ってのけた通り、今季は自己最高の盗塁数をマーク。昨季からホームラン数は大幅に減らすも8月までは3割に迫る打率を残し、自身の2度目の規定打席にも到達するなど、チーム4年ぶりのAクラス進出に大きく貢献した。

また、7月には野手登板で5年ぶりにマウンドを踏み、1回を投げ1失点に抑えた。そして、それだけでなく、自身初のスタメンマスクを経験するなど、今季1年間で全てのポジションを守りユーティリティプレイヤーとしても活躍を見せた。


[投手成績]

1試合 1回 9.00 0勝0敗0H

0奪三振 与四球0 与死球0 自責1


[野手成績]

.272(438-120) *4本 48打点 18盗塁 OPS.749

139試合 二塁打24 三塁打3 四球68 死球2 犠飛3

出塁率.372(511-190) 長打率.377(438-165)

IsoD.100 IsoP.105 15犠打 (527打席)


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