第26話 雨の日、迷惑と答え合わせ
なんということでしょう。
気分良く探検気分で隣町方面まで散歩に出かけていたらお天道さんの急な不機嫌に見舞われてずぶ濡れとなってしまいました。
天気予報も当てにならないときがあるということですね。曇り空が見えたときに戻っていれば良かったと今では思います。
愛犬ストローはワタシのそんな気持ちを気にもせず元気良く雨の中をグルグルしています。
「どーしまショー……」
ママは買い物、パパは仕事、兄上と兄者は遊びに行きました。ワタシはこうして散歩。
この雨のおかげで視界が悪くなって道も見難い──ストローの鼻も役に立つかわかりません。帰り道もわからなくなって焦りと不安が増えてリードを握る手が強くなってきて……とにかくどうにかしないと……。
プップーと音が聞こえてきて、思わず振り返ると。
「やっぱりセイラじゃないか!? こんな雨の中どうした?」
「Oh!? コーチじゃないデスカ!?」
「話は後だ。そのままじゃ風邪を引く、乗れ」
「デスガ……汚れマスヨ?」
貨物自動車の助手席が開かれますが。ワタシはこんな状態──
「そんな小さいこと気にするな。セイラの体の方が大事だから乗るんだ」
「……オジャマシマス──」
有無を言わさない真面目な顔と真剣な声で思わずドキリとして流されてしまいましたが、途方に暮れていたのも事実。
「家に送りたいところだが……ここからセイラの家知らないし……体勢を立て直すために店を使わせてもらおう。そっちの方が安全だ──」
「アワワワ!? ストロー! Noデス!」
迷惑をかけるというのは起きて欲しくない時に重なってしまうみたいで。
ストローは全身震わせて水を撒き散らしました。車の中全体に水滴が飛び散りコーチにもかかるし申し訳なさで死にたくなりそうです。
「全く元気な子だな。その子もちゃんと拭いてあげないといけないな」
「ゴメンナサイデス」
「気にするな」
怒っては……いないみたいですが、不安というより「ごめんなさい」という気持ちで一杯でしかないです。このままドアを開けて飛び出たいような気持ちに溢れますが、その覚悟が決まる前に車はとあるお店の前で止まりまして──
「ココハ?」
「KANATO屋、俺がバイトしている店だ──」
近くの駐車場に止めてそのお店に入ると。
「お疲れ様──って?」
「水木、お前の部屋借りさせてもらうぞ!」
「オジャマシマス……」
「ワン!」
流石にこの状態でお店の中には入れません。でもここからお店の中を覗くとどうやらワープリのトイを売っているお店のようです。
あっ、もしかしてスズカがシューズやトイを買ったのもここかもしれません! だってコーチがいますから!
「お前……外国人の子にまで手を出すのか!?」
「この子も白華ワープリ部だこの雨にやられたからシャワーとかタオルとか使わせるぞ?」
「なんだ安心した……いいぞ遠慮なく使ってもらえ」
「よし、着いて来てくれ」
「ハイ、アリガトウゴザイマス」
お店のすぐ隣にある階段を昇っていくとどうやら三階より上はマンションみたいになっているようで、あの店長さんはここで暮らしているみたいです。出勤まで徒歩一分も無さそうです。
というわけで──
「はぁ~生き返りマス……」
冷えた身体に温かいシャワーが染み渡ります。
こうしていると少し落ち着くことができます。
服はみんな乾燥中、乾くまでは30分はかかるようです。ストローも一緒に温水で暖めてあげます。シャンプーとかは帰ったらちゃんとしてあげますから今は応急処置。
バスタオルで体を拭いているとノックがされて。
「とりあえず着れそうな服があったからこれで我慢してくれ扉の前に置いておく」
「わかりマシタ」
少し開けて受け取ると大きめの服が置かれていました。
