#5『人見の強み』
「──いや、何言ってるんすか諸星さん。それはいくらなんでも俺を買いかぶりすぎですよ」
「そうか? 私はそうは思わないが」
そうして苦笑しながらあっさり否定する人見に対して、諸星は真剣な顔色でそれをさらに否定する。
そんな彼の言葉に、人見はジト目になって。
「だって俺の通算打率、2割4分台ですよ? それでいてホームランバッターではないし、特別足がある訳でもない」
そうして彼は、自分自身を嘲るように笑う。
自ら何を言ってるんだ……という感じではあるのだが。
人見は、心の奥底で思ってしまっていた自分の劣等感を発露するようにして、言葉をぶちまける。
「そんな自分をなんとかしようと思って色々試しても、全部中途半端に終わる。それが俺なんですよ」
そうして、彼は吐き捨てるように呟く。
だが、実際そうなのだ。
結局自分に特別な才能なんか、なかったのだ。
人より成長が早くて、高校生としてはレベルが高い程度にいろいろ出来たからかつてはあれだけ輝けただけで、今じゃ所詮「それなり」でしかないのだ……!!
人見の口は、まだまだ止まらない。
「しかも、今季に関しては──ッ」
「──まぁ、一旦落ち着きなさい」
「…………はい」
諸星に両手で肩を掴まれ、人見は正気を取り戻した。
そして、今の今まで、自分が何を言っていたのかに気づき、さらなる自己嫌悪に陥る。
あんな自らを馬鹿にして貶す態度、プロとして最悪だ。
しかし、そんな人見を見て。
諸星は特に咎めることもなく、目を閉じて。
「確かに。蒼矢くんの言うとおり、君は天才的なバットコントロールセンスを持っている訳ではないし、特別高い身体能力を持っている訳でもない」
「なんか、人に言われると余計に傷つくな……」
「──だが、だ」
まさかの追い討ちに、人見が心の中で泣きそうになる中。
諸星は、そうして逆説を挟んで。言ってのける。
「野球選手としての真の価値は、そこだけじゃ測れない。現に、君はそれをデータで証明してくれているんだ」
「……はぁ。じゃあ聞きますけど、諸星さんは俺のどこを評価してくれてるんです?」
「そうだな、まず分かりやすい簡単な評価点として言えるのは、その『出塁能力の高さ』だな」
自信満々に語る諸星に対して疑わしそうな目を向ける人見。
そんな彼に対して、諸星はあっさりと答える。
「通算打率が.244に対して、出塁率は.338もある。IsoDでいうなら0.94。しかも、特にここ3年は全ての年で1を超える数値を残している。これは全選手の中でも屈指の数値だ」
「は、はぁ……」
「しかも、1打席あたりの被投球数。つまりP/PAも平均で4を超えている。これも凄まじい数値だぞ」
突如としてすっごい早口で語り出した諸星に対して、人見が口をポカンと開けて目を点にする。
「それだけじゃない。長打率も通算で.373、IsoDは.129。つまり、通算OPSは.711となる。通算で.700台を超えているのだから、ある程度評価できるだろう」
「……………な、なるほど……?」
「ただ、それでいてOPSのキャリアハイは.749だ。この意味がわかるか? ……つまり、君の成績は非常に安定しているということだ。確かに打率こそ運の上振れ下振れで上下することはあるが、不調とされる年でも『見た目』ほど悪くない」
「……ちょ、ちょっと待ってください」
「それだけじゃない。走塁に関しても、一塁到達速度などを見ても特別早い訳じゃないが、UBRの数値はかなり優秀だ。それにこれに関しては体感だが、走塁ミスなんかもないしな。しかも、盗塁だって数こそそう多くはないが、成功率が8割もあるのは相当────」
「──ちょ、ちょっとちょっとちょっと!!! さっきから早口すぎて何言ってんのかよく分からないんですけど!?」
「おっとすまん。『こういうこと』を話し出すとつい喋りすぎてしまうんだ。まぁ……悪い癖だな」
呆れた表情の人見に対して、諸星はそう言って肩をすくめた。
しかし、一回軽く咳払いをすると。再びその口を開く。
「そして、これまで挙げた良い点をさらに補強するのが、そのユーティリティ性だ。スタメンのポジションを固定する必要もなく、どこでも使える自由性があるのは大きい」
