#31『9戦目② 〜それでも立ち向かう〜』
『──さぁ、ワンアウトながら引き続きランナーは満塁。4点を追いかけるプレイハーツ、この6回に初回以来のチャンスを作り、4番プライスJr.がバッターボックス。ここで一本出して、16イニングぶりの得点を記録できるのでしょうか!?』
そんな実況が中継で流れる中、5番打者のプライスJr.は軽く素振りをして打席に入る。
初回以降、シャインズが誇る左のエース宮原に三者凡退で抑えられていたブレイブハーツは、大きなチャンスを迎えていた。
本日サードの板谷が休養のため開幕試合以来のスタメンに抜擢された9番高崎が、先頭から内野安打でチームにとっても久しぶりの出塁を果たすと、1番諸星がレフト前ヒットで繋ぎ、2番の人見が12球粘った末に四球をもぎ取りノーアウト満塁。
しかし、その後の3番曹浩然はレフトポール際へ惜しい打球を放ったものの、最後は低めのスライダーで三振。
実況の言うように16イニングぶりの得点であり、試合中盤4点差から反撃の狼煙となる得点を挙げられるか否かは、このプライスに託されたのであった。
(……ランナー満塁、4点ビハインド……。1発ホームランでたちまち同点、か)
左バッターボックスの土を自分に合うように軽く掘りながら、プライスは先ほどの諸星一輝との会話のことを思い返す。
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『──僕が、父親のことをどう思ってるか、ですか?』
『……あぁ』
そんなプライスに投げかけられた問いを反芻し、諸星一輝はうーんと首を傾げ思いを巡らせて。
『そうですねぇ。まぁ正直に言ってしまえば、ご想像のとおり、疎ましいと思ってたこともありましたよ。なんせ、あの人の子供ってだけで、ずっと比べられなくちゃならないんですから』
微かに苦笑いをしながら、そんな言葉を返した。
『初めて野球に触れたその日から、それはもう比較され続けてきましたよね。『本当にあの人の息子なの?』なんて思われ、そして実際に言われてきましたし』
『……まぁ、そうだよな』
『えぇ。──ですから、最初は『父を超えるような大スターになってやる!!』って思いで野球をやってました。同じ人間である以上、自分にもできない筈がないんだ!! ……って』
自身の太ももに乗せたグラブを触りながら、一輝はなんてことないように言葉を続ける。
それは、プライスにとっても思いあたる節のある、そんな話だ。
『……ですけど、そんなのは到底夢物語でした。僕はバカだったので、そこでようやく思い知ったんですよ。あの人には、スター性じゃ逆立ちしたって敵わないって。……そりゃそうですよね。僕にはあんな打たれたピッチャーも笑っちゃうような特大ホームランを打てるパワーもないし、言わずもな、球場をどよめかせる160キロ台のストレートだって投げられないんですから』
『………………』
『──あ、いや。ただの自虐じゃないですよ? そういうこともあって、考え方を改めることにしたって話です。……別に、父と張り合う必要なんてないんだって。周りがなんと言おうが関係ない。僕は僕にできることだけやり切ればいい。『僕は諸星2世ではなく、諸星一輝1世なんだ』って。……それが、諸星英一という父を持つ僕が、最後に出した結論でした』
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「──ストライク!!!」
審判のそんなコールが響く。
プライスのバットは空を切っていた。
初球のゆるいカーブに完全にタイミングを外されたのだ。
……ただ、それでも彼は動じない。
彼はバッターボックスから外れ、ゆっくり息を吐く。
(…… 周りがなんと言おうが関係ない。自分は諸星2世なんではなく、諸星一輝1世、か)
プライスの脳裏には、そんな彼の言葉が強く残っていた。
地球の反対側、極東の島国。
そんな場所に、レジェンドの息子という同じ苦悩を抱え、……それでも、それを自分自身で克服した男がいたのだと。
そんな彼の出した結論、それを聞くことができた。
……ただ、その後。
彼は意味深げな顔をして、こうも言っていたのだ。
