カイザーさん仲間いりとわたしの誕生秘話です!
遡ること数か月前。皇帝デニッシュは冥府王の侵攻に頭を悩ませていた。本格的に星の内部にまで侵攻されるまでには至っていないが周辺の惑星で大規模な争いが行われていた。
無数の悪魔や巨人などを使役し質よりも量で攻める冥府軍にはエデン星も手を焼いていた。
このままでは星にも被害が及んでしまうと危惧していた中、皇帝に謁見したいと申し出る者がいた。その人物こそスターである。スターは恭しく一礼すると輝く目で皇帝を見て。
「その冥府王、私が倒しましょう」
「貴殿の武勇、聞き及んでいる。もし冥府王を倒せたのならなんなりと貴殿の願いを叶えてやろう」
「ありがたき幸せでございます。念のためにお聞きしますが、方法は私の自由でよろしいですね」
「手段を選んでいる余裕はない。すべて貴殿に任せよう」
そして現在に至る。
スターはジャドウを拘束して皇帝の前へ現れた。その隣には不動仁王もいる。
「皇帝陛下、お望み通り冥府王を捕えて参りました」
ジャドウの項垂れた姿を見た皇帝は興奮のあまり玉座から立ち上がった。
伝説的な武術家とは大昔の文献を読み知ってはいたが、まさか本当に冥府王を倒すとは思っていなかったのだ。縄で縛って捕えたのは決して殺せなかったのではなく、殺さなかった。
つまり裁判などでこちらの意思に任せるという意図だろうと皇帝は受け取った。
想定していた以上の働きに皇帝はスターという男に好感を抱いた。冥府王は敗北がよほどショックだったのか、先ほどから一言も発しない。
「スターよ。貴殿の望みを言ってみよ。なんでも叶えてつかわす」
「ありがたきお言葉でございます。ですがその前にお食事でも頂けたらな、と」
「宜しい。貴殿を晩餐に招待しよう。傍にいる男も一緒にな」
「お心遣い感謝致します」
兵士に連行されていくジャドウと微笑みを浮かべるスターの態度に不動は脂汗が流れた。
彼は全てを知っている。皇帝に立ち会った瞬間からスターとジャドウは芝居をしている。
討伐の命を受けたのは事実で、スターはそれを体よく皇帝を説得する材料に使うつもりなのだ。
ジャドウもジャドウで縛られる罪人を演じるのは普通なら屈辱だろうに、この男は平然とやってのけている。しかも今後の裁判の流れから察してどう考えても死刑だ。
それでも尚、スターに仕えるというのか。自らの命を賭してまで。
それとも、何らかの策でもあるというのだろうか。
強さは本物だとしてもスターと出会ったばかりの不動にはスターの魅力がわからない。
底抜けに陽気だが、それ以外の別の魅力がこの男にあるというのか。
☆
晩餐にはデニッシュ、カイザー、ジミー、ハニー、不動、スターの六名が参加した。
長男のカイザーは筋骨たくましい巨漢で金髪を後ろに束ね、緑色の瞳をしている。
食事中も一言も喋らず、沈黙に徹している。
次男のジミーは茶色の髪に頬がこけた貧相な印象を与える青年で、兄と比較すると覇気がない。スターの喋りに相槌を打ちながらも、どこか怯えた臆病な印象を与えている。
末娘のハニーは蜂蜜色のツインテールと同色の瞳を持つ可愛らしい少女で、スターの話を楽しそうに聞いている。
食事が終わり、解散となったが、デニッシュの子供三人はスター流のメンバーに興味を抱いたのか、各々のやり方で接近を試みた。
まずはハニーから追っていきたい。ハニーは冥府の王ことジャドウ=グレイが気になる。
先ほど大広間で姿を見た時は俯いていたジャドウだが、ハニーにはどこかその身辺に漂う雰囲気が悲しいとか悔しいとかよりも何か別の感情を抱いているように思えた。
その真相が気になり、ハニーは地下へ通ずる階段を下りて地下牢へと足を運んだ。
薄暗い石部屋の牢屋にジャドウは居た。彼は姫を目撃すると不敵に笑った。
