第16話 ただ綺麗な花にあらず
こうして色々戦術、戦略、陣形を教えられたり考えたりしているとあっという間に時間が過ぎていって──
「よし、昼食含めて一時間の休憩だ。午後に向けてしっかり英気を養うように」
「フィ~……頭を使ってお腹空きマシタヨォ~。普段の授業よりも疲れマシタ……」
皆大きく深呼吸したりして疲れを吐き出してる。普段の授業が知識の詰め込みだとするなら今の授業は知識と知能の整理整頓──学んだことをしっかり理解させ他の事柄と繋げる。一つの戦術に一つの対応策ではなく複数の選択肢を用意させられた。
白華で毎日勉強してなかったら理解しきれなかったよきっと。セイラちゃんの言う通り普段の授業と同じくらい、ううんそれ以上の負担がかかった気がする。
こういう事態も予想しといて良かった。
「運動してお腹ペコペコになるかと思ってたのに頭使い過ぎでペコペコになるなんて思ってもなかったよぉ。念の為お弁当を大目にお願いしてよかったぁ」
「いつもよりも多い重箱サイズじゃない。食べきれるの?」
「よゆーよゆー! むしろ足りるか不安なぐらいだって。それじゃあ皆で学食行こ~!」
「あれ? お弁当持ってるのに学食も? 流石に食べすぎな気がするような──」
「流石にそこまで大食漢じゃないわ。土曜日は皆で学食で食べることにしてるのよ」
まだ人が多かった時は学食組とお弁当組と分かれてお昼を食べてたけど、今は向日葵ちゃんだけ学食。それは何か嫌だったから私達もオシャレな学食で食べることにしてる。
「そうだ、コーチも一緒に行きません?」
「乙女の領域に踏み込む訳にもいくまい。コンビニで買ってきたのを食べるから気にするな」
「そうで──すか……?」
言葉に詰まった、コーチが昼食だと言ったのはビニール袋から取り出したのは菓子パン二個、それと持ってきていた水筒──
えっ──これだけ?
「ええ……何だかわびしくない? 足りるん?」
「フリーターが出せる昼食代なんて300円が限度だろう?」
こ、言葉が出ない……なんというか別世界の現実を突きつけられた──
菫ちゃんも何か言いたそうにしているけど言葉が出せない、そんな葛藤を感じる。トドメと言わんばかりにパンの袋には30円引きのシールが貼られていて頭が真っ白になった。
白華に入って好きな物を自由に食べられている私は何だかすごい恵まれていると実感させられる。白華女学園史上初めての珍事だと思う。
授業で学んだことが突如としてフラッシュバックする。
食事から読み取れることは非常に多い。健康状態はもちろん、収入も、食事作法を会得しているかで家庭環境も読み取れる。
だから相手と食事する際は観察することが重要だとも。
「……ワタシの家のストロンガーのおやつ代とそう変わらないデース……」
「なんというか申し訳ないです……」
なにより本当だったら働いているかもしれないのにコーチの時間を奪っているようなもの、お金にならないのに力を貸してくれてる……。
何を言えばいいのかわからない、何を言っても同情とかになるかも──
「じゃあコーチーも学食で食べない? 男性職員や警備の人も利用しているからへーきのはずだよ」
「名門女子学園の学食なんて高そうなイメージしかないんだが?」
「確かに300円で食べられるのは無いけど500円近くで栄養バランスの取れた美味しいの食べられるよ。ウチらがしっかり食べないといけないのは確かだけど、コーチーもちゃんと食べないと午後もたないって、買ってきたそれは三時のおやつにすればいいしさ。白華の学食でどうどうと食べられる機会なんてそうそうないよ?」
私達が言葉に詰まっていると鈴花ちゃんが正しい言葉に加えて魅力を伝えてくれた。
確かに白華の学食は惹かれるものが多くて私の所はお母さんが料理研究家だから毎日お弁当をしっかり持たせてくれるけど、たまに学食を食べたくなる時もある。
内装がお洒落で料理は洋食がメイン。サラダにスープ、日替わりでメインに一皿。それに沢山食べたり身体を作りたい子向けにどっしりしたのメニューがあるのも嬉しい所。
「いやしかし……」
「部長命令で四の五の言わずに連行します! セイラちゃんそっちの腕持って!」
「ラジャー!」
私とセイラちゃんで両腕をガッチリ掴み連行!