黒いシャツには白文字でKANATO屋というロゴがあって下はステテコ? 下着もビシャビシャに濡れちゃって乾燥機の中に入れちゃってますが……まあ、大丈夫でしょう。バレないバレない。
とはいえ、こういう格好になると太って見えるのが難点ですね、こういうカーテンみたいになってるとちょっと恥ずかしいです。
ワガママは置いといてストローも拭いて、ドライヤーも注意して当ててとりあえず乾かし終わりリビングに戻ります。
「今温かいものを用意する。と言ってもウーロン茶とかしかないんだけどな。この子には白湯でいいか?」
「ワン!」
「お仕事中なのにいたせりつくせりでカタジケナイデス」
コップに入ったパックのウーロン茶にサーバーからお湯が注がれてみるみるうちに色が鮮やかな茶色に染まって湯気を出しています。ストローにはおかずを入れるような広いお皿に水割りのお湯を注いでくれました。
ストローも遠慮なく飲み始めてそれにつられてワタシも飲みます。家じゃああまり飲まない味に新鮮味を感じながら体が温まっていくのを感じます。
「気にするな困った時はお互い様だ──」
「お礼できることならナンデモシマスヨ」
ここまでされて何にもしないのは白華生徒。いえセイラ・アキレーアとして恥ずかしいこと。
するとコーチはこっちを見て視線を上げたり下げたりと思案する表情を見せて──
「……うん、まぁ……どうしても気になって対価交換をしてくれるというなら……その、撫でてもいいか?」
「エエ!? ……マ、マアコーチにはオセワになってマスシ、ソレグライナラ……」
「許可も貰ったことだし遠慮なく」
突然のことに心臓がドキリと跳ね上がり、何でか拒否の言葉が出ませんでした。
でもまさかこんなに積極的なアプローチを仕掛けてくるなんて!? 練習中ではそんな素振りは全く感じさせなかったのに? オンとオフで男の人はこうも違うと思い知ります──
コーチがゆっくり立ち上がり、近づいてきて思わず目を瞑ってしまい。
「おお、ちょっと湿り気があるけどふわふわ感があるな、もっとドライヤーかけてもいいんじゃないか?」
「アレ?」
手が当たらないと思って目を開けると──
コーチの両手はストローの毛並みに埋まっていました。ストローも恩人だとわかっているのかおとなしく撫でられていました。
ホッと安心もしましたけど、何だか敗北感も覚えました。
「それにしてもどうしてあんなところに? 確かあの辺りって大きな公園もあったはずじゃなかったか?」
「普段はそこで散歩してるんデスガ、今日はストローが探検したがってたみたいデ気の向くままに着いていったらああなっちゃいマシタ」
「なるほどなぁ、中々の悪ガキじゃないかこの子も……」
コーチがおしおきといわんばかりにフニフニと撫でていてストローも目を細めてのんびりとしています。
「乾燥が終わったら送って行くよ、この雨もすぐに止みそうに無いし。それとも家族に迎えに来てもらうか?」
「今日は皆おでかけデス」
「じゃあ送っていこう」
「でも良いんデスカ? お仕事中なのデハ?」
「子供がそういうことを気にしなくていい。大事な時期だろう?」
コーチの声や表情に良く見せようとか、面倒だけどしょうがないみたいな打算的な気持ちが全く伝わってこない。全部本心でしか話してない。
まるでパパやママみたい。だからどうしても気になることがあります。
「……コーチはどうしてそこまでしてくれるんデスカ? 今日だけジャナク、コーチを引き受けたこともソウデス。大変なんじゃないデスカ?」
「確かに大変だけどな、好きなことの大変さなんて苦でもなんでもない。セイラの住んでるところって駅前近くのマンションだろ? この近辺までくるのだって大変なはずだけど何ともなかったんじゃないか?」
「タシカニ」
コーチはコーチをするのが好き……だとしたらそれには何かきっかけがあるのかな? それにプロじゃない、レベルアップを実感できる指導力があるのにどうしてでしょう?