「これはこれはお姫様。明日死刑になる吾輩になんの御用ですかな。吾輩の遺言でも聞く役目でもお引き受けなさったのなら、大したものですが」
「違うよ。私さっきあなたを見た時、嬉しそうって感じたの。どうしてかなって気になって来てみたんだ」
「ほう」
「あなたは明日死刑になるけど、死刑にならない気がするんだよ」
「その根拠は」
「根拠は……私の直感かな?」
「ほほう」
ジャドウは少し目を丸くして関心する素振りを見せた。日頃からジャドウという男は女嫌いだった。だから自分の城の使いの悪魔や巨人などにも女はいない。
面倒臭いから好かんというのが主だった理由で、専ら女とのかかわりを避けていた。だが、このハニーという小娘はこれまでの女子とはどこか違うと思った。
末恐ろしい――
明日、ジャドウは首切り役に首を切られる。
だがジャドウは首を切断されても、自分で胴と繋げることができる。冥府の王ともなると不死身さも芸のひとつだった。
一度死刑となり二重処罰の禁止を唱えて、自分を無罪放免とした上で、冥府王は死刑となりここにいるのは新たなる忠臣ジャドウ=グレイであるという屁理屈を堂々と語るというのがスターの作戦だった。常識的に考えればあり得ない理屈だが、それを実現してしまいそうな希望をスターは抱かせる。だがハニーはそれをぼんやりとした形だが、見抜いていた。
女子の直感は恐ろしいと大げさに身震いしながらも、ジャドウは思案した。
この娘は危険だ。万が一スターと接近すればスターが気に入り、カイザーと共に弟子にする可能性がある。そうなればいずれ自分を脅かす存在になるやもしれない。
ジャドウも別の意味で直感が鋭い男であった。否、直感よりも妄想を悪い方向へ進めていく才能があった。スター様の傍には常に自分がいるべきで、他の奴らに成り代わるなど許してなるものか。
試しに自分の予感が的を射ているのかジャドウは得意のタロット占いで未来を見てみたい気持ちに駆られた。
カードの束を柵から出して言った。
「姫様。あなたの未来を占って差し上げましょう。吾輩、これでも占いは得意でしたな。
これまで一度も外れたことがないのです」
「嬉しい!私、占い大好き!」
「フフフ、女子は姫であれ町人であれ占いが好きなものです。さあ、カードを引いてくだされ」
ジャドウに促されハニーは一枚のカードを引いた。めくると死神の絵が描かれている。
「なんだかちょっと怖い絵だね。どういう意味があるのかな?」
「ご安心を。このカードは希望のカード。こんなに不気味な絵が当たるということは、この絵がすべての不幸を食らいつくし引いた者に幸運を与えるという意味があります」
「じゃあ、私は大当たりを引いたんだね!嬉しい!」
「左様。姫様が喜んでいただけて吾輩も光栄の至りですな」
「それじゃあ、明日のお芝居頑張ってね。おやすみ!」
手を振って笑顔で地下牢を駆けていくハニー。
蜂蜜色と茶色を主体としたドレスからは想像できないほど元気な娘である。
ハニーが去ったあとジャドウは手元のカードを確認して満面の笑みを浮かべた。
今にも声が出そうになるのを堪え、目が歓喜で血走っている。
愚かなる姫君よ、吾輩はお前の純粋無垢さに感謝する。
お前が引いたのは死神のカード。文字通り、死を意味する。
お前は一週間後に死ぬ。
吾輩の占いは当たり、スター様の傍に寄ろうとする悪い虫が一匹消える。
これが喜ばずにいられるか。
ジャドウは計略を練った。明日以降の立ち振る舞いである。
自分が死刑台に送られ計略が成功した場合、いかにしてカイザーをスターの弟子にするか。
だがカイザーは武勇と知略に優れる。下手をすれば奴はスター様を凌ぐ逸材になるやもしれぬ。
さすればスター様が不快感を示すかもしれない。それではいけない。
なんとかして奴も消さねばならぬ。
