短編 数億年分の思いをのせて!ジャドウさんのデートです!
お昼のことでした。
この日は皆が外に出ていましたのでスターコンツェルンビルにいるのは、ジャドウとスターだけでした。
最上階の会長室で外の景色を眺めていたスターがにこにこ笑ってこんなことを言いました。
「ジャドウ君。今日は良い天気だから、私とデートしないかね?」
「スター様、今、なんと仰いましたかな」
「デートと言ったのだよ」
「!?」
ジャドウの立派な口ひげがぴくりと動きました。
スターとふたりきりの時間など滅多にあるものではないので、それだけでも嬉しいと思っていたところにまさかのデートの誘いです。
ジャドウの心臓はドクンドクンと激しく波打っていました。
吾輩の鼓動がスター様に聞こえたとあっては一生の恥よ。
本心を悟られないように警戒しながら務めて冷静な声で返事をしました。
「スター様のご命令でしたら、吾輩は喜んでお引き受けいたします」
外。ふたりの男性が並んで歩く姿に道行く人々は驚きの視線を向けています。
金髪に緑色のキラキラ輝く瞳のスター=アーナツメルツは茶色の三つ揃えのスーツを着た紳士で、側近のジャドウは後ろに撫でつけた銀髪に立派にピンとはねたガイゼル髭、骨と皮だけとしか思えないがりがりの身体を白いマントと軍服で覆っています。
身長は198㎝のジャドウと185㎝のスターが並んで歩くと、それだけでどうしても人目を惹きつけてしまうのです。
「ねぇ。あのおじいさんかっこよくない?」
「凄いダンディ……」
女子高生のひそひそ声にジャドウはピクリと耳が動きました。
そして小さく毒づきます。
「これだから女子は嫌いだ」
とても渋い外見と性格をしているジャドウは女子にとても人気があるのですけれど、彼は女子には全く興味がありません。彼はいつでもスター一筋なのです。
ふたりで並んで歩いていますと、ちょっとだけスターの手がジャドウの骨ばった手の甲に触れることがあります。
ジャドウはその瞬間が密に嬉しかったのですけれど、それを知ってか知らずかスターが言いました。
「手を繋ごう」
「と、とんでもございませぬ!ス、スター様と、て、手を繋ぐなど、恐れ多い……」
「デートなんだからそれなりの雰囲気があった方がいいじゃないか」
「左様でございます」
ぶるぶると手を震わせていますと、スターがぎゅっと手を握ってきます。
握手自体は試合の力比べで幾度も経験していますけれど、今回はデートなのです。
汗ばんだ手を繋がれて申し訳ないと思いながら、並んで歩く幸福をジャドウは噛みしめました。
ふたりはイタリアンレストランに入ると、向かい合って腰を下ろします。
ジャドウの黒い瞳とスターの青く輝く瞳の視線が合います。
ジャドウは視線を合うだけでドキドキするものですから、思わず視線をそらしました。
ウェイトレスがやってきてメニューを訊ねます。
「ご注文は何にいたしましょう?」
「私はペペロンチーノ。ジャドウ君はどうするかね?」
「吾輩は赤ワイ――」
いつもの癖で赤ワインと言いかけてジャドウはぎょっとしました。
スターは口元は柔和な笑みを浮かべていますが目が全然笑っていないのです。
それどころか背後から黄金色の闘気さえ放たれているほどです。
スターはジャドウの酒好きだけはどうにかしたいと思っていました。
ジャドウは冷や汗をだらだらと流しながら頭を猛回転させます。
ここで赤ワインを頼んだらせっかくのデートが台無しになる。
意地でもスター様のご機嫌をとらねば。
「吾輩はイカスミパスタにでもしましょうかな」
「わかったよ、ジャドウ君」
スーッとオーラが消えていくのを見て、ジャドウは胸をなでおろします。
「飲み放題ですので、サーバーからお飲みください」
「ありがとう」
ウエイトレスが去ったあと、ジャドウは中腰を上げました。
「それでは吾輩は飲み物を入れてきます。スター様は何かお飲みになりますかな」
「私はオレンジジュースにしよう」
「かしこまりました」
イタリアンレストランにはサーバーだけでなくドリンクピッチャーもあり、水やオレンジジュース、ぶどうジュースにりんごジュースなどもあります。
ジャドウはスターのためにオレンジジュースを入れ、自分用にぶどうジュースを注ごうとして悩みました。水の方が酒っぽく見えるのではないか――
そんな思考が頭をよぎり、水のドリンクピッチャーを掴んだつもりが、実はこのときジャドウは重大なミスをしていたのです。
席に戻ってジュースをスターに渡してから、自分も水をぐびりと一口。
その途端、ジャドウは目を白黒させてしまいました。
彼が水だと思っていたのはなんと、酢の原液だったのです!
あまりの酸っぱさに口から盛大に吐き出したところ、スターの顔にかかります。
「スター様、吾輩のご無礼をお許しくださいませ!」
「ハハハハハハハ。酢と水を間違えるとは君にしては珍しいミスだね。でも、そこがいい!」
スターは自分のハンカチで軽く顔を拭って高らかに笑いました。
やがて注文したペペロンチーノとイカスミパスタが運ばれてきました。
ジャドウはフォークを使ってくるくると黒いパスタを巻いて、口に運びます。
「なかなかの美味ですな」
「それは良かった。こうしてお酒以外のものを口にするのは何年ぶりかね」
「数百年ぶりだったかと思います」
「久しぶりの美味しい食事、私も君と一緒に食べることができて嬉しいよ」
ゆったりとした時間が流れます。
「スター様。吾輩はこの時間が止まってしまえば、どれほど幸せかと思っております」
「それなら君の望み通り止めてあげよう」
「え」
スターが指を鳴らすと、一瞬にしてすべての時間がピタリと止まりました。
「地球上で動けるのは私と君だけだよ。さあ、食事の続きを楽しもう」
「スター様、お言葉ですがこれではパスタもフォークも止まったままで食べることができませんな。時を物理で動かす高等技術は吾輩にはまだ早いものです」
「……」




