第39話 揺れ動く勝敗の天秤
落ちつける時間があっても心を元に戻せるかはまた別の話。
仲間を失ったという事実は蘭香の心に重くのしかかる。絶対有利の状況から通常バトルで普通にある人数差に早変わり。実力差を含めば絶望的な盤面へと早変わり。
白華全員に廃部の可能性が再び両肩にのしかかる、誰も倒せないまま終わってしまえば先の勝利を無かったことにする敗北が深く刻まれる。観客達には「さっきのはまぐれ」「この程度」だと印象付けて終わる。
(どうしよう……! このままじゃ……)
「切り替えなさい! まだ人数有利は続いてる! まだ負けた訳じゃない!」
「菫ちゃん──!」
希望が蝕まれるように絶望へ染まる最中、友の声で何とか奮い立たせる。右腕が使えない状態でも目は死んでいない、むしろ怒りの炎を宿していると感じるほど滾っている。
(いやぁ~まさか試合中にダウンするとこんな風になるなんて、声出すのは反則だし、骨伝導イヤホンとマイクは通信不可になってるのも入念っしょ)
(こ、怖かったぁ~……)
一方のダウン組は石像のように固まっている。事前に達也よりダウン後は楽な体勢で倒れたり座った方が安全だと聞かされていたので妙な体勢で固まることはなかった。
選手安全の為ダウン判定に入ったからと言って秒もしない内に完全停止状態に陥ることはない。
(結局ヒマチー守ることもできなかった……もっとできると思ってたのにダメージ与えることもできなかった! このまま見てることだけしかできないなんて──! 悔しい……!)
(コーチさんにもしもダウンした時のことを聞いといて良かった……菫先輩ならきっと気付いてくれる)
悔しがる者と願う者。
もう何も試合に干渉することはできず見守ることと聞くことしかできない。鈴花は楽観的に自分の状況を受け入れようとしても心から悔しさが沸き上がっていた。本気でやれば何でも叶えられてきた日々、ワープリは一切の手抜きは無かった部活動だけでなく毎晩就寝に入る前まで達也とチャットを重ねて知恵を得た。本気で学ぶ意志に応えられる環境もあった──それでも強者相手には何もできなかった。
硬化されていなかったら悔しさでのたうち回っているだろう。
対して向日葵はどこか冷静で満足気、以前までの自分だったらここまで戦うことはできなかった途中で足が竦んで最後まで向き合えなかった、正面から斬られたことはある意味で誇り。背中に逃げ傷を作ることなく終えたことは向日葵にとって成長の証。
「これで勝負はほぼ決まったわね、ハンデは消えたUCIにもまだ余裕はある。後はもう神様にでも祈るしかないんじゃないかしら?」
「あなたも一番わかってるはずですよ、ワープリに運否天賦は存在しない選手の実力で全て説明できると」
「つまり? コーチなのに選手が勝てないと理解してるわけなのかしら? 教え子達も可哀そうねぇ指導者がいの一番に観念しちゃってるんだから」
達也はその言葉にすぐに反論できずにいた。
(そう……重ねてきた努力が全てだ。閉ざされた空間、丁寧に整備したトイ、ランダム性のあるギミックは存在しない。正直言ってまさかここまでの相手だとは思わなかった。一対一の勝ち抜き戦で黄連さんと戦ったら全員が負けてもおかしくない、まさに流麗と呼ぶに相応しい無駄のない動きで俺でも勝ちきれるかは怪しい。梅さんは黄連さんと比べればまだまだでも脚力は凄まじい)
教えてきたことに嘘は無い。
才能という触媒の大きさによって努力が成長へ変化する量も異なることはあっても、停滞していた者達が最高効率で鍛え上げられたとしても、長い期間しっかりと重ねてきた相手に勝つことは不可能に近い。
諦める言葉は幾らでも浮かんでくる。自分もプロを目指して努力した選手だからこそ重ねてきた実力を否定するような言葉は吐き出せない。
けれど心では否定を続ける。
指導者としての情か?
「彼女達に足りなかったのは実戦──それも臨死に近い極限まで追い込まれる必要があった。本気で勝つ気概が残っていればまだ可能性はある、ここで成長できれば超えられる」
「そういうのを奇跡頼りって言うのよ運を否定していながらよく言うわ」
「ブレイクスルーの鍵はどこに眠ってるかわからない。この練習試合はそれを見つけるためでもある……」
強がりでも賭けるしかなかった。
嘘ではない、きっかけを──
そんな願いを込めるような声が白華の選手達に届かなくて良かっただろう。達也の運に頼るような言葉は負けを強く意識することに繋がるのだから。
(はっきり言って今のあたしは役に立たずの浮いた駒、右手は使用不可能、ペガサスは相手の方が近い位置に転がってる。使えるのは右中央で誰にも相手にされず浮きっぱなしのリブラだけ。どうする……! あたしに何ができるの……思い出せ、何かある、あのコーチは散々基礎基本を叩き込んだ、ルールだって再確認させられた……ルール──)
菫の頭に何かが迸る。バトルの勝敗決定方法、反則か否か。
急ぎ周囲を確認し状況を確認ある一点が視界に映ってくれた。
彼女の中で作戦が決まったのか全員に背を向けて中央に駆け出し距離を取る。岩陰にしゃがんで隠れるこれが意味をすることは誰の目にも明らか。
(なるほど、人数差の判定勝ちに以降しましたか?)
