第18話 青春の残滓
「ふぃ~……今日も何とかちゃんと指導できたかな?」
半日近くの指導を終えてようやく溜息を吐き出せる。自分の部屋以外じゃこんな姿を見せられない。
改めて感じる教育──いや指導の難しさ。勉強したことをどれだけ正しく伝えられているかわからない。彼女達の頭の良さに甘えている部分も大きいと思う。何より意欲が高すぎる、自分が優れたコーチなんだと錯覚するぐらいメキメキと成長していく。
指導は自分の人生を彼女達に授けているようなもの。浅い歩みをしてきた人間に教えられることはたかが知れている。ワープリについてならプロに負けない知識は重ねてきているつもりでも、それ以外のことも必要になってくるのが身に染みてわかる。
──何て感傷に浸っているとスクホの通知音が響く。画面を開いて机に置いて立てかける。
「メッセージか……」
ワープリ部の三人と偶然ながらも連絡先を交換してしまった……
必要とはいえ女子高生と中学生……成人男性が親戚でもない子と交換しているのは何かしらの罪に価するのではないかと不安を少し覚えてしまう。それによくないものを持っている気がしてちょっとドキドキもする。
ここ数年は増えることも無かった連絡先に急に三人も追加されたし平均年齢がガクッと下がった。
色々考えてしまうことはあるけど単純に嬉しい。
それに『リング』自体は知っていたけど全然興味が無くて──いや、使う理由が無くてインストールをしなかった。
コーチを受けなければ一生俺のスクホに入ることは無かったかもしれない。アプリを開くと『リング』を使っている連絡先を交換した人の名前が出てくる──あっ、アイツもやってたのか。まぁそれは置いといて。
グループ名『白華ワープリ部』に入室。今はまだ真っ白だけどこれからここに雑談やら連絡事項が記入されていく──
「コーチが欲しがっていたストロンガーの写真を送ります」
頭に?が浮かぶが連投された写真を見てすぐに理解。
笑顔でピースしているセイラの胸に抱きかかえられている真っ白いポメラニアンの写真。
セイラはチャットだと普通に日本語でちょっと混乱しそうだ。
とりあえず何て返答しようか……完全に部屋着だし胸元が踏まれてるようなものだし、感想の対象はストロンガーだけにした方がいいな。
「もふもふしててカワイイな」
素直に書くのが一番だ。毛並みも綺麗で随分となついていて心がほっこりしてくる。こうして見ると可愛さで名前負けしている気さえするぞストロンガー。
「あえてどっちが? とは聞かないことにするわ」
おいおいこれだけで犯罪者候補かぁ?
八重さんは本当に俺に対して辛辣というか、反抗はしないけど警戒心は抱いている感じだ。
「あっ、コーチーいるってことは今、暇ってこと?」
「一応な。動画を見たり記憶を辿って皆の能力を確認しながら練習メニューを考えているところだ」
「助かります!」
「ちょっとはずかしいですね……」
五人分のアイコンが出てきた──蘭香は……木彫りの熊に噛み付いてる鮭? セイラはストロンガーのアップ。南京さんは丼? 八重さんはリブラ。鈴花は自分のカラコンつけている片目のアップか?
個性が出ているというか蘭香は何でそれを選んでいるんだ……?
まぁ、それはおいといて今部員全員この画面を見ているということか……何と言うか不思議な感覚だ。顔を合わせている訳じゃないのに共にいるような気分になる。
「そういえばみなさんってワープリの経験どれくらいあるんですか? ウチは二日なんですけど」
「あなたのは言わなくても皆知ってるわよ」
「実際俺も気になるな」
何時頃から始めたのか──確かに
「私は小学三年生の頃から始めたかな?」
「あたしは小学四年の頃に蘭香に誘われて始めたわ」
「ワタシは白華に入学してからですね」
「わたしもです」
「じゃあランセンパイとスミセンパイ以外経験者の部員はいないんですね」
「私達が中一の時はまだ小学校からやっていた先輩はいたんだけどね……」
「コーチさんが来てくれましたけど、練習試合の相手ってわたしみたいに一年程度の人じゃないんですよね……不安になっちゃいます」
五人中三人が白華入学後にワープリを始めたということか……だとしても理解力は中々の物だ白華に入学した精鋭だからこそ覚えも良いということだろう。
問題として練習試合の相手がワープリ暦一年か二年程度の相手だといいんだがそんな都合の良い訳がないだろう。
どんなスポーツだって長さが実力に直結することはある。でも、ワープリは必ずしもそうじゃない。
「経験値という面では不利かもしれないけど、ワープリは身体能力が全てという訳じゃない。練習の仕方次第でその差は埋められるから心配する必要はないぞ」
なんというか堅苦しい気もするが……これでいいだろうか?