謎です。
「ワン!」
「おお、ちょっと嫌だったか……?」
「イエ、これはおやつ欲しがってるミタイデス。いい時間デスカラネ」
コーチの手から離れるとウェストポーチに鼻を押し当てる。ここに入ってること完全に把握していて「早くちょうだい」な目でこっちを見てきます。
「ソウダ! コーチあげてミマス?」
わんちゅーぶ、ビーフエディション。開けたらすぐにやってきて仮にはぐれたとしてもこれをかざせばすぐにワタシの下にやってくるストローの大好物。病院帰りでもコレをあげればすぐにご機嫌元通り!
「え、いいのか?」
「イイデスヨ、ササご遠慮ナク」
コーチはなんというかおそるおそるというべきか緊張した様子で袋を開けると。
差し出す前にストローが駆け寄ってコーチの太ももを足場にしながら食いつき始めました。相棒ながらも少し躾した方がいいかも知れませんねこれは。
「おお……食べてくれてる……!」
「感動シスギデス」
「いや、こういう経験って始めてだからなんというか嬉しくてな」
なんだかこういうコーチは可愛い。普段のギャップと言えばいいのかな?
ワタシにも昔はこういう感じであげてたなぁって思い出します。今じゃあストローの可愛さにトキメキを覚えることはあってもドキドキはどこかにいってしまったかもしれない。
「セイラは何かワープリで気になってるところとか困ってることはないか? こういう休みの日に聞くもんでもないが、良い機会だからな」
「ウ~ン……」
困っていること、気になっていること……改めて聞かれても思い浮かびません。
走り回って撃ち回って楽しい。皆の気持ちを同じでドンドン上達して出来ることも増えていって楽しいの連鎖反応が何度も起きていっている。
「無い……デスネ。今のところ大きな壁」
「まぁ、セイラは元が良かったからな」
「エヘヘ照れマスネ──ソウデス! ソレデス!」
「おっ? 何かあったか」
「何でランカはワタシにディフェンダーをやらせたのデショウ? コーチのおかげで今スゴイ楽しくできてマスケド……この形って最初からアタッカーを続けていたら到達していたような気がしたんデスヨネ」
「なるほど……」
ランカが自分と役割が被って欲しくない──と考えるのはまず無い。
多分何か意味はあるのでしょうが、今のハマリ具合からするとどうしても……。
「ひょっとしたら無駄な時間を過ごしていたんじゃないかって思っているか?」
「エ~ト……セイラには悪いデスガ、今はそう思うことがありマシて……」
思わず視線が泳いでしまう、頭につい思い浮かんで言葉にしてしまったら気になり過ぎて仕方がない。解消しなければ今ここでしてほしい。明日からの練習に支障が出かねません。
コーチは落ち着いた表情でこっちを見てくれて──
「セイラは確かに攻めっ気が強い。それにここぞとばかりに攻める嗅覚も持っている」
「こう見えてトランプで負けなしデース!」
運だけのゲームでは五分五分ですが、ポーカーやブラックジャックでは滅多に負けません。
「始めた当初のバトルも見たが慣れていないこともあってか攻め込み過ぎて開始五分でやられることも多かったな、その時はサラマンダーだけだったみたいだ」
「Oh……懐かしい記憶デス。って、ソレヨリそんな最初の方モ見たんデスカ!?」
「当然だ指導に必要だと思って全員分見直した。と言っても四人分だから大した量でもなかったがな」
驚きです。
コーチするのが好き。つまり、生粋の育成好きという人なのでしょうか?
「セイラの疑問に答えよう。蘭香がここまで考えているかはわからないが間違ってないとは思う」
「お願いシマス」
残ったお茶を飲み干して耳を傾けます。
コーチは真面目な表情をしていますがお手はストローを撫でたまま、つまり片手間でランカの考えを把握できたということでしょうか?
