短編 わたしの願い!不動さん、名前で呼んでほしいです!
スター流道場で不動と向かい合った美琴は、以前からの疑問を口にした。
「どうしてわたしの名前を呼んでくれないのですか?」
「呼んでほしいなら、俺を超えることだ」
「うーん。どうすればいいのでしょうか?」
「何か一点でもいいから俺より上回ることだ。簡単だが、難しいぞ」
「そうですね……それでは、わたしのムースさんに勝利したという実績を認めていただけませんか?」
「あの時は本当によくやったぞ、美琴」
「⁉」
「今、なんていったのですか」
「聞こえなかったか。美琴、といったのだ」
「嬉しいですっ! やっと、名前で呼ばれました……」
美琴の黒い瞳から涙があふれる。手の甲でぬぐうが、涙は止まらない。
師匠と弟子という関係から、対等の仲間へと昇格したのだ。
長い時間はかかったが、やっと彼に認められたのだ。
不動は美琴の頭を撫で、穏やかな微笑を浮かべた。
しばらく美琴はされるがままになっていたが、やがて盛大に腹の音が鳴った。
「お腹、空いちゃいました。不動さんは何か食べたいものでもありますか?」
「握り飯を食いたい」
美琴が見上げると不動の鋭利な眼と合う。
不動の、常に鋭く猛禽類か何かのように凶暴だと思っていた瞳が、今はとても澄んだものに美琴には思えた。
「わかりました。心を込めて作りますね」
「出来上がるまで、俺は身体を鍛えることにする」
不動はいうなり超高速で腕立て伏せを開始した。
その姿を横目で見て、頬を緩ませながら、美琴はおにぎり作りにとりかかる。
五分後、料理は完成した。
長方形の皿に置かれた三つのおにぎりは、赤、青、白の三種類だ。
不動は美琴は他の料理はさっぱりだが、おにぎりだけは絶品と聞いている。
食べるのは初めてだが、見た目からもふんわりと握られているのがわかった。
一つを摘まんで食べてみる。
「……旨い」
「喜んでいただけて、良かったです!」
「唐辛子を使うとは考えたものだ」
「あの、不動さんが辛いものが好きだと聞いていましたので……使ったんです」
「食べる人に応じて気遣いができるのは料理の基本だが、己の考えに固執し、柔軟な発想ができないガキ共が増えている世の中では、よくやったといえる」
「ものすごく遠回しな感じがしますが、ありがとうございます」
不動が食べる姿に影響されたのか、美琴も自分用の超特大おにぎりを両手で掴んで、ぱくぱくと食べ始める。
美琴も小さな顔が隠れるほどのおにぎりは、あっという間に彼女の胃袋におさまってしまった。
食器を片付けてから、美琴はいった。
「お腹もいっぱいになりましたし、トレーニングを再開しましょう」
「握り飯でどれほど動きに影響するのか、試したくなった。美琴、スパーリングだ」
「はいっ!」
三本のロープに四角いリング。大男と美女は向かい合い、互いに闘気を放出する。
どちらともなく腕を差し出し、自然と力比べに発展していく。
美琴の細腕と不動の剛腕。
両者ゆずらぬ力の勝負だ。
「強くなったな」
「これからも、一緒に戦いましょう」
「当たり前だ!」
両者は力比べを解き、同時に拳を突き出した。