(ですが、残り時間は25分近く残っていますわね。その間にどちらか片方でもダウンさせれば判定勝ちもなくなりますわ)
だが桃園二人は冷静。判定勝ちについても深く理解している。
確かにこのまま時間切れになれば三対二の人数差によって白華の勝利。しかし、二対二で終えてしまった場合、相手陣地までの距離が判定対象になる。白華深くに切り込んでいる二人にとっては焦る理由はどこにもない。
何よりワープリの競技特性状、逃げに徹するのは難しい。今回のフィールド竹林なら尚更、竹を壊して視野を確保していけばもしもは消える。
まずは二人、どちらかでもダウンさせれば勝負は決するだろう。
距離を取った菫は通信を全員ではなく個人に向けて繋げた。
「セイラ聞こえる?」
「ハイデス」
「これはセイラにだけ伝えてる。ここから先はセイラの動き次第で勝敗が決するわ。これからあたしは──」
「Oh~ナルホドデス。ワタシがソレシタラ?」
「頭の片隅にでも予想されたらアウト。絶対に連絡取られる前にしとめられるなら可能、相手にこちらの意図を察せられないように注意して」
「キビシイデスネ」
「セイラならできると信じてる──いえ、できたと決定して動くから」
もはや強制。
だが、セイラはそんな菫に対してどこか嬉しく感じていた。
普段からどこか無気力気味でクール、蘭香にだけ懐いているネコのような先輩が、全力で勝ちを拾おうとしている。
自然と心が昂ぶり、ピンチな状況でも笑みを浮かべられた。
「しょ~がないセンパイデスネ」
求められたことを叶えるには二人の距離を離すこと、現在は連携が容易な位置を取っている。
「ふぅ……攻めて来なくて助かりました。大分回復できましたから、梅さん相手を交代しましょう。当てれば勝ちです。梅さんなら距離を取ればあの方の攻撃は回避することができるでしょう」
「そうですわね。まぁ、別に──回避に徹せずとも倒してしまってもかまいませんよね?」
「決まりですね。では無茶はしませんように」
黄蓮と比べ梅はまだ反動が抜けきってはいない。しかし、これ以上は相手の動揺も消え去り新たな策を考えられる不安要素が生まれることをわかっていた。
故に黄蓮は攻める、梅には負担をかけ過ぎないように回避だけに集中するように指示して。
左右の位置交換。ただそれだけでセイラには身体の芯から冷えるような怖気が走る。体が動く──
「Freeze!!」
両名の中を割く様にグリフォンの弾幕が駆け抜ける。追撃のために距離を詰める。
(今一瞬、勝ちが遠のく気配がシマシタ──! ランカとオーレンを戦わせたらダメ、ワタシが相手しないとイケマセン!)
極限状態が直感を研ぎ澄ませる、勝ち筋は見えずとも負け筋ははっきりと感じ取れた。
(レンさんに集中してますわね、なら──)
強者はただいるだけで囮になる。意識のリソースが自分に対して向けられていないことを察した梅は返しで放とうとした瞬間、端に映る蘭香がトイを構えた姿。梅は19.5mに入っている。
梅の攻撃よりも先に放たれるスレイプニルの弾丸。芯を捉えるような射線を大きく素早く回避することを強いられ二人の距離はより離れることになる
「……どうやらリベンジマッチをご所望のようですわ!」
「仕方ありません、このまま受けるしかありませんね!」
このまま連携できる位置取りにこだわっていたらそこが隙になると理解し、一対一へと移行。
(セイラちゃんは一対一を作ろうとしていた。それでいいんだよね? ……でも、この人に私は本当に勝てるの? どうしたらいいのコーチ──)
この言葉は、あの日あの時個人練習の時に投げかけた言葉──
「──強い相手に勝つにはどうしたらいいって?」
「はい! コーチ。トリックショットみたいな大物食いの戦術あるんじゃないですか?」
「そんな戦術があれば誰だって使ってるだろうしすぐに対策を立てられる。そもそも新しい戦術だって冷静に分析したら殆どが既知とした戦術を組み合わせて誕生しているんだ」
「まぁ、なんとなくそうだとは思ってましたけど……でも何かありませんか?」
強くなりたいという焦り、貪欲に求める姿に沢山の練習を与えた。それでも未だ満たされない深く広々とした器。個人練習をするようになってより明らかになった。
「戦術ではないが心構えならある。頭に入れて実行できればイザという時の切り札を引けるかもしれない」
「おお! そんなのがあるんですね! あるならもっと早く教えてくださいよ! このこの~」