「……何事も経験か──」
指導している時の頼りになる感はどこへやら。
借りてきた猫みたいに覇気が無くなっちゃって大人しくズルズルと連行されてくれる。
でもこれでちゃんと食べてくれるなら私も安心する。それに白華の学食で食べることができるっていうメリットを与えられたなら少し心が軽くなる。
「ここが白華の学食か……! 清潔感あるし何よりオシャレだ、カフェテリア系って言えばいいのか?」
初めて私がここに来た時と同じような顔をしてキョロキョロしてる。
わかる、わかるよ。学食ってこんなに綺麗なの? って本当に驚いたもん、テーブルや椅子に安っぽさがまるで無ければ立派な絵が飾られていたりする。テレビというか創作物の中にしか無さそうな採算度外視の内装、それも皮だけが立派じゃなくて芯が通ってて。ここで食事をしているだけで自分は特別になったかのような錯覚さえするもん。
「じゃあ私達は席取っておくから」
土曜日の食堂は部活動か寮の生徒しか使わないから空いてる。ユニフォーム姿か私服で普段の制服一色と違って特別な空間になってる。当然私達もワープリの白いユニフォームでソースか何かが飛んだらとても目立つことになるけど、白華の生徒たる者それを退ける所作を得ていて当然!
毎週土曜日のこの時間帯に使ってる席はワープリ部のナワバリになってしまったのかわかりやすくひらけている。
「ならウチはコーチには買い方教えてあげるっしょ!」
「お、おう頼む……何と言うか場違い感ありすぎて吹き飛ばされそうだ」
「そ、その気持ちわかります」
「ヒマチーわかんの!? まっ、いいやこっちこっち」
そう言ってコーチの腕を組んで引っ張っていく鈴花ちゃん。
「なんというかあの子凄いわよね。あたし達とは二日遅れてコーチに出会ったのに蘭香以上に距離近くない?」
「そうデスネー。質問も沢山しますシ、真面目デス。ヒマワリが言うような部活荒らしな印象はまるでないデス」
「本当にそうだよね、今みたいな気転も利くし」
「昨日までそんな話を聞くことが無かったから実は嘘ってこともない? 特に一学年上のセイラが何も知らないのも不思議よね」
「ウ~ン……そういう暗めな話は聞かないようにしてマシタからね、ワープリに夢中で他の部活は気にしてませんデシタ!」
「セイラはこういう子だったわ……」
あはは、参考にはならないよね。
「今のところは気にしてもしょうがないって。鈴花ちゃんが来て+にしかなってないし、よくわかってないことを悪く想像するよりも、今からと向き合おう」
「デスデス。先輩として負けられまセン!」
「そういう面倒事のためにコーチがいるようなものだもんね。あたし達は来月の審判の日に備えて努力するだけ」
「うん、そうだね……」
刻々と迫ってる決戦の日。負けたら全てが終わる。
コーチが来てまだ数日だけど確かな成長を実感してるけどもっと効率的に、もっと効果的にと焦る気持ちもある。
この不安なドキドキは実力が上がれば消えてくれるのかわからない。
とにかく終わらせないために戦って勝たないと!
しっかり食べて、しっかり休んで、しっかり鍛えてがんばるしかない!
「戻ってきたぞ」
「ただいまー!」
三人は料理を乗せた御盆を持って戻ってきた。
「コーチは何を選んだんですか」
「Aセットでオムライスだ。卵で包んでるタイプだぞ。大盛りでも値段が一緒で驚いたし500円でサラダもポトフも付いて来るなんてすごいな、毎日食べてる二人が羨ましく思えるぐらいだ」
「ウチはBセット!」
「わたしはCです」
コーチも指導している時とはまるで違うワクワクしてる雰囲気だ。
ポトフとサラダは共通していて。
Bセットは辛さ控えめ旨味強めの具沢山グリーンカレー。
Cセットは春野菜たっぷりパスタ。
美味しそう……何だか私も学食で食べたくなってくる。来週は私も学食で食べてみようかな?
