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第13話 エンジョイとガチの壁

 扉の先に広がっているのは50mちょっとの幅を満遍なく使った練習場。確かこれってコーチが学園長の所に行った際に盗み見したやつだ。それを改良というか整えられた練習場なのかな?


「訓練名『ダッシュ&ショット』をこれから始める! シャトルランをしながら移動した先に現れる的を破壊し走力と射撃力を高める訓練だ」

「Dash?」

「&ショットですか?」


 体育館みたいな床にラインが二本引かれてて20m、10m、20mって分かれてるみたい。20mの部分はどっちも人型の的が数m毎に乱雑に立ってる。

 この訓練場にシャトトルランって言葉。この二本の線の間を行ったり来たりしながら射撃するのが想像できた。


「ピーという音と共にドレミの音が始まり、次のピーまでにラインにまで到着し的を破壊するのがこの訓練だ。走りきっても的を一つも壊せなかったら終了──といいたいが時間いっぱい訓練してもらう! 走るのを優先だ! さっきと同様みんなのトイやバッテリーは練習用に設定してあるリロード時間は一秒かつ無制限だ!」

「はい! この訓練の意図は何で? 普通のより距離が短い気もしま~す!」

「いい質問だ! 折角だから説明の前に俺が考えている育成目標、チームの姿を話しておこう」

「つまり白華ワープリ部をどんな風にしたいのかってことね?」

「そうだ! 明確な目標があった方がどう鍛えていけば良いのか意識しやすいと思う。白華ワープリ部に求めているのはスピードだ! 君達にはスピードチームを目指してもらう」


 スピードチーム……! つまりは金剛紫さんみたいに皆が駆け回って戦うチームになるってことなのかな? 想像するだけで思わず喉が鳴る!

 あれ? でもそれだと──


「スピードを求めるならディフェンダーは必要ないんじゃないですか?」 

「タシカニ! 矛盾してマス!」


 そんな私達の指摘に対して人差し指を振って否定してくる。なんだかちょっとかっこつけてる気がする。


「焦らない──スピードは何も動きの速さだけを指しているだけじゃない、狙う速さ、思考の早さ、判断力の速さ、特に脳の速さの方を重視している。相手よりも素早く的確に状況を処理できればそれだけ余裕が生まれる。自然と最善最高を選ぶことが出来るようになっていく。足を止めていても頭は走り続ける。これがワープリに最も必要な要素だと俺は考えている」


 コーチの掲げるワープリ論がスピードってことだ……ワープリとの向き合い方が私とまるで違う。ただ鍛えて強くなれれば良いっていう考え方じゃない。どんな自分になりたいか目標がある。

 ただ痩せるためにダイエットするか、理想の服を着るために痩せてダイエットするかの違いがある。芯がある。 


「じゃあこの練習の目的はそのスピードを鍛えるってことデスネ!」

「その通りだ。これは持論だがワープリにおいて長距離走に使うような遅筋は重要視しない。物陰から物陰へ短い距離でも素早く移動する瞬発力が必要になる、つまり速筋を鍛える。さらに言えばこの練習は撃つために動く、撃たれないために動く、その意識をしっかり持たせるためだ! そして絶対的に必要な命中力! 当てなきゃ勝てない! それも素早く狙いを定める必要がある。体力を消費した状態でも当てられるようになれば完璧だ! いいか、極論ワープリの必勝方法は素早く動き、素早く狙いを定めて必中させることだ! とにかくそれを叩き込む!」

「了解です!」

「利に叶ってる気がしマス」


 話を聞けば聞くほどコーチは先のことをしっかり考えて練習を作ってくれたんだと伝わってくる……私達のことを想って用意してくれたんだと思うとやる気も上がってくる。

 当たり前のこと過ぎてあんまり意識してなかったけど、確かに当てることができれば勝てる。まぁ、言葉だけなら簡単だけど実行は難しいんだけどね。

 戦術とか陣形とか奇策とか色々関わってくる。でも、基礎的な走力や命中力を向上させるのがコーチの狙い。


「じゃあ早速始めよう、皆内側の線に並んでくれ」


 息を整えて皆が横並びになって間をとって一列に並ぶ。

 これが始めての本格的な練習。ちょっと緊張してきた──ワクワクしてる鈴花ちゃんとセイラちゃん、私と同じように緊張してる向日葵ちゃん、何だかうんざりしてるような菫ちゃん。


「まずは10分──スタート!」


 ピーって音と共に始まった──

 最初はゆっくり、余裕を持って皆が同じ方向で走り出す。

 本番を想定した装備で動いているから重いベルセルク持ちの向日葵ちゃんがちょっと不利かなって思う。私も左腕にシールドっていう重り持ってるからそうも言ってられないんだけどね。

 緩やかに走ってミの時点で到着、冷静に正面にランダムに出現した的を狙って123456。うん、全弾命中──ピー

 振り返って走る。またミで到着、射撃──ってリロード忘れてた! リロードして123外れた56! ピーって鳴る。

 振り返って走る、この間にリロード! ミで到着! 123456! リロード、ピー

 振り返って走る! あ、頭がこんがらかりそう! やること自体はそんなに複雑じゃないんだけど繰り返し行っていくと順番がごちゃごちゃになりそう!

