短編 ヨハネスさんとハエ男さん、真昼の決闘です!
街中で暴れ回り人々を恐怖のどん底に貶めている怪人、ハエ男。
黄緑と黒を基調とした毒々しい表皮とハエそのものの顔立ち、背中には小型のふたつのタンクを背負っており、背中の管を通じて口元まで繋がっている。
丸みをおびた羽で空を舞い、人知を超えた打撃力で無差別に人々を攻撃しては高笑いを続ける怪人は道路の真ん中に突如として現れた人影に違和感を覚えた。
自分の異形や攻撃する様を見ても逃げる気配さえみせず立っている小柄な相手。
興味を覚えたハエ男は相手をよく観察しようと羽を使って接近してみると、その複眼が詳細に相手の姿を捉えた。
鹿撃ち帽子にインバネスコートという古典的な探偵衣装に小柄な体躯、腰ほどもある長く滑らかな金髪がサラサラと風に揺れている。
青く澄んだ瞳に長いまつ毛、整った鼻筋に透き通るほど白い肌にバラ色の唇、細く尖った顎――絵画と思われるほど美しい顔立ちをした子供は微笑して言った。
「君、よかったら僕と戦ってみない?」
外見に反した低い声にハエ男は一瞬、困惑を浮かべた。
小娘とばかり思っていたが、どうやら少年らしい。
しかも対戦を要求してくるとは、よほど腕に自信があるらしい。
これほど美しい相手を蹂躙すれば、どれほどの満足感が得られるか。
加えて一度で人間たちに絶大な恐怖を与えることができる。ハエ男は少年の無謀極まる挑戦状を承諾し、ふたりの決闘が幕を開けた。
スーッと音もなく地面に着地したハエ男は拳を固めて美貌の少年の顔を原型を留めないほど崩壊させてやろうと殴りかかるが、少年は厚着のコートを着ているにもかかわらず素早い動きで躱し続け、一撃のヒットも許さない。
拳による殴打は空振りが最も体力を消耗するため、躱され続ける間にハエ男の額に軽く汗が浮かんできた。
今度は蹴りの連射砲を見舞うが、最小限度の動きで回避され、しかも右足を掴まれて楽々と地面に押し倒されてしまったではないか。
相手の動きを利用した華麗な投げに、アスファルトに叩きつけられたハエ男は思案した。
なるほど、挑戦するだけのことはある。だが、投げだけでは俺には勝てない。
ハエ怪人は背中の丸い羽根を展開して跳躍してから、人間には繰り出せぬ高度からのフライングクロスチョップを慣行。少年も腕を十字に交差させ、歯を食いしばって耐える。
地面が抉り、後方に滑ったものの、なんとかチョップを受けきった少年にハエ男の両眼が光り口先から真っ赤な炎が噴き出したではないか。
密着した距離からの火炎放射を受け、焦げ臭い匂いが満ちる。白い煙が晴れた頃には無残に溶けた少年の醜い絶望した表情が浮かんでいることを想像し、ハエ男は笑みを浮かべた。
しかし、煙が消えた先にはツルリとした肌の少年が満面の笑顔で立っているではないか。
「貴様、俺の火炎を食らって大火傷を負ったのではなかったのか!」
「この僕、スター流のヨハネス=シュークリームを甘く見ては困るよ。僕は君が火炎を出す寸前に上体を反らして回避したのさ。だから顔は無事だよ。でも、ひどいことをしてくれたから、こちらも相応のお返しをする必要がありそうだ」
「テメェに何ができるっていうんだ」
「特等席で見せてあげるよ。僕の秘技をね」
言うなりヨハネスの長く煌びやかな髪が伸び、ハエ男の四肢と背中のタンクに絡みつく、糸よりも細い髪の毛が身体に食い込み、血が噴き出してくる。逃れようにも羽も火炎も封じられ、もがくほどに髪がより深く身体を刻んでいく。恐怖の金の糸だ。
これほど美しく、恐ろしく、奇想天外な攻撃方法など予想できるだろうか。
否、ハエ男にとって想像すらできなかった。
逆転を許され、背中と口元を繋ぐ管が切断されて可燃性のガスが一気に放出したところで、ヨハネスはニヤリと笑って指を鳴らした。
摩擦によって生じた熱が火となり、ガスに引火。
結果としてハエ男は自身が想定していたはずの火達磨になってしまった。猛烈な火柱と絶叫が上がる中、ヨハネスはニコニコと天使のような微笑みで観察している。
「君はどうやら普通の人間には勝てても、僕の敵ではなかったようだね。でも、最後の相手が僕で良かったかもしれないね。だって、こんなに綺麗な火柱になることができたんだから」
フッと笑って踵を返して歩き出し、インバネスコートの裾が風になびいた途端、火柱は大爆発を起こして消滅してしまった。
こうしてヨハネス=シュークリームはまたひとつ戦果をあげるのだった。
おしまい。




