#32『9戦目③ 〜強く振れ!〜』
試合中盤、6回裏に飛び出たプライスJr.の来日1号となる満塁ホームランで4対4の同点となった、下町ブレイブハーツvs横浜シャインズの第3回戦。
7回以降は両者勝ちパターンの継投となり、7回はどちらも無失点。8回表も、今季より先発転向の平林に変わって『8回の男』となったマルケスが2奪三振無失点の好投を見せた。
そして、続く8回裏。シャインズも同じくセットアッパーの助っ人、フローレスをここで投入。
MAX161キロのストレートを豪快に投げ込む剛腕投手で、日本球界も6年目のベテランだ。
一方のブレイブハーツは、9番からの攻撃。
6回裏の攻撃で先頭から内野安打を放ち、同点劇の口火を切った高崎佑大がそのままバッターボックス。
どうやら諸星監督、ここは静観の構えなようだ。
(……まぁ分かってたけど、ファンからもあんまり期待されてないよなぁ。というか、代打出せよって感じか……)
そんな言われずとも伝わってくる球場の雰囲気を感じ取りながら、高崎は足元の土を掘り返す。
3つのアウトを取られるとイニング終了という野球のシステム上、当然先頭打者の出塁可否は非常に重要だ。
先頭打者が出塁に成功した場合(ノーアウト一塁)は約40%が得点につながり、一方で凡退となった場合(ワンナウト一塁)は得点確率は15%前後まで落ち込むのだ。そして、この数字の振れ幅は、無論得点期待値についても同様である。
だからこそ、「ここでラストバッターからかぁ」となるのはファン心理としては自然なことなのだ。
ただ、それが当事者としてはプライドに傷をつけられ、プレッシャーとして重くのしかかってくるというだけで、だ。
(けど……、むしろそれでいい!! そんな球場の雰囲気を、一打で塗り替える。それが最高に気持ちいいんだ!!)
ただし、それでも高崎はそうして静かな闘志を燃やす。
彼も昔なら、こういうときは「なんとかしなきゃ……」なんて思ってしまって、過剰なプレッシャーに押しつぶされそうになっていたタイプの人間であった。
であっても、今こうしてポジティブに考えられるようになったのは、尊敬するとある人からの言葉があったからこそなのだ。
そうして彼は、監督から秋季キャンプにて最初に言われた言葉をふと思い返す。
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『──高崎、キミはもったいないな』
『……も、もったいない、ですか?』
秋季キャンプ初日。
諸星英一新監督より、バッティング練習を終えた高崎にかけられた言葉は、そんな一言であった。
『あぁ、実にもったいない。どうして試合では、あんな“当てにいく”スイングをしてしまうのか』
そうして、本当に心の底から心惜しそうに首を振ってから。
彼は再び高崎の目をまじまじと見ながら語り出す。
『私はこのブレイブハーツの監督に就任するにあたって、所属選手全員の研究を事前に行なっていたんだが……、キミの映像を見た最初の感想は、『こじんまりとした選手』だな、だった』
そんな彼の言葉に、高崎は「ぁー」と声を漏らした。
──言われ慣れたことだった。
アマチュア時代から天才と呼ばれ、そのままプロの世界でも球界最強の大型ショートとして名を馳せ、ついにはアメリカへと渡った派手の権化である兄の高崎陽太と比べ、弟は地味で微妙。
別に、そんな言葉に対する怒りなどはない。
ただの事実なのだと、そう思うだけだ。
(……だから、そう。監督にどう思われようが──)
『──しかし、時折見せる綺麗なホームラン。そして、試合前のフリー打撃や練習で見せるスイングを見て、そんな私の考えは浅はかであり、間違っていると知った。……そう。キミは、優れた才を持っている良い選手なんだとね』
『…………え?』
『具体的に言えば、バットを最短距離で送り出す効率的なスイングの軌道を持っていながら、それでいて平均以上のレベルにあるスイングスピード。うまくボールをコンタクトし、そして遠くに飛ばす『技術と力』を秘めているのだ、と』
続く言葉が思っていたのと違っていたことに困惑する高崎に、
諸星は淡々と、それでいてどこか力強く言葉を紡いでいく。
『ただ、それを活かしきれていない。何故か? ……簡単なことだ、キミは失敗を恐れすぎている』
『……………っ』
『──三振したくない。ゲッツーは嫌だ。チャンスで凡退しちゃったらどうしよう。そんな後ろ向きな気持ちが、試合でのキミのパフォーマンスを下げている。つまり、結果として当てに行くスイングをしてしまっている』
そう彼は言い切ると、一旦言葉を切って。
現在バッティング練習をしている男、人見蒼矢に目を向ける。
『……そういう意味では、キミはあそこの人見と同じなんだ。彼も、一度投手として失敗し、野手転向となった経験の結果なのか。三振を極度に恐れ、当てに行ってしまっている。とくにカウントが不利なときはな。だから、本来あるべき強い打球が打てずに、結果として成績も伸びない』
パカンッッ!!!