 音、走る+リロード、撃つ、音、走る+リロード、撃つ。この流れをどれだけ精密にできるかが実力に繋がってくる。

 ──そんなわけで一分経つと間隔が短くなってきて、撃てる回数も徐々に減ってきてリロードを忘れて撃てない時も出てきた。私はまだ良いほうだけどセイラちゃんはグリフォンとサラマンダーの二丁、毎回リロードしてるわけじゃないけど両腕が塞がっている状態だと撃つ余裕が私以上に無さそうで辛そう。

 菫ちゃんは体力的にキツイのか五分で周回遅れになってる。

 向日葵ちゃんは私達よりも遠くの的を狙う必要があって瞬間的に判断するのが大変そう。

 鈴花ちゃんはペガサス一丁、撃ちなれてないから命中率は低いけど足は間に合ってる。

 10分も経つと──


「よし! 終了だ! 休憩を取るんだ!」

「キ、キッツイデース! でも、何だかイイ感じもシマス!」

「…………モウダメ」

「ひぃ~足はどうにかなるけど的に当てる方がキツイっしょ!」

「余裕がないとぜんぜん、当たりません……」


 たった十分の練習なのに普段の練習をやりきったぐらいの疲労感がある。

 特に菫ちゃんが息も絶え絶え、急いで元気の源豆乳ジュースをすぐに口元にもっていくと少し落ち着いてくれた。

 今までに無いぐらい汗をかいて体が熱くなってて大変だけど、確かな予感もある。私は動ける方だと思ってたけど今まで緩く動いていて無意識的に怠けていたんだと実感させられた。

 ──もしも、この訓練を完璧にやり切ることができたら相当レベルアップできるんじゃないかって。


「五分休憩後はUCIユニットとの試合だ。ウェーブ制で十分経過か全滅でバトルが強制終了、一分でスタート位置に戻って再戦。これを三回行う。鈴花にも参加してもらって実戦経験を積んでもらう!」

「は、はい!」


 今度は実戦練習!? ハ、ハードだ! 初心者の鈴花ちゃんは動きなんてまるでわかってないから大変になる想像ができる!

 聞いただけで嫌な予感はしたけど──始まって見るとそれは正しいことが身を以て知ることになる。

 ウェーブ戦は説明通りUCIユニットとの三連戦、AI挙動も三回とも違っていて同じ戦術や陣形で甘えさせる気がまったくない! 迂闊に攻め込めば挟撃で倒されそうになる、かといって待つように戦えば集中砲火でシールドお構い無しに破壊してダウンを狙ってくる。

 そんなバトルの中──


「何コレすっごい!? 頭の中がゾワゾワしてくるんだけど!?」


 鈴花ちゃんは初心者によくある闘争本能を刺激されてテンション上がった状態に陥っていたけど、パニックにはなってないみたいで良かった。

 初めてのバトルってそんな感じだったなぁってちょっと懐かしく思う。

 あの状態は浮き足立って足下が覚束ない、本当だったらすぐにダウンしてもおかしくないけどそこのところは流石はコーチ。鈴花ちゃんにもシールドが持たせてまずは生き残ることを教えていたから何とかダウンを免れてる。

 でも、ただ生き残ればいいんじゃなくて最初の課題として中央での位置取りを意識させてた。自陣近くで生存を学ぶよりも中央の方が経験になるからって。

 他にもセイラちゃんにはディフェンダーの使い方もとい連携についても教えてた。仲間を壁にする意識や相手が回り込もうとするタイミングを見極める注意力。

 菫ちゃんには距離を詰める意識を。

 そんなこんなで疲労だったり昨日よりも強いAIなこともあってか相手を全滅させることは結局できなかった。


「五分休憩後は再びダッシュ&ショットだ」

「ひえ……!」


 休憩が小まめに入ってくれてるけど回復しきれないぐらいハードな練習。

 本当に今までの部活動はお遊び気分だったんだってわかる。他の学校やクラブチームもこれぐらいやっているのかな……? ううん、そんな甘い考えはダメだ! 初日で辛いなんて愚痴を言うんじゃ来月勝とうだなんて夢のまた夢だ!

