第38話 トップギア
その言葉は引き金。自身をより高みに到達させる。
指先足先に血が神経が巡り繋がる、全身に熱い血潮が迸る。
動きが変わる。己の望んだ動きを完璧に実行できる。
速さの意味が変わる。
短距離走を全力疾走で駆ける速さとは違う。動きの無駄が極限までそぎ落とされ、理論上の最短可動を身体が行う。流麗に身体が機能する。
黄連はシールドを解除しバハムートとブレードを両手に持ち替える。
「来るっしょ!!」
鈴花は攻めの意志を奮い立たせ撃ち続ける。セイラも撃とうとするが──
(Empty!?)
引き金の手応えが無く目を見開いて驚く、グリフォンは無常にも弾切れ。
しかし、セイラにはもう一つの牙がある。連射と対を成す突破力を誇るサラマンダー。意識を切り替え射程内に踏み込まんと駆け出す。
後1m──その瞬間に本能が察した背筋が凍る敗北の報せ、これ進めば死は免れない。
その証拠と言わんばかりに黄連とバッチリと目が合っており、彼女のブレードが描けるラインがセイラの踏み込み先であった。
(勝負勘が鋭いですね)
(この強さ、別格すぎマス──!)
セイラの隙を補う形で鈴花は節制して弾を撃っていたが、そろそろ限界が近づいて来ていた。黄連を抑えていた弾幕が消えてしまう。
そして彼女は虎視眈々とそれを狙っていた──盾を解除したのは遠距離攻撃が来なくなるのを見越していたから。一人の連射なら己の足で回避しきれると自負していたから。
一方梅は相対する蘭香に対し一つ、二つ、三つとキレのあるステップでフェイントを入れる。
(──まるで分身!?)
目で追い切れても身体が付いて行けない。さっきまでは対応できていたが後手に回される焦り。
そして訪れる抗えない生理現象、瞬き一つが大きな隙──次に視界が明らかになった瞬間、姿は消え失せていた。
瞬きの瞬間を狙いすましたかのようにそこで回り込むと決めていたかのようだった。蘭香のがら空きの背中に向けてグリフォンを向ける──よりも蘭の背後を守るように菫が位置しペガサスが完全に捉えていたことを把握する。
付かず離れずの位置にいたおかげでカウンターが──
「失礼しますわ──」
ただ無常、読みはできていても身体が付いていけてない相手の速度に対応できなかった。。
すれ違い様に切り上げ一閃、菫の右腕がブレードの斬撃により黒く染まる。腕に走る衝撃によりペガサスは手から離れてしまう。
(浅かったですわね──焦りすぎましたか……!)
(痛っ!? 攻撃手段が──!?)
ダウンには至っていない。しかし右腕はギプスで固められらたかのように固定。肘を曲げることも指を動かすこともできない肩をまわすのでさえ錆付いたかのように動き難くなり使用不可能に陥る。
梅はターンをし菫にトドメか蘭香へ攻撃が選択できる位置取りをする。
「菫ちゃんっ!?」
親友を斬られた。黒く染まった腕が嫌に目に入りディフェンダーいながらのこの有様、焦りか情けなさか余裕の無い表情で声を上げる。
ブレードをしまう暇すら惜しく手放し、スレイプニルに持ち替える。感情が昂りすぎた影響か頭の中は逆に冷静に、梅だけを捉えて構えていた。
(小さい方だけでもダウンさせたかったですが、これ以上は悪手ですわね──なら)
近くの竹を切り落とすと同時に方向転換し白華陣地へと加速。そして視界の端に黄蓮を収めていた。
回避に専念している彼女の頭の中ではカウントダウンが進んでいる。12秒から始まりギアを入れて残り5秒、それが0になった瞬間──
バハムートの砲口が素早く正確に向日葵に向けられ放たれる。
狙い位置が綺麗すぎたからこそ見える未来。向日葵の足下を完全に狙い済まし爆煙によるダウン。
「ここはウチがどうにかっ!」
鈴花は砲口が向けられた瞬間に最悪が頭に浮かんだ。射線に立ち、シールドを厚めに再形成し不動状態で壁となる。
盾越しに響くガコンとした衝撃。身体に伝わった瞬間に怖気が走り爆煙が鈴花を中心に二手に分かれ容赦なく広がる。練習では感じなかった恐怖心。シールドは溶けるように崩れ落ち、鈴花にも迫りスーツの所々に黒い斑点が浮かび上がる。
「ケホっ! まだ、いけるっしょ──」
「お疲れ様ですわ」
しかし、残酷にも梅のグリフォンによって無防備になったところを打ち抜かれ。黒く染め上がる。
さらに追撃は終わらない──
(おっと! 危うく死体切りになるところでした!)
鈴花の脇を抜ける黄連。砲弾を放ったと同時に駆けだし、防がれたとしてもここで完璧に仕留めるつもりであった。
爆煙を切り裂きブレードを構えて一直線に向日葵に向かう。
「え──」
いきなり出現した黄蓮に向日葵は混乱しかなかった。それでも、友が自分を庇ってやられたという状態が己を奮い立たせ、怯えを震えを押し留めて構えてにらみつける。
ただ眼光は一人分だけでは無い──
(こんな形で来るとは思わなかったけどね!)
向日葵の足元よりUCIの弾丸が連射される。
ドローントイ『レオ』の援護射撃。もしもの為に配置していた虎の子、あわよくばこれでダウン、もしくは向日葵への助けとなるように仕掛けていた。
ベルセルクのリロードは残り2秒──
この走力、間に合うはずがない引き金に指はかかっている。
弾丸が黄連に迫る。身体に当たれば硬化で動きは鈍る、回避すれば距離は僅かに伸びる間に合うように願って狙うことだけは止めない。
(見えてましたよ)
届かない──
冷静に、焦ることなく練習通りの動きで回転しすり抜けるように回避する。
距離は目と鼻の先。稼げた時間はコンマ1秒にも満たない。
故に──
「あっ──」
胴体を完全に捉えたブレードの切り上げによって純白のスーツが黒く染まる。両膝を着いて両腕は銃掛けのように固定されベルセルクはその上に飾られる。
「ふぅ……これで二対三」
「──ですわ」
白華陣地最奥にまで到達した桃園の二人。訪れる小康状態。
この成果を無傷で行った──と全てが都合の良いことは無い。
分にも満たない出来事だが両名ともに汗が溢れ疲労が牙を剥き始めていた。
「──アンビリーバボー……あのドリルの子、相当速かったわね当時の紫と張るんじゃない?」
「ああ、相当努力したのが見て取れる。しかしなんだあの動きは? 一気に流れが変わったぞ」
「実力差があったんは確かやけど、明らかな下手はなかった。実力差だけでこうも変わるもん?」
「動きに緩急を付けたとかじゃありませんねぇ。短距離走みたいに短期間に全力を引き出したのが正しいでしょうか?」
観客達のざわめきも広がる。桃園の二軍達は「流石は黄連部長」と頷いていた。
「動きはわかるが戦術とかじゃない。基礎スペックでゴリ押したとしか判断できない。どうやってここまで鍛え上げた!?」
「私があの子達へ特別に教えた技術は『最高速』」
「まさか……彩王蓮華の──!?」
「ええ、意識的に超集中状態へ突入する技術よ」
「なるほどな……それがあの完璧とも言える動きなら納得するしかない」
加えて悔しくて言葉にできなかったが、何よりも基礎基本の厚みが凄まじいことに達也は唸るしかなかった。ただ強い選手を偶然指導できた人間ではなかった。
重厚な基礎が根底にあり無駄の無い動きをしているだけ、隙がまるで見つからなかった。
「あんたも知ってる通りワープリは野球やゴルフのようなターン製じゃない、常に緊張と集中が強いられている状態が続く。ルーティンしてベストコンディションに持って行くなんて暇は無い。車のギアを変えるように瞬間的に動きの精度を引き上げる必要がある。彩王蓮華の一軍で学んだ技術、逃げたあんたには知る由も無いけどね」
「それを指導できるまで深く理解した訳か」
「流石に虎の子を教える訳にはいかないけどね。これを提案しても乗り気で学んでくれたのは黄連だけ、「トップギア! いい響きです!」なんてキラキラした目で吸収していったわ。おかげで入りの早さも錬度の深さも私を越えた。当時の私が戦っても恐らく勝てないでしょうね」
「針木さんがそこまで言う子なのか……昨年度U-18世界大会女子代表なだけはある」
「あの子は努力家よ、夢もはっきり決まっているからその為の努力は苦とも感じていない、まだまだ強くなる」
その横顔は指導者として期待に満ちていた。
恨み辛みが無ければちゃんとコーチをしているのがようやく伝わって来ていた。
(最高速──本来の使い所はトドメ。序盤に使うものじゃない、ここぞという場面で使ったのは確かだけどあの子達に掛かっている疲労は本気の試合終盤相当。ここからが本番──)
九死に一生を自らの力で引き寄せるような行為、当然身体にかかる負担は大きい。
発動中は心臓が激しく高鳴り全身に血が巡り神経の伝達速度が最速に陥る。望んだ動きが完璧に行える万能感。
しかし、長時間は不可能かつ連続使用もできない。
ただ、体力が満ちている序盤に使った影響かまだ動けなくなる程では無い。疲労が粘りついていても状況を見極める余裕はある。迂闊に攻め込めば切り伏せる。そんな表情で圧をかけられていた。
(まだ反動は強くありませんが、アイドリングを挟まないとキツイですね)
(二対二にもっていきたかったですが、これでは紫さんには程遠いですわ)
(この状況……! 鈴花ちゃんと向日葵ちゃんがダウン。菫ちゃんは片腕が使用不可。無傷なのは私とセイラちゃん)
(完全に読み切られマシタ……目が良すぎマス)
呼吸が荒くならないようにゆっくり大きくと行う。
消耗を悟られないように徹している。白華チームもまた短時間で追い詰められた混乱を落ち着かせる時間が必要があり、図らずとも互いの願いが重なっていた。
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