長方形のテーブル、コーチと向日葵ちゃんは一番距離のある対角の位置。鈴花ちゃんは何食わぬ顔でコーチの隣に座る。
「てっきり男は俺一人だけかと思ってたけど男の人も少しいて安心した。やっぱり職員の方なのか?」
「だいたいそだね。部活のコーチや監督が普通に利用してるの見かけるよ」
「へぇ~俺みたいな人もいるんだな」
「でも圧倒的少数だよ。白華を出入りできる男性の人って門番さん含めて十人ぐらいじゃないかなぁ?」
「本当にレアだな……」
「そんでもって白華上層部の親族とか卒業生の血縁者ぐらいだね。だからコーチーが入校できたのは本当に珍しいんだよ」
「ひぇっ、男で括ることできないぐらい格が違いそうだ……」
住んでいた世界が違うってやつだろうね。うん、確かに違うと思う。値引きのシールが貼られたコンビニのパンを買うことは絶対に無いと思う。
「まぁまぁ、じゃ揃ったことだし。いただきます」
「「「「いただきます」」」」
合掌。
コーチも手に持ったスプーンを一度置いて倣ってくれた。
食前食後の作法は徹底されてる。もうこれは癖になって
お母さんにお願いしたらはりきって用意してくれた。どっしり詰まった重箱一段サイズ──
蓋を開けたら待っていたのは梅しそごはん、出し巻き卵、焼き鮭、ネギ塩だれからあげ、きんぴらごぼう、メンチカツ、あげれんこん、ドライトマト。色とりどりと中に敷き詰められていて見てるだけで美味しそうなのが伝わってくる。
「相変わらずジューシーよね」
「逆に菫ちゃんは私の半分ぐらいだけど大丈夫?」
「蘭香と一緒にされたらあたしのお腹がもたないわ」
菫ちゃんは小食だもんね。
私のお弁当箱の半分位しか入ってない。だけど栄養バランスは考えられていて彩りも綺麗で定規で揃えたんじゃないかってぐらい整ってる。
「おお……! 想像以上に美味しい。良いとこの洋食店で食べるのとそう変わらないんじゃないか? 五百円でこれが食べられるなら毎日通いたいぐらいだ」
「じゃあさ、外でこれを食べようと思ったらどれくらいするん?」
感心と驚きをしながらゆっくり味わうように食べるコーチに疑問を投げかける鈴花ちゃん。
「千円は超えるだろうな。同じ値段だとしたらここまでの味は到底出せない。甘美味いケチャップライスに絹みたいな表面の卵。それにコクのあるソース。この味に慣れたら外のもの食べられなくなるんじゃないか?」
「へぇ~そんなに違うんだ。ウチ白華入ってから外で食事することなくなってたからそう言われると逆に気になってきたかも」
寮生組だと自然にそうなっちゃうのかな? 白華には服が買える購買部もあるし、調べ物をしたかったら図書館を使ってもいい。最低限必要な物は全て揃うし、勉強できることは多いから退屈とは無縁の場所。実際のところ寮での生活はどうなのかちょっとは気になる。
「確かになぁ……外はある程度知っておかないと適応できないかもな。まだ日が浅く全てを見たわけじゃないがここって最高に恵まれている空間な気がする。でも、逆にそれが毒になるかもな」
「どゆこと?」
「あらゆる毒を拒絶するような無菌室。まるでショーケースに並んだ宝石みたいな白華の生徒。外の人間と比べたら悪意や善意、様々な人間と出会って磨かれることもなさそうだ」
「それがコーチが見て感じた印象ってことね」
なるほど──これは確かに貴重な意見。私がコーチと縁を繋がなかったら完全に白華とは無縁の人。他の人も同じように思っていると見て間違いないかもしれない。
「コーチは白華について何にもわかってないですね」
「うんうん、コーチーそれはちょっと甘いって。まぁウチ達としか会ってないから仕方ないか」
キョトンとしたコーチの顔。
ここは少し白華について教えておいた方がいいかも。
「どういうことだ?」
「白華に合格できるのはどういう人間か知ってます?」
「……頭が良くて、お金持ちで……顔が良い?」
「もぉ~! ウチ達がカワイイってコーチースケベなんだから!」
「そんな冗談は置いといて。のほほんとした人間が入れるような場所じゃないのよ。のんびりしている子がいても中に虎を飼ってるような子も普通にいる。それに、合格したからって立派な淑女への道が綺麗に舗装されて案内される訳じゃないの」
「怠けていたらあっという間に置いてかれます。皆が皆過酷な白華受験を勝ち抜いた戦士しかいませんから」
「自分で戦士と言うのか……」
「実際、大変デシタネ~」
「ウチも白華特待生で入れなかったら野垂れ死んでてもおかしくなかったもん」
「実家の近くに女子中ありませんでしたから必死でした……」
ネットでもこう言われている。
白華なんて所詮、品位と名声に固執するお嬢様、勝ちに貪欲になれるはずもなく心が弱い──
でも、それは白華と無関係な人達の願望でしかない。執念が足りない? そんな訳が無い。白華の生徒達は皆、貪欲なまでの執念で過酷な受験戦争を勝ち抜いた選りすぐりの勝者しかいない。
さらに言えば入学後も試練の毎日である。
普通教科以外に料理、裁縫、言語、舞踊、といった選択科目もあって毎期に昇級試験を受けて梅・竹・松と昇級して六年間で松を三つ収めなければ卒業できない。
成績不良であれば退学を薦められる。
ここはプランターで大事に育てられなければ咲けないような花はいない。栄養を求めてどこまでも根を伸ばすような貪欲さが求められている。
でも、そんな修羅な姿は徹底的に隠している。どこまでも優雅で余裕を持っていなければ白華の生徒と認められない。
「まだまだ認識が甘かったか……となると練習はもっと厳しくしても問題無いってことなのか?」
「上等です! ──って言い切れないのも現状ですよね?」
「身体能力的にはだな。ただ、負荷の掛け方を少し考えておく」
コーチが真面目で頼りになる顔になってくれた。
昼食中でも指導について考えさせたのはちょっと申し訳なかったかな?
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