ジャドウは歪んだ独占欲に心を縛られていた。
ジミーはバルコニーで大きく嘆息した。空には満点の星が瞬いているが、青年の顔は暗い。
「どうかされましたかな」
背後から声をかけられて振り向くと、そこにはスターがいた。
ふとジミーは誰にも言えない胸の内をこの男に話してみようと思った。
先ほどの饒舌な一面や明るい瞳を見ていると、この人ならきっと何か打開策を授けてくれるはずだという期待もあった。
ジミーはスターの隣に並んで一緒に星を眺めながら語りだした。
「私は自分が嫌で仕方がないのです。幼いころからずっと兄と比較されて……何ひとつ兄に勝つことはできません。自分はなんのために生まれてきたのか、兄が皇帝の座を継ぐのだから自分には存在価値はないと思ってしまうのです」
「ジミー王子。カイザー王子に何かあったときはあなたが皇帝を継ぐのです。
それに、あなたには兄にはない長所があります。非常に賢く冷静沈着で、あなたが皇帝になられたら国は今よりずっと安泰でしょう」
「……御冗談を。私が皇帝になれるはずはありません。兄が継ぐのですから」
「運命というのは変わるものです。それに、こう言っては失礼かもしれませんが、私はカイザー王子よりあなたに皇帝になってほしいと思っていますよ」
「えっ」
今まで自分にそんなことを言ってくれるものなどひとりもいなかった。
家来も父王もカイザーが次期皇帝だと暗に決めている節がある。自分は弟だから最初からなれないと諦めていたが、もしかすると諦めるのは早かったかもしれない。
考えてみればカイザーは皇帝の座を継ぐのは当然だろうと踏んでいたが、当の本人がどう思っているのかは今まで聞いたことがない。答えは同じだとしても聞くと聞かないでは違う。ものは試しとばかりにジミーはカイザーの部屋へ赴き、兄の本音を聞き出すことにした。
部屋でカイザーは読書をしていたが、ジミーが入ると本を閉じた。
弟はこれまでの経緯を説明し、皇帝の座を継ぐ意思を問うた。
するとカイザーは瞼を閉じ、じっくりと考えてから重い口を開いた。
「……私は皇帝にはならない」
「何故です!? 兄上より相応しい人はエデン星中探しても見つかりませんよ」
「いる」
「誰です?」
「君だ」
真っすぐに指を差され、ジミーは口を開けたが言葉が出てこない。ちょっとの間、口をぱくぱくとしてからようやく言葉を発した。
「まさか。どうして、私が。それになぜ兄上は皇帝の座を継がないのですか?」
「……私はこの星に留まるべきではないと判断したのだ。皇帝になるより、スター殿や不動殿と共に戦い、宇宙の平和を守った方が合っていると思えてな……私に政治は向かん」
兄の意見を聞いてジミーは考え込んだ。確かに兄は武芸に秀でて人望もあるが、国を統治するより人々のために戦い続ける英雄的な生き方が向いている。
彼にとってこの星は狭すぎる。
「この星は確かに平和かもしれん。だが、他の星はどうだ?侵略者の脅威におびえ、善良な人々が虐げられているかもしれぬ。弱き、しかし懸命に生きようとする善良なる人々を見捨て、自分だけが平和を謳歌することが私には耐えられぬのだ!」
椅子から立ち上がり拳を強く握るカイザー。トミーにとって日頃は寡黙な兄がこれほど感情を表に出す姿を見たのは初めてのことで、それだけ強く想っているのだろうと思った。
カイザーは鍛えられた腕でトミーの両肩をしっかりと掴んで彼の眼を見つめる。
「ジミー。この国は全て君に任せる。後は頼む。君なら立派に私以上の働きができる」
「はいっ!」
気づいたら頷いていた。兄から直接国を任せられたことが嬉しかった。
文武両道で次期皇帝確実と言われていた兄が無能な自分を頼りにしている。
周囲から見下され続けてきたトミーにとって皇帝を譲られたことは、名誉挽回の好機であると共に大きな自信回復にも繋がった。
