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不動さんの過去!あの日の約束を守るために!

惑星エデンの酒場でひとりの男がカウンター席を陣取り、酒を飲んでいる。

赤い肌、額から生えた二本の山羊のように反り返った鋭利な角、血走った鋭い瞳、鍛えられた上半身をさらけ出し長ズボンを履いた威圧的な容姿に、ならず者たちが集まる酒場でも人から避けられている男、名を不動仁王といい、用心棒として宇宙中に名を馳せる男だ。

依頼がない時は専ら酒を飲んでいる。

この日もいつものように数十杯の酒を飲み、勘定が終わって外へ出た。足元がおぼつかないほど酔っているが、男は家へと歩き出す。

しばらく歩き、人通りの少ない道を歩いていると、ふたりの男が現れた。

金髪碧眼、茶色の三つ揃えの服を着た紳士と白い軍服に身を包んだ長身の老人だ。

紳士は星のように輝く青い瞳で不動を見つめて言った。


「君は全身から強くなりたい気持ちが非常に出ているねぇ。私の弟子にならないかな?」

「あァ?てめぇ何様のつもりだ。俺は誰よりも強い!」


不動が吠えると老紳士が腰に携帯している長刀の唾を抑えた。


「スター様を愚弄するとは見逃せませんなあ」


黒い瞳の奥から殺気を覗かせる老紳士に紳士は手で制し。


「彼は酔っているのだから無理もない反応だ。

それよりも酔い覚ましとして私が少し相手をしてあげよう。ジャドウ君は下がっていたまえ」

「ハッ」


恭しく礼をしてジャドウと呼ばれた紳士が後方に下がると、スターという紳士が前で出た。


「面白れぇ。やってやろうじゃねぇか!」


挑戦されて不動は激憤し、スターに殴りかかったが片手で受け止められてしまう。

受け止めた際に放たれた不動の拳圧にジャドウが吹き飛ばされるが、スターは笑っている。


「なかなかの拳だねえ。酔っているのが惜しいよ」

「うるせぇ!」


不動は幾度も拳を繰り出すが酔っているので軌道が定まらず軽々と躱され、足払いで横転されてしまう。スターは嘆息して、踵を返した。


「今日のところは失礼しよう。次は本気の君にお目にかかりたい」

「待てッ」


不動が呼び止めたがスターとジャドウは瞬間移動で消えてしまった。


「畜生……」


酔っている状態とはいえ、軽くあしらわれた事実が不動には耐えられなかった。

血が出るほど拳を強く握り歯を食いしばって呟いた。


「俺は誰よりも強くならなければならない」


最強になる。最強でならなければならないというのが不動の信念だった。

そうでなければ、愛する者を守ることができない。

きっかけは幼少期に遡る。不動の幼馴染でミコという少女がいた。

穏やかで優しい性格のミコは不動と仲良くしていたが、ある日のこと、ミコが同級生の少女たちからいじめられている現場を目撃してしまう。

理由はミコが金持ちの娘であることへの嫉妬だったが、理由はどうあれ大切な幼馴染がいじめられているのを黙って見ていることはできなかった。


「やめろっ」


不動は吠え、いじめっ子の少女に向かっていったが簡単に返り討ちに遭い、数人で滅多打ちにされた。同様にミコも殴られ、蹴られ、土下座するまで許してもらえなかった。

屈辱だった。自分は大切な幼馴染を守りたかった。正しいことをしようとした。

だが現実はどうだ。幼馴染を守れず、敵に嘲笑され、許しを懇願する始末。

この時、不動の心に「強くならなければ」という思いが芽生えた。

誰よりも強くなければ大切な人を守れない。この一心のままに不動は生き方を変えた。

喧嘩に明け暮れ、裏社会の用心棒に身を落とし、無法者たちと戦い続ける間に心は荒れて当初の大切な人を守る決意は消えてしまい、ただ「強くなる」思いだけが残った。

スターに敗北し、不動は苦い過去を思い出し首を振った。

俺は強い。現に宇宙最強を決める格闘大会で優勝もしているではないか。

だが、あの男は俺を一蹴した。手も足も出なかった。酔いは回っていたが、不覚。

握った手を開いて視線を落とす。

俺は、今まで何をしていたのだ?