『──ただ、あくまでそれは僕が僕自身のために出した結論です。誰にでも共通する普遍的な答えじゃない。……直球勝負でアイツを超えるような選手になってやる! って思いだって、当然正解なんだと僕は思いますよ。……プライスさん』
(……最初から、俺がどうしてそんなことを聞いたのかは分かってた、ってことだよな。……いや、そりゃ気づくよな)
プライスは、そんなことを思いながら自嘲気味に笑う。
あれだけ直球に、結果が出ずに苦しんでいるマーク・プライスの息子が自身に、「父をどう思うか」なんか聞いてきたのだ。
そりゃ、その問いにどういう意図があるのか察することなんて、あまりにも容易だ。答えなんて決まってる。
そして、プライスは再びバッターボックスへ。
相対する相手投手へと目を向ける。
球場中から聞こえてくる自分への応援歌。
それらは、自身が今まで経験してきたベースボールとは違う。
だが。……いや、それ故か。何を言っているのか分からなくとも、力を貰えているような、そんな気がした。
シャインズの宮原がセットポジションに入る。
球速こそ早くないが、出所の見づらいフォームと多彩な変化球で打者を翻弄する好投手。
とくに左打者との対戦成績が良く、チームによっては彼が先発の日には右打者を並べる、なんてこともあるような投手だ。
実際、プライスも今日はこの宮原に翻弄されている。
2打席目も、独特なそのフォームから繰り出される変化球にバットを泳がされ、あえなく内野ゴロに打ち取られていた。
(──あぁ、カズキ。お前の言ってることは正しいよ。意地張って。しょうもないプライドも捨てられないで。バカ正直に自分とレジェンドを比べて傷つくなんて、バカのやることだ)
彼もまた、心の底からそう思う。
それこそが、彼が長い野球人生の中で、諸星一輝と同じように至っていた答えなのであった。
──ただ。
────それでも。
たとえ、自分と同じ悩みを持つ彼が、長きにわたる戦いの結果、そういう結論に至っていたのだとしても。
たとえ、父が今の自分にとってはあまりに偉大な存在で。
自分自身でも、張り合うべき存在ではないのだと、頭では理解できていたんだとしても。
(──オレは今だって、あの親父にはパワーじゃ負けてねぇつもりなんだよッッッッッ!!!!!!!!!)
そんな、自身の強き想いをぶつけて。
インコースの厳しいところに投じられた宮原のツーシームに、空振りさえも恐れず、迷わずフルスイング。
パカンッッ!!!!
そんな、乾いた気持ち良い音が響く。
彼の豪快なスイングが、ボールを完璧に捉えた音だった。
打球は遥か高く上がり、ライト方向。
シャインズの外野手はただ、それを見上げるのみ。
──同点の、特大グランドスラム。
プライスはそれをゆっくりと見つめてから、鮮やかなバットフリップ。そして猛々しい雄叫び。
それは、かつて米高校球界の本塁打記録を塗り替え、メジャーの舞台でも若くして20発を記録した、熱き男のそれであった。
──ぜったい負けたくない。勝ちたい。
──負けなんて認めない。勝てるまで戦う。
(……そうだ。それがいつだって、オレの原動力だったんだ)
一振りで4点差を同点にしてみせた男に向けられた割れんばかりの歓声を背に受け、ベースを一周しながら。
プライスは、かつて自身を支え、突き動かしていた熱き想いを思い出したのであった────。
【高崎佑大(24) 選手名鑑】
《6年目》
チームメイトの真壁などと同じく高校野球界屈指の名門、大東高校出身の生え抜き高卒内野手。
6年目の今季は、板谷のサードコンバートでレギュラー不在となったセカンドでの出場を中心に、規定は未達ながらもキャリアハイの出場機会を勝ち取った。
内外野守れるユーティリティプレイヤーで、50メートル5秒台の足と時折見せる意外なパンチ力も彼の持ち味。
兄は今季から以前より目標と公言していたメジャー移籍も果たした、日本を代表する大型ショートの高崎陽大。
【成績】 右/右(二遊三右左)
.230(369-*85) *5本 30打点 13盗塁 6盗塁死 OPS.631
122試合 二塁打19 三塁打2 四球33 死球3 三振63 犠飛1
出塁率.298(406-121) 長打率.333(369-123)
BB% 7.73% K% 14.8% SB% 68.4%
IsoD.068 IsoP.103 BB/K 0.52 21犠打 (427打席)