「ちなみにコーチは何時頃から始めたんですか?」
何か全然関係ない質問が飛んできた。いや、流れ的にはこっちのほうが正しいのか? 難しいな……年齢とか性別の差はこういったところで出てきそうで怖い。
「俺は十歳の誕生日に親が許可をくれてそれからだな」
「おお、ウチの人生分はワープリやってるってことじゃん!」
「鈴花は十三位だからそんな感じよね」
「ちなみにウチの誕生日は五月一日です! コーチー、期待してるからね!」
「期待されてもそんな良い物用意できないぞ?」
フリーターの経済力を過信しない方がいい。他者にお金を使う余裕なんて全くない。自分で精一杯。
とはいえ、何かしら用意した方が今後の交流も円滑に進められるはずだ。最悪、練習試合までの短い期間までだとしてもこの出会いを蔑ろにするのは違う気がする。後ろ向きな考えは捨てて探しておこう。
「気持ちがあればウチは嬉しいって」
「そうだ、誕生日って言えばセイラちゃんは四月二十日だった!」
「Oh! 最近色々あって忘れかけてましたよ! スズカの前にワタシが貰います!」
「セイラセンパイに先取りされたぁ~」
「あげることはもはや確定事項なんだな……」
「コーチとしての威厳を見せ付けてください!」
全く……完全に他人事みたいに……しかし事務的に簡潔にしか使わないと思っていたのに運営が想定しているような使い方を普通にやっているなんて何年振りだ?
「ちゃんと考えておく。それよりも休むことも練習だってことを忘れないように。九時過ぎているんだから何時でも寝られるようにしておくんだぞ?」
「りょ」「はーい」だったり「ZZZ」や布団に篭るキャラのスタンプを押されたりする。
俺も俺で皆の練習メニューを考えないとな。勝つためには体力の限界を攻めつつしっかりと学習させる。その為には皆がしっかり休んで体力十全であると決め付けるように作るしかない。
意識を切り替えるようにアプリを閉じる。ホーム画面に並んだアプリを見て少し名残惜しさが湧いてきて用は無くても指を伸ばしそうになる。
……こんな些細なことでも愛おしさというか繋がりが感じられた。そしてこれは……敗北したら消えてしまう儚い繋がり。そう考えたら、心の奥に熱が湧いてきた。
なんて考えてると通知音が聞こえてきて──ほぼ反射的に開いていた。
「コーチーへ質問。トイって撃てば撃つほど実力が上がると思うんだけど寮じゃできそうにないんだよね。どうしたらいいと思う?」
鈴花から個人的なメッセージが届いた。
一番の新人だからか皆へ着いていこうと必死な部分も読み取れる。
確かに命中精度を上げるためには撃つ経験を増やすに限る。弾も無限だし環境に優しいし掃除の必要も少ない。とはいえ学生寮だとまず無理だろう。
万が一問題が起きれば休部だったり謹慎になるかもしれない。となると──
「その気持ちは大事だけど学生寮でトイを使うのは諦めた方がいい。でも、実力を上げるのが目的ならワープリシミュレーションって言うスクホでできる将棋的なゲームがあるから。そっちで経験値を貯めた方が良い」
最善よりも次善。焦りは最悪を引きかねない。
ゲームとはいえ公式で使われたフィールドやトイを完璧に再現されており、様々な戦術も実行可能。所詮はゲームと侮ることなかれ、ここでなら本当に遊び感覚で思いついたままの陣形を試せるしトイも買い揃える必要が無い。実験にはもってこいだ。
「コーチーが言うなら試してみるね。ちなみにオススメなのってどれ? 結構色々あるけど無料でいいの?」
「最初は無料でも良いと思うが、お金に余裕があるならWWP監修のThe・WarPreがベストだな一度買ってしまえばバージョンアップも定期的にしてくれてるし出来の良さが段違いだ」
五つの駒を自由に装備して戦わせるリアルタイムシミュレーター、時間を止めて動くラインや攻撃方向を決めてから時を動かす。できることがかなり多くて本気でやると時間が溶けてしょうがない。類似のゲームも何本か出たけれど肝心の出来は公式一強状態で地位は揺るがない。
ゲームの方でも世界大会があってここで出た戦術をリアルでも試すことは珍しくない。とはいえゲームは駒の性能は平等だから成り立つ戦術もあるので大会で優勝したからと言ってリアルでも通用する訳でもない。
「りょ! 早速買って試してみる!」
「判断が早いな……でも、今の時間にプレイするのは止めておくんだ。もしもはまってしまったら時間が本当に溶けるぞ」
「だいじょ~ぶ、時間になったら相部屋の会長に止めてもらうから」
「それならいいが」
「ありがとねコーチー!」
はまってしまった上、部屋に一人だと本当に夜中までやりかねないからストッパーになってくれる人がいるなら安全だ。
リアルでやっていてもゲームは別腹感覚でできてしまうのが恐ろしい。実際俺も練習とは別にやっていた時期もある。
提案しておきながらだけど鈴花には丁度いい資料かもしれない。トイの種類も公式で認可を受けているものが実装されていて部活では各トイ種一つしか教えてなかったけど実際は十以上あったりする。気になったのを見つけるには意外と理にかなってるかもしれない。
フィールドだって完全に初見で挑むよりもなんとなくでも頭に入っていたほうが動きやすい。
「さてと、出来る限り今の内にメニュー考えとかないとな……」
いつも通りだったら土曜日はバイトをしていたけど、コーチングの為に休みにしてもらえた。
接客業は土日の休みが重要だと言うのに快く受け入れてくれたのには頭が上がらない。
まぁ、俺のことはどうでもいい。彼女達の青春の方が大切だ。この時期の後悔は一生尾を引くことになりかねない。その痛みを知っているからこそ、受け入れてくれたのだと思う。
その心意気には結果で応えるしかないよな──
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