気持ちのいい音が響く。
人見がフリー打撃で、柵越えの打球を放った音であった。
それを見て、諸星は小さく頷く。
あれこそが彼本来の力なのだ、というように。
高崎も、それを見て息を呑む。
あれが、おそらく来季よりセカンドのポジションを奪い合うことになるライバルの1人なんだな、と。
『──ならどうすればいいのか? あぁそうだ。強く振れ。ただ、力任せに、という意味ではない。自信を持って『自分のスイング』をすればいいんだ。そうすれば、自ずと結果はついてくる。それだけのモノは持っているのだから』
そうして、そう力強く語る諸星監督は、それでもどこか自信を持ち切れない高崎に対して、最後にこう言ってのけたのだ。
『──そうだな、あんまりこういう言い方はしたくないんだが……、あえて言おう。この諸星英一がそう言ってるんだ。キミならやれるんだとね。自信を持て!!』
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(──あぁ、そうだ。あの球界のレジェンドに言われたらこそ、今までずっと自信を持ち切れなかった、自分の力ってヤツを、信じてみることだってできたんだッッ!!!!)
パカンッッ!!!!
そして、高崎はフローレスの投じた初球を迷わず振り抜く。
158キロの伸びのある高めのストレート。
ゆえに、少し差し込まれてしまったものの……力強いスイングで捉えた打球は逆方向に高々と上がり。
ライトが下がって、フェンス手前。
振り返って、キャッチをしようとボールを見上げる。
高崎は一塁へと走り出しながら、打球に目を向けて、叫ぶ。
「──こ、こえろおおおおおおおおッッッ!!!!!!」
バンッッ!!!
そんな、鈍い音が響くようにして鳴る。
それは打球が、ライトのジャンプして掲げた左手のグローブの僅か上を行き、フェンス上部に直撃した音であった。
「──高崎!! 走れ、三塁行けるぞ!!!!」
一塁コーチャーのそんな声が聞こえてくる。
ライトはジャンプしてフェンスに直撃した勢いのまま地面に倒れており、打球はライトフィールドを転々としていたのだ。
それを確認した高崎は、勢いのままに二塁を蹴る。
足については、昔から変わらず自信のある分野なのだ。
そこに関しては、あの兄にも負けないという自負があった。
──そして、
「セーフッッッ!!!!」
三塁審の、そんなコールが響く。
シャインズの強肩センター、山城の好返球にも関わず、高崎の滑り込んだその手は、先に三塁に到達していたのだ。
「──ッッしゃああああああああ!!!!!!」
高崎はそれを確認すると、ヘッドスライディングの勢いのまま流れるように立ち上がり雄叫びを上げる。
ノーアウト三塁。
8回裏同点というにおける重要な場面における最高レベルのチャンスメイクに、球場も大盛り上がりだ。
そして、高崎はブレイブハーツのベンチへと目を向ける。
そこには手を叩いて高崎を称え盛り上がるチームメイトたち、そして、満足げに頷く諸星監督の姿があった。
(……監督、やりました。これが『自分の野球』です!!!)
たとえ相手が誰であろうと、まずは気持ちで負けずに泥臭く。
それは、長いプロ生活。様々な一流選手たちとやり合ってていく中で、忘れてしまっていたことだったのかもしれない。
高崎はチームのベンチに向けて笑顔でガッツポーズを返しながら、前の自分に足りなかったものに気がつくのであった──。
【平林昌弥(25) 選手名鑑】
《7年目》
ブレイブハーツのセットアッパー左腕。
今季も『8回の男』として安定した活躍を見せ、チーム最多の58試合に登板し、3年連続となる30ホールド以上を記録。
スリークォーターから放たれるMAX155km/hのストレートとキレのあるスライダー、カット、チェンジアップなどが武器。
来季より諸星新監督の要請もあり先発に転向。ブレイブハーツの屈指の好投手が活躍の場を変え、来季もチームを盛り立てる。
[投手成績]
58登坂 56回 2.89 0勝 1敗 34H *2S
72奪三振 与四球20 与死球1 被安打48 被本塁打4 自責18
K/9 11.57 BB/9 3.21 HR/9 0.64 K/BB 3.60 FIP 2.48
被打率.222(216-48) BABIP.314(140-44) WHIP 1.21