「ワープリには復活みたいな機能は無い。早い段階でやられてバトルが長時間続く場合かなりの時間拘束されかねないのが唯一の欠点でもあるな」
「タシカニ」
「おそらくアタッカーのまま戦わせると、まだバトルの駆け引きを知らないセイラは序盤にやられっぱなしになって退屈な時間が増えて、楽しいって気持ちが消えてしまうのかと恐れたんだと思う。悔しいに退屈が混ざると続ける気力なんて湧かなくなるだろうからな」
「…………ア」
コーチの言葉を聴いて思い出しました
実際にシールドを持ったことで継戦時間が伸びた。それに攻撃を受けることで相手の動きを感じ取れるようになった、何時狙ってくるか、どの位置なら狙ってくるかを理解できるようになった。
楽しさの輪が広がっていました。
「疑問は晴れたようだな?」
「ハァ~ランカは部長になるべくしてなったんデスネ~」
先輩で経験者。頭が上がらないとはこのことですね。
多分これはランカの意図を百点満点で理解していると思います。
ワタシじゃあここまで誰かを導ける気はしませんね……高等部で誰かが編入してワープリ部に入ってくれなかったらひょっとしたら次の部長はワタシかもしれないのに不安しかありません。
思わず溜息が洩れちゃいます。
「せっかくだし少し早いけど、セイラに誕生日プレゼントだ」
「ワッツ!? とんだサプライズデスネ!」
何時の間に用意していたのかわかりませんでしたが。白いリボンで可愛くラッピングされた薄黄色の紙袋を手渡されました。
「まさか本当に用意してくれるナンテ……!」
「気にするな」
「開けてもイイデスカ?」
「ああ、ちょっと恥ずかしいけどな」
ねだったけど冗談も大きかった。コーチングしてくれるだけで充分すぎるぐらい貰っていてその上で誕生日プレゼントを貰うなんて逆に申し訳なくなりそうでした。
でも、コーチがワタシの為にどんなものを用意してくれたんだろうと思うとドキドキとワクワクが沢山心の奥から湧いて来ました。
嬉しさでビリビリに剥がしそうな心をグッと堪えて丁寧に剥がして中を見ると──
中には白いグローブ、ワープリ競技用のグローブが入っていました。
「素手よりもいいと思ってな」
「コーチらしいデスネ。でも、うれしいデス」
ワタシのことをとても考えてくれているのが伝わってきてなんだか心があったかくなってきました。
サラマンダーやグリフォンを振り回すとどうしても手が当たります、特にサラマンダーのポンプアクションリロードを片手でやろうとすると力が篭る、汗で滑りそうになることもある。
「サイズもピッタリデス。滑り止めもついてますし結構薄手でかさばることもなさそうデス」
「速乾性もあるし見た目以上に丈夫だ」
「コーチアリガトデス。一生大事にシマスネ」
「いや、ボロボロになるぐらい使い潰してくれた方がいい。そいつもそれを望んでいる」
「じゃあコーチだと思って毎日使いマス!」
「ん? 何か変な気もするが、沢山使ってくれ!」
この時間を終える鐘の音のようにピーピーピーと洗面所から音が鳴りました。
「どうやら乾いたようだな。親御さん達を安心させるために帰るとするか」
「もう少しゆっくりしたかったデース」
「ふふ、残念だが店長も俺の助けが必要らしくてな。急かして悪いが送らせてもらおう」
「ハイデ~ス」
これ以上のワガママはお店にも迷惑がかかるので残念ですが、ここで帰宅となります。
乾燥機の熱がまだ残る服に着替えて、何時の間にかお昼寝モードに移行したストローを抱きかかえて送ってもらうことになりました。
コーチから貰ったグローブをはめていると、コーチも何だか照れくさそうにしているのが面白くて、明日からの練習ももっと楽しくなりそうです。
「──てな感じのことがアリマシタ」
「なるほど……」
雨の日に散歩で途方にくれていたところ偶然出会ってバイト先でシャワーを貸して貰って、コーチはストローちゃんを構って、色々相談に乗ってもらったわけなんだね。
所々なんだか情報がぼかされたような気がしたけどコーチはコーチとしてセイラちゃんを助けたのは事実ってことがわかったから良しとしよう!
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