ふと、先ほどのスターの言葉が蘇る。
「カイザー王子に何かあったときはあなたが皇帝を継ぐのです」
ひょっとすると彼はこうなることを見抜いていたのではあるまいか。
スターの底知れぬ洞察力に驚嘆しながらもひとつの懸念が生まれた。
父であるデニッシュのことだ。カイザーがエデン星を出るとなれば大反対は確実だ。
下手をすると裏切り者として軍隊を出動させて粛清に向かうかもしれない。
「兄上は御父上に逆らってでも国を出るというのですか」
「もとよりそのつもりだ。ここで諦めては全宇宙の平和は達成できぬ」
「本当に、兄上は強い方ですね」
「いや。私もハニーの前では弱い兄さ」
カイザーの唯一の弱点は妹のハニーだった。彼女を何よりも溺愛しており、傍から離れることができない。大切な妹をずっと守りたい気持ちがあるのだ。
「兄上にはハニーのお世話をお願いしますよ」
「心得た。兄として最期まで妹を守り通すと誓おう」
「可愛い妹を頼みます」
ふたりは兄弟の絆と本音を確かめあったが、会話に夢中になるあまり外の警戒を怠っていた。両者の会話に聞き耳を立てていたのは赤い龍の甲冑を着た近衛兵隊長の男、紅騎士サラマンデスだ。サラマンデスは牙の生えた口で唇を血が出るほど噛み、毒づいた。
「裏切者が。この件はデニッシュ様に報告せねば」
マントを翻し、デニッシュの元へ急ごうとすると途中でハニーに出くわした。
彼女はジャドウの牢屋を訪問した帰りである。
「あれ?サラマンデスさん、どこへ行くの?」
「デニッシュ様のところでございます。カイザー様が皇帝の座をジミー様に譲り、国を出られると!」
「そうなんだ。それで、サラマンデスさんはお父様に報告しに行くんだね」
「左様でございます。皇帝を譲るなどとんでもないこ……と――」
会話の最中にサラマンデスは意識を失ってしまった。
ハニーが彼の後ろ首に手刀を、喉に膝蹴りを一瞬で打ち込んだからだ。
鎧に覆われていない急所を不意打ちで食らわされては、サラマンデスといえどもたまらない。
その場に倒れ伏すサラマンデスに、ハニーはにっこり笑って言った。
「お兄ちゃんたちを困らせちゃ、めっ!だよ」
翌日。ジャドウの裁判からの死刑は滞りなく行われた。ハニーの言葉通り、ジャドウは断頭台で首を切断されたものの、平然と首を繋いで復活してきた。そこでスターが彼を忠臣として自分の元に置くと宣言し、皇帝デニッシュも肯定した。
一応死刑はしたし、侵攻を取りやめるというなればそれに越したことはない。
スターが冥府王を忠臣として使役し、宇宙平和に貢献するのなら一石二鳥だ。
昨日と同様に晩餐会が行われ、今回はジャドウも参加した。ジャドウはものは食わぬ代わりに酒を幾度もお代わりしては不動を驚かせていた。不動は酒を断っていたが、以前は大酒飲みとしては知られた男だった。しかしこの冥府王はそれを上回っている。
しかもどれほど飲んでも一向に酔いが回る気配が見られない。極めて酒に強い体質らしい。
この日は各々が語り合い、大いに盛り上がったところで解散となった。
皆が大広間を去った後、カイザーとスターはふたりきりで話すことになった。
「カイザー王子、あなたは私の弟子になりたいのですね」
「王子は不要です。私はあなたの弟子になるのですから、普通に接して頂きたい」
「それではカイザー君、君とハニーちゃんは私の弟子になるというのだね。私の弟子になると過酷な修行が待っているのだが耐えられる自信はあるかな?」
「宇宙に平和をもたらすためならばどんな修行でも耐えます」
「この先、何があっても?」
「はい」
「良い返事だね。よろしい。では、さっそく旅立つとしよう」
スターはジャドウ、不動、ハニーを呼び出すと、指を鳴らして瞬間移動し、別の惑星へと旅立ってしまった。