「それは、まぁ……そうかもしれないですね」
「しかも、全ポジションをただ守れるだけではなく、並以上の守備指標で守ることが出来るんだからな。ショートのUZRも、僅かにとはいえプラスというのは素晴らしい」
「守備イニング数が比較的短いとはいえな」と補足を付け加え、諸星は満足そうにウンウンと頷く。
はっきり言って、人見としてはさっきから彼の使う「指標」とやらはさっぱり(辛うじてOPSは分かった)なのだが、それでも諸星がいかに自分を評価してくれているのか、ということは嫌というくらいに理解はできた。
「──しかも、キミなら投手もできる。つまり、“文字通り全ポジション”を守れるって訳だ」
「い、いやいや!! それは無理ですよ!!」
そんなあっさりとした諸星の言葉に、手を横にブンブンを力強く振って人見が否定の構えを示す。
確かに投手はかつてやってはいたし、一昨年には野手登板という形で久しぶりにやってはいるのだが、今でも「出来る」というレベルあるかと言われれば……全くない。
それこそ、以前専念していた頃だって、所詮良かった年で4点台後半の投手なのだ。
『投手も野手も』なんて、それこそ『二刀流』で野球界にとてつもない衝撃を与えた諸星くらいなものだろう。
「……そうか? 私は君にはちゃんと投手の才能もあったと今でも思ってるんだがな」
そんな人見の様子に対して、諸星はそんな心の底から不思議ほうな顔をして軽く笑うのだった。
「──そして、ここまで蒼矢くんの強みを色々と挙げてきた訳だが……。そんな君の持つ様々なモノの中で、私が一番羨ましいと思うのが……君のその身体だ」
「……身体、ですか?」
人見が、まさかの答えに驚嘆の声を上げる。
あの、日本プロ野球界史上最高の存在である諸星が、人見の身体を羨ましいと思う理由なんてあるのか?
「あぁ、人見くん。あえて直接、聞かせてもらうが……」
人見の反芻に頷くと、彼はそんな前置きをして。
こんな単純明快な疑問をぶつけてきた。
「君はペナントレース中に怪我で離脱したことはあるか?」
「怪我では……ないですかね」
「なら、プロ野球で怪我を最後にしたのは?」
「うーん……、とくになかった筈ですね」
「それなら、学生野球の頃に怪我で欠場したことはあるか」
「それも……ないですね。そりゃ、ちょっと爪割れたとか擦りむいたとかくらいならありますけど」
彼は頭を凝らして思い返すが、とくに思い当たる記憶がなかった。強いて言うなら、小学校5年性の頃に成長痛で1試合だけ控えになったことがあるくらいか。
「──それだ。それこそが、蒼矢くんが持っている、誰にも負けない最強の才能だよ」
そうして何度も頷きながら、諸星さんが笑って言った。
「怪我で離脱したことありません。そもそもまともな怪我したことありません。……そんな選手、プロ野球界広しといえども、君以外にはまず存在しないぞ」
「……まぁ、確かに考えてみれば凄いのかもしれないですけど、それって試合での活躍には役立ちませんよね」
「……君は、そう思うか?」
「むしろ、思わないんですか?」
「──さぁ、どうだろな」
諸星がそう呟いて、意味ありげにニヤリと笑うのだった。
「──まぁ、とにかくだ」
そして、そう前置きして言葉を切って。
諸星は軽く息を吸ってから、話のまとめに入る。
「こうして私が言ってみせたように。君はちゃんと素晴らしいモノを持っている。それはこの私が保証しよう」
「だから」と、言葉を続けて。
彼は口角を上げ、最後にこう締めくくるのだった。
「──ともに、来季の優勝を目指そうじゃないか」
【人見蒼矢 選手名鑑⑥】
《6年目》
昨季ブレイクを見せた期待の若手も、今季は2年ぶりの2軍落ちを経験するなど、「2年目のジンクス」に苦しんだ。しかし、8月後半の再昇格以降には調子を戻し、昇格後の打率は3割近くを記録し、3本塁打を放つなど復活の兆しを見せた。
[成績]
.220(168-*37) *4本 16打点 *4盗塁 OPS.670
*73試合 二塁打11 三塁打0 四球22 死球1 犠飛1
出塁率.313(192-*60) 長打率.357(168-*60)
IsoD.093 IsoP.137 *7犠打 (200打席)