 そうして、何とか練習に喰らい付いていって──


「5時になったな……これからクールダウンをしっかり行う。それにて今日は終了だ」

「ふぇ? まだ終了まで時間ありますよ?」

「まだここの勝手がわからないからな、多少は余裕を持って動きたい。初日で時間ギリギリで警告される訳にもいかないからな」


 コーチの言葉を素直に受け取る。皆も息を切らしてるし反対が出ない。

 流石に疲れた……強がりも出ないし、もっとやりたいって意志が出ない……体力の余裕が無いぐらい空っぽ……静的ストレッチをするのもやっとだ……菫ちゃんはもう私が動かさないとまるで動けないぐらい疲れきってた。


「シャワー浴びないと汗臭くてヤバそ……こんなに汗かいたの久々かも」

「キチュイ……」

「イイ汗沢山かきましたからシャワーもきっとキモチイイデース!」

「このまま寮に帰ったら苦情が来そうですね……服絞ったら汗が出そうで怖いです……」

「鈴花ちゃん、タオルはここにあるのを自由に使っていいから。使い終わったら洗濯機に入れておいてね。これは乾燥もしてくれるやつだから皆が使ったら回すから」

「りょです。こういう時になると設備の充実さがエグイってわかりますね!」

「だよねぇ。それとスーツはこっちの洗濯機に入れてね、他のと混ぜちゃうと色が付いちゃうから」


 スーツ専用の札がペタリと付いてる洗濯機をポンポンする。

 確かに普通だったら持ち帰って洗濯することになるんだよね。皆の分入れて洗濯して乾燥して次の日に部活の時間になったら取り出す。楽すぎて悪いなって思うぐらい。


「りょです!」


 ベタベタするスーツとインナーを脱ぐと、今までにない開放感に深く溜息がもれちゃう。このままボーっとしておきたい欲もあるけど裸族になってる訳にもいかないからタオルを取ってシャワー室に向かう。


「あの……セイラさん、菫先輩ちょっといいですか?」

「ムー? ドシマシタ?」

「て、手短にお願い……」


 ん? 何か相談してる?

 流石に今の格好で行くわけには行かないから──


「どしたんすかー? 入らないんです?」

「あ、今行くね」


 鈴花ちゃんにもシャワー室の使い方を説明しとかないと──

 と言ってもここと体育館にあるのとそうは変わらない。ここのシャワー室は綺麗で六つの個室あって入ろうと思えば一度に二人は使えそうな広さがある。個室には小物を置ける棚もあるからここにボディソープやシャンプーも置ける。ドアタイプで開閉にはちょっと注意が必要だけどここにタオルをかけられるから便利がいい。簡単に教えたら鈴花ちゃんは完全に理解してくれたみたいで隣の個室に入った。

 最初はちょっと冷たいから全身で浴びないようにして……手を伸ばして確認、うん、温まってきた。そして全身で浴びる! はぁ~汗が流されて行って気持ちいい……こんな気分になれるぐらいがんばったのって何時ぶりだろう……。


「ランセンパイ、今いいです?」

「え、うん! だいじょうぶだよ?」


 なんだろう? 声を掛けられるなんて思ってなかったからちょっと驚いた。もしかして体洗うのを貸してほしいのかな?


「正直言って予想以上でした。ウチとしてはもっと緩くやるんじゃないかな~って思ってたんですけど、ガチで練習して驚きました」

「ガチな練習も今日からなんだけどね。でも初心者には大変だったよね。コーチにはもう少し緩くやった方が良いって伝えておこうか?」


 強度の上がった練習に付いていけるぐらいの運動神経、でも初心者には負担が大きくて今日は良くても明日明後日と続けば辞めたくなるかもしれない。

 折角の五人目、フルメンバーで戦える──だけど、執念みたいなのはまだ宿ってないと思う。


「いえ、嬉しいんです。皆本気だしコーチも本気で取り組んでいてウチが頑張っても浮かない。ようやく求めていた環境が見つかったと言いますか、全力出しても問題なさそうな気がして。ここを選んで正解でした」

「……? それって──」


 何だろう……私の考えが余計で意味の無い不安だと思わせるぐらい言葉から凄い圧を感じるというか……覚悟や熱も感じる。

 疑問を聞こうと思ったら──


「サッパリさせマース!」

「シャワー室が恋しくなるなんて夏だけかと思ってたわ……」

「で、ですね……」


 セイラちゃん達も入ってきた。繊細な話かもしれないから詳しく聞くのはまた今度かな?

 そんな訳で皆がシャワーも終わると鏡の前でドライヤー。こんな風に五人並んで使うなんて何時振りだろう? 少しボーっとした気分で髪を梳かしながら乾かしていると。


「野茨……いえ、鈴花。折角だし色々話さない? 寮みたいだしまだ余裕あるでしょ?」

「後輩と交流デース!」

「イイっすよ! ドンと来いです!」


 えっ……菫ちゃんから声掛けた!? こんなこと今まで無かった! それに自分から仲良くなるために!? ちょっと感動しちゃう……うんうん、仲良くなることは良いことだよ……菫ちゃんも高等部になって頼れる先輩を目指すようになったのかな?


「蘭香先輩ちょっといいですか?」

「うん?」

「コーチさんと話したいことがあるので付いて来てもらえませんか?」


 感動を覚えていると耳打ちでコソコソと向日葵ちゃんが話しかけてくれる、なんだろう? コーチと話すだけなら私はいらな──ああ、そういうこと。二つ返事をして制服に着替えると一緒にコーチのいる管理室に向かうことにした。

本作を読んでいただきありがとうございます!

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