翌日、驚いたのはデニッシュである。大切な跡取り息子と愛娘が姿を消したのだ。
激しく狼狽していると、ジミーとサラマンデスが大広間に入り、報告をした。
「父上。兄上は宇宙に平和をもたらすべくスター殿の弟子となり、修行に旅立ちました」
「何っ」
「ハニーも一緒です。兄上は次期皇帝は私に任せると託を頼まれました」
「そうか……」
デニッシュは天を仰いだ。スターは仮にも冥府王が心酔し弟子入りしたほどの逸材。
機転も利くし話も面白く、何より腕が立つ。惹かれても不思議ではない。
皇帝の座を捨ててまで、親の期待に背いてまでもあの男についていくのか。
息子の成長の喜ばしさもあり、今まで兄に隠れていたジミーが皇帝を継ぐと告げた言葉の意外さにも驚き、デニッシュは頬を緩ませた。
しかし、黙っていられないのは紅騎士サラマンデスである。
彼は先日、ハニーに二発で昏倒させられ、近衛兵隊長としての恥を欠かされた。
加えて次期皇帝候補ともあろう者が皇帝に無断で星を出るなど彼の思想からは考えられないことだった。
陛下は認めても我は認めぬ。皇帝を裏切った罪は我が粛清で晴らす。
武者震いをしながら大広間を出たサラマンデスは白いマントを翻し、瞼を瞑る。
スター流の面々がどこへいるのか探るのだ。集中力を高め、闘気の場所を探す。
やがて遠く離れた星からスターの闘気が放出することを確かめた。
膨大な力を持つ者は闘気もそれだけ大きくなるのだ。
「待っていろ。スター流の者共。我の真の力を骨の髄まで教えてくれるッ」
☆
四日後。スター流のメンバーはエデン星の兵士たちとサラマンデスに囲まれ、身動きが取れなくなってしまった。兵士の数は千人。対するスター流はたったの五人。
サラマンデスは恭しく礼をして、元王子に告げた。
「一度だけ問おう。エデン星に戻るつもりはないのか」
「無い。ハニーも同じだ」
「ならば仕方あるまい。裏切者は我が始末せねばならぬ」
サラマンデスは赤い鞘から剣を引き抜き、前に向けることで兵士たちに指示を出した。
「かかれっ」
前から一斉に兵士たちが向かってくる。スター流の四名は拳を固め、全力で立ち向かう。
スターはいつものように微笑み、言った。
「これは良い試練だから君たちで乗り越えてごらん」
「不動仁王よ。良い機会だ。吾輩とお前、どちらが多くの兵士を葬れるか競争といこう」
「悪くない提案だ」
ジャドウの提案に不動は乗り、ふたりして兵士の山へ突撃していく。
ジャドウは剣戟で不動は拳で兵士たちを次々に葬り去る。
ハニーとカイザーはタッグでサラマンデスの打倒に挑む。
「はあっ!」
「フンッ!」
妹が回し蹴りを繰り出すと、兄は同時に正拳突きの合わせ技でサラマンデスを攻め立てるがサラマンデスは彼らの攻撃を無防備で受けきると、腕を捻って地面に叩きつける。
「先日は不覚を取りましたが、今度はそうはいきませぬぞ、ハニー姫」
再び蹴りに来たハニーの細い足を掴んで動きを停止させると、顔面へ容赦なく鉄拳を見舞う。
「がふっ……」
ハニーの頬が腫れ、吐血すると、今度は腹を前蹴り飛ばした。カイザーが拳を見舞うと、紙一重で躱して腕を掴み、脇固めで動きを封じてしまう。うつ伏せにして、ギリギリと腕を捻り続けダメージを与えていく。
「お前の筋力も関節技の前では無力」
カイザーは拘束を外そうとするが、サラマンデスの身体はビクともしない。
カイザーは額に汗を流し歯を食いしばった。耐えようと奮闘しているが、腕を折られるのは時間の問題だ。その時、ハニーが両拳を重ねた打撃をサラマンデスの脳天へ見舞った。
鎧の効果で頭部にはさほどダメージは無い。だが代わりに衝撃で脳が揺れる。
拘束が緩んだ隙にどうにか技を振りほどいて間合いを取るカイザーだが、右腕はだらりと下がり使い物にならない。
「お兄ちゃん、大丈夫!?」