女子を守るために、二の轍を踏まぬために強さを求めたのではなかったか。

裏社会に身を落とし、あの娘に顔向けできるのか。

だが、彼女はもういない。

不動が飲み歩いていた理由は、ミコの訃報を知ったからだ。

あの日からミコとは疎遠になり、いじめが発覚してから別の星へ移ってしまった。

出会う術もないままに月日だけが流れ、ミコは亡くなった。

もう一度強くなった自分を見てほしかった。あの時の悔いを晴らしたかった。

守れなくてすまないと謝罪したかった。けれど、それは永遠に果たせない。


「俺はどうすれば……」


苦悶と酔いの狭間で不動はもがきながらも、どうにか家に帰る。

ごく普通の一軒家の自宅の扉を開け、声をかける。


「帰ったぞ」

「遅かったですね」


どことなく冷めた声で言ったのは彼の異父兄弟の星野天使だ。

艶のある茶色の髪にトロンとしてどこか眠そうな半開きの瞳、白い肌の可愛らしい顔をしている。現在の不動からは想像もできないが、不動自身はとことなく小さかったころの自分に似ていると思っている。不動と星野は形質は母親似なのだ。

パジャマ姿でテレビゲームに熱中していた星野は兄を一瞥して、言葉を続けた。


「夕ご飯はカレーですよ」

「甘口か?」

「当然です。僕は甘口が好きですから」


不動はカレーは辛口を好いていたが、この際作り直すわけにもいかず、甘口のカレーを盛りつけ口に含む。普段食べているよりもずっと甘い。


「兄さん。どうして泣いているのですか」

「馬鹿な。俺が涙を流すなどあり得ん」

「でも泣いていますよ」


弟に指摘され頬に触れてみると冷たい感触がする。涙だ。

認めざるを得ない。喉の奥から乾いた笑いが出てくる。


「さっき、負けたよ。生まれてから二度目だ。星野よ、今の俺はお前から見てどう見える?

強い兄に見えるか?」


星野は少し間を置き、変わらぬ表情で言った。


「そうですね……情けない兄に見えます」


鬼の父親と天使の母から生まれた不動と、天使の両親から生まれた星野。

父は違っても兄弟の仲は確かだ。

弟の指摘に最もだと感じた不動はこの日以来、酒を断ち、体を鍛え始めた。

ミコに会うことはできないがミコに恥じないような生き方は可能だ。

スターという男は俺の本気を見たいと言った。ならば本気で挑むのが礼儀。

今度こそあのオッサンに一泡吹かせてやる。

真っ赤だった肌は普通の肌になり、反り返った角は体内に収まり、凶悪な面構えは同じでも、雰囲気が幾分か穏やかになっていった。


『スター流道場』と書かれた道場の前にやってきた不動は、深呼吸をした。

表向きはスターコンツェルンエデン本社となっている超高層ビルの地下にスター流の道場は存在していた。千畳もの広い床があるだけの簡素な作りの道場に、スター=アーナツメルツがいた。前に会った時と同じでスーツ姿だ。いかにも紳士然とした、けれど武術には不向きな服装をした男を前に、不動は口を開いた。