ご機嫌な様子で軽く肘打ちをする蘭香とやれやれとした達也。近道は無いと何度も伝えても求めてくる、どれだけ基礎を重ねることができれば落ち着きを得られるのか心配でもあった。
「……プロを目指している蘭香なら大丈夫だろう。いいか? とにかく考えるんだ、自分の動きと相手の動き、全てを把握するんだ。なにより基礎基本、とにかく撃つこと一つも意識する、自分の手はどうなっているか足はどうなっているかどんな姿勢で当てた外した、全部を把握する」
「そういうことでいいんですか? 誰だってやってるような気がしますけど?」
「普通の人がやっている以上に深くだ、そうだなまずは一対一の状況になったら意識するんだ。癖を理解できれば隙だって作れるようになる。蘭香の目なら可能になるはずだ」
「がんばってみます!」
期待の言葉にニコニコと気分が良くなっていた。
「本当に大丈夫かぁ? でもやっていく内にいつしか「あそこの引き出しを開けないと」って意識することもなく身体が動くようになるはずだ。やったことが無い動きよりも有る動きの方が精度は高い。身体に染み付くまで覚えてようやくスタートラインに立てる。この個人練習は実戦色強めにやっているから何時しか重なることもあるだろう」
「やっぱり少しずつ重ねていくしかないんですね。もっと早くコーチと出会えていたら良かったのに。そしたら今以上に強くなれてましたよね?」
自分の指導が間違ってないと教え子に証明されたようで達也も気分が良くなり照れ臭くもあった。こちらもこちらでチョロイ部分は多いが大人、咳払いを一つし浮ついた心を振り払う。
「こほん、この短い期間教えられることには限界がある。重要なのは覚えたことを試合で発揮できるかにかかっている」
「練習は本番のように本番は練習のように──ですね」
「そうだ。実際の試合だと不確定要素が重なりあって頭からすっぽ抜けたり、体が動かなくなることもある。その中でもしも相手が強くてビビった時俺を思い出せ」
「どうしてですか?」
「──俺よりかは弱い」
初めてそれを聞かされた時は「何を言ってるんだろうこの人は?」と思った。呆気らかんと冗談交じりみたいな抑揚で言ったものだから余計にそう感じた。
しかし、個人練習を重ねたりワープリの認識を深めていけば嫌でも理解していった。
自分とコーチの差を──
お釈迦様の手の上で転がされていくかのような感覚──自分がやっと会得した技術は既に会得済み、必須技術を目立たず当たり前にやっている、集中して見ていく度に距離が離されていく感覚。
自分は成長しているはずなのに、前線を退いだ人間。プロを目指さなかった大人で近い存在だと思っていた。喰らい付いていけてると思ったのに、それは残像にしかすぎなかった。
(大丈夫──! コーチ程何にも通用しないって気はない!)
走馬灯のように思い出された一コマ。
自然と気が楽になっていった。殆ど動かないのに当てられない気持ちよりかは何倍もマシだった。
数秒もしないうちに距離が詰まり、ブレードが横薙ぎに振り払われる。
(よし、見えてる! このまま私以外に目移りさせないようにしなきゃ。紫さんリスペクトなら何時別の相手に飛び掛ってもおかしくない! 菫ちゃんもただ下がったわけじゃない何かある、セイラちゃんの為にも梅さんは私が引き寄せる)
(おや……? なんだか妙な感じがしますわね。攻めにくさが上がって押してる感覚がありませんわ)
それをシールドで受け、さらには足を使って回避を重ねる。
疲労でわずかに速度が下がっていることを加味しても、完全に対処ができていた。
さらにセイラが黄蓮と戦いやすいように梅の距離を離すことも意識している。さらに菫との位置関係に注意しながら蘭香は梅を引き寄せる。
まさに理想的なディフェンダーの動き。
「この動き……なんで本当に急にできるようになってるんだ!? 一対一だからか? いやでも何でさっきは?」
わかりやすくうろたえていた。個人練習の中ではどこか穴だらけで精彩を欠いた動きが多かったのに画面に映る蘭香はまさに求めていた姿そのものだったのだから。
練習中でもある程度はできていた、でも隙も多く頼りに仕切れない危うさがあった。でも今はしっかりと機能していた。それも自然体で無理した動きは何も無い。
(何がきっかけ、違う要素は──まさか……!?)
もしも──今思いついた答えが正しいのならディフェンダーとして失格だと考えるしかなかった。
蘭香は仲間がやられ追い込められた時、本来の実力を発揮できるという歪さを孕んでいる可能性に。
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