兄の負傷を心配してハニーが振り向いた刹那。
「レッドドラゴンクロー!」
「え……」
ハニーは自分の身体に何が起きたのか理解できなかった。
目線を落とすと、右胸が鋭利な爪で貫かれている。
爪からポタポタと流れ落ちる真っ赤な血。
小さな口からもツーッと血が滴り落ちる。
「ハニイイイイイッ!!」
カイザーが叫ぶと同時にサラマンデスはハニーの体内から腕を引き抜いた。
「お優しい兄思いの姫様。戦闘ではこのような隙が命取りになるのですよ」
ハニーは背中から貫かれ倒れ伏し、ドクドクととめどなく血を流し続けている。
顔は真っ青になり虫の息の状態だ。
ハニーの致命傷を見た不動はすぐさまサラマンデスに接近し、渾身のボディーブローで吹き飛ばす。続けてジャドウは剣で滅多斬りを浴びせると攻撃の苛烈さに劣勢と見たのか、サラマンデスは飛翔で惑星を去っていった。
「ハニー、しっかりしろ。ハニー!」
カイザーが声をかけ抱きとめるが、ハニーは薄く笑って言った。
「お兄ちゃん、私、もうダメみたい……」
「何を言うんだ。お前は生きる!医者に見せることができれば、傷も治る」
兄は必死で妹の気力を回復させようとしたが、妹の呼吸は弱くなっていく。
残念ながらスター流に医学の知識はあるものはなく、既にハニーの傷は致命傷だった。
妹は指を差しだして、言った。
「お兄ちゃん、私見守っているからね。宇宙を守るヒーローになって、約束、だよ?」
「お前との約束、必ず果たす」
「良かった……」
その言葉を最期にハニーは首を垂れ、瞳孔が見開かれたまま事切れた。
ハニーの死を目の当たりにしたジャドウは内心笑っていた。
やはり吾輩の占いは当たっていた。これで邪魔者が一匹消えたか。
スターの力により、ハニーの身体と魂は宇宙の彼方へと飛び去って行く。
「……あの娘は本当に良い子でした」
「そうだね。短い期間だったが、私も彼女と交流ができて楽しかったよ。それだけに、辛い。
だが、カイザー君。君は宇宙を平和を守らなければならない」
「……はい、わかっています」
カイザーは溢れる涙を拭いて立ち上がった。ヒーローである以上、守れない命も、辛い別れもあるだろう。それでも宇宙の平和を守るためには前を向いて戦い続けなければならない。
それがヒーローの宿命だ。
スターは咳ばらいをして弟子たちに言った。
「諸君!私はこれから地球に赴き、地球に新たに生まれた地球人たちを導こうと思う。おそらくこの宇宙で最も弱く、最も新しい生命体だと思う。彼らが成熟するまで守り、導くのが私たちの役目ではないだろうか」
カイザー、ジャドウ、不動の三人は同意し、四人で地球に赴きスター流本部を立ち上げた。
そして歴史の裏で人類をずっと守り続けたのである。
何年もの月日が流れた。
不動の弟、星野天使は悪魔の目黒怨を追って地球に降り立ち、なし崩し的に彼もスターの弟子となった。小柄な体躯ながら、生まれついて痛覚が無い特異体質故にどのような攻撃にも耐えることができた。徹底的に敵の攻撃を耐え凌いでからアッパーの一撃で止めを刺すスタイルを確立し、スター流本部にこそ顔を出す機会は減ったが、大切な戦力として数えられている。
もっとも近年は漫画やアニメに夢中となり、スター流でも珍しいオタク気質となってしまったが、天使としての本分は忘れず街中に出没しては悩める人々を救い続けている。
川村猫衛門はその名前に相応しく、満月の夜になると白猫の耳と尾が生えた獰猛な猫人間に化ける半妖として生まれた。江戸時代に力を制御できず、満月の夜に猛威を振るい続け恐れられていたが、ジャドウ=グレイと西洋と東洋の一騎打ちを行った末に敗北。
不動の弟子として力を高めた。主に柔の技を使い、スター流の中でも稀有な武器使いとして名を馳せる。相手の心さえも切断してしまう日本刀斬心刀を携え、多様な剣技で悪を斬り続ける日々を送っている。黒袴に足袋、黒いポニーテール姿が特徴で、色が白く楕円形の瞳が印象的な可愛らしい容姿をしているため、一部に人気がある。
ロディは南北戦争時代のアメリカでスターがスカウトした保安官だ。単細胞だが正義感が強く陽気な性格で、人助けとあらばどこへでも駆けつける。彼はカイザーの弟子となったが、格闘の素質はそれほど高くはない。その代わり、銃の扱いには長けており、多人数との闘いで真価を発揮する。超人キャンディーを食べ、不老長寿となったが、彼の食べたキャンディーは外れだったのか、それ以外の能力は付加されなかった。宇宙人が多数在籍するスター流の中では生身の人間に過ぎないが、友情と義の厚さには誰にも負けない。
どこまでも真っすぐな性格故にジャドウとは犬猿の仲である。
李は中国でカイザーがスカウトした。卓越した中国武術の腕前を見込まれ、女性ながらスター流の門下生になった。彼女の加入前に事件が起こりスター流は女子の入門を禁止にしていたので普段は男子として振舞っていた。中世的な美貌のため女子に惚れられやすく、後の美琴からも好意を抱かれていた。後年、ジャドウの策略にはまり、同門のヨハネスと激闘を繰り広げ、戦死。
ヨハネス=シュークリームはスターがドイツでスカウトした。女性的な美貌の銀髪の美少年で頭脳面に関してはジャドウと双璧を並ぶほどの実力の持ち主だった。
ジャドウの弟子となったが、瞬く間に才気を見せてカイザー、不動、ジャドウに匹敵する実力者に成長し、超人キャンディーの発展、不老長寿の効果を消失させる薬の開発など技術面でメンバーを大きくサポートした。ジャドウの裏切りにより李と戦い、相打ちとなる形で戦死。
ある日、久々に闇野からテレパシーで連絡を受けたスターは彼の住む惑星へと訪れた。挨拶もそこそこに闇野が彼に見せたのは一つのゆりかごで、中には黒髪の赤ちゃんが眠っている。
スターは顔を覗き込んで笑った。
「ずいぶん可愛らしい子ですな。名前は何というのです?」
「私は彼女に美琴と名付けました」
「良い名ですな」
「彼女は私が長い時間をかけて創造し、私の力の大半を分けてあります」
闇野の言葉にスタは驚愕した。スター流の源流となる闇野が力を授けた存在がすやすやと寝息を立てて寝ているのだ。
「つまり彼女は人造人間というわけですな」
「神である私が創造したのですから、神造人間と言えるでしょう」
「そういうものですかな。まあ、それはともかく、私になぜこの子を紹介したのです?」
「……彼女はこれから地球は日本の忍者屋敷に送り、普通の赤子として育ててもらいます。
そして時が来たら、あなたの弟子にしてやってほしいのです」
「はあ……」
師匠の頼みにスターは少し困惑しながらも、改めて少女の顔を見る。
「美琴ちゃん。君が成長したら迎えに来るとしよう」
スターは立ち上がり外に出ようとする。闇野が声をかけた。
「彼女の存在は門下生には時が訪れるまで秘密にしてほしいのです」
「わかりました。ですが、どうして彼女を生み出したのです?」
「……いずれ来る宇宙の災いを止めるためでもありますが、もうひとつ」
闇野はスターを指さして言った。
「万が一、あなたの心に封印されたエドワードとやらが目覚め暴走した時、彼を葬り去るためです。師匠である私が弟子にできる唯一の贈り物です」
「ハハハハハ。できればそうあってほしいですな。私もエドワードが暴走したら心苦しいものです」
「きっと、彼女はあなたにもスター流にも大変良い変化をもたらすことでしょう」
「そうありたいものです。彼女の成長を陰ながら期待していましょう」
スターはそれだけを残し、星から消えてしまった。
その後、美琴こと闇野美琴は二十一年後にスターと再会することになる。