「スターと言ったか。お前、俺と立ち会ってもらいたい」

「どうやら酔いは覚めたようだね。これなら楽しい戦いが期待できそうだ」


スターはいつものように快活に笑って承諾したが、不動はその瞳を見て怯んだ。

両の青い瞳からむき出しの闘志が放たれているのがわかった。

先の戦いでは異を唱えたジャドウも今度は黙っている。

師匠がやる気になったことを悟り、水を差さないように配慮したのだ。

中央に立ち、互いに拳を合わせて礼儀を尽くす。


「君の本気を見せておくれ。君なら良い弟子になりそうだ」

「俺を弟子に取るとは舐められたものだが、俺の力を前にして同じことがいえるか」

「ハハハハハハハハハッ!私を楽しませてごらん!」


ジャドウを審判としてふたりの試合が幕を開けた。


不動は自信に満ちていた。酒を断ち、体も鍛えなおしたから以前のような失態はない。

今回は不意ではなく正々堂々の試合だ。先に仕掛けたのはスターだった。

跳躍するとフライングヘッドシザーズで不動を押し倒したのを皮切りに、起き上がったところへ側頭部にフライングニールキック、続けて膝蹴りを鼻にヒットさせる。

流れるような速攻に不動は姿勢がグラついたがどうにか持ちこたえ、ベアハッグに捉えた。

眉間に皺を寄せてありったけの力でスターの胴を締め上げるが、スターは笑うばかり。

上段から振り下ろされたモンゴリアンチョップが不動の両肩に食い込み、激痛で技を解除させてしまう。

ただの一撃の手刀を受けただけで不動の両肩は紫色に腫れあがってしまった。

先手を取られたが不動も攻撃をされっぱなしでは気が済まない。

巨体を活かした体当たりを食らわせ、続いて力任せに打撃を振るう。

不動の拳を顔面に受け、さすがのスターも大きくのけ反り後退せざるを得ない。


「君は思ったより強いねえ。さあ、もっと私を楽しませておくれ!」

「言われるまでもない」


返礼とばかりにスターの甲板に重量級のドロップキックを浴びせて怯ませると、彼を掴んで放り投げて、ジャンピングパイルドライバーの体勢に入る。

太腿で首を固定され、逆さまに落下していきながらスターは言った。


「スター流奥義 三時のスイーツが使用できるとは素晴らしい!驚いたよ。

でも、ちょっとパワー不足だ」


なんとスターは自由が利く右腕の人差し指一本だけで自分と不動の二百キロ以上の体重と落下の衝撃を全て受け止めてみせた。

当然ながらスターの頭は床から離れているため技としては不発に終わる。

技を防がれたショックで締め付けが弱まった隙を突いて技から脱出すると、今度はスターが不動を上空へ跳ね飛ばす番だった。

強烈なタックルで吹き飛んだ不動を追いかけると逆ロメロスペシャルを極めつつ、思い切り天井へ不動の背を叩きつけた。


「スター流奥義 パラシュートアタック!」


衝撃に半ば意識を失い落下していく不動に接近しながらスターはささやいた。


「君が頑張ったご褒美として私の最も得意とする技で決めてあげよう」


スターは不動の腰に手を回してクラッチすると、そのまま体を反らし加速をつける。


「流星落とし!」

「がはっ……」

「勝負あり!」


ジャドウの声が轟く。


脳天を床に強打した不動は唾や血を吐き、脳天からも水たまりのように血を流して轟沈。

大の字になってしばらく気を失った。

のちに不動自身が改良を加え、不動倶利伽羅落としとして彼の代名詞ともなるべき技を、初めて彼自身が食らった瞬間だった。

最後の一撃を食らった刹那、不動の頭に描かれたのは痛みよりも爽快感だった。

世の中には上には上がいる。この技は今まで見たことも聞いたこともない。

宇宙にはまだ俺より強い男がいる。

こいつに勝つことができれば俺は宇宙最強になれる。

気絶から目覚めた不動は口角を上げて言った。


「俺を弟子に取らないか。いつの日かお前を超えて宇宙最強になってやる」

「ハハハハハハハ!大きく出たねえ。でも、そこが君のいいところだ。よろしい、私を超えて宇宙一になってごらん。でも、その時は私もずっと先を行っているからね!」


スターは何も聞かなかった。

不動がどうして最強にこだわるかの理由も。

秘められた過去も。

彼は読心術ですべてを知っていたが、あえて触れることはしなかった。

今から変わろうとしている者に余計な詮索はいらない。

不動とスターは握手を交わし、不動の弟子入りが決まった。


「さてと」


スターはあちこちが戦闘で破壊された道場をぐるりと見渡してふたりに声をかけた。


「欲張りかもしれないが、私はもう一人大物を弟子にしたいと思っている」

「ほほう。また仲間が増えるのですな。スター様のお力が示されるなら好都合」

「俺も賛成だ。弟子共と競い合い力を高めたい」

「君達の同意を得たことで三人目の弟子を発表しよう。私が弟子として入れたいのは」


ここでスターは言葉を切って間をおいてから名を告げた。


「エデン星ブレッド王家第一王子、カイザー=ブレッド!」

「!?」


ブレッド家はエデン星の王族であり、現在のエデン星の頂点に君臨する存在だ。

現皇帝デニッシュ=ブレッドが統治しているが、いずれは第一王子カイザー=ブレッド、第二王子ジミー=ブレッド、姫君ハニー=ブレッドの誰かが皇帝の椅子に付く。

しかもカイザーは勇猛果敢かつ慈愛に満ちた王子として広く国民から敬愛されている。

名前に冠する通り、彼は未来の皇帝として生まれてきた男だ。

さすがのジャドウも躊躇いがちに言った。


「スター様。いかにスター様と言えどもカイザー殿を流派に引き入れるのは無謀ではないですかな?」

「できる。

カイザー君はこの惑星だけに留めらせるには勿体ない逸材だ。

彼が宇宙の平和の為に動いてくれるなら、この世の平和にどれほど貢献してくれるか想像するだけで心が躍る!」


ジャドウの静止など聞く耳もないと言った様子で道場から去っていくスター。

彼の行く先を察知し、ジャドウと不動は慌てて追いかける。

スターが目指す先はブレッドキャッスル、皇